0391話
ガリンダミア帝国軍との戦闘は、レジスタンス連合の勝利に終わった。
それも、大勝利と言ってもいいような、そんな圧倒的な勝利。
戦闘中にいきなり司令官や参謀といった軍の頭脳と言うべき集団や、いざというときの切り札でもある騎兵隊までもがいきなり逃げ出したのだから当然だろう。
前線でまだ戦っていたガリンダミア帝国軍の兵士たちにしてみれば、一体何がどうなってそうなった? といった疑問を抱いてもおかしくはない。
そのような状況では、いくら精鋭と呼ばれているガリンダミア帝国軍の兵士であっても、戦い続けるような真似は出来ない。
結果として、前線で戦っていた兵士たちも雪崩を打ったように逃げ出した。
中には逃げ出すのではなくレジスタンス連合に降伏する者もいたが、戦っている最中に降伏されても、それを素直に受け入れられるかどうかは、また別の話となる。
もちろん、戦いの中で相手の力量を認め合い、無事に降伏をした者もいない訳ではない。
特に雲海や黄金の薔薇と戦っていた者たちや、レジスタンス連合の中でも以前から雲海や黄金の薔薇と行動を共にしていたレジスタンスであれば、降伏を認められた者もいる。
だが、この戦いの直前になって合流してきたレジスタンスたちにしてみれば、敵はガリンダミア帝国軍という、自分たちの国を占領し、従属国にした者たちだ。
レジスタンスの中には、その戦争において家族や恋人、友人を殺された者も決して少なくない。
そのような者たちにしてみれば、ガリンダミア帝国軍が降伏をする言っても、わざわざそれを聞く必要はなく、手にした武器を振るうのに躊躇した者の方が少なかった。
「それでも、何だかんだと百人近い捕虜がいる訳だけど……これ、どうするんだ?」
レオノーラに向かってそう尋ねるのは、アラン。
アランは今回の戦いにおいて、それこそ戦局を決定づける働きをした。
そのような真似をした以上、当然ながら周囲から色々と言われることになり……それが面倒になって、野営地を抜け出したのだ。
そうしてようやくゆっくりとしていたアランだったが、そこにレオノーラがやって来たので、丁度いいと、捕虜をどうするのかを尋ねたのだ。
「それが悩みどころね。まさか、このまま戦力に入れる訳にもいかないでしょうし」
ガリンダミア帝国軍の兵士として、今まで戦ってきたのだ。
中には従属国から成り上がるためにガリンダミア帝国軍の兵士となった者もいたが、それだけにレジスタンス連合でそのような者たちを受け入れるのは難しい。
ガリンダミア帝国軍によって故郷を蹂躙され、従属国として厳しい日々を送ってきた者たちにしてみれば、ガリンダミア帝国軍というのは殺したいと思う相手だ。
だからこそ、今のような状況で敵を味方に引き込むというのは、難しい。
それに捕虜となったガリンダミア帝国軍の兵士にしても今日まで自分が所属していた軍と戦えと言われても、素直に納得出来ないだろう。
中にはそんな状況でも素直に納得出来る者がいるかもしれないが、そうあっさりと裏切るような相手は、それこそアランたちも信用出来ない。
だからこそ、捕虜の扱いには困っていた。
「こういうときに、どこか後方に拠点とかがあれば、そこに捕虜を入れておけるんだけどな」
「けど、捕虜が暴れた時に鎮圧する戦力が必要だし、それ以外にも食料とかが毎日必要になるわよ? とてもじゃないけど、今のレジスタンス連合でそれを用意するのは難しいわ。いえ、用意出来ても私たちはともかく、レジスタンスたちはそれを許容出来ないでしょうね」
レオノーラの言葉は、アランにも納得出来た。
もしこの状況で自分たちの食料を捕虜に渡すと言えば、レジスタンスの中にはそれを許容出来ないという者もいるだろう。
今はこうして食料を与えているが、それがこの先も食料の配布を認めるかどうかは微妙なところだ。
ましてや、それが後方に捕虜を送り、そこで食事をさせるとなれば、なおさらだった。
(そうなると、このまま逃がす訳にもいかないし。かといって捕虜として食事を出し続けるのも難しい。だとすれば……やっぱり、殺すのが一番効率的ではあるんだよな)
アランもそれは分かっている。
分かっているが、それでも戦いの中で敵対していたような相手であればまだしも、降伏した相手を殺してもいいかと言われると、素直に頷くことは出来なかった。
アランにとって、ガリンダミア帝国軍というのは決して許せない相手なのは間違いない。
当然だろう。自分を手に入れるために、しつこく狙ってきたのだから。
おかげで最近では探索者と名乗りながらも、古代魔法文明の遺跡に潜るようなことが出来なくなっていた。
ましてや、一度は誘拐されたことすらある。
そういう意味では、本来ならアランの捕虜に対する感情もレジスタンスたちと同じようになっていてもおかしくはないのだが……何故かそんな気分にはなれない。
それがガリンダミア帝国軍に追われているからとはいえ、これまで自分がガリンダミア帝国軍の軍人や心核使いを多数殺してきたのが原因なのか、もしくは狙われるのに慣れてしまったのか……はたまた、アランが転生者だというのが影響しているのか。
その辺りの理由はアランにも分からなかったが、それでも取りあえず捕虜を皆殺しにしたいといったように思っていないのは間違いない。
「このまま逃がせば、どうなると思う? やっぱり、またガリンダミア帝国軍の兵士として向かってくると思うか?」
「全員がという訳じゃないでしょうけど、ある程度はそういう風になってもおかしくはないわね」
「上層部に見捨てられたのに?」
「それでもよ」
そう言い切るレオノーラに、アランも恐らくそうなるだろうという予想はしていたので、反対することは出来ず……面倒臭いなと思いながら夜空を見上げるのだった。
「では、出発します!」
ガリンダミア帝国軍との戦いがあった翌日、再びレジスタンス連合は帝都を目指して出撃する。
昨日の戦いで怪我をした者もそれなりに多く、本来ならもう少し休んだ方がいいのでは? といった意見もあった。
しかし、イルゼンからそうして自分たちが休んでいる間にも、ガリンダミア帝国軍の戦力は帝都に集結するということを説明されれば、もう少し休んだ方がいいという意見の者たちも出撃することに異論は出せない。
時間はレジスタンス連合ではなく、ガリンダミア帝国軍の味方なのだから。
正確には、ガリンダミア帝国の周辺諸国で結成した連合軍も侵略を開始しているので、全ての時間がガリンダミア帝国軍の味方という訳ではない。
ガリンダミア帝国軍がレジスタンス連合に時間をかければ、それだけ多くの従属国が解放され、最終的にはガリンダミア帝国の本土にまで連合軍がやって来る可能性もある。
いや、可能性もあるといった曖昧な話ではなく、間違いなく連合軍がガリンダミア帝国の本土を占領しようとしているはずだった。
そういう意味では時間をかければそれだけレジスタンス連合が有利にあると見ることも出来る。
出来るのだが、それは自分たちではなく他の国……自分たち以外の相手を頼りにしているというもので、こうしてレジスタンス連合を結成したというのに、不甲斐なさすぎる。
(そう考えると、イルゼンさんのこの考えは間違っていないんだよな。……それに不満を抱いているような奴も結構いるけど)
アランはイルゼンの指示で移動を始めた者の中に、嫌そうな、不満そうな、そんな表情をしている者がいるのに気が付く。
本来なら、不満を抱いているような者をそのままにしておくべきではない。
蟻の一穴といった訳ではないが、そのような者の不満によってレジスタンス連合の中に大きな問題が起きる可能性があった。
それこそ、場合によっては致命的なほどの。
しかし、それを分かっていながらもアランとしてはそれをどうにかするような真似は出来ない。
現在のレジスタンス連合は、雲海や黄金の薔薇は別としても、多くの者が集まったレジスタンスが複数存在して構成されている形だ。
そうでる以上、不満を完全になくしたり、全員の意識を統一したりといった真似は出来ない。
いや、イルゼンであればやってやれないことはないだろうが、そのためには時間が必要となる。
その時間が現在そこまで余裕がないのだ。
そうである以上、現状のまま進み、それで何か問題があったらその都度解決していくといった形にするしかない。
「さて、じゃあカロ。……俺たちに出来ることがない以上、今はこっちが出来ることをやっておくか」
「ピ!」
アランの言葉にカロは鳴き声を上げ、それを聞きながらレジスタンス連合から離れる。
ゼオンを召喚する以上、いきなり間近で全高十八メートルの人型機動兵器――この世界の人間の認識ではゴーレム――が出て来れば、間違いなく騒ぎになる。
そうなった場合、アランとしてはとてもではないが洒落にならない以上、今の状況で自分が出来るのは、離れた場所でゼオンを召喚して驚かせないくらいだった。
そして……レジスタンス連合から離れた場所で、ゼオンが召喚される。
そんなゼオンに対するレジスタンス連合の反応は様々だ。
雲海や黄金の薔薇の者達たちは、今までに何度も見ているので特に驚いた様子はない。
最初から雲海や黄金の薔薇と行動を共にしていたレジスタンスも、戦いで何度か見ているのでそこまで気にした様子はない。
だが、合流したばかりのレジスタンスは、当然のように驚く。
一応、戦っていない状況であっても空を飛んで移動していたので、見るのは初めてといった訳ではないのだろう。
しれでもこうして間近でゼオンが召喚される光景を目にした者たちにしてみれば、そこに反応するなという方が難しかった。
幸いにもゼオンの姿を見て驚きはするものの、混乱して騒ぐといったような者はいなかった。
そのおかげで特に騒動らしい騒動の類はなく……アランは混乱した仲間に攻撃されるといったようなこともないままに、ゼオンのコックピットに乗り込むのだった。




