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0008話

 眠っているときに目が覚めるのと同じように、目を開け……布団がないことに肌寒さを覚え、布団を被ろうと手を伸ばす。

 暖かく、柔らかい何か……そんな布団に触れ、その布団を引き寄せるが……その布団は身体の上に被さってはこない。

 それでもアランは半ば無意識にその暖かい何かを引き寄せ、抱きしめる。

 暖かく、柔らか……朝の布団とはまた違った、その感触の心地よさにもう少し眠るかと、意識が眠りの底に沈みかけ……ふと、漂ってきた香りに半ば眠っている状態の頭の一部が疑問を覚える。

 布団から漂ってくるその香りは、太陽に干したときの香りではない。

 どこか、身体の底に衝撃を与えるかのような、それでいて決して不快ではなく、いつまでも嗅いでいたいと思わせるような、そんな香り。

 ただ、その香りはどこかで嗅いだ覚えがあるような……そう思った瞬間、アランの意識は急速に覚めていく。


「ん……」


 その上、アランのすぐ側で明らかに自分のものではない声が聞こえてきたとなれば、アランの意識の覚める速度は加速度的に上がっていく。

 そうしてようやく目を覚まし……アランにとっては運が良いのか悪いのか、アランが抱いていた相手もちょうどそのタイミングで目を覚ます。

 アランの目の前には、自分とは違う、そして美女と呼ぶことしか出来ないような、そんな女の美貌があった。

 それこそ、アランの数センチくらい前の場所に。

 少しでも動けば、間違いなく唇と唇がくっついてもおかしくはないという、そんな距離。

 アランが自分の現状を把握するということは、当然のように向こうも現状を理解する訳で……その人物、レオノーラの顔はアランの目の前で急速に赤く染まっていく。

 その理由が、羞恥なのか照れなのか怒りなのかは、アランにも分からない。

 いや、あるいはその全てであり、同時にそこには殺意という感情すらこもっている可能性があった。


『……』


 お互いがお互いの顔を無言で眺め……そして不意に、レオノーラは自由になる手で拳を握り……それをアランに叩きつける。


「な、な、な、何をするの! 何をしたの! 何を考えているの!」


 普段の、アランが知っているレオノーラとは思えないほどに慌てたその様子は、演技でも何でもないというのは明らかだった。

 何より、頬だけではなく、顔全体が……それこそ耳の先まで赤く染まっている様子を見れば、レオノーラという人物が男慣れしていないのは明らかだった。

 もっとも、レオノーラに殴り飛ばされたアランは、そんなことを考えるような余裕もなく、殴られた頬を抑えながら床の上を転げ回っていたが。


「ぬおおおおおおおおお」


 数十秒の間、床を転げ回ってある程度の衝撃と痛みが収まったのか、アランは頬に手を当てたまま自分を殴った人物に視線を向ける。

 アランにとって幸運だったのは、殴られたときの衝撃と痛みは十分に感じたが、実際にはレオノーラの拳にそこまでの威力はなかったということだろう。

 とはいえ、それは別にレオノーラの身体能力が劣っているからといった理由ではなく、単純に数センチの距離から殴ったため、拳に十分に力を伝えることが出来なかったというのが理由だ。

 それでも急に殴られたアランは、痛いことは痛いので、頬を抑えたまま叫ぶ。


「いきなり、何をするんだよ!」

「それはこっちの台詞よ! 貴方、一体私に何をしたの!?」


 即座に言い返すレオノーラ。

 何をしたのかという言葉に、アランは先程数センチという間近で見たレオノーラの美貌を思い出し、それこそもう少しでキスをするところだったと思い……顔を赤くする。

 だが、そんなアランの様子を見たレオノーラは、自分が何をされたのかと考え、顔を赤くする。

 ……金属鎧で覆われていない場所をアランに撫でられていたというのに気が付いていないのは、アランにとって幸運だったのだろう。


「な、な、な……本当に何をしたのよ!」


 そう言いつつ、レオノーラは鞭に手を伸ばし……それを見たアランは、慌てて叫ぶ。


「何もしてねえよ!」


 叫ぶアランに鋭い視線を向け……そこで、ふとレオノーラは周囲の様子に気が付く。

 いつもであれば、すでに誰かが自分を止めてもおかしくはない頃合いだ。

 なのに、誰も何も言ってこない。

 それを疑問に思って周囲を見てみると、そこには誰もいない。

 それこそ、レオノーラと一緒に行動していた者もはもちろん、アランと一緒に行動していた雲海の面々の姿もなかった。


「な!?」


 慌てて周囲を見回すレオノーラ。

 その様子を見て、アランもようやく周囲を見回す余裕が出来た。

 そして、レオノーラと同様に何故かイルゼン、リア、ニコラスといった、一緒に洞窟の中に入ってきた面々の姿を見つけることが出来ない。

 慌てて意識を失う前、洞窟の地面から明らかに人工物と思われる床になっている場所に出たときのことを思い出し……そして、自分が光に包まれたということも同時に思い出す。

 一度は反射的に地面の光を回避することに成功したものの、跳んだ先には何故かレオノーラの姿があってぶつかり、それで再び床が光り、それに包まれたのだ。

 そして、気が付けば周囲に誰もいない場所に来ており……


「転移、か?」


 小さく呟く。

 ファンタジー世界と言ってもいいこの世界だが、転移魔法の類はない。

 だが、遺跡の中には罠に引っかかった相手を強制的に転移させるという物もあり、それではないかと思ったのだ。

 ……もっとも、アランがすぐに転移という言葉を出すことが出来たのは、やはり日本にいたときの漫画やアニメ、小説、ゲームといった物が大きかったのだが。


「転移ですって!?」


 レオノーラも黄金の薔薇を率いているだけあって、遺跡において珍しい罠ではあるが、転移については知っていた。

 そして転移した可能性が高いと知ると、先程までアランとやり取りをしていたときとは違う真剣な表情で周囲を見回す。

 レオノーラという一人の女ではなく、黄金の薔薇を率いる探索者としてのレオノーラとなったのだ。

 アランもまた、長剣を手に周囲を見回す。

 しかし、そこに広がっているのは何もない空間。

 それこそ、広大な空間が目の前には広がっていた。

 その空間は、床、壁、天井といった場所がそれぞれに光っており、これだけの場所であっても視界に困るということはない。


(東京ドーム何個分とかそういう換算で考えると……一体何個分くらいあるんだろうな)


 日本にいたときは東北の田舎で育ったアランだ。

 東京ドームに直接行ったことはなく、見たことがあるとすれば、父親の見ていた野球。バラエティ、ニュース……それらによって、TVで見たくらいのものだろう。


「……どうする?」


 若干不承不承ではあったが、アランはレオノーラに尋ねる。

 雲海の中でもアランの立場はどうしても下の方となってしまう。

 そんな自分が何かを判断するより、レオノーラに判断して貰った方がいいと、そう思っての行動だった。

 先程までのレオノーラであれば、そんなアランに皮肉の一つでも言っただろう。

 だが、今のレオノーラは探索者としての自分に切り替えているので、アランが自分勝手に行動しないことにより、好意的な感情を抱く。


「取りあえず、私たちが転移の罠に引っかかったのだとしたら、ここでじっと待っているよりは積極的に動いた方がいいわ」


 遭難したときは下手に動かない方がいいのでは? と思ったアランだったが、すぐにその考えを振り切る。

 これが普通に遭難したのであれば、その方法も間違ってはいないだろう。

 だが、今回は転移の罠によって強制的にどこかに転移させられたのだ。

 それも、見るからに何かあるだろうと思われる場所に。

 ろくに食料の類も持ってきていない以上、アランやレオノーラとしては積極的に動いて遺跡から脱出する必要があった。


「分かった。なら……どうする? 取りあえずこの空間の中央にでも行ってみるか? これだけの広大な空間なんだから、中央に何かあってもおかしくはない……というか、恐らく間違いなく何かあるだろうし」

「そうね。このままここでじっとしているよりは、そっちの方がいいと思うわ。行きましょう」


 アランの言葉にレオノーラも頷き、こうして二人はこの空間の中央に向かって歩き始める。

 最初のうちは、いつ敵に襲われても大丈夫なように歩いていたのだが、数分経っても全く敵に襲われるようなことがなく……結果として空間の中央に向かう足が早くなる。

 そうしてやがて見えてきたのは……何らかの台座と、その周囲を守るように四方に設置されている身長五メートルほどもある巨大な騎士の石像。

 明らかに、何らかの意味があると思えるその存在は、強烈な威圧感を見る者に与えていた。


「何だと思う? 俺には、あからさまな罠にしか見えないんだけど」

「そうね。あの台座を守ってるように見えるし、恐らくあの台に近づくか何かをすれば、あの四体……いえ、四匹の石の騎士は動いてもおかしくないでしょうね」


 数え方で体ではなく匹という言葉を使ったのは、基本的にモンスターは一匹、二匹といったように匹で数えるからだろう。

 つまりそれは、レオノーラは石の騎士を敵であると、モンスターであると考えているということだった。


「そうなると、どうする? あの台座に近づかないで、別の場所を探すか?」

「……いえ、あの台座にしましょう。ああまでして守っているというのを考えると、絶対にあの台座には何かの意味があるはずよ。それに、この広さの中で外に出る方法を探すのは……大変でしょう?」

「それは否定しない」


 実際、東京ドーム十数個……場合によっては数十個分もあるのではないかと思えるほどに広い空間なのだ。

 そこを隅から隅まで、それもアランとレオノーラの二人だけで調べるとなると、それこそ数日どころか数十日は必要となってもおかしくはない。

 それだけの時間を生き延びるための食料や水は持っていないし、何よりもそのような状況ではトイレの問題もある。

 そうなると、やはり目に見える場所にあるだろう手掛かりを優先して探すといった真似をするのは当然だった。

 アランとレオノーラの二人は、そっと台座に近づいていき……石の騎士に隠されていた台座をしっかりと確認出来るようになり、その台座を見て……動きを止める。

 何故なら、その台座にあった二つの存在は、アランが……いや、誰であっても欲しがる物だったのだから。


「心核」


 我知らず、呟かれたアランの声が周囲に響くのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 冒頭の粗筋を読んで、お待ちかねのロボ登場か、な?
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