0045話
「は? えっと……一体なんでそんなことに?」
パーティが終わった翌日。
パーティでゼオンを見たときのザラクニアの様子から、出来るだけ早くこのラリアントから出た方がいいと思っていたアランだったが、雲海と黄金の薔薇のメンバーが集められた場所でイルゼンが口にしたのは、ラリアントにいる兵士の訓練をするという依頼を受けたというものだった。
一刻も早くラリアントから出て行きたいと思っていたアランにとっては、なんでそんなことに? といった風に感じられたが、探索者や冒険者といった面々が兵士の訓練を引き受けるというのは、そこまで珍しい依頼ではない。
探索者や冒険者といった面々は、実践慣れしていることも多いので、兵士たちの実力を上げるという意味では、むしろありふれている依頼ですらあった。
だからこそ、イルゼンの言葉にここまで強行に反対の意志を示しているのはアランだけで、他の者は不満を口にするにしても面倒臭いといった理由がほとんどだった。
「報酬はかなり良いですしね。それに、昨日のパーティでレオノーラさんとアラン君が心核を使ったところを見せた謝礼として、新しい馬車やそれを牽く馬、それ以外にも食料を始めとして旅に必要な様々な物資を用意してくれるそうです」
「随分と気前が良いですね」
黄金の薔薇の一人が、少し驚いたようにイルゼンの言葉を聞いてそう返す。
馬や馬車といったものは、あればあっただけいい。
だが、双方共にそれなりの値段がするものであり、それをあっさりと用意してくれるというザラクニアの気前の良さに、皆が驚く。
食料を始めとした物資の類も、一人分や二人分であればともかく、雲海と黄金の薔薇という二つのクランの人数分ともなれば、それなりの量になる。
何故そこまでしてくれるのか? とイルゼンの言葉にアランが思い出したのは、やはりパーティ会場でアランがゼオンを呼び出したときに見せた、ザラクニアの表情だ。
映像モニタ越しだったし、その表情を浮かべていた時間もほんの短い間だったために、向こうはアランにそれを見られたとは思っていないだろう。
しかし、アランはそれを見てしまったのだ。
狂おしいまでの執着を浮かべる、ザラクニアの表情を。
「もしかして、俺たちをこのまま囲い込むつもりだったりしてな」
雲海の誰かが言ったその言葉は、アランにとってはとても冗談のようには思えなかった。
もし本当にそこまでして自分たちを……いや、自分を囲い込もうと考えているのであれば、とてもではないが洒落にならない事態だ。
「ちょっといいですか?」
そのようなことになってしまう前に、昨日自分が見たザラクニアの表情について話しておいた方がいいだろうと判断し、アランは口を開く。
部屋の中にい者たちの視線を浴びながら、アランは自分の考えを口にする。
それを聞いた者の反応は二つに分かれる。
一つは、アランの考えすぎだという者。
そしてもう一つは、ザラクニアの危険性を重視する者。
ただ、反応は二つに分かれたが、人数としては前者の方が圧倒的に多い。
いくらゼオンが強いとはいえ、辺境伯の地位にある者がそこまで無理をするような真似はまずしないだろうと、ある意味で楽観的な思いからきたものだ。
実際、アランも昨日ザラクニアの表情を見ていなければ、その意見に納得してしまっただろう。
唯一の幸運としては、リア、ニコラス、レオノーラ、といった面々や、他の心核使いの何人かもアランの意見に賛成してくれたことか。
イルゼンは、今回の依頼を引き受けてきたこともあり、どちらとも言えないといった様子を見せている。
最終的には多数決ということになり、今回の依頼はそのまま引き受けるということになる。
イルゼンが既に依頼を受けると返事をしていたことが、一番の決め手となった形だ。
もしこの状況で前言を翻して依頼を断るようなことをした場合、それは雲海と黄金の薔薇の評判にかかわってくる。
ましてや、今回の依頼はその辺にいる相手ではなく、ラリアントとい城塞都市の領主、隣国からの盾となるべき存在からの依頼だ。
それを一度引き受けると言っておきながら、何の理由もなく断るというのは、明らかにマイナスだ。
……一応理由はあるが、目つきが嫌だからという理由で断るようなことは、それこそ理由としては弱く、それを公表すれば、アランたちの評判がより悪くなるだけだ。
「アラン君も、毎日リアさんとの訓練ではなく、他の人と訓練をしてみるのも刺激になっていいでしょうし」
そんな訳で、いつの間にかアランもいつの間にか訓練に巻き込まれることになるのだった。
「はああああっ!」
兵士の一人が、模擬戦用の槍をアランに向けて突き出してくる。
その動きはそれなりに早く鋭いものなのだが、それはあくまでも兵士としては、の話だ。
毎朝、そして時間があれば母親のリアと訓練をしているアランにとっては、その一撃を回避するのは難しい話ではない。
前に出ながら、その踏み出す足の位置を変えることにより、槍を回避しながら前に出る。
そんなアランに気が付いた兵士は、一瞬どうすればいいのか迷い、慌てて槍を手元に戻そうとし……その動きに合わせるようにさらに前に出たアランの長剣――こちらも当然模擬戦用――が首筋に突きつけられ、降参する。
「負けたよ。お前、強いな」
アランより年上の、二十歳ほどの男の兵士の言葉に、アランは我知らず笑みを浮かべる。
母親のリアと、場合によってはそれ以外の仲間たちと行っている訓練では、アランが勝つということは……皆無とまではいかないが、かなり少ないのは事実だ。
とはいえ、それは周囲にいる全員がアランよりも格上の存在である以上、当然なのかもしれないが。
だからこそ、今こうして兵士を相手に勝てたことは、アランにとって非常に嬉しいことだった。
もっとも、兵士と探索者……それもその辺の探索者ではなく、雲海や黄金の薔薇といったクランに所属している探索者では、どうしてもお互いに能力の差が出来てしまう。
アランは全く気にした様子がなかったが、もし兵士との模擬戦でアランが負ける……どころか、苦戦するようなことがあればリアの訓練はより厳しいものになっていたのだ。
「さて、見たわね。アランは私たちのクランでも生身での戦いに限っては最弱だ。……まぁ、心核使いだから、それでもおかしくはないんだけど」
そう告げるリアだったが、その表情には不満の色が濃い。
心核使いであってもなくても、やはり生身の戦闘力は相応に必要だというのが、リアの考えだった。
実際、それは間違っている訳ではない。
心核使いが心核を使って変身すれば、その能力は極めて強力なものになる。
だが、心核を使おうとしても変身するのに個人差はあれど多少の時間がかかる以上、当然のようにその隙を狙うといった真似をする者は多い。
実際に心核使いが死ぬ理由の上位に、心核の発動前を狙われるというのものがある。
何より、リアがそのような手段で今まで何人かの心核使いを倒したことがあったので、その考えには強い説得力があった。
「私たちがこれから貴方たちを鍛えるけど、その訓練に耐えればアランと同じくらいには強くなれると思うよ。……もっとも、相応に厳しい訓練になると思うけど」
アランが現在の強さを得るのに、それこそ訓練を始めてから十年以上もの時間がかかっている。
ましてや、毎日のように母親と訓練をしたことによる結果が、今のアランなのだ。
……とはいえ、もしもっと才能がある者が同じような訓練をしていれば、間違いなく今のアランよりも強くなっていただろう。
結局のところ、アランの今の強さはあくまでも才能の低さを努力で補っているということなのだから。
この兵士たちを相手にするのならともかく、より上位の存在……それこそ騎士の類と戦うようなことにでもなれば、アランが勝つのは難しい。
アランも、それは分かっていて、以前は多少なりとも自分の実力のなさにコンプレックスを抱いていたのだが、幸いなことにアランは転生者であり、同年代よりもいくらかは精神年齢が高いおかげで、それを表に出すことはなかった。
また、心核を手にしてゼオンという力を得たことも、その辺りには関係してくるだろう。
「ほ、本当に俺たちもあれくらい強くなれるんですか!?」
先程の模擬戦を見ていた兵士の一人が、興奮したように叫ぶ。
兵士をやっている以上、やはり自分が強くなりたいと思うのは当然だろう。
そんな兵士に対し、リアは当然と頷きを返す。
……兵士たちが興奮しているのは、ハーフエルフのリアが美人で若い女に見えているから、というのもあるのかもしれないが。
(実は結婚していて、俺という息子がいるって知れば、一体どうなることやら)
そんな風に思うが、兵士を鍛えるという仕事を引き受けた以上、リアが自分の容姿を利用するくらいのことは平気でやるというのは、アランも理解していた。
もっとも、実際に何かをする訳ではなく、そう臭わせるだけなのだが。
「さて、じゃあまずは基本から行きましょうか。ほら、皆準備して。素振りでおかしいところがあれば、しっかりと指導していくから、そのつもりでいてね」
リアの口から出た言葉に、不満そうな表情を浮かべる者も多い。
模擬戦をやって、手っ取り早くリアにいいところを見せたいと、そう思っていた者たちだろう。
だが、リアはそのように不満そうな表情を浮かべている者たちに向かって、言い聞かせるように口を開く。
「いい、武器の握りや構え、振るい方。それらはきちんとしないと、攻撃に威力が乗らないのよ。せっかくの一撃が、相手に呆気なく受け止められたりしたら嫌でしょ? それに、まだ私は貴方たちが具体的にどのくらいの力を持っているのか知らない。そうである以上、まずはそこから知る必要があるのよ」
そう告げるリアだったが、息子のアランを鍛えるときは模擬戦を中心にしてやる。
そのような真似をしないのは、やはり息子……自分の血を分けた相手ではないだけに、無茶は出来ないと、そう理解しているからだろう。
だが、そんなリアの考えを理解出来ず、兵士たちは言われた通りに武器を振るい始めるのだった。




