0081話
アランの持つ心核、ゼオンを狙ってザラクニアが起こした騒動。
正確には、元々ラリアントの領主たるザラクニアが隣接するガリンダミア帝国に寝返るという話は前々から進められており、そこに飛び込んできたゼオンを見たザラクニアがそれを欲し、予定よりも少し早く行動を起こした、というのが正しい。
だが、予定が少し早まったことが影響して万全の状態ではなく、さらにはアランとレオノーラが予想以上の力を発揮したということもあり、最終的にザラクニアの行動は失敗することになった。
モリクという、ザラクニアの部下の中でも強く、下からの信頼も厚いが、その生真面目な性格から上に嫌われて出世出来なかった男が、ザラクニアの行動を許容出来ずに反旗を翻し、自らを慕ってくれる者や雲海、黄金の薔薇といったクランと協力して、ザラクニア率いるラリアント軍を倒すことに成功。
結果として、最終的にはザラクニアの行動を防ぐことには成功したのだが……ガリンダミア帝国としては、ラリアントが混乱し、弱まっているこの状況を見逃すはずがない。
そしてザラクニアからゼオンの能力を伝えられ、戦いの中でもゼオンの能力を知った者が恐らく知らせ、ガリンダミア帝国の中でも強力な心核使いたる土のゴーレムを倒したゼオンという存在を有するアランは、当然のようにガリンダミア帝国から狙われる可能性が高かった。
だからこそ、アランはガリンダミア帝国に対して自分に手を出せばただですまないということを教えるために、ラリアントに残って領主代行という形で臨時にラリアントを仕切っているモリクと共にガリンダミア帝国を迎え撃つことにする。
レオノーラはそんなアランたちを見捨てることを心苦しく思いながらも、黄金の薔薇を率いる立場として、個人よりも集団のことを考える必要があり、ラリアントを立ち去った。
他にもたまたまラリアントにいた者たちは、多くがガリンダミア帝国の侵攻を恐れて去っていった。
……雲海のように、自分たちからここに残るという変わり者もある程度の数はいたが。
そんな状況の中、ラリアントに残った者たちはガリンダミア帝国の侵攻に備えて動き始めていた。
「おい、向こうの人数が足りないらしい! 城壁の上に運ぶ石をもっと用意して運ばせろ! 投石機の設置はどうなっている!?」
「そんなことを言ったって、投石機は年代物なんだぜ? 本当に大丈夫なのかよ?」
「少しでも戦力になるならいい! それと、たしか巨大な弩があったはずだな。そっちもしっかりと城壁に備え付けておけよ!」
「分かったよ、けど、弩はともかく、投石機はラリアントの内部に設置した方がよくないか?」
「馬鹿、あの投石機は元々城壁の上に設置して使うように開発されたものなんだよ」
「いや、けど……城壁の上にあれば敵に見つかりやすいし、そうなれば優先的に攻撃されるぞ?」
そのような会話がされているのを聞きながら、アランはラリアントの中を忙しく走る。
皆が切羽詰まったように必死になって行動しているのを見れば、やはり現在のラリアントの状況がどれだけ厳しいのかということは、容易に理解出来た。
それでも、諦めている者はいない……訳ではないが、ほんの少数だ。
そもそも、ガリンダミア帝国に勝てないと判断した者たちは、さっさとラリアントから逃げ出しているのだから。
今の時点でラリアントに残っているのは、ラリアントが故郷でガリンダミア帝国に占領されるのが許せないと思っている者や、不利だからこそ勝てば利益が大きいと思っている者、もしくは何らかの理由でラリアントに動かせない家族や恋人、友人がいるような者たちだけだ。
(物好きが予想外に多かったんだよな)
ここに残っている者の割合で一番多いのは、アランが内心で呟いた通り、自分たちがラリアントの住人であるという強い誇りを持った住人たちだ。
ドットリオン王国をガリンダミア帝国から守っていたのがこのラリアントで、自分たちはそのラリアントの住人であると思っている者たちがアランの予想以上に多かった。
そんな中でアランを見つけた者の何人かが、大きく手を振りながら声をかける。
「おーい、アラン。今日も頑張ってくれよ! お前の頑張りにラリアントの命運はかかってるんだからなー!」
その声に、アランは手を振って答える。
今の言葉は若干大袈裟ではあったが、実際にアランがラリアントの防備を整えることに非常に貢献しているのは事実だ。
もっとも、それはアランの実力ではなく、ゼオンの性能なのだが。
とはいえ、心核使いは変身する存在を含めて心核使いの実力である以上、ゼオンはアランの実力のうちと言っても決して間違いではないのだが。
ラリアントの外に出たアランは、さっそく心核のカロに声をかける。
「よし、カロ。ゼオンの召喚だ。いけるな?」
「ぴ!」
アランの問いに、任せて! とカロが鳴く。
そしてカロに魔力を流すと、次の瞬間にはラリアントのすぐ側に全高十八メートルの人型機動兵器が存在していた。
全体的に流線型を多用しており、翼を模したようなウイングバインダーがその背には存在している。
薄紫の装甲を持ち、そこに黒、金、銀、赤といったような色がアクセントとなっている機体。
『おおおおおおおお』
そんなゼオンの姿を見た者たちが、揃って驚愕の声を上げる。
別に、これがゼオンを初めて見るという訳ではない。
それこそ、アランがゼオンを使ってラリアントの城壁の強化や修復を手伝うのは、別に今日が初めてという訳ではないのだから。
それでも、ゼオンのような人型機動兵器は、何度見ても飽きないと思わせるような迫力を持つのだろう。
(この世界にはロボットとかないし。一番似てるのはゴーレムだろうけど、そのゴーレムだってゼオンとは大きく違うしな)
ザラクニア率いるラリアント軍と戦ったとき、敵側にいた心核使いの変身した土のゴーレムを思い出す。
ゴーレムと言っても千差万別なのだが、それでもあの土のゴーレムは一般的にゴーレムと言われて想像する存在に近かったのは間違いない。
尚、そのゴーレムに変身する心核使いの身柄は、現在モリクが抑えている。
凶悪な能力を持つ心核使いであっても、心核使いはあくまでも心核があってこその心核使いだ。
そうである以上、心核を奪ってしまえば相手はただの人でしかない。
そんな訳で、現在は地下牢に入れられて大人しくしていた。
心核の方は、イルゼンが預かっている。
心核というのはこの世界では非常に貴重な代物なのに、それを他人に……それもモリクの部下でも何でもない、アランも所属している雲海を率いているイルゼンに渡してもいいのか? と思わないでもなかったが、モリクとしてはイルゼンに対する信頼の証のつもりだった。
モリクにしてみれば、ラリアント軍と戦うのに心核使いが三人もいる雲海の協力は絶対だと思ったのだろう。
ただでさえザラクニアとの戦いのときは一緒に戦ってくれた黄金の薔薇がいなくなったのだから、雲海に抜けられるのは絶対に困る。
それを思っての行動なのではないか……というのが、アランの予想だった。
どのみち、心核は奪ったからといってすぐに別の者が使えるようになる訳ではないというのも、モリクがイルゼンに心核を預けた理由の一つなのだろう。
「そこ、少し退いて下さい。このままだと、ぶつかってしまいます」
外部スピーカーで、城壁の上で働いている男に声をかける。
頑丈な城壁で守られているとはいえ、その城壁も永遠に劣化しない訳ではない。
幸いにしてザラクニアとの戦いではラリアントに逃げ込む前にザラクニアを捕らえることが出来たので、実際にラリアントが戦場になるようなことはなかった。
それでも、やはり老朽化している場所があったりしない訳ではない。
ガリンダミア帝国と隣接している場所だけに、防備関係には優先的に予算が回されているが、それでも全てを完全に……という訳にはいかないのだ。
だからこそ、今はこうして少しでもラリアントの防衛力を高めるのに皆が頑張っていた。
(とはいえ、ガリンダミア帝国の軍勢が一体どれだけの人数で来るのかは、俺も分からないけど。最善なのはラリアントに到着するよりも前に、ゼオンの攻撃で倒すことなんだけど……難しいだろうな)
ゼオンがどのような能力を持っているのかは、ザラクニアとの戦いでガリンダミア帝国にも情報は渡っているはずだった。
それを承知の上で侵略してくるということは、ゼオンへの対処方法を用意しているのは間違いない。
アランとしては、向こうが何らかの対抗手段を持っているというのを理解した上で、敵に挑むという真似はあまりしたくはなかった。
『よし、助かった! じゃあ、次は向こうを頼む! いやぁ、それにしてもアランがいると、こういう大規模な工事も楽に進むな』
「あははは。そう言って貰えると、俺としても嬉しいです」
『どうだ? 探索者なんて危険な仕事はやめて、こっちの道を歩んでみないか?』
アランに声をかけてきたドワーフの男は、お世辞でも何でもなく本気でアランを誘っていた。
それが分かるだけに、アランはゼオンの首を左右に振らせる。
「申し訳ないですけど、俺は探索者にやりがいを感じてますので」
『そっかぁ。それならしょうがねえか。やる気のない奴を無理に仕事に誘ったところで、それだと続かねえしな』
ドワーフが言葉ほどは残念そうに思えない様子で、そう告げる。
あるいは、ゼオンという心核を持つアランはドワーフの言うように工事をする仕事の類が向いているのかもしれない。
ゼオンであれば、普通なら十人近い人数でなければ持てないような資材を片手で持てるし、バルカンやビームライフルを使えばダイナマイト――この世界では爆発を起こす魔法――の代わりも出来る。
戦闘に特化しているゼオンだったが、大規模な工事をする場合にも十分その能力を活かすことが出来るのだ。
しかし……それでも、アランは雲海という家族と一緒にいることを望み、ドワーフの要望を断る。
(この戦いも、俺が狙われているのに、雲海の皆はあっさりと助けてくることを選んでくれた。なら、俺も……そんな家族と一緒にいたいしな)
そう思いつつ、アランは工事を進めるのだった。




