0038話
ギガクラッシュによって、蔦が巻き付いていた鉱石は爆散した。
それを確認したアランは、慌てて周囲に視線を向ける。
謎の声により、スタンピードは鉱石と蔦を破壊すれば終わると、そう言われはしたものの、実際にそれが本当なのかどうかは分からなかったためだ。
だが……ゼオリューンの映像モニタに表示されていたのは、全てのモンスターがまるで電池が切れたかのように、その場で動きを止めており、一切動いていない様子だった。
これが、この場所……もしくはグラルスト遺跡だけでそうなっているのか、それとも今頃はモンスターの集団に襲われているだろうドーレストでも同じようになっているのか。
その辺はアランにも分からなかったが、取りあえずあの声が言っていたようにスタンピードが終わったのだろうというのは、予想出来た。
少なくても、これ以上はモンスターが生み出されるなり、召喚されるなりといったことはされないはずだった。
「ふぅ」
映像モニタでそれを確認したアラン、深く安堵の息を吐く。
取りあえず、今回のスタンピードは一段落したのは間違いないない、と。
だが、アランにはそのことに安堵する以外にもやっておくべきこと、やらなければならないことがあった。
それは、現在自分と同じゼオリューンのコックピットにいるレオノーラから、話を聞くこと。
ギガクラッシュという、日本でやっていたアニメを見ていなければ分からない必殺技を、転生者でもなんでもないレオノーラが知っているのは疑問でしかなかった。
あるいは同じ名前の別の必殺技ということも考えないではなかったのだが、レオノーラがフェルスを使って行ったギガクラッシュは、明らかにアランが知っているのとほぼ同じだったのだ。
そうである以上、偶然の一致で片付けるには無理がある。
(俺よりも前にこの世界にやってきた転生者とかがいるらしい痕跡はあちこちに残ってるから、もしかして、万が一、本当に万が一にも……って可能性は、ない訳じゃないんだけど)
どう言葉を出せばいいのか。
そう迷っていたアランだったが、アランが何かを言うよりも前にゼオリューンが再び光に包まれた。
「ちょっ、おい、待てよ! せっかくこれだけモンスターを倒したんだから、素材とかそういうのを……それに、あの鉱石だって……」
それらを確保したい。
そう言おうとしたアランだったが、転移魔法は半ば強制的にゼオリューンの身体を包み込み……そして、気が付けばゼオリューンはグラルスト遺跡のすぐ外に姿を現していたのだった。
「……嘘だろ……」
「全くね」
アランの言葉にレオノーラが同意するように呟くが、その言葉には不思議と残念そうな色がない。
レオノーラにしても、あれだけのモンスターの素材や魔石、討伐証明部位といった物を欲しない訳ではない。
また、アランが非常に残念がっている、鉱石の破片も出来れば持ってきたいとは思っていた。
だというのに、それでも残念そうな様子を見せなかったのは、今回の戦いでそんなものよりも大きな宝とでも言うべきものを見つけたからだ。
「取りあえず、スタンピードは終わったみたいね。ゼオリューンのレーダーにも、モンスターの反応はないわ」
「そうか。……やっぱり、あの鉱石を破壊したことで、スタンピードが終わったのか」
「恐らくは、だけどね。……ドーレストの方がどうなったのかは、まだ分からないわ。即座にスタンピードが終了したのか、それともスタンピードが終了するには、まだ時間がかかるのか」
「出来れば、前者であって欲しいんだけど……ん?」
言葉の途中でアランがそう呟いたのは、ゼオリューンが光に満ちてきたためだ。
それも、先程のような転移の光ではなく、また別の光。
レオノーラもそんないきなりの光に疑問を抱き……そんな二人は、気が付けば次の瞬間には地面に立っていた。
……そう、一瞬前までは間違いなくゼオリューンのコックピットに座っていたというのに、気が付けば直接自分の足で地面に立っていたのだ。
「えーと……これは、ゼオリューンになっていられた限界時間がすぎたってことか?」
『そうだ』
と、誰にともなく呟いたアランの言葉に答えたのは、今まで何度となくアランの頭の中に話しかけてきた声。
そして、今この状態だからこそか、アランにはその声がどこから聞こえてきたのかが理解出来た。
そう、それはアランの掌の中にある……
「カロ?」
いつもは『ピ』としか言わないはずのカロが、明らかに自分の頭の中に話しかけてきたと分かったのだ。
不思議そうに……いや、いっそ信じられないといった表情すら浮かべて、アランは手の中のカロに視線を向ける。
そんなアランの手の中で、カロは再び口を開く。……正確には、聞こえてきたのは頭の中だが。
『そうだ。私だ。……もっとも、今の状況では私が話すことの出来る時間は非常に限られている。今も、すぐ眠りにつくことになるだろう』
「おい、それどういうことだよ。お前はただの心核じゃないのか?」
「私が見た、あの記憶。あれもカロがやったの?」
アランとレオノーラがそれぞれにカロに尋ねるが、それを聞いたカロは再び二人の頭の中に声を発する。
『今はこれ以上は無理だ。だが……お前たちがもっと成長し、心核の力を本当の意味で覚醒することが出来れば……あるいは……今は、自らを鍛えることだけを考えろ』
それだけを告げ、カロの声は頭の中に響かなくなり……
「ぴ?」
次の瞬間、カロから聞こえてきたのは、アランにとっても馴染み深い鳴き声だった。
どうしたの? といった疑問を感じさせるその声に、アランは息を吐く。
アランの持つ心核だからこそだろう。先程まで聞こえてきた声の主が、今はどこにもいないということがはっきりと分かったからだ。
「駄目なの?」
「ああ、残念ながら時間切れらしい。……あー、畜生。結局ほとんど何も分からないままだったな」
半ば苛立ち混じりに呟いたアランだったが、それでも空は青く、どこかアランの中にあった苛立ちを消し去る……とまではいかなかったが、それでもある程度は解消してくれた。
そうして疲れを吐き出すように深呼吸をしてから、アランはレオノーラに視線を向ける。
アランの視線を向けられたレオノーラは、何を聞きたいのかということを理解し、意味ありげな笑みを浮かべて口を開く。
「そうね。私に起こったことを説明するのなら……アランも私が小さい頃の記憶をみたんじゃない?」
「……なるほど。言われてみればそうだよな。俺がレオノーラの記憶を見たんだから、その逆もあって当然な訳だ」
「そういうことね。もっとも……」
そこで一度言葉を切ったレオノーラは、じっとアランの顔を見てからそう告げる。
「まさか、異世界なんて存在があったとは思わなかったけどね。宮本荒人君」
「……ギガクラッシュを知ってる訳だ」
アランとしての記憶だけではなく、荒人としての記憶も見たのかと、納得する。
また、だからこそギガクラッシュを知っていたのかとも。
ただ……と、アランはそこでレオノーラを見る目に力を込めながら口を開く。
「今の俺は宮本荒人じゃなくて、アラン・グレイドだ。それは忘れないでくれ」
「そう、分かったわ」
アランの様子に、レオノーラはそう頷く。
アランなりに、色々と拘りがあるのだろうということを、理解したのだろう。
そんなアランの様子を見ていたレオノーラだったが、雰囲気を変えようとしたのか、それともただの興味本位なのか、笑みを浮かべてアランに話し掛ける。
「それにしても、アランが生きてきた日本という国、凄いわね。この世界とは比べものにならないくらい、文明が発達していたわ。TVで見たビルとか、凄かったもの」
「あー……うん。そういうのも見たんだ。何だか、俺がレオノーラの記憶を見るよりもレオノーラの方がかなり俺の記憶を楽しんで貰えたみたいだな」
重苦しくなった雰囲気を吹き飛ばそうとしたかのようなレオノーラの言葉に、アランは苦笑を浮かべる。
だが、不意にレオノーラの表情が真剣になったのを見て、疑問を抱く。
「どうした?」
「ううん。その……アランの友達の佐伯玲二って人がいたでしょう?」
「……ああ」
不意にレオノーラの口から出てきた前世での親しい友人の名前に、アランは数秒沈黙したあとで、頷く。
佐伯玲二という友人は、アランの前世あたる荒人にとって親しい相手だっただけに、事故で死んでしまったことは非常に残念に思っていた。
この世界に転生して十数年が経ち、今でこそ時間の流れがその悲しさを癒やしてくれたとはいえ、それでもアランにとって玲二のことを思い出すと残念だと思うのは間違いない。
「その佐伯玲二だけど……もの凄い魔力を持ってたわ。それこそ、この世界でも誰も叶わないんじゃないかというくらいに……いえ、馬鹿げたとか、規格外とか、人外とか、そんな言葉が相応しいくらいに」
「……え?」
レオノーラの口から出た言葉は、アランにとっても完全に予想外だった。そもそも……
「地球には、魔法とかそういうのはないぞ?」
「アランの記憶を見て、それは知ってるわ。だからこそ、佐伯玲二もその魔力が知られることはなかったんでしょうね。……ただ、あれだけの魔力を持っている人が事故で死ぬとは、ちょっと信じられないわね」
「そう言われても、俺は玲二の死体を直接見たぞ?」
「ええ。そうなると……いえ、これはちょっと考えすぎかもしれないわね。けど、アランという実例がある以上……」
最後の方は小声で呟いたためか、アランにもレオノーラが何を言ってるのかは分からない。
とにかく、まだレオノーラと色々と話したいとは思ったが、今はドーレストに向かうのが先だと判断し、カロに頼んで再びゼオンを呼び出すのだった。
ゼオリューンが消えた、グラルスト遺跡の最深部。
蔦と鉱石が破壊されてしまったその場所で、不意に空間が揺らめくと顔をマスクで隠した人物が現れる。
ゆったりとした服装のためか、体型からも男か女か判断出来ないその人物は、破壊されて地面に転がっている鉱石の欠片を拾う。
「まだ序盤も序盤だったというのに、無粋な真似を。……それにしても、あのゴーレムとドラゴン……注意すべきだな」
呟き、そのまま再び空間が揺らめくと、その姿は消えていたのだった。




