0384話
ガリンダミア帝国の首都に向かって進軍をする雲海、黄金の薔薇、レジスタンスで構成された本隊。
アランの乗っているゼオンは、そんな本隊から少し離れた場所で空を飛びながら移動していた。
どうせなら地面を歩いて移動した方が、ガリンダミア帝国軍に対して脅威を与えるのでは? と思わないでもなかったのだが、未知の敵の攻撃について考えると、空を飛んで移動する方が何かあったときに対処しやすかった。
「それでも、こうして一人だけで空を飛んでるってのは、少し暇だよな。せめて、カロがこの状態でも話を出来ればいいんだけど」
心核を使っていないときは、カロも鳴き声を上げてアランの言葉に同意したりといったようなことをするのは、珍しくない。
だが、それはあくまでも心核を使っていないときだけの話で、こうしてゼオンが召喚されている間、カロに意識は存在しない。
「レオノーラも、心核を使ってない状態だと、念話は出来ないしな」
黄金のドラゴンに変身したレオノーラは、アランとの間で念話……一種のテレパシーに近い方法で会話が出来る。
だが、念話を使えるのは、あくまでもレオノーラが黄金のドラゴンに変身しているときだけであり、今のように心核を使っていない状況では話をすることは出来ない。
「何か本とか、そういうのでも持ってくればよかったな。……いや、そんな訳にもいかないか」
すでに本隊が出撃してから二時間ほどが経過している。
しかし、その間に何もなかったので、ついアランもそんなことを言ってしまった。
だが、独り言を呟いてすぐに、自分が何のためにこうしてゼオンに乗っていたのかを思い出す。
昨日の攻撃……未知の存在による攻撃は、レーダーの類でも敵を察知出来ず、本当にいきなり行われたのだ。
それを回避することが出来たのは、アランの勘によるものだ。
そんな攻撃をしてくる相手がいるというのに、ゼオンのコックピットの中で本を読んでるような真似をしたら、どうなるか。
あるいは、再び勘によって攻撃を回避出来るかもしれないが、普通に考えればそんな状況で敵の攻撃を回避するのは難しいだろう。
であれば、本を読むといったような真似をせず、今は大人しくゼオンのコックピットの中で何かあったらすぐ対処出来るように準備しておく必要があった。
もっとも、人間の集中力というのは、そこまで長くは続かない。
アランもまた、こうして集中をしているつもりであっても、その集中力は自分でも知らないうちに落ちていく。
「っと、村が見えてきたな。……そうなると、ここからより集中する必要があるか」
そう呟いたのは、映像モニタに表示された村が、昨日見た村だったからだ。
そして昨日未知の存在に攻撃をされたのは、ちょうど映像モニタに表示されている村の上空でのこと。
昨日と全く同じように攻撃をしてくるかどうかは分からなかったが、それでも注意するに越したことがないのは事実。
今の状況を思えば、少しでも何か怪しいことがあったら、即座に動けるようにしておく必要があった。
周囲の警戒をし、そして何かったらすぐ対処出来るように準備を整えていたアランだっただが、実際には村に近付いても特に何かが起きる様子はない。
ただ、本隊が近付くと同時に村の中でも騒動が起きているのが見え……やがて、村の中から代表と思しき人物、村長が外に出て来る。
五十代から六十代程の男だが、かなり元気な様子だ。
とはいえ、それでもいきなり村の近くまでやって来た本隊の姿に、緊張した様子を見せていたが。
当然ながら、本隊からはイルゼンが出ていき、村長と会話をする。
村の者たちも、この村からそう離れていない場所――それでも数時間は歩く必要があるが――にアランたちが集まっているというのは知っていたのだろう。
村長は緊張した様子を見せつつも、そこまで驚いてるようにはアランには見えない。
(村長という立場から、驚いていてもそれを表情に出さないようにしているだけかもしれないけど。……あ、俺に気が付いて指さしている人もいるな)
昨日、ゼオンはこの村の上空で未知の敵による攻撃を受けた。
その結果として、村のかなり上空を飛んでおり、村人たちには全く気が付かれずに様子を見ることが出来ていたのだが、攻撃を回避した際の動きや音によって、村人たちにその姿を発見されたのだ。
昨日ゼオンの様子に気が付いた村人たちが、本隊から少し離れた場所で空中に浮かんでいるゼオンを指さし、何か言っているのを、アランは映像モニタで確認出来る。
そんな様子を見ていたアランは、不意に何かを感じて半ば反射的にウィングバインダーを使い、その場から退避する。
すると次の瞬間、何かがゼオンのいた空間を貫く。
「来たかっ!」
昨日より、若干ではあるが余裕をもって回避することが出来たことに安堵するアラン。
昨日は、本当に何も分からない状態でいきなり攻撃をされた。
それでも何とか回避出来たのだから、今日はそんな攻撃をされるかもしれないと予想し、警戒していたがゆえに、昨日よりも多少なりとも余裕をもって回避することが出来たのだ。
「次は!?」
映像モニタでは、突然上空を飛んでいたゼオンが激しく動いたことに、地上にいた者たちが驚いている様子を移していたが、アランがそちらに視線を向けたのは一瞬だけだ。
すぐに再度攻撃がされてもいいように、周囲の様子をしっかりと確認する。
……だが、そのような状況でも敵が追撃をしてくる様子はない。
(どうなっている? 昨日も、この村の上空で一度攻撃をされたあとは、全く攻撃をされなかったよな。だとすれば、敵が攻撃を出来る最大範囲……射程距離、と表現してもいのかどうか分からないが、それはこの村の上空辺りなのか?)
そんな疑問を感じつつも、いつ何が起きてもいいように準備をする。
昨日のように初見であれば、対処するのも難しかっただろう。
だが、今日で二度目だ。
同じような攻撃をしてきたのであっても、アランはそれに対処することが可能だった。
とはいえ、対処が可能というのはあくまでも敵の攻撃を回避出来るといった程度でしかない。
攻撃をしてきた相手に反撃をするといったようなことは不可能だし、そもそも回避するというのも敵の攻撃を把握してから回避するというよりは、半ば勘に近い状態で回避を行っている。
その辺りの事情を考えると、二度目だからといって敵の攻撃を完全に見切っている……といったような訳ではない。
今の状況でアランが出来るのは、とにかく敵の攻撃の出所を探し、そこに向かって攻撃を行うだけだ。
敵が具体的にどこにいるのかといったようなことをきちんと把握出来れば、アランは……いや、ゼオンにはビームライフルという、圧倒的なまでの凶悪な威力を誇る武器がある。
それを使えば、敵を倒すのも難しくはない。
唯一にして最大の問題は、一体どこに敵がいるのかが分からないことだろう。
「本当に、一体どこにいるんだ? 厄介な真似をしてくれる」
映像モニタで色々な場所を確認してみるも、どこにも敵の姿は存在しない。
これは昨日と同じだったが、だからといってアランもこの状況で何も対策をしていない訳ではなかった。
「フェルス!」
その言葉と共に、ゼオンの背後の空間に波紋が浮かび、フェルスが姿を現す。
アランの操縦するフェルスは、ある意味でアランの感覚の一つと読んでもいいような、そんな武器でもある。
もちろん、敵が具体的にどこにいるのかというのをしっかりと調べるためには、少数のフェルスに集中する必要がある以上、多数のフェルスを出す……といったような真似は出来ない。
放たれた少数のフェルスは、それぞれが全く違う方向に向かって飛ぶ。
普通に考えれば、そんな四方八方に飛んだフェルスの全てを完全に把握するといったような真似は不可能なのだが……アランの場合はゼオンを召喚出来るようになった時点でフェルスも自由に扱えるようになったのか、問題なく操縦出来た。
(いない、いない、いない……こっちもにもいない……)
フェルスを通して、周囲の様子を広く深く探っていく。
しかし、そのような真似をしても敵が具体的にどこにいるのかといったようなことは、到底見つけることが出来ずにいた。
そうしてアレンが攻撃してきた敵を見つけようとしている間にも、地上は地上で動きを見せている。
アランの乗っているゼオンが、何らかの攻撃を受けたとういうのは、地上にいる者たちにも理解出来た。
理解は出来たが、それあくまでもゼオンの動きから予想したことであり、具体的にアランが一体どのような攻撃を受けたのかといったことは、当然ながら察知出来ていない。
「村長、申し訳ありませんが、今の状況の説明をして貰えますか?」
「そう言われましても……生憎と、こちらも一体何がどうなっているのかというのは、分かりません」
イルゼンの言葉に、村長が戸惑ったように告げる。
先程まではイルゼンと友好的に会話が出来ていただけに、余計に今の状況を思えば疑問に思ってしまうのだろう。
一体、ここで何か起きているのか分からないといった様子を見せる村長に、イルゼンはいつもの飄々とした笑みは変わらず……それでいて視線だけは鋭く、口を開く。
「実は、ゼオン……あの空を飛んでいるゴーレムですが、そのゴーレムは昨日もこの村の上空で攻撃を受けました。村長であれば知ってますよね?」
イルゼンのその言葉に、村長は頷く。
昨日の今日の出来事だ。それを忘れるようなことが、あるはずはない。
そもそも、この村はそこまで大きな村ではない。
普段は平穏な時間がすぎていくような場所だ。
……最近は、村からそう離れていない場所にイルゼンたちがいたので、色々と不穏な雰囲気だった。
ともあれそんな村だけに、上空にいきなり姿を現したゼオンというゴーレムの姿を、忘れるはずがない。
「当然知っています。しかし、それでそちらが知りたい情報を知っているかと言われても、こちらとしては否と答えることが出来ません」
申し訳なさそうに、村長はそう告げるのだった。




