0082話
ラリアントの工事を始めてから、十日ほど。
いつものようにアランがゼオンを使って工事の手伝いをしている中、ふとラリアントに近づいてくる集団に気が付く。
まだかなり遠くで、ゼオンのコックピットにいるアランだからこそ気が付いた存在。
……それだけであれば、正直なところそこまで気にする必要はなかっただろう。
ガリンダミア帝国が攻めてくるということで、多くの者がラリアントから去ったが、中には物好きにもラリアントにやって来るという者たちもいたのだから。
その多くは、自分たちの国がガリンダミア帝国に侵略されるのが許せないと義憤に駆られた義勇兵だったり、不利だからこそここでラリアントに味方をすれば利益も大きいと判断した冒険者、探索者、商人といった者たちだ。
中には、ラリアントの近くの村や街、都市といった場所から少数ではあっても援軍がやって来たりもした。
もっとも、その理由は他の義勇兵と比べて義憤に駆られてといったものではなく、ラリアントが突破されれば自分たちの住んでいる場所も戦闘に巻き込まれるので、それを避けるためにラリアントにはガリンダミア帝国に対する壁になって欲しいという打算から来たものだったが。
それでも、ガリンダミア帝国軍を相手にする以上、兵力は多ければ多いほどにいい。
幸いにも、ラリアントは元からガリンダミア帝国に対する防波堤の役割を期待されていたので、食料は大量に備蓄されている。
盗賊たちにラリアントを封鎖されていたときも、そう簡単には使わなかった食料。……もっとも、そのときは盗賊たちの後ろにいるガリンダミア帝国と通じていたザラクニアがラリアントの領主だった、というのも関係しているのだろうが。
ラリアントから去った者も多いので、多少義勇兵やら援軍やらが増えても、食料で困ることない。
ともあれ、そうしてラリアントにやって来る物好きは相応にいたのだが、今回アランが疑問に思ったのは、その集団がやって来ているのがガリンダミア帝国の方からだったからだ。
「テイラーさん、ガリンダミア帝国の方から何人も人が来てます!」
『何ぃ!? それ、本当か? 見間違いとかじゃなくて』
ここの現場監督を任されている四十代ほどの男が、驚きと共にそう言ってくる。
テイラーはモリクの部下の一人でもあり、戦いにおいても生身でならアランよりも圧倒的に強い相手だ。
それだけに、ガリンダミア帝国方面からきた相手というアランの言葉は聞き逃せなかったのだろう。
「はい。ただ、ガリンダミア帝国の侵攻という訳ではないと思います。馬車が一台に護衛が十人くらいですし」
『そりゃあ……軍とは違うか? だが、心核使いという可能性を考えると、完全に安心する訳にもいかないがな』
ああ、なるほど。
テイラーの言葉を聞いたアランは、相手が心核使いであるという可能性を忘れていたことに気が付く。
自分が心核使いとして強大な力を持っているのに、これは迂闊だったと言ってもいいだろう。
もっとも、アランの場合はそれだけゼオンが存在することに慣れてきており、それこそあって当然の存在だと思っているのが大きな理由だろうが。
「ともあれ、どうします? これが侵攻してきたのなら、攻撃するんですけど」
『ちょっと待ってろ! そんな少人数で来たってことは、交渉か……もしくは降伏勧告ってところだ。すぐにモリク様を呼んでくる。大丈夫だと思うが、アランは向こうが妙な真似をしないように注意してみていてくれ』
「分かりました」
アランの返事を聞くや否や、テイラーはすぐにこの場を走り去る。
言っていたように、モリクを呼びに行ったのだろう。
王都からの援軍が到着すれば、その人物に指揮権やラリアントの領主代理の座は譲られるかもしれないが、生憎と今はまだ王都からは誰も来ておらず、モリクが領主代理のままだ。だからこそ、ガリンダミア帝国との者と交渉する際には、モリクがいる必要があった。
(イルゼンさんとかを交渉の場に出したら、何だかんだで負けたりはしないんだろうけど。……無理か)
非常に交渉に強いイルゼンだが、結局その身分は探索者の集団たるクランの長でしかない。
雲海というクランは相応に名前が売れてはいるが、それでも規模でも実力でもこの世界のクランで上位……とは言えない。
それだけに、イルゼンが国と国との交渉に出られるかと言われれば、答えは否だ。……もっとも、イルゼン本人も自分から好んでそのような交渉に参加するかと言われれば、答えは否なのだが。
そんな風に思っている間に、ガリンダミア帝国から来た馬車の一団はラリアントに近づいてきた。
ラリアントの城壁で工事をしていた者たちの目にも、その姿ははっきりと見えてきたのだろう。
ざわめきがゼオンの中にも聞こえてくる。
『おい、あの馬車の国旗……あれって、ガリンダミア帝国のだよな?』
『そうだ。つまり、あの馬車はガリンダミア帝国からの正式な使者ってことになる。……何のために来たのかは、それこそ考えるまでもないけどな』
既に半ばガリンダミア帝国と敵対しているような状況の今、まさか友好の使節ではないだろう。
単純に考えれば……
(降伏勧告をしに来た使者、か)
アランはゼオンのコックピットの中で、映像モニタに表示されている馬車を眺めながらそう考える。
ガリンダミア帝国にしてみれば、すでに戦いの準備万端の自分たちに対して、城壁都市として名高いラリアントであっても、所詮は一つの都市っでどう対処するのか、という思いがあるのだろう。
そして、常識的に考えればそれは決して間違ってはいないのだ。
ましてや、現在のラリアントは領主だったザラクニアが裏切り、それを止めるためにラリアントの戦力同士で争って無駄に戦力を消耗させている。
このラリアントを占領したあとで、他にもまだ周辺の村や街、都市、それ以外にもさらに多くドットリオン王国の領土を奪うためには、ここで無駄に戦力を消耗するというのは、ガリンダミア帝国にしてみれば馬鹿らしいとしか言いようがないだろう。
(あ、ゼオンに気が付いた連中が驚いている。……城壁の側に立ってるから気が付かなかったのか?)
近づいてきた馬車がいきなり動きを止め、周囲の護衛たちも戸惑った様子を見せているのが、拡大されて映像モニタに表示されていた。
いや、戸惑ったというより、むしろ恐怖を抱いているといった方がいいだろう。
それでも馬車の窓から顔を出した男が何かを言うと、渋々ではあるが再びラリアントに向かって進み始める。
この頃になると、先程モリクを呼びに行ったテイラーが正門の前まで戻ってきていた。
普段は鎧姿のモリクだが、ガリンダミア帝国からの使者を迎えるためだろう。その服装は領主代理らしい、上等な服になっている。
「モリクさん、俺はこのままでいいんですか? このままだと、ガリンダミア帝国の連中がこっちを警戒するんじゃ?」
『構わん。向こうは最初からこちらを侮っているからな。ラリアントはただ蹂躙されるだけの存在ではないと、直接見せてやる必要があるから、そのままでいてくれ』
モリクの言葉に、そう言うのならと、アランはそのままの状況で馬車の一団を待ち受ける。
(いっそビームライフルとかを持たせるか? いや、この世界に弓の類はあっても銃はないんだし、それで相手に対する脅しには……ゼオンの戦闘について情報を得ていれば、その辺は知ることが出来るかもしれないけど)
取りあえず使者を脅す……いわゆる砲艦外交とでも言うべきことはこれ以上やらない方がいいだろうと判断し、そのまま待つ。
そうして少し時間が経ち、馬車が正門の前に到着する。
馬車の護衛をしている者たちおは、正門のすぐ側にいるゼオンを見て、若干の怯えを見せていた。
馬に乗っていても、その大きさはゼオンに比べれば圧倒的に小さい。
大きいというのは、それだけで圧倒的な力を持っているのだ。
もし今この状況でアランがその気になれば、次の瞬間には馬車の護衛をしている者たちは容易に死んでしまうのは間違いない。
生身ではアランと比べものにならないくらいの強さを持っていても、それを容易に覆してしまうのが心核使いという存在だった。
ましてや、アランのゼオンは心核使いの中でも明らかに特別な強者と呼ぶべき存在だ。
そのような相手を前にして、緊張するなという方が無理だった。
……もっとも、そうして周囲に強く緊張しているのは馬車の周囲にいる護衛たちだけで、馬車から降りてきた男は違った。
ガリンダミア帝国の使者である、というのがこの場合は大きく影響しているのだろう。
一国からの使者を害するような真似をすれば、それは国としての大きな失態となる。
それが分かっているからこそ……
「ふむ、ドットリオン王国の空気は淀んでいるな。忠誠心というものが存在しない国である以上、当然のことかもしれないが」
馬車から降りてきた使者の第一声がそれだった。
挨拶も何もなく、いきなりの侮辱。
それこそ、下手をすればそれだけで戦端が開かれてもおかしくはないだろう言動。
そのようなことが出来るのも、自分が圧倒的に有利な立場にいると、そう理解しているからだろう。
だが、モリクの方も黙って言われっぱなしではない。
自分の愛すべきラリアントが……それこそ、領主のザラクニアに逆らってまで守った都市を馬鹿にされて、許せるはずもない。
「それは仕方ないでしょう。どこぞの隣国には汚らわしい盗人が多く、その盗人が自分の国が三流国家だと認識しているためか、ドットリオン王国を羨んでやってくるのですから。それこそ、聞いた話によれば、ガリンダ……いえ、どこぞの隣国は国の上から下までが揃って汚らわしい盗人だとか。まさに底辺ですな。……いや、失礼。大変ですな」
ピキリ、と。
モリクの返事を聞いた使者は、額に血管を浮かび上がらせる。
牽制のつもりの言葉が、まさかここまで激烈な言葉となって返ってくるとは、思ってもいなかったのだろう。
使者の男がモリクを睨み付ける視線は、血走っていると言ってもいい程に厳しいものだった。




