0396話
「帝都だ! 帝都が見てきたぞ!」
レジスタンス連合の一人が叫ぶ。
その声に、多くの者たちが視線の先を見ると、そこには間違いなく帝都があった。
従属国のレジスタンスたちが多く所属するレジスタンス連合にしてみれば、いくら憎んでも憎み足りない、そんな相手。
そのような者たちにしてみれば、自分たちの仇敵たる存在をこうして目にしたのだ。
当然ながら、今まで消耗した気力も回復し、血気盛んな様子で帝国軍を倒すと、そのように仲間と言い合う。
「不味いですね」
そんな中、レジスタンス連合を率いるイルゼンはそう呟く。
そんな声が聞こえたのだろう。リアが不思議そうに尋ねる。
「何がだい? 見たところ、向こうも戦力を整えているようには見えるけど、だからといって何か特に不味いようには思えないけど?」
「帝都には……何か得体のしれない存在がいます」
「……得体のしれない? それって具体的にはどんな相手なの?」
「強大な相手なのは間違いないでしょうね」
そう言うイルゼンは、冗談を言ってるようには思えない。
しかし、リアにしてみれば帝都を見ても特に何か……イルゼンが言っているような存在がいるとは、到底思えなかった。
そもそも、戦いという意味ではリアの方がイルゼンよりも圧倒的に上なのだ。
そうである以上、リアが敵の存在を感じてイルゼンが感じないというのはまだしも、その逆というのは少し考えにくい。
とはいえ、だからといってリアはイルゼンの言葉をすぐに却下するといったような真似はしない。
今までイルゼンによって何度も助けられてきたのが、雲海の探索者たちだ。
それだけに、イルゼンのそんな言葉を気のせいといったように思うことは出来ない。
(それに……ここはガリンダミア帝国の帝都、その中心部分だもの。そうである以上、そこには何があってもおかしくはないわ。それこそ、私たちには全く理解出来ないような何かが存在していても、おかしくはない。ただ……)
そこまで考え、リアはイルゼンに向かって気になっていたことを尋ねる。
「前に帝都に来たときは、特に何も感じたりといったような真似はしなかったわよね? なのに、今日に限ってはその何かを感じるの?」
「ええ。前回来たときは何も感じることがなかったんですけどね。今は……そう。それこそ怪物が口を開けてこちらを待ち受けているような、そんな何かを感じますね」
そう言い、袖を巻くって腕を見せるイルゼン。
イルゼンの腕はそこまで筋肉がついている訳ではないが、現在その腕には見て分かるほどに鳥肌になっていた。
「これは……」
リアも、イルゼンの言葉を信じていないという訳ではなかった。
しかし、それでもここまでイルゼンが帝都にいる存在に脅威を感じているといるというのは、予想外だった。
「一体、帝都に何が?」
「……恐らく、亡霊でしょうね」
「亡霊?」
イルゼンの言葉に、リアは思わずといったように尋ね返す。
「っ!? ……いえ、恐らくそのような相手がいるだろうと、そう思っただけですよ。実際にはどうにか分かりませんが」
リアの反応から、イルゼンは口が滑ったと思ったのだろう。慌てたようにそう言い、首を横に振る。
そのような態度を取ったからこそ、疑問に思ったのだろう。
リアは不思議そうな……いや、もしかしたら何かがあるのではないかと思えるような視線を、イルゼンに向ける。
だが、イルゼンは自分がそんな視線を向けられていてると理解しつつも、それ以上は何も言わない。
今の状況で何かを言っても、それは色々と不味いと。そう判断したからなのだろう。
リアもイルゼンの様子から、これ以上聞いても事情を話したりはしないと判断したのか、それ以上は何も言わない。
代わりに、話題を移す。
「それにしても、レジスタンスは士気が高いわね」
「そうですね。ですが、その士気の高さこそがレジスタンス連合にとっての最大の特徴です」
そのイルゼンの言葉は、決して大袈裟なものではない。
戦いの訓練を毎日のように行っている兵士や騎士と比べて、レジスタンス連合に所属するレジスタンスたちはどうしてもその戦闘力は弱い。
表向きは普通に生活しており、裏でレジスタンスとして活動していたのだかえら、それも当然だろうが。
もちろん、ある程度の戦闘訓練は行っているものの、それはあくまでもある程度でしかなく、ガリンダミア帝国軍に比べれば明らかに劣る。
だが……それでも、自分の国をガリンダミア帝国から解放するという思いや、自分の家族、恋人、友人といった者たちがガリンダミア帝国の者たちによって虐げられ、酷い目に遭ったという恨みを晴らすという意味で、士気は高い。
レジスタンスたちも、当初から雲海や黄金の薔薇と行動を共にしている者たちであれば、その訓練に付き合う……いや、リアにって半ば強引に参加させられ、本当に多少なとりもではあるが、訓練を行っている。
なお、その訓練に参加したレジスタンスの大半は、雲海や黄金の薔薇の訓練についていけないことで実力差をはっきりと理解してしまう。
中でもレジスタンスたちの心を折ってしまうのは、実際に戦闘をするようには見えない……それこそ普段は後方で待機しているような者たちですら、その訓練についていけていることだろう。
本来なら前線に出る必要のない者たちですら、あっさりと自分たちにはついていけない訓練を行っているのだ。
下手に自分の力に自信があるレジスタンスにしてみれば、そんな相手は信じられないといったように思えてもおかしくはない。
「とにかく、練度ではガリンダミア帝国軍には及ばない以上、こちらは士気の高さを活かして、勢いで一気呵成に攻めるといった手段が最善でしょう。……周辺諸国で結成された連合軍が現在どこにいるのか、というのは少し興味深いところですが」
「連合軍? そんな連中は待ってないで、さっさと攻めようぜ」
リアとイルゼンの会話に、不意にそんな声が割り込んで来る。
一瞬、またレジスタンスの中でも血気盛んな奴か? と思ったリアだったが……
「ロッコーモ……」
声のした人物を見て、リアは呆れたようにその名前を呟く。
これがレジスタンスの者であれば、ガリンダミア帝国に対する憎悪から出来るだけ早く攻撃したいと、そのように言ってきてもおかしくはない。
だが、雲海の心核使いであるロッコーモがそのように言ってきたのだから、リアにしてみればお前はレジスタンスと同じか! と突っ込みたくなる気持ちを抱くのは当然のことだった。
「どうしたんだ、リアの姐さん。レジスタンスの連中も、やる気に溢れているぞ」
「それは困りましたね。まだ帝都が見えてきただけで、戦いは恐らく明日になるでしょう。士気が高いのはいいですが、今からそこまで逸っているようでは、いざ明日の戦いというときに体力が保ちません」
尋ねられたリアではなく、イルゼンがそうロッコーモに返す。
レジスタンス連合にとって、唯一ガリンダミア帝国軍に勝っているのは士気だ。
ガリンダミア帝国軍側も、レジスタンス連合にここまで押し込まれ……最終的に帝都のすぐ側で迎え撃つことになり、もし最終決戦で負ければガリンダミア帝国にとって致命的になりかねないという思いがある。
そういう意味では、ガリンダミア帝国軍の士気も当然高いのだが……それでも長年従属国として扱われてきたレジスタンスたちにしてみれば、圧倒的な士気を持つ。
ましてや、ガリンダミア帝国軍がここで負ければガリンダミア帝国の危機であると認識しているのと同様に、レジスタンス連合もここで自分たちが負けた場合、従属国という立場は今までよりも悪いものになる。
そういう意味では、やはりお互いの士気の高さということであれば、レジスタンス連合の方が高いのは当然だった。
「そう言ってもよ、イルゼンさん。あの連中……下手をすれば野営だって言っても、それを聞くようなことないと思うぜ? それこそ、真っ直ぐ敵に向かって突っ込んでいてもおかしくはないくらいだ」
「その辺はロッコーモがどうにかするしかないでしょ。いい? もしレジスタンスたちを暴走させたら……どうなるか、分かってるわよね?」
リアに鋭い視線と共に向けられたその言葉に、ロッコーモは息を呑む。
もしこのままレジスタンスたちを暴走させるような真似をした場合、自分が一体どうなるのか……それが明らかだったからだ。
雲海の中では戦闘能力という点で、ロッコーモは上位に位置する。
それはすなわち、レジスタンス連合の中でも上位に位置する強さを持っているのと同じことだったが、そんなロッコーモより更に上位に位置するのが、リアだ。
それこそ生身では当然ながら、ロッコーモが心核を使ってオーガに変身してもリアに勝つのは難しい。
……それどころか、場合によってはロッコーモが心核を使ってオーガに変身するといったような真似すらさせて貰えない可能性もあった。
「わ、分かった。こっちで何とか抑えておく。けど、それも限度があるぜ? 正直なところ、俺がどうにかしようとしても、それを聞くとは思えねえし。場合によっては、俺に向かって攻撃してくる可能性もある。心核を使ってもいいのなら、話は別だが」
「それは不味いですね。ここで心核を使った場合、必要以上に士気が上がっている現在の状況では、それこそレジスタンス連合の内部で戦闘が起きる可能性があります」
士気が高く、それを向ける相手がいるのに、そちらに攻撃をするのは禁じられる。
それを禁じた者が心核使いで、モンスターに変身した場合……レジスタンス連合の中でも暴走気味な者達が最後の一線を越える可能性があった。
イルゼンにとっては、それは最悪の展開である。
そうならないように色々と動きたいところなのだが、現在の自分たちの状況を思えば迂闊な真似も出来ない。
(こうなると、腕の見せどころといった感じでしょうか。……帝都いるる者の件は、私にとっても他人事とはならないはず。そうである以上、こちらとしても相応の対応をする必要があるでしょうね)
普段のイルゼンには似つかわしくない、鋭い視線を帝都に向けるのだった。




