0386話
「てめえ、ふざけるな! 俺たちを誰だと思ってやがる!」
「知るか! どうせ弱小のレジスタンスだろうが!」
野営地の中を歩いていたアランは、そんな怒鳴り声を聞いて一瞬足を止める。
だが、もうすでにこの手の騒動には慣れているので、特に気にせず再び歩き始めた。
現在アランたちがいるのは、ガリンダミア帝国の本国の領土内。
すでに、以前拠点としていた場所から移動を始めて一ヶ月以上が経っていた。
最初は従属国からガリンダミア帝国本国に入るとき、何らかの妨害を受けるのではないかと、そう思っていたのだが、不思議なことに……本当に不思議なことに、妨害らしい妨害は全くなかった。
そうして行動しているうちに、最初から雲海や黄金の薔薇と合流せず独自に動いていたレジスタンスたちも次第に合流するようになったのだが、それによって多くの問題も起きている。
アランは知らなかったが、最初に雲海や黄金の薔薇と合流したレジスタンスたちも、当初は主導権争いを行っていた。
……結果として、腕自慢の者の大半はリアによって倒され、大人しくなったが。
だが、こうして途中で合流してきたレジスタンスたちは、そのような経験をしていない分、血気に逸っている。
それだけではなく、不機嫌なのには別の理由もあったが。
「だから、何でだよ! 何でガリンダミア帝国の村や街を略奪しちゃいけねえんだ!? 従属国で略奪をしてはいけないというのは、納得出来るさ。俺だって従属国の出身だからな。だが、ここはガリンダミア帝国だろう!? 俺たちから散々略奪してきた連中の国だ!」
そう叫んだ男の周囲には他にも何人もいて、それぞれが今の主張に同意する。
自分たちの財産が略奪され、それによって栄えたガリンダミア帝国だ。
その村や街、場合によっては都市であっても、自分たちには略奪する権利があるはずだと。
(だよな)
アランとしては、主張している者の気持ちも分かる。
世の中には復讐は何も生まないといったようなことを賢しげに語るような者もいる。
であれば、そのように復讐を否定する者の家族、恋人、友人を全て殺し、それでも許せるのかと聞いてみたいと思う。
あるいはその時点で許しても、その後、その者が新しく知り合いを作ればその相手も傷つけ、あるいは殺し、何かをしようとしても邪魔をし……それでも復讐は何も生まないと言えるのかと。
(とはいえ、それでも略奪はして貰ったら困るんだけどな)
復讐したいという気持ちも分かるが、それとは関係なく、この状況でガリンダミア帝国の本土で略奪をするのは危険だった。
もし略奪を許せば、それこそ村や街、都市の住人までもがアランたちと敵対する。
自分の物を奪われ、妻や娘が乱暴され、父親や息子は殺される。
そんなことになると知れば、当然のように住人たちもアランたちと戦う決意をするだろう。
ガリンダミア帝国軍という、ただでさえ強力な敵がいるのだ。
補給物資の類が足りないのならともかく、それらも十分にある状態で略奪をして無意味に敵を増やすといった真似は、避けるべきというのがイルゼンの判断だった。
もちろん、それで完全に民衆を敵にしないということにはならない。
ガリンダミア帝国の国民の多くは、自分たちは選ばれた存在であると、そう認識している者も多いのだから。
そんな選ばれた自分たちに大して、劣っているはずの従属国の者たちが反旗を翻したというのは、許容出来ない者もいるだろう。
そのような者にしてみれば、自分たちに勝ち目がないのを承知の上で攻撃を仕掛けてくるといった可能性も否定は出来ない。
「また、暴れてる人がいるの?」
「レオノーラ? どうしたんだ、こんな場所で」
騒いでいるレジスタンスたちから離れた場所を歩いていたアレンに、レオノーラが声をかける。
てっきり黄金の薔薇の仕事で忙しいのだろうと思っていただけに、アランはいきなり声をかけられて驚く。
しかし、そんなアレンの言葉にレオノーラは呆れたような笑みを浮かべる。
「あのね、こんな場所って言い方はどうかと思うわよ?」
「ああ、そう言われるとそうかもしれないな。……けど、そういう意味で言ったんじゃないのは分かるだろ? レオノーラは仕事があったんじゃないかと、そう思っての言葉だよ」
「分かってはいるんだけどね。それでも話を聞いた人がどう思うのかというのは、色々と変わってくるでしょ。……ちなみに仕事の方は取りあえず一段落したから、今は休憩中よ」
そう言うと、少し歩かない? と誘ってくるレオノーラに、アランが頷く。
アランにしてみれば、レオノーラとこうして二人で歩くのは決して嫌いなものではない。
自分の事情について深く知っている相手だけに、気を許せるといった意味も含めて。
アランとレオノーラは、二人で夜の散歩をする。
そう表現すれば、聞く者によってはロマンチックなデートを想像するかもしれないが、実際には野営をしている陣地を歩いているだけでしかない。
それでもレオノーラのような美人と一緒に歩けるのだから、アランと立場を変わりたいと思う者は多いだろうが。
「で、明日の出発には問題ないのか?」
「そうね。問題ないと思うわ。……ただし、ガリンダミア帝国の本国に入った以上、いつ敵が姿を現すか分からないから、多少は慎重に行動する必要が出て来るだろうけど」
「俺としては、あの未知の攻撃をしてくる奴が姿を現さなければ、それでいいんだけど」
アランが嫌そうに言うのは、やはりその敵だった。
一応射角から敵の位置を予想してビームライフルで攻撃したものの、その攻撃で倒せたのかどうかは不明なままだ。
普通に考えれば、ビームライフルが命中して生きていられるとは思えないのだが、それでも倒したという証拠が何もない以上、確信は出来ない
一応、ビームライフルを撃ってから、そちらの方に向かって飛び、様子を見たものの……特に誰かが死んでいる光景であったり、あるいはそこまでいかなくてもビームが命中した痕跡もなかったりしたので、敵を仕留めたとは考えにくい。
アランにしてみれば、ビームライフルの一撃が命中したのなら、生きているのは不可能だと、そのように思っているのだが。
しかし、それはあくまでもアランがそのように思っているだけで、実際に証明された訳ではないのも事実だった。
だからこそ、また未知の攻撃をする相手から攻撃をされるのではないかと、そのように思ってしまう。
「改めて、ガリンダミア帝国というのは、層が厚いわね」
「それは否定出来ない。ガリンダミア帝国軍と戦っていると、心核使いが希少な存在だとは到底思えなくなってくる」
本来なら、心核使いというのは非常に希少な存在だ。
だが、ガリンダミア帝国軍から派遣されてくる心核使いは、それこそ何人倒しても、次から次に姿を現す。
そうである以上、アランとしてはガリンダミア帝国には無限に心核使いがいるのではないか? とすら思ってしまう。
「そうね。最初にガリンダミア帝国軍の心核使いと戦ったのは……ラリアントのときだったかしら?」
その言葉に、アランは少し考えてから頷く。
ドットリオン王国とガリンダミア帝国の国境沿いにある都市、ラリアント。
そこを巡る戦いで、初めてアランはガリンダミア帝国軍の心核使いと戦ったのだが……それから随分と時間が経ったように思える。
それこそ、数年も経ったのではないかと。
実際にはそこまで時間は経っていないのだが、それだけ色々あったということなのだろう。
よく言えば、濃密で充実した日々と表現してもいいかもしれない。
……アランとしては、ガリンダミア帝国に囚われていたときもあるので、それを充実した日々と呼ぶのは正直どうかと思わないでもなかったが。
「ともあれ、ラリアントから始まった日々も、今回の戦いが終わればもう気にする必要はない」
「そうね。この戦いが終われば、もうその辺を気にする必要はなくなるわ。だとすれば、今はまずガリンダミア帝国を倒すことだけを考えた方がいいでしょうね。……そのあとのことはともかく」
「そのあとか」
レオノーラの言葉に、アランは小さく呟く。
そのあと……ガリンダミア帝国が倒されるという形でこの戦いが終わった場合、間違いなくここは混乱の渦に巻き込まれるだろう。
それもちょっとやそっとの混乱ではなく、それこそ考えられる限り最大級の混乱に。
ガリンダミア帝国は、今まで周辺諸国従属国にして領土を広げてきた。
そうである以上、当然ながら今まで踏みつけられ、搾取されてきた者たちがそんなガリンダミア帝国に報復を行うだろう。
戦いに負けたガリンダミア帝国軍の戦力を当てにするには難しい。
いや、正確には可能な限りの戦力を今回の戦いに持ってきてはいるが、それでもガリンダミア帝国軍の基地や派遣されている場所には最低限の戦力が残っているはずだった。
その辺りの事情を考えれば、もしかしたらそこまでガリンダミア帝国への報復は酷くならない可能性もある。
もっとも、本当にそうなるのかどうかは、実際にそのときになってみなければ分からなかっただろうが。
場合によっては、戦力を有している者が日和見主義となって戦力を派遣しないという可能性も十分にあったのだから。
「結局、俺たちが戦いのあとについて考える必要はないんだろうな。……それも戦いが全て終わってからのことだし。そのとき、俺たちが勝者の側にいるのかどうかも、微妙なところなんだから。ああ。もちろん負けるつもりで戦うなんてことはないぞ。きちんと勝つつもりで戦う」
「アランがそう言うのなら、これ以上は何も言わないわ。現在の状況はこっちが有利だけど、それも絶対的な有利という訳でもないしね」
「結局のところ、ガリンダミア帝国軍に現在どれだけの戦力が残っているか、だよな。その辺はあまり期待出来ないけど。それこそ、ガリンダミア帝国軍には心核使いを量産出来るんじゃないかってくらい、心核使いが多いし。通常の戦力も精鋭揃いだしな」
うんざりとした様子で呟くアランに、レオノーラはそれでも自分たちがやるしかないと、そう考えるのだった。




