0059話
夜……雲よりも高い場所を、ゼオンは飛んでいた。
そしてゼオンの掌には、レオノーラの姿もある。
本来なら、このような高度に生身の人がいるというのは、自殺行為以外でしかない。
だが、それはあくまでもアランが元いた世界であればの話だ。
この世界においては、魔法という存在があり、レオノーラはその魔法にかんしても一流であり、風魔法を使ってこの状況でも問題なくすごすことが出来た。
(ゼオリューンになれれば、良かったんだろうけど)
ゼオンの奥の手とも言える、ゼオリューン。
それは、アランのゼオンとレオノーラの黄金のドラゴンが合体、もしくは融合することによって生まれる人型機動兵器だ。
違うのは、ゼオンは明らかに科学的な人型機動兵器なのだが、ゼオリューンは黄金のドラゴンを取り込んだためか、様々な場所にドラゴンが影響したのだろう部位が存在し、半ば生体兵器や生物兵器と呼ぶに相応しい外見になることか。
ともあれ、ゼオリューンになればコックピットも広がって、アランだけではなくレオノーラもコックピットに座ることが出来る。
そうしてコックピットが復座になれば、レオノーラを雲よりも高い高度で生身のまま外気に晒すといった真似をしなくてもすんだのだ。
だが、ゼオリューンはスタンピードのときに一度だけなることが出来た姿であって、それ以降はいくら試してもゼオリューンになることは出来ていない。
あるいは、今回なら色々と切羽詰まっている状況である以上、もしかしたらという思いがなかった訳でもない。
試してみたところ、結局駄目だったからこうしてゼオンで移動中なのだが。
「それにしても、この状況でここまで自信満々だというのは凄いな」
映像モニタには、ゼオンの掌の上に立っているレオノーラの姿が映し出される。
とてもではないが、これから敵の本拠地に乗り込むといったことをしようとしているようには思えない。
そうしてアランが考えている間にもゼオンは進み……空を飛ぶのは地上を移動するよりも圧倒的に速く、やがてゼオンの映像モニタにラリアントと思しき都市が見えてくる。
とはいえ、ゼオンが飛んでいるのは雲よりも高い場所だ。
当然のように、雲があれば映像モニタがあっても、その下の部分をしっかりと確認することは出来ない。
「レオノーラ、この下が多分ラリアントだ。このまま闇に紛れて降下するぞ」
外部スピーカーを使い、アランは掌のレオノーラに声をかける。
その声に、レオノーラは頷いてから口を開く。
『いい? ラリアントに降下していけば、間違いなく結界に察知されるわ。けど……』
「結界に反応したからといって、すぐに対処出来る訳ではないから、出来るだけ早くゼオンを心核に戻す。……だろ?」
その説明は、夜になって実際に行動に移るまでに何度も話し合っていた。
村や小さな街であればまだしも、ある程度以上の大きさの街や、ましてやラリアントのような都市ともなれば、上空を覆う結界は確実に存在している。
これは、モンスターの中には空を飛ぶ者は少なくないし、心核使いの中にも空を飛ぶモンスターに変身出来る者が多いからだ。
そのような相手への対策が、結界だった。
とはいえ、レオノーラの言葉を聞けば分かる通り、結界といっても防御フィールド……一種のバリアの類ではなく、侵入してきた相手がいればそれを察知出来るといったものが大半だ。
結界の中にはバリアのような者もあるが、その手の結界があるのは王都のような、本当に重要な場所だけだった。
『そうなるわ。後は、仲間たちがどうなったのかを確認する必要があるけど……その辺りは、実際に行動に移してみないと分からないわね』
「だろうな。……じゃあ、そろそろ降下するぞ」
『ええ』
レオノーラの言葉を合図に、ゼオンは地上に向かって降下していく。
とはいえ、本当にただ真っ直ぐ降下していき、そのままラリアントに墜落をすれば、その被害は大きい。
ザラクニアに対して思うところがあるアランだったが、それ以外の普通に暮らしている一般人に対しては、特に恨みがある訳でもない。
そうである以上、ラリアントに被害を出さないように地上に落下する前にスラスターを使って速度を殺す必要があった。
普通に考えれば、非常に難易度の高い操作なのだろう。
だが、ゼオンという存在を自由に操ることが出来るアランにとって、その程度のことはそこまで難しいことではない。
「っ!? 結界を通りすぎたな。……ここだ!」
結界を通りすぎた感覚を知ることが出来たのは、やはりゼオンという高性能なロボットに乗っていたからだろう。
そして結界を超えて数秒もしないうちに、スラスターを噴射する。
幸い……いや、アランが狙って公園に落下していたために、スラスターを噴射しても周囲に大きな被害が出ることはなかった。
実際には公園の近くにある建物の窓が若干割れているという可能性もあるのだが、そのくらいは許して欲しいというのがアランの正直な思いだ。
そうしてスラスターによって地上に着地したところで、掌に乗っていたレオノーラを地面に下ろす。
たとえ公園であろうとも、空中からゼオンのような巨大な存在がやってきたのであれば、当然のように何人もの人目についているだろう。
それが、夜であっても。
ましてや、結界を突破してやってきたのだから、間違いなくその存在は察知されている。
そうなると、今は少しでも早くこの場から離れる必要があった。
レオノーラを下ろすと、アランはすぐに自分もゼオンから下りてゼオンを心核に戻し、レオノーラと視線を合わせると、すぐにその場から走り去る。
ここまでの、ゼオンが公園に着地してから十秒ほど。
そのまま公園から離れていったアランとレオノーラは、誰に見つかることもなく姿を眩ますことに成功する。
侵入者の存在を察知して、公園に警備兵がやってきたのは、アランとレオノーラが公園から消えて十分ほどが経った頃だった。
とはいえ、これは決して警備兵たちが責められるべきことではない。
連絡手段が基本的には伝言である以上、ゼオンの存在を察知し、侵入した場所に向かわせるといったことに時間がかかるのは当然だ。
ましてや、馬に乗って移動するのだから、速度としてもそこまで速くはない。
むしろ、この十分程度でよく公園に到着したと、そう褒められてもおかしくはなかった。
だが、それでもすでに公園にアランとレオノーラの姿はない。
……それどころか、十分もすぎた頃には先程ゼオンが公園に着地したのを偶然見た酔っ払い達が集まってきていたこともあり、野次馬で溢れているという有様だった。
「なぁ、これ……どうする?」
「どうしようもないだろ。侵入者がここに来たというのが事実でも、これだけの人がいると、そこに紛れ込まれればどうしようもないし。かといって、まさかここにいる全員を捕らえる訳にもいかないだろ?」
「まぁ、それは……」
「なら、取りあえずこのままにしておくしかないだろ。あとは、簡単に事情を聞くくらいか」
そう告げ、警備兵たちは公園に集まってきた者たちから事情を聞いていく。
……そして、事情を聞いたことにより、誰がラリアントに上空から侵入してきたのかということが、すぐに判明する。
警備兵たちは、何者かがラリアントに侵入したということだけを聞いて公園にやって来た。
だからこそ、公園に到着した時点ではどのような者がラリアントに侵入したのかというのは判明していなかった。
恐らくは、現在ラリアントを経済封鎖している盗賊たちが何らかの手段でラリアントに侵入したのではないかとすら思っていた。
だが、情報を集めれば、出て来るのは巨大なゴーレムが空から降ってきたという証言が多い。
そして警備兵たちは、そんなゴーレムの存在に心当たりがあった。
「アランだったか? ほら、領主様に雇われた探索者の心核使いが、そんなのに変身出来るって話じゃなかったか?」
ラリアントにおいて、兵士と警備兵というのは明確に分かれている。
だからこそ、ここにやって来た警備兵たちは、ゼオンについての情報をほとんど知らず、侵入してきたのがアランだとは断言出来なかった。
「それって、あれだろ? 盗賊たちと繋がってこっちの情報を流していたってクランの」
「ああ。……そうなると、仲間を助けに来たんだろうな」
ラリアントに被害を出そうとした盗賊の仲間の割には仲間思いだな。
そう思いながら、警備兵たちは他に何か重要な情報がないのかを集めていく。
だが、やはり一番多く集まった情報はゴーレムが落下してきたというもので、そのゴーレムを使っていた者たちがここを出てどこかに向かった……といった情報は存在しない。
「厄介なことになりそうだな」
「ああ」
情報を聞き終わった警備兵の二人は、そのことに憂鬱そうな様子で言葉を交わす。
ただでさえ、現在ラリアントは盗賊たちの手によって半ば封鎖されているような状況だ。
その上で、ラリアントの内部に盗賊と繋がっている――可能性が非常に高い――者たちがいるというのは、それこそ厄介という言葉ではすまされないほどに厄介な出来事だ。
特に問題なのは、やはり心核がゴーレムだということだろう。
ラリアントは隣国の侵攻に備えて厚い城壁の類も存在しているが、だからといって内部で巨大なゴーレムが暴れるといったことをされれば、どうなるのかは考えるまでもない。
それこそ、ゴーレムの行動に合わせて盗賊たちが暴れるようなことになったら……ラリアントの内部に侵入を防ぎ切れるかと言われれば、非常に難しかった。
かといって、ゴーレム使い……アランという名前を警備兵たちはまだ知らなかったが、そのゴーレム使いをこのラリアントで見つけられるかと言われれば、答えは否だ。
いや、完全に無理とは言い切れないが、ラリアントに住む住人の数を考えると、そう簡単にどうにか出来る問題ではない。
「明日からは、また大変な日々になりそうだな」
「……今でもたいへんだってのに」
ラリアントの外に盗賊が我が物顔でのさばっている以上、警備兵の仕事は多い。
だというのに、これ以上に忙しくなるのかと、警備兵たちはゴーレム使いの存在を恨めしく思うのだった。




