0067話
突然街中に現れた、全長十八メートルのゼオン。
それを見た瞬間、数時間前にラリアントに突入してきたゼオンの存在に気が付き、近くにいた住人たちは驚愕の叫びを上げる。
もちろん、そのような状況ともなれば多くの者が危険を察して逃げ出してもおかしくはない。
……実際、ラリアントから出るための正門の前には巨大な猪のモンスターがおり、ゼオンに向かって突進しようとしていたのだから。
とはいえ、この場合は猪のモンスターにとっては、相手が悪いとしかいえない。
全高二メートルほどという、普通の人間相手には全く問題ない……どころか、むしろその巨体で容易に吹き飛ばすといった真似も出来たのだろうが、今回相手をするのは人型機動兵器のゼオンだ。
どうしても、その質量の差は巨大すぎた。
それでも猪のモンスターが怯えた様子を見せないのは、このラリアントという都市を守っているという自負があるためか。
「そうなると、ザラクニアの手先じゃないのか? その辺が分からないと、どうすればいいのか迷うな」
心核使いだけに、あの猪のモンスターも強力な戦力なのは間違いない。
ザラクニアとしては、当然そのような者は手元に置いておきたいだろう。
だとすれば敵か。
だが、こうして明らかに勝ち目がない状況であるにもかかわらず、ゼオンの前に立ち塞がっている。
ザラクニアの部下だとすれば、そのような真似を果たしてするかどうか。
……もっとも、猪のモンスターも目の前にいる相手を見てどうすればいいのか迷っているだろうが。
その証拠に、足で地面を蹴っていつでも突撃出来る準備をしながらも、実際に突撃をするようなことはない。
「ゼオンを出したのは目立つためだったんだから、この状況でもいいのか?」
呟き、目立つのが役目ならそれもいいだろうと判断する。
とはいえ、あの猪のモンスターに変身した心核使いを殺してもいいかと言われれば、その答えは否だ。
ザラクニアの仲間の裏切り者であれば殺すことに躊躇はないが、今回に限ってはそれが分からない。
そうである以上、殺すような真似はせずに気絶させるだけにしておいた方がいい。
そうアランが判断したとき、まるで向こうはそのタイミングを待っていたかのように一気にゼオンに向かって突っ込んでくる。
ゼオンと猪のモンスターの質量差は、それこそ考えるのも馬鹿らしいほどのものだ。
だとすれば、勝つのは容易い。容易いのだが……問題は、どうやって勝つかということだろう。
相手を殺さない方がいい以上、ゼオンの一番威力の低い頭部バルカンであっても、使うことは出来ない。
ましてや、ビームライフルやビームサーベルは問答無用で却下だし、腹部拡散ビーム砲を使おうものな、周囲の被害は洒落にならない。
(そうなると、蹴りとか? ……いや、違うな。こういうときに使いやすい武器はまだあった)
本来なら、その武器はゼオンにとっては奥の手ですらある。
だが、今の状況を穏便にどうにかするためには、その武器を使うしかなかった。
「フェルス!」
アランの言葉と共に、ゼオンの後ろの空間に波紋が浮かび、そこから長さ一メートルほどの三角錐の物体が一つ現れる。
本来なら、このフェルスは先端からビーム砲を撃ったり、もしくはビームソードを展開して攻撃したりといった攻撃を行う。
しかし、今回はあくまでもゼオンに突っ込んでくる猪のモンスターを倒すために呼び出した武器である以上、そのような攻撃方法ではなく……三角錐の底の部分を使って、ゼオンに突っ込んでくる猪を横から殴りつける。
アランの意志に従って空を飛び、猪に横からぶつかるフェルス。
「なぁっ!?」
猪のモンスターにとっても、その攻撃は完全に予想外だったのだろう。
驚きの声を上げながら、真横に吹き飛ぶ。
……猪の姿になっても普通に人間の言葉を使うことが出来た相手を見て、離れた場所で一連のやり取りを見ていたレオノーラは、微妙にショックを受けていたが。
ともあれ、雲海と黄金の薔薇の面々を逃がさんとしてゼオンの前に立ち塞がった心核使いは、あっさりとフェルスによって吹き飛ばされてしまった。
フェルスの力によって簡単に倒されたように見える心核使いだったが、この心核使いは人間程度の大きさを持つ集団を相手にするのを非常に得意としていた。
それこそ、五十以上の盗賊の群れに向かって突っ込んでいき、そのまま止まることなく盗賊達の中央を突破、その盗賊を率いている相手を体当たりで吹き飛ばして殺し、それで右往左往している盗賊たちを、心核使いの仲間が蹂躙する……といった戦いを何度も行っている。
こうしてラリアントに来ているのも、現在この周辺に盗賊たちがいるという話を聞いたからだ。
そのような強さを持った相手であっても、ゼオンを相手にすればあっさりと負けてしまう。
これは、個人の能力云々という問題ではなく、純粋に心核使いとしての才能の差だった。
「えっと、取りあえずこれで街の外に出られますけど、門を壊しますか?」
外部スピーカーを使って尋ねるアランに、イルゼンは首を横に振る。
もし門を壊してしまえば、それこそラリアントの外にいる盗賊――正確にはガリンダミア帝国の兵士たち――がラリアントに容易に侵入出来るということになってしまう。
それを避けたかったのだろう。
そうなると、アランとしてはゼオンで出来ることはそう多くはない。
正門を通らず、そのまま空中からラリアントの外に向かうくらいだろう。
何人かをそのまま連れていくことは出来ない訳でもないが、乗せて下ろしてといった手間を取るよりは、門の外で周囲を警戒していた方がいいと判断する。
何故なら、ラリアントは未だに盗賊――正確にはガリンダミア帝国の兵士たち――に封鎖されたままなのだから。
そうである以上、この騒動を察知した場合はラリアントを攻撃するためにやって来ないとも限らない。
ゼオンであれば、そのような相手であっても容易に倒すことが出来る。
……強力な心核使いが姿を現せば、また話は別だったが。
「分かりました。じゃあ、俺はラリアントの外で周囲を警戒してますね」
アランの言葉に、イルゼンは頷きを返す。
それを確認するとイルゼンはすぐにゼオンを操縦し、ラリアントの結界を再度突破して外に出る。
恐らくは今頃、再度結界を突破されたことを察知されているだろうと思いつつも。
なお、門の前でアランたちがこのようなやり取りを行っていても、大規模な警備兵の追撃はない。
少人数ずつがここに到着したりもしているのだが、それらは雲海や黄金の薔薇のメンバーによって即座に気絶させられていた。
元々探索者というのは冒険者よりも腕が立つ者が多く、その中でも雲海と黄金の薔薇は共に実力派として名前が知られている、中堅のクランだ。
いくら万全の状態ではないとはいえ、一人や二人、三人や四人程度の個人の警備兵でどうにか出来るはずもない。
……周囲で様子を見ていた者の中には正義感の強い者もおり、そのような者は警備兵に協力しようとした者もいたのだが、探索者たちの圧倒的な力を見て腰が退けてしまう……といったこともあった。
ともあれ、そのような中で強引に門を開けると、外に出る。
当然のように、門の外ではゼオンに乗ったアランが盗賊たちが近づいてこないように、周囲を警戒している。
盗賊たちにしても、ゼオンのような巨大な……それこそ夜であっても月明かりで遠くからも判別出来るような巨大なゴーレムがいるというのに、わざわざラリアントに近づいたりといった真似はしない。
実際にはラリアントを偵察している盗賊は何人かおり、それはゼオンに乗っているアランによって把握されていたのだが、アランはそんな盗賊達を攻撃することはなかった。
人を殺すことが怖くて……といったことではない。
この世界に転生してから、十年以上。
探索者として活動している中で、アランは何人もの命を奪ってきているのだから。
それでも殺さないのは、単純にここで殺してもいいのかどうか、判断出来なかったためだ。
イルゼンであれば、もしかしたら盗賊を殺さないことによって何らかの利益が得られる可能性すらあった。
(個人的には、盗賊は殺してもいいと思うんだけどな。……というか、盗賊じゃなくてガリンダミア帝国の兵士の可能性が高いんだし)
アランがそんな風に思っている間にも、イルゼンたちは全員がラリアントからの脱出に成功する。
その上、どこから用意したのか馬車すら持ち出していた。
「イルゼンさんのことだから、商人たちから奪ったとかじゃなくて、恐らく警備兵から奪ったとか、そうやって入手したんだろうけど」
とはいえ、馬車があれば移動するのが楽になるのは間違いないのだから、アランとしては文句はないのだが。
イルゼンからゼオンを解除するようにと指示を出され、アランはそれに素直に従う。
正直なところ、今の状況でゼオンを解除したら追っ手にどう対処するのかという疑問もあったのだが……イルゼンであれば、その辺はきちんと考えているだろうと判断したのだ。
実際、外側からすぐに門が開けられないようにちょっとした仕掛けをしたと聞かされれば、イルゼンの如才なさに半ば感心し、半ば呆れるしかない。
「それで、これからどうるんですか?」
馬車の中は、当然ながら狭い。
雲海と黄金の薔薇で、ラリアントから脱出したのは合計五十人近い。
それを限界まで……半ば無理矢理馬車に詰め込むようにしても、十数人が乗るのがやっとだ。
それ以外の面々は、馬車の周囲を走っている。
この辺りは、常人よりも身体能力の高い探索者の集まりだからこそだろう。
能力がそこまで高くない者……それこそアランを含め、事務の類を任されているような者たちが、馬車に詰め込まれていた。
「そうですね。モリクさんと合流予定なので、真っ直ぐそちらに向かいます。ある程度の補給物資はあるという話でしたし、私たちが合流しても問題はないでしょう」
こちらもまた、すし詰め状態になっているイルゼンが、アランの言葉にそう答えるのだった。




