0078話
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』
ラリアントの周囲に、歓喜の雄叫びが上がる。
当然のように、その雄叫びを上げているのはモリク率いる反乱軍だ。
ラリアント軍の面々は、率いていたザラクニアが捕らえられたということで、すでに戦う気力をなくし、降伏している。
モリクやその部下たちにしてみれば、本来なら人数で負けていたラリアント軍に勝つことが出来たのだ。
そうである以上、今回の勝利に沸き返るのは当然のことだった。
「盗賊を戦力として組み込んだのが、敗因だったな」
「そうね。それと、モリクが数で負けていてもそのカリスマ性で反乱軍の士気を一向に落とさなかった、というのも大きいわ」
「ぴ!」
心核を解除し、人間の状態に戻った――アランはゼオンに乗ってるときも人間のままだが――アランとレオノーラがそう言葉を交わすと、アランの懐にいるカロもその通りだと言いたげに鳴き声を上げる。
ザラクニアを捕らえてラリアント軍が降伏して、武装解除もした。
だが、それでも人数的にはまだラリアント軍に余裕があり、一斉に暴れるようなことになった場合、反乱軍側でも手を焼く可能性がある。
にもかかわらず、こうしてアランとレオノーラが心核を解除しているのは、ラリアント軍の心がすでに完全にへし折れているからだろう。
今はゼオンも黄金のドラゴンも存在しないが、もし暴れてもアランとレオノーラという二人の心核使いがここにいる以上、すぐに現れるというのが大きい。
士気も下がっており戦力的にも絶望である以上、現在の状況でラリアント軍がどうしようもないのは間違いなかった。
「それにしても……これからラリアントはどうするのかしらね? 取りあえずガリンダミア帝国に内通していたザラクニアは捕らえたものの、ラリアントの領主がいなくなったのは間違いないでしょう? それに、ラリアントでこんな騒ぎになってると知れば、当然ガリンダミア帝国も動くでしょうし」
「どうなるんだろうな。というか、そういうのは俺よりもレオノーラの方が詳しいんじゃないか?」
元一国の王女なんだし。という言葉はアランも直接口にしなかったが、それでも何を言いたいのかは明らかだった。
「その辺りは国によって色々と違うから、何とも言えないけど……ただ、私が知っているガリンダミア帝国の情報が間違いなければ、こちらに攻めてくるのは間違いないでしょうね」
レオノーラのその言葉には、アランも納得せざるを得なかった。
実際にアランが人から聞いた話でも、ガリンダミア帝国の情報は大体そのようなものだったのだから。
「いや、ちょっと待って欲しい」
アランとレオノーラの会話に割り込んできたのは、モリクの部下の一人で、戦いの中でも一部隊を任されていた騎士。
二十代ほどのその男は、焦った様子で二人に話しかける。
「今回、ガリンダミア帝国はこの戦いに心核使いを何人も派遣した。あの土のゴーレムの心核使いなんか、間違いなくガリンダミア帝国の中でも最強に近い攻撃力を持っていたはずだ」
その土のゴーレムは、実は今現在もまだ相応の人数が戦場に残って、集まろうとしている土のゴーレムの破片を砕くといった作業が続けられている。
それだけ、土のゴーレムが放った泥のブレスは凶悪な威力だったのだろう。
……純粋に威力というだけなら、レオノーラが変身した黄金のドラゴンのレーザーブレスや、アランが乗っているゼオンのビームライフルも十分な威力を持つ。
だが、その二人がモリクにとっては味方だったのに対し、土のゴーレムは敵だったというのが大きい。
とはいえ、いつまでもそんなことをしている余裕はないので、アランやレオノーラといった者たちに余裕が出来たら、心核を解除させてから心核を奪ってしまえば無力化出来るのだが。
極めて強力な戦力で、場合によっては戦局すら左右しかねない力を持つ心核使いだが、その心核使いも心核がなければ変身出来ず、ただの人にすぎない。
とはいえ、あの土のゴーレムにどうやって心核を解除するようにさせるのかというのが、大きな問題なのだが。
「そうね。ガリンダミア帝国は今回の戦いで大きく消耗した。……損をしたと言ってもいいわ」
「だろう? なら、向こうも手出しを控え……」
戦いで勝った興奮もあるのだろう。レオノーラに少し格好いいところを見せられると思ったのか、男はそう言って心配はいらないと言おうとするが……
「控えると思う? このままここで退いたら、それこそ向こうはただ損をしただけよ。しかも、この戦いでラリアントの軍備は減っているし、ザラクニアの裏切りが知らされれば、王都から国に忠実な人物が送られてきて、ラリアントの防備が固められるわ」
レオノーラが何を言いたいのか理解したのだろう。
騎士の男は、嫌そうな……それこそ絶望を感じさせるような表情を浮かべて、レオノーラの言葉を続ける。
「そうなる前に、ラリアントを占領する」
「恐らく、そうなるでしょうね。だからこそ、私たちはここで勝利の余韻に浸っている暇はないのよ。すぐにでも、防衛の準備を整えた方がいいわ。……もっとも、具体的にいつガリンダミア帝国が攻めてくるのかは分からないけど」
他人事のように告げるのは、実際にガリンダミア帝国が攻めて来てもレオノーラには関係ないからだろう。
レオノーラは別にこの国の貴族という訳でもないし、ラリアントに所属している兵士や騎士でもない。
それこそ、偶然ラリアントに立ち寄ったにすぎないのだ。
そのような状況である以上、自分が命を懸けてラリアントを守るというつもりはない。
……少なくても、無料奉仕のボランティアでそのような真似をしろと言われても、レオノーラとしてはお断りだった。
今のレオノーラは、王女ではなく黄金の薔薇というクランを率いる立場にある。
蓄えの類は相応にあるが、それも現在はほとんどがザラクニアに奪われている状況だ。
奪われた蓄えを回収しても、それは当然のもので報酬とは考えられない。
今回の一件では色々と問題も多かったために、奪われた荷物や馬車、その他諸々を回収したらすぐにでもラリアントを発ちたいというのが、レオノーラの正直な気持ちだ。
アランもそれは分かるが、このままラリアントを見捨ててもいいのかという思いもある。
「君の言うことも分かる。だが、この国がガリンダミア帝国に襲われると被害を受けるのは民たちだ。それをどうにかするため、手伝ってくれると助かるのだがな」
アランとレオノーラ、そして騎士が話していたところに、誰かが話に割り込んでくる。
それに誰だ? と思いつつもアランとレオノーラが視線を向けると、そこにはこの反乱軍を率いているモリクの姿があった。
反乱軍を率いていただけあって、現在のモリクは非常に忙しい。
降伏したラリアント軍の者たちを武装解除させ、騎士や兵士、盗賊、雇われた者たちといった具合に分け、さらにその中でもザラクニアと共にガリンダミア帝国につこうとしていた者や盗賊、ガリンダミア帝国の兵士や心核使いといった者たちは別個にする必要がある。
盗賊たちの方は、奴隷として売り払えばそれで済むが、それ以外の者たちはそれぞれ別個に対処する必要があった。
それらを指示するのは、当然のように反乱軍を率いるモリクだ。
ザラクニアを捕らえた以上、現在のラリアントは臨時的にモリクの支配下にあると言ってもいい。
ザラクニアが何を考えていたのか、何をしようとしていたのか、そして何をしたのか。
それら全てを公にする必要もあり、とてもではないが現在アランやレオノーラの側にやって来るような余裕がある訳がない。
だというのに、何故ここに来たのか。
それは、アランとレオノーラが際立って強力な心核使いであるというのが関係しているのは明らかだろう。
今回の戦い、雲海と黄金の薔薇が協力していても、もしアランとレオノーラという二人の心核使いがいなければ、勝てたかどうかは怪しい。……いや、まず勝つことは不可能だっただろう。
ラリアント軍には、ガリンダミア帝国の心核使いも相当な数がいたし、それとは別にラリアントで雇われた心核使いもいた。
特に、土のゴーレムはゼオンがいなければ勝つことは難しかっただろう。……レオノーラの黄金のドラゴンでも勝てた可能性は否定出来ないが。
「どうにかすると言われても、そう簡単にはいそうですかとは言えないわね。私たちは、あくまでも探索者であって、ラリアントの兵士や騎士ではないのだから」
「その理由は分かる。だが、これはまだはっきりとしたことではないが……アランの心核の件について、ガリンダミア帝国に流れた可能性がある」
「それは……」
モリクの言葉に、レオノーラが微かに険しい表情を浮かべてモリクを見る。
ゼオンは、アランにとって前世での知識や経験によって生み出された存在だ。
だからこそ、明らかにこの世界に存在するモンスターとは違う。
一番近いのはゴーレムだが、そのゴーレムにしたところでゼオンとは大きく違っていた。
能力的にもゴーレムとは比べものにならないほどの力を持ち、ビームライフルや拡散ビーム砲、ビームサーベル、フェルスといったように、この世界の常識からは明らかに外れた物が多い。
その上で、ゼオンは土のゴーレムを……心核使いとしては極めて強力で、恐らくガリンダミア帝国の中でも上位に位置するだろう心核使いを倒しているのだ。
ましてや、戦場にいたガリンダミア帝国の手の者を全て捕らえた訳ではない以上、アランの情報がガリンダミア帝国に伝わるのは確実だった。
ゼオンについて知ったガリンダミア帝国が、アランに手を伸ばすのは当然といえるだろう。
ましてや、ゼオンについて強い執着を持っていたザラクニアから、ガリンダミア帝国に情報が流れた可能性もある。
(いや、あれだけゼオンに執着していたのを考えると、ザラクニアはガリンダミア帝国に俺やゼオンが渡ることは絶対に避けたいはずだ。だとすれば、ザラクニアが情報を漏らすことはない、のか?)
自分が欲しがる物を、わざわざ自分よりも立場が上の者に言うかと聞かれれば、普通は言わないだろう。
それでも、結局今回の戦いで情報が伝わった可能性は高いのだが。
「そんな訳で、君たちさえよければ私たちと一緒に戦った方が、得だと思うのだが、どうだろう?」
尋ねるモリクに、アランはどう応えるべきか迷うのだった。




