0056話
野営地からかなり離れた場所……黄金のドラゴンに変身したレオノーラの翼でも十五分ほど飛んだ場所に、現在アランとレオノーラの姿があった。
空を飛んで十五分である以上、先程までいた野営地からアランたちを探そうとしても、そう簡単に到着出来る場所ではない。
(とはいえ、このままだと見つかるかもしれないけど)
ゼオンも黄金のドラゴンも、双方共に全高十八メートルほどの高さを持っている。
そうである以上、遠くからで見つけることは不可能ではないだろう。
せめてもの救いは、今が夜だったということか。
もし今が昼なら、レオノーラたちの姿は余計に見つかりやすくなっていたはずなのだから。
ゼオンの様子を気にしながら、レオノーラはドラゴンとしての感覚で周囲の様子を確認する。
周囲には木々がいくつか疎らに生えている、林。
その林の中には、小さな動物の気配はかなり存在しているが、大きな存在……それこそ、モンスターや人間といった者の姿は存在しない。
(アラン、聞いている? アラン。このままだと目立つから、取りあえず心核を解除しましょう)
黄金のドラゴンと化したレオノーラは、言葉を発することは出来ない。
唯一、アランとだけは念話で話すことが出来た。
恐らくアランの心核とレオノーラの心核が一ヶ所に置かれていたことと無関係ではないのだろうが、ともあれ今は念話が使えるというのが助かることなのは間違いなかった。
(アラン? ちょっと、アラン! 本当に大丈夫なの!?)
いつもならすぐに返事があるのに、今日はアランからの返事がない。
攻撃をしてきた騎士が薬を盛ったとは言っていたが、それの影響なのは間違いないだろう。
問題なのは、本当にその薬は致命的なものではないのかどうか、そして何より、いつくらいになればアランが自由に動けるようになるのかどうかだろう。
騎士の言葉を完全に信じることが出来ない以上、まずはどうにかしてアランの心核を解除させ、アランを休ませる必要があった。
(しょうがないわね)
このままではアランの健康上で考えても危ないだろうと判断し、レオノーラは心核を解除して黄金のドラゴンから人の姿へと変わる。
「ふぅ」
月明かりに映える髪を掻き上げ、ゼオンに向かって声をかける。
「アラン、聞こえてるんでしょう? アラン! 心核を解除しなさい。ここはもう安全だから、ゼオンに乗っていなくても平気よ!」
そうやって叫ぶこと、数分。
一切ゼオンに反応がないのを見てとったレオノーラは、もう一度ドラゴンに変身して、ゼオンを地面に寝転がらせるべきか? と考える。
ゼオンが立ったままだと、夜の今はともかくとして、日が昇れば間違いなく目立ってしまう。
少なくても、アランやレオノーラを探している者たちにしてみれば、これ以上目立つ目印はないだろう。
「出来れば、早くラリアントに戻りたいのに」
アランとレオノーラを捕らえるために――それだけが理由ではないだろうが――あのような大がかりな茶番とも言うべきことを行ったのだ。
であれば、当然のように失敗したときのことを考えているのは当然であり……そういう意味では、ラリアントに残してきた雲海と黄金の薔薇の仲間たちがどうなっているのかというのを心配するのは当然だろう。
もし失敗したときのために仲間たちが捕らえられている可能性は非常に高く、場合によってはそれに抵抗してラリアントの中で大きな戦闘となっている可能性すらあった。
(いえ、成功しても私とアランは結局捕まっていて、それを仲間たちが受け入れるはずがないんだろうから、どのみち捕まっている可能性は高いでしょうね。……イルゼン辺りなら、何らかの奥の手があってもおかしくはないけど)
レオノーラは雲海を率いる探索者の顔を……そしてイルゼンの浮かべる胡散臭い笑顔を思い出しながら、今はそれを頼もしく感じる。
ともあれ、今回の件を何とかするためには少しでも早くアランの体調を戻す必要があった。
どのような成り行きになるにしろ、最終的に戦いになるのはほぼ確実であり、そして戦いになればゼオンほどに頼れる存在はそういないからだ。
また、ゼオンとレオノーラが変身する黄金のドラゴンが合体すれば、ゼオリューンという極めて強力なロボットになる。
そのためにも、やはりレオノーラはアランと一緒に行動するのが最善なのだ。
「だから、起きなさいってば! いつまで寝てる気!」
若干の苛立ち紛れに、レオノーラはゼオンの足の装甲目掛けて鞭を振るう。
先程までのように紫電を纏っている訳でも何でもない鞭の一撃だったが、それは間違いなくゼオンに命中し……ゼオンが微かに顔を左右に動かす。
そのような動きを見せたゼオンに、レオノーラは少しだけほっとする。
何故なら、こうしてゼオンが動きを見せたということは、間違いなくゼオンのコックピットにいるアランが気が付いたということなのだから。
そんなレオノーラの予想を証明するように、やがてゼオンの姿は消え……地面には蹲っているアランの姿だけが残された。……カロもアランの手の中にあったが。
「アラン!」
地面に蹲っているアランに駆け寄るレオノーラ。
本人は全く気が付いていなかったが、その顔には深い心配の色がある。
そうしてアランに近づいたレオノーラは、そっとアランに手を伸ばす。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
アランの口から漏れるのは、苦しげな息のみ。
レオノーラの手がアランの額に触れると、そこは明らかに熱かった。
元々風邪に近い症状だったアランだが、ゼオンを使ったことで、より一層その症状が悪化しているのは明らかだった。
「どうすれば……この近くに街や村の類はなかったし、荷物の類も持ってきていない」
今回の盗賊にいる心核使いに対抗する依頼……という名目でアランとレオノーラの二人を誘き出したとき、荷物の類は討伐隊の方で用意するということになっていた。
今の状態を考えると、もしかしたらこうなったときのために、荷物は向こうで用意するということになったのではないかとすら、思ってしまう。
(かといって、ラリアントに戻るのは……無理ね)
ラリアントの領主がアランと心核のゼオンを欲した以上、今の状況でラリアントに行けば、間違いなく捕まってしまう。
かといって、この近くに村や街がない以上、そこで毛布の一枚も用意することは出来ない。
……もっとも、ここまで周到にアランを捕らえようとしてきた以上、ザラクニアからの指示で近隣の村や街にアランやレオノーラが現れたら捕らえるようにと連絡がいっていてもおかしくはないのだが。
そうなると、ラリアントからもっと離れた……それこそ、他の貴族の領地まで移動してアランの治療をするか。
一瞬そう考えたものの、すぐにレオノーラは首を横に振る。
ザラクニアは、辺境伯としてドットリオン王国においても高い名声を得ていた。
隣国のガリンダミア帝国の侵略を何度も防いできた一族であり、さらには本人も戦争で何度も手柄を立てている。
そんなザラクニアが、アランたちを捕らえるために周辺にいる貴族たちに手を回していないとも限らない。
探索者は評価も高いが、それでも貴族と比べれば、どうしても身分としては劣る。
ましてや、捕らえたあとで何らかの報酬を約束すれば、信頼度や報酬の関係でザラクニアの味方をするのは確実だった。
(そうなると、いっそガリンダミア帝国に? ……いえ、それは危険ね)
色々と考えるも、結局現状ではどこに行くのも危険だという結論になってしまう。
だが、アランをこのまま放っておくという訳にもいかず……
「ふぅ。……しょうがないわね」
自分に言い聞かせるように、レオノーラが呟く、
その頬は、月明かりの下でも、少し夜目が利く者であれば分かるほどに赤く染まっていた。
だが、今はとにかく少しでも早くアランの体調を回復させる必要がある以上、ここで躊躇う訳にもいかない。
騎士の話によれば、いずれ薬の効果は抜けると言われてはいたが、馬鹿正直に敵の言葉を信じられるようなお目出度い性格はしていない。
「よい……しょ」
アランを半ば強引に立たせると、肩を貸して歩き出す。
まずは、風を遮れるような場所を見つける必要があった。
「ぴ! ぴぴ!」
アランの手の中から落ちたカロを拾い、そのまま林の中を進む。
幸いにして、三十分も経たないうちに小さな洞窟……それも、モンスターや野生動物が使っていない洞窟を見つけることが出来た。
洞窟の中に風が入ってこないように、そして何よりも追っ手がいた場合は見つからないようにと近くに生えている茂みや木の枝を折って洞窟を隠す。
当然隠れているのだから、見つかる目印となりかねない焚き火をする訳にはいかない。
ましてや、洞窟の中にいるという今の状況を考えると、健康面から考えても危険だった。
「ふぅ……」
自分を落ち着かせるように息を吐きつつ、アランの身体を抱きしめる。
それこそ、もしアランが目覚めていれば、顔を真っ赤に染めたレオノーラこそが病気ではないのかと、そう思ってしまうくらいには。
(せめてもの救いは、服が濡れたりとかしていなかったことかしら)
もしそうなっていれば、それこそ裸でアランに抱きつくといった真似をしなければならなかった。
王女としての自分は捨てたとはいえ、その美貌からレオノーラは今まで何人にもから好意を寄せられていたり、口説かれたりもした。
だが、黄金の薔薇を率いる探索者としての行動を最優先にしていた為に、結果としてそのような機会に恵まれることはなかった。
しかし……今、レオノーラは、これまでにないほどに男と密着していた。
外見からもアランが相応に鍛えているのは分かっていたが、それでも腕の中にある男の身体が、レオノーラにどうしても異性というものを感じさせてしまう。
不幸中の幸いだったのは、アランの意識が完全になくなっていたことだろう。
もしこれでアランが起きていれば、それこそレオノーラは今のような真似が出来たとは思えない。
(全く。……馬鹿)
そんな風に思いつつ、レオノーラはアランの体温を少しも逃がさずに暖めるべく、しっかりとその身体を抱きしめるのだった。




