0373話
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パチン、と炎の中にある木が跳ねる音が聞こえてくる。
そんな音を聞きながら、アランは空を見上げた。
夜空に輝く複数の星。
そこに広がっている光景は、この世界に転生してきてから数え切れないほどに見た光景ではあったが、それでも十分にアランの目を奪うだけの幻想的な美しさを持ってた。
星を綺麗に見るというのは、別に珍しいことではない。
それこそ、この世界に転生する前……日本にいたときも、アランが住んでいたのは東北の田舎だったので、都会のように夜になって空を見上げても星がろくに見えないなどといったことはなかった。
そういう意味では、決して珍しい光景ではないのだが……それでも、何故かアレンはこの世界の星空に目を奪われていた。
(ガリンダミア帝国軍との決着が近付いているから、どこか感傷的になってるのか?)
何となくそう考えるが、恐らく間違っていないだろうという予想は出来た。
心核を入手してから、ガリンダミア帝国との付き合いは長い。
……長いとはいえ、それは別にアランが望んだ付き合いという訳ではないのだが。
今となっては、その付き合いももう少しで終わると考えると色々思うところがあるのは間違いなかった。
「アラン、どうしたの? 空なんかじっと見て」
そんなアランの様子に、焚き火を挟んで向かい側に座っているレオノーラが不思議そうに尋ねる。
焚き火で赤く照らされているレオノーラの美貌は、一緒に行動するようになってから長いアランの目を奪うには十分な艶があった。
だが、アランはすぐに自分がレオノーラの美貌に見惚れていたというのを隠すように視線を逸らして口を開く。
「いや、何でもない。ガリンダミア帝国軍との戦いもそろそろ終わりに近付いてきたなと、そう思っただけだよ」
半ば照れ隠しの言葉ではあったが、それは間違いのない事実でもある。
今回、イルゼンが計画した作戦。
それは、普通に考えてガリンダミア帝国軍に対する十分以上の勝算があるものだった。
何しろ、中と外の両方から攻められるのだ。
それも内部では雲海と黄金の薔薇という精鋭が中心となり、ガリンダミア帝国の領土の多くでレジスタンスが一斉蜂起。
外側からは、現在ガリンダミア帝国軍と戦っている国……だけではなく、現在はまだ戦いになっていないものの、最終的には戦うことになるだろう国々までもが連合を組んで、ガリンダミア帝国の領土に攻め込んできている。
アランにしてみれば、一体どうやればそのような真似が出来るのかといった疑問を抱く行動。
(いや、本当にどうやればそんな真似が出来るんだ? それだけガリンダミア帝国という存在は周辺諸国から脅威に思われていたというのもあるんだろうけど)
普通なら、一つの国を占領したのならその国を落ち着かせる為にある程度の時間――最低でも一年程度――はその国の内政を立て直す必要があるのだろうが、ガリンダミア帝国の場合は占領した後は従属国という扱いにして、本当に最低限だけ国を纏めると、その続きはその国の出身者に任せる。
勿論、その場合の最高権力者はガリンダミア帝国から派遣された者だが。
それでも普通に考えてそれが無茶なのは間違いない。
だというのに、ガリンダミア帝国はその無茶を通す。
それも一国だけではなく、占領した全ての国に対して。
ガリンダミア帝国のその行為が、他に類を見ない進行速度となっており、結果として少し前までならガリンダミア帝国との間にまだ数ヶ国あるから大丈夫だと安心していた国も悠長なことを言っていられなくなり、今回の連合軍に参加する大きな要因となったのは間違いない。
「終わり、ね。……たしかにそうかもしれないわね。ガリンダミア帝国がここまで無理を通せた理由の一つに、強力な心核使いがいたから、というのがあるわ。けど、その強力な心核使いもここしばらくの間で急激に減っている」
それを減らしたのは、それこそアランやレオノーラといった面々だったのだが、言ってる本人はその辺について全く気にした様子はない。
アランもまた、そんなレオノーラの言葉に頷きながら木の枝を焚き火の中に放り込む。
パチン、と。
また一つ小さく音が鳴り、それを聞いていたアランとレオノーラは揃って何も言わずに焚き火を見る。
何ということもないような、そんな時間。
そんな時間が、アランにとっては大切な一時のように思える。
「ねぇ、アラン」
と、数分か……あるいは十分以上経過したのかは分からなかったが、そんな沈黙を破ってレオノーラがアランに声をかける。
「どうした?」
「今回の一件が片付いたら、どうする?」
「どうするも何も、今まで通り探索者としての日常に戻るだけだろ?」
アラン本人もここのところ忘れそうになってしまうが、元々アランたちは古代魔法文明の遺跡に潜り、そこからアーティアファクトと呼ばれる物や、そこまでではなくても古代魔法文明の道具や何らかの本、そして運がよければ心核を手に入れる探索者なのだ。
ガリンダミア帝国に狙われるようになってからは、遺跡に潜る回数も減ったが。
(最後に遺跡に潜ったのは……いつだったっけ? ああ、俺が帝都から脱出してレジスタンスの手の者が遺跡の門番をしていた場所か。何気にかなり大きな遺跡だったよな)
本来なら、その辺のいくらでもある浅い遺跡と認識されていた、そんな遺跡。
だが実際には、最下層と思われていた場所よりも先があり、そこはある種の転移による中継点となっており、その中継点を使って別の場所にある遺跡に転移する……といった真似でも出来た場所。
アランも雲海の一員として色々と遺跡に潜った経験はあるが、そんなアランにしても、かなり珍しい遺跡だったのは間違いない。
問題なのは、その転移した遺跡の先でグヴィスやクロスといったような、アランが帝都で捕らえられていたときに見張り兼護衛を任されていて……そして最後には友人となった者たちと遭遇したことだろう。
(グヴィスたち、そう言えばどうなったんだろうな? メルリアナでは結局姿を現さなかったけど)
アランが知ってる限り、グヴィスたちは少数精鋭の部隊でアランたちの……雲海や黄金の薔薇を探していた。
遺跡の件ではそれが判明し、咄嗟に転移を使えないようにしてから元の遺跡に戻ってはきたのだが、それで上からの任務を解除されていなければ、未だにアランたちを捜しているはずだ。
(いや、まだ捜しているか? 現在のガリンダミア帝国の状況を思えば、俺たちを捜すよりも純粋に戦力として使われていてもおかしくはないような気がする)
グヴィスたちは騎士であり、精鋭だ。
そうである以上、現在少しでも戦力が欲しいガリンダミア帝国軍としては、それだけの戦力を遊ばせておくような余裕はない。
今頃、どこかでレジスタンスと戦っているか、もしくは周辺国家との戦いに参加しているか。
アランとしては、出来れば後者であって欲しいという思いがある。
前者だと、自分たちと戦うといったようなことになる可能性が否定出来ないのだから。
「アラン、どうしたの? 何か考えごと?」
アランの様子から、何かを考えているのを理解したのだろう。
焚き火の向こうで、レオノーラが尋ねてくる。
そんなレオノーラに対し、アランは一瞬何と答えようか迷う。
だが、別にこの件は誤魔化したり隠したりといったようなことをする必要はないと判断し、口を開く。
「グヴィスとクロスって連中について、話したことがあったよな?」
唐突に出て来た二人の名前に、レオノーラは少し考えてから頷く。
「ああ、アランの友人ね。ガリンダミア帝国の。……なるほど。その友人が戦場に出て来るかどうかが心配だといったところか?」
「そんな感じだ。戦場に出て来れば、当然手を抜くなんて真似は出来ないし。……とはいえ、グヴィスたちは心核使いじゃないから、俺が戦うといった可能性は多くないけど」
心核使いに対抗出来るのは、心核使い。
ましてや、アランやレオノーラは極めて強力な心核使いだ。
ゼオンと黄金のドラゴンといった相手に、その辺の心核使いがそう簡単に対抗出来るはずもない。
そうである以上、アラン本人が友人のグヴィスたちと戦わなければならない可能性は減るが……それはそれで、心配が増えることになる。
アランではなく、他の面々……具体的には母親のリアとグヴィスたちが戦う可能性があるのだから。
(グヴィス達、以前母さんにボコボコにされたしな。それを考えると、母さんと戦うといったことになれば、どうなることやら。……グヴィスたちが無事にすむといいけど)
この期に及んでも、アランの中にリアを心配する様子はない。
むしろ、リアによってグヴィスたちが殺されないといいんだけどという心配すらしている。
アランにとって、母親のリアは圧倒的な強さの象徴と言ってもいい。
普通、エルフは……ハーフエルフであっても、近接戦闘よりは魔法、もしくは弓の方が得意というのが一般的なのだが、リアは近接戦闘において圧倒的なまでの実力がある。
それこそ、場合によっては相手が心核使いであってもリアなら勝ってしまってもおかしくはない。
「アランの友人、ね。……けど、そういう相手でも、ガリンダミア帝国の所属なら戦わないという選択肢はないわよ? 向こうが出て来たら、手抜きなんかしてるような余裕はないでしょうし」
「まぁ、そうだろうな。というか、そういうことで手抜きをすれば、何だかんだと向こうも怒ると思うし」
「……複雑な友情って奴かしら?」
「どうだろうな。ただ、俺にも立場があるように、向こうにも立場がある。その辺の事情を考えれば、向こうは向こうで色々とやるべきことがあるんだろ。……俺がそれに付き合うかどうかは、また別の話だけど」
アランにしてみれば、グヴィスたちが何を考えているのかは分かるが、だからといってその思惑に嵌まる訳にもいかない。
その思惑に嵌まってしまえば、それこそ現在の自分の自由な立場はなくなり、ガリンダミア帝国の言うがままに動き回ることしか出来なくなる。
それは、アランにとっても絶対に避けたかった。
こうして、アランはレオノーラと二人きりで、焚き火を間に挟んで夜遅くまで話し続けるのだった。




