0041話
ドーレストのスタンピードを終わらせ、貴族や商人といった権力者たちの開くパーティを嫌がって逃げ出してから、数週間。
ドーレストからかなり離れたその場所に、アランが所属する雲海と、その雲海と一緒に行動する黄金の薔薇の姿があった。
とはいえ、旅をしていれば当然のように何らかのトラブルが襲ってくる。
そして今、馬車の先頭を通さないようにしながら、盗賊たちが攻撃準備を整えていた。
「この辺には盗賊が出るという話は聞いてましたが……まさか、本当に出るとは思いませんでした」
惚けた表情で、雲海を率いるイルゼンが告げる。
その口調には危機感がなく、どこか飄々とした色があった。
それは、自分たちならこの程度の盗賊を相手にしてもどうにかなるようなことはない……と、そう信じているのと同時に……
「よく言いますね。この辺に盗賊が出るってのは、前もって情報を持っていたでしょうに」
若干呆れたように、イルゼンの側にいた人物、まだ十代の少年が呆れを込めて告げる。
だが、イルゼンはそんなアランにどこか誤魔化すような笑みを浮かべつつ、とんでもないと首を横に振る。
「情報を持ってはいましたが、まさか本当に出て来るとは思いませんでしたよ」
「ふーん」
イルゼンの言葉を一切信じていない様子で、アランはそう相槌を打つ。
それでも文句を言わなかったのは、この一行が若干金銭的に困っているというのを知っていたからだ。
何しろ、金銭的に困っている理由というがのが、ドーレストから半ば強引に脱出してきたことで、得られる報酬の多くを貰うことが出来なかった……というのが理由なのだから。
もちろん、ある程度の報酬はすでに貰っていたが、クランの運営には金がかかる。
食料や武具の整備、道具の購入、馬車の整備は場合によっては新しい馬を購入する……といった具合に。
それ以外にも、情報収集やら何やらで、金はいくらあっても足りないほどだ。
にもかかわらず、多くの報酬を投げ出して逃げて……いや、脱出してきた雲海としては、金が底をつく前に何とか稼ぐ必要があった。
別に何か悪いことをして逃げ出してきた訳ではないので、追っ手の類がかけられている訳ではない。
……いや、一国の王女たるレオノーラはともかく、特に強い後ろ盾のないアランは、心核という武力――もしくは兵器――を欲している者にしてみれば、どうやってでも手に入れたいと、そう思う者が多いだろう存在だった。
敵対するのではなく、取り込むという意味での追っ手を放たれる可能性は十分にあり、そういう意味で先を急いだイルゼンやレオノーラの判断は決して間違っていない。
だが、旅をするにも食料を始めとして色々な物資が必要なのは事実であり……そういう意味で、その物資を購入するためにも金が必要で、その金を稼ぐためにイルゼンは道中で噂話で聞いた盗賊たちに目を付け、その結果が今の状況だった。
「そもそも、あの盗賊たちは馬鹿なんですかね? こっちは見るからに探索者の集団なのに、こうして襲ってくるんですし」
「まぁ、賢ければ盗賊ではなくもっと別の仕事をしてるでしょうしね」
アランの言葉に、イルゼンは笑みと共にそう告げ……そして、戦いが始まろうとしたその瞬間、周囲に声が響き渡る。
「待てぇいっ!」
その声の主は、盗賊たちの向こう側、背後から聞こえてきた。
雲海や黄金の薔薇の面々も、そして盗賊たちも、最初は何が起きたのかが分からずに一瞬戸惑う。
だが、双方共に何が起きているのかというのは、すぐに理解した。
何故なら、盗賊の背後で戦いが始まったためだ。
……いや、それは戦いというよりは蹂躙という言葉が相応しいだろう。
盗賊たちも、このようなことをしている以上は決して荒事に慣れていないという訳ではない。
だが、この場合は相手が悪かった。
盗賊たちを背後から襲っているのは、明らかに騎士や兵士といった、戦いの訓練を欠かさない者たちだったのだから。
多少は荒事に慣れていても、盗賊たちは別に毎日のように戦闘訓練をしている訳ではない。
そのような者たちが、騎士や兵士のような者たちと戦えばどうなるのか。
それが、現在アランたちの視線の先で証明されいた。
「おや、これはいけませんね。皆さん、こちらも攻撃して下さい。このままでは、向こうの騎士や兵士たちに手柄を奪われてしまいますよ」
そんなイルゼンの言葉に、雲海の面々は即座に反応して盗賊たちに攻撃を開始する。
黄金の薔薇の面々は、若干気乗りがしないようではあったが、それでも盗賊という存在が目の前にいる以上、見逃すという選択肢は存在しなかった。
「アラン君。アラン君は、他の人の援護に回って下さいね。決して無理をしないように」
長剣を鞘から抜いて馬車から降りようとしたアランに、イルゼンはそう告げる。
「ぐっ……分かってますよ!」
イルゼンの言葉が自分を心配しての言葉だというのは、アランも理解している。
心核を使った戦闘ともなれば、それこそ一騎当千といった実力を発揮するのは、スタンピードの一件ですでに皆が理解していたのだから。
だが、それはあくまでも心核を使えばの話であって、素の状態のアランは決して強くはない。
武器を使った戦いも、魔法を使った戦いも、どれも良くて平凡な程度の実力しかない。
毎日のように訓練をしているのに、その程度の実力しか発揮出来ないのだ。
そんなアランだけに、普通の盗賊ならともかく、腕の立つ盗賊を相手にした場合は、決して安心出来ない。
言われたアランも、自分の実力は理解しているので、イルゼンに言い返すことなく盗賊たちとの戦いが行われている方に向かう。
「イルゼンさん、あまりアランをからかわないようにして下さいよ」
ちょうど戦場に向かおうとしていた魔法使いの男が、イルゼンに呆れたように告げる。
魔法使いの男にして、アランの父親のニコラスの言葉に、言われた方はいつものように飄々とした笑みを浮かべていた。
そんなイルゼンを呆れたように見ると、ニコラスもまた戦場に向かうのだった。
「はぁっ!」
アランの振るう長剣が、盗賊の首筋を斬り裂く。
一応何らかの革で作ったレザーアーマーを身に着けてはいた盗賊だったが、首筋は動きやすさを重視してなのか、鎧に覆われてはいなかった。
だからこそ、アランはそこを狙い、斬り裂いたのだ。
とはいえ、アランが戦った相手は盗賊の中でもそこそこ強かった相手らしく、倒すまでに数分もかかっている。
……強いとはいっても、それはあくまでも盗賊の中での話であって、本来探索者なら数秒で倒せてもおかしくはない相手なのだが。
この辺は、やはりアランの才能の問題なのだろう。
それでもこうして倒すことが出来たのは、これまで何度も盗賊の類と戦い、人を殺すという行為に躊躇しなくなっているというのが大きい。
もしここで人を殺すのを躊躇していれば、それこそ地面で倒れているのはアランだっただろう。
「ふぅ」
一人倒して安堵した瞬間、鋭く風を斬り裂く音が聞こえたのと同時に、アランから少し離れた場所から悲鳴が聞こえてきた。
「ぎゃっ!」
半ば反射的に声のした方を見ると、そこには弓を手にした男が手を押さえながら悲鳴を上げている。
とはいえ、手の甲の皮膚が禿げ、肉が抉れ、骨が剥き出しになっている状態を見れば、それで悲鳴を上げるなという方が無理だろう。
「一人を倒したからって、油断をするのはどうかと思うわよ?」
そう言いながら、アランの隣に一人の女が立つ。
美という言葉を集め、人の形にしたかのような、そんな女。
ほんの数秒前に手にした鞭で盗賊の手の甲を攻撃し、大の男にあそこまで悲鳴を上げさせるような真似をしたとは、到底思えないように落ち着き、笑みすら浮かべている。
(女王様……いや、王女か)
気の強そうな美貌と鞭。
その二つを合わせると、どうしても女王様という単語を思い浮かべてしまうアランだったが、実際に目の前の美女……レオノーラは、クラッシェンド王国の王女でもある。
そして、王女であると同時に貴族の中でも次男や三男のように爵位を継げない者や、政略結婚の駒になりたくないと思う女たちを引き連れて、黄金の薔薇というクランをつくり、それを率いていた。
地位だけではなく、実力でそれを成し遂げている辺り、レオノーラは外見だけの存在ではない。
ともあれ、そんな女王様……否、王女様は、現在のアランにとってはパートナーと呼んでもいい存在だった。
アランと同じ場所で心核を入手したレオノーラは、それを使って巨大な黄金のドラゴンとなる。
その上、まだ一度しか成功していないが、アランの心核たるカロが呼び出すゼオンと融合して、ゼオリューンというより上位の存在と思われる姿に変身することも出来た。
そして何より、最初にゼオリューンになったとき、アランの記憶……それこそこの世界に転生してからの記憶だけではなく、転生前に住んでいた日本での記憶までをも知られており、そういう意味では運命共同体に近い。
……アランの方も、レオノーラの黒歴史とでも呼ぶべきものを目にしているので、必ずしも一方的に情報を握られている訳ではないのだが。
とはいえ、それはあくまでも心核に関係してのことであって、生身の状況では黄金の薔薇というクランを率いる王女と、黄金の薔薇と同程度の規模ではあっても一介の探索者の夫婦の間に生まれたアランでは、立場が違う。
また、純粋に探索者としての能力であっても、今の戦いを見れば分かる通り、レオノーラの方が圧倒的に上だった。
「分かってる」
それだけを言い、アランは息を整えてから次の盗賊に向かう。
そんなアランを見ていたレオノーラは、小さく笑みを浮かべる。
レオノーラから見れば、アランという人物は色々な意味で興味深い相手だった。
正確な意味は色々と異なるが、今一番気になる異性であると言ってもいいだろう。
そんなアランの様子を見ながら、レオノーラはアランに何かあったらすぐに助けられるようにしながら盗賊に対して鞭を振るうのだった。




