0071話
心核使いが現れた。
その言葉にアランが戦場を見回すと、すぐにその正体を理解した。
何故なら、巨大な……それこそ体長五メートル――尻尾を除く――はありそうな、存在が視界に入ってきたのだから。
外見としては、ハリネズミに近い。
だが、少なくてもハリネズミは体長五メートル程もないし、背中から生えている針の長さも一メートルもない。
ましてや、尻尾の先端がメイスのようになっており、そこから針が生えていたりはしていない。
明らかに心核使いが心核を使って何らかのモンスターに変身した姿だった。
「じゃあ、俺は出るけどいいよな?」
アランは自分の護衛として残っていた雲海の探索者に、そう尋ねる。
心核使いとしてはともかく、生身での戦闘力という点では他の仲間たちよりも劣っているアランだけに、敵の心核使いが出て来たのなら、即座に対応するつもりだった。
雲海の面々も、そんなアランの様子は理解していたのだろう。
護衛をしていた男は、すぐに頷く。
「そうしてくれ。向こうが心核使いを出したら、こっちも心核使いで対応するってのが元々の方針だったしな。そういう意味では、アランも急がないとレオノーラさんに先を越されるんじゃないか?」
レオノーラと口に出した男が、若干の期待を込めた視線を自分たちとは反対方向……黄金の薔薇のいる方に向ける。
(普通なら、レオノーラの美貌や男好きのする身体に目を奪われるんだけどな)
アランが思った通り、普通ならそうなのだ。
だが、生憎とこの男は普通ではなく……レオノーラに一種の憧れのようなものを持っているのは間違いないが、それはあくまでもレオノーラが心核を使って変身する黄金のドラゴンに対しての憧れだった。
とはいえ、アランもその気持ちは理解出来ないでもない。
魔法やモンスターといったファンタジーが存在するこの世界だが、その中でもやはりドラゴンというのはモンスターの頂点に位置する存在なのだ。
だからこそ、ドラゴンという存在に憧れる者は多い。
アランの側にいる男も、そのような者の一人だった。
「分かった。なら、こっちは頼むな。……カロ」
「ぴ!」
アランの声に、カロは即座に反応する。
魔力を流され……人間同士が争う戦場に、突然全高十八メートルの人型機動兵器が姿を現す。
また、ゼオンが……いや、巨大なハリネズミと化した心核使いが行動を開始したのを切っ掛けに、戦場にいたアラン以外の心核使いもそれぞれ自分の心核を起動する。
アランにも見慣れている、オーガや白い毛の猿が姿を現し、黄金の薔薇の方でも黄金のドラゴンやリビングメイル、マンティコアといったモンスターが姿を現した。
当然そのように心核使いが行動を始めたのは、ラリアント軍の方でも変わらない。
……いや、純粋に数という点では明らかに反乱軍よりも心核使いの数は多かった。
「予想はしてたけど、随分多くの心核使いを集めたものだな」
ゼオンのコックピットにある映像モニタに表示された戦場を見て、アランは感心したように呟く。
その感心の中に若干の嬉しさがあるのは、集めた心核使いの数はゼオンに――正確にはレオノーラの黄金のドラゴンもだが――対抗するためだからだろう。
ゼオンに執着するザラクニアは、決して好意を抱ける相手ではない。
だが、それでもゼオンが高い評価を受けるというのは、アランにとって嬉しいことであるのは間違いなかった。
「とはいえ、その程度の数で俺のゼオンをどうにか出来ると思われるのは……困るな」
自らに気合いを入れ直すようにして呟き、アランはビームライフルでこちらに飛んでこようとしていた、巨大な蝶……もしくは蛾のモンスターを撃つ。
本来なら、鱗粉を撒くことによって人々を麻痺させるという能力を持ち、空を飛んでいるということもあって、人間が相手をするには難しいモンスターではある。
だが、ゼオンにしてみればビームライフルのトリガーを引くだけで、倒すことが出来る相手だった。
結果として、その蝶、もしくは蛾のモンスターは飛び立って十秒も経たないうちに地上に落ち……その下にいた者は不運だったことに、蝶、もしくは蛾の巨体の潰されて死んだ者もいれば、鱗粉に触れたことによって麻痺した者もいる。
不幸中の幸いだったのは、敵の落下した場所がラリアント軍の中でも後衛だったことだろう。
おかげで、その混乱を反乱軍によって突かれるといったことはなかったのだから。
とはいえ、自分たちの後ろでそのようなことになれば当然気になり、前衛は攻撃の勢いがいくらか落ちる。
モリクやその部下たちがそんな敵の隙を見逃すはずもなく、ただでさえ押されていた前線は、あっという間に押し込まれていく。
「取りあえず一人撃破、と」
呟きながら、戦場の様子を映像モニタで確認していく。
アランがビームライフルで心核使いが変身したモンスターを一匹撃破したのを引き金として、心核使い同士の戦いが始まる。
基本的に、心核使いというのはかなり希少な存在で、それだけにこのような……言ってみれば小規模な戦いに多くの心核使いが参加するということはない。
心核使いというのは、一人いればそれだけで軍と渡り合うことすら可能とされているのだから。
だからこそ、この戦場がどれだけ異常なのかというのは、この世界の常識を知っている者であれば誰が見ても明らかだった。
モリク率いる反乱軍からは、雲海と黄金の薔薇の心核使いたちがおり、モリクの部下にも一人だけ心核使いが合流している。
ラリアント軍の方には、ザラクニアがラリアントの領主というだけあって、元々心核使いは少数だが存在していた。
それに加えて、ザラクニアの応援としてガリンダミア帝国から派遣された心核使いや、偶然ラリアントにいた冒険者や探索者の心核使いがザラクニアに雇われた、という者もいる。
だからこそ、ちょっと異常なほどにこの戦場には多くの心核使いが集まっていた。
「お、向こうもこっちを敵として見たのか」
巨大な蛇……それこそ、もし地球で見つかれば記録して残るほどに巨大で、全長は十メートルもあって、その身体の太さも大の大人が三人から四人で手を伸ばしてようやく一周出来るといったような、大蛇のモンスターが、ゼオンに向かって地面を滑るように近づいてくる。
そのモンスターが姿を現したのは、ラリアント軍の中でも中央から。
つまり、最初にその大蛇のモンスターとぶつかることになるのは、モリク率いる部隊だ。
その上、大蛇のモンスターは心核使いが変身したモンスターである以上、心核使いとしての知恵と知能もある。
モリク率いる強力な相手とは戦わず、出来るだけ力を温存してゼオンと戦おうと考え、そこまで強力ではない兵士たちに向かって突き進み……そのまま、呑み込む。
武器を持ったままの兵士数人をほぼ同時に呑み込んだ大蛇は、それでも全く動きを止めることなく雲海の中にいるゼオンを目指して進む。
呑み込まれた兵士も武器を持っているのだから敵の体内から攻撃出来るのは? といった疑問や、心核使いが変身したモンスターが人を呑み込んだ場合、その呑み込まれた人はいったいどうなるのかといったように疑問を抱くのだが、今はそんなことよりもまずはあの大蛇のモンスターが雲海のいる場所までやって来る前に倒す必要があった。
「アラン、あいつは俺たちが……あ、待て。ちょっと不味い」
オーガに変身したロッコーモが、白猿に変身したカオグルと大蛇のモンスターに対処しようとしていたのだが、そう言おうとした瞬間、雲海と戦っていラリアント軍の後方から地面を走る六本足の猫科のモンスターを発見して、言葉に詰まる。
猫科のモンスターだけあって非常に俊敏で、六本足のせいなのか走る速度もかなりのものだ。
このままでは戦っている雲海の探索者たちにも大きな被害が出る可能性があるということで、ロッコーモはすぐに決断する。
「アラン、俺とカオグルがあの六本足のモンスターを片付けるから、お前はあの大蛇のモンスターを頼む!」
「分かりました。気をつけて下さいね。こっちが終わったら、すぐにそちらに援軍に行き来ますから」
「馬鹿言ってるんじゃねえ。こっちは心核使いとして活動して長いんだ。お前のような心核使いになったばかりのような奴に助けられるような真似はしねえよ。逆にこっちが助けてやるから、あいつと戦って勝てそうにないと思ったら、時間稼ぎをしてろ」
ロッコーモのその言葉に、アランはゼオンの手を軽く上げることで答える。
それを見たロッコーモは、取りあえずそのことで満足したのか猫科のモンスターの方にカオグルと共に向かう。
それを見送ったアランは、まず自分の仕事を終わらせようと、ゼオンのスラスターを使って一気に空中に浮き上がる。
ゼオンの能力を知っている者……ゼオンの近くで戦っていた雲海や、離れた場所で戦っている黄金の薔薇の者たちは、ゼオンが空を飛ぶというのを知っているので、そこまで驚いた様子はなかったし、モリクやその部下、もしくはラリアント軍の中でも多少はゼオンについて知っている者であれば、ゼオンを空を飛んでも驚きはしなかった。
だが、それ以外のゼオンのことを全く知らず、この戦いの中で初めて見た者たちにしてみれば、まさかゼオンのような巨大なゴーレムが空を飛ぶとは、思ってもいなかたのだろう。
ゼオンの姿が鳥のモンスターであったり……もしくはレオノーラの変身にした黄金のドラゴンであれば、空を飛んでもそこまで不思議ではない。
だが、ゼオンにはそのような、見るからに空を飛ぶための翼のようなものはなかった。
実際には背中にウィングバインダーがあるのだが、それはあくまでも翼を模した物であるし、何より鳥やドラゴンの翼に比べると驚くほどに小さく、それで空を飛べるなどとは、実際に自分の目で見ている者であっても、理解出来ない。
だからこそ、それを見ていた者たちは動きが止まり……ゼオンが空を飛ぶということを知っている者たちの攻撃に晒されるのだった。




