0363話
ガリンダミア帝国で、レジスタンスが動き始めた。
それもいくつもの組織が連鎖的に。
それを率いているのは、雲海と黄金の薔薇。
あるいは、アランたちとは別行動をとっているレジスタンスたちも、それぞれが動き始める。
当然のように、ガリンダミア帝国軍はレジスタンスを阻止するために動こうとするが……それに待ったをかけたのは、ガリンダミア帝国の内部で動き出したレジスタンスたち……ではなく、ガリンダミア帝国の周辺国。
ガリンダミア帝国と戦争中の国もあれば、ガリンダミア帝国から降伏勧告を受けている国、あるいはこれから接触しようとしている国……そんな国が、一斉にガリンダミア帝国に向かって反撃を始めたのだ。
もちろん、ガリンダミア帝国はそれに対応出来る。
これまで戦っていた戦線ではそのままの現状を維持し、降伏勧告を送っていた国やこれから接触しようとしていた国に対しても、何かあったらすぐ攻め込めるようにと、戦力は準備していたのだから。
だが……当然の話だが、そのように複数の戦線を抱えることになれば、ガリンダミア帝国にとっても厳しい状況となる。
数度の戦闘であれば、前線に配置された戦力で何とかなるだろう。
しかし、当然の話だが戦闘をすれば怪我人や死人が出るし、そうでなくても食料や物資は消費する。
ガリンダミア帝国が万全の状態であれば、すぐにでも補給されるだろうそれらも、多くの戦線があり、さらには領土の多くでレジスタンスが活発に活動しているとなれば、難しい。
「行け、行け、行け! 今をおいてガリンダミア帝国軍を打ち破れる機会はないぞ! いいか、行けぇっ!」
指揮官が士気を上げるべく叫び、その言葉に多くの者が士気を上げる。
当然だろう。今までこの国は……いや、この国以外も周辺諸国の全てがそうだが、ガリンダミア帝国の国力や軍事力を背景にした恫喝とも取れる行動を取られてきたのだ。
ガリンダミア帝国にとっては、自分たちよりも格下の相手に対しての行動なのだから、当然かもしれないが。
だからこそ、ガリンダミア帝国の周辺諸国は今まで我慢してきたその怒りを戦闘で叩き付けた。
中にはガリンダミア帝国の軍人が自国で好き勝手な真似をしたにもかかわらず。国力の差によって結局捕らえたり裁いたりといったような真似が出来なくなったといった事例も多数ある。
それによって家族や友人、恋人を傷付けられた者たちにしてみれば、この戦いは仇討ちといった意味もあった。
それだけに、ガリンダミア帝国軍の兵士たちは半ば圧倒される。
「くそっ、この連中……俺たちはガリンダミア帝国だぞ! それを分かって……ぐべっ!」
苛立たしげに叫んでいたガリンダミア帝国の指揮官だったが、遠くから射られた矢によって頭部を貫かれ、死ぬ。
そして動揺した兵士たちは、その勢いのままに多くの者が次々と殺されていく。
「よし。殺せ! 侵略者を全て殺せぇっ!」
叫ぶその声に、兵士たちは半ば狂気に飲まれたかのようにガリンダミア帝国軍の兵士を蹂躙していく。
本来であれば、ガリンダミア帝国軍の兵士の力量は高い。
また、多くの戦いを繰り広げてきただけに、実験経験も豊富だ。
だというのに、現在この戦場においては……いや、この戦場以外の多くの戦場でも、押し込まれている。
「くそっ! おい、心核使いはどうした! このままだと負けるぞ!」
ガリンダミア帝国軍の陣地で、参謀の一人が叫ぶ。
心核使いは、この世界において戦略級の兵器と呼ぶべき存在だ。
たとえ不利な状況からであっても、心核使いを投入するだけで容易に戦局を逆転出来るといったような。
だからこそ、現在のこのような状況において心核使いは敵を怯えさせ、味方を鼓舞するという意味でも非常に重要な存在となる。
ガリンダミア帝国軍がここまで勝ち続けてきたのは、そんな心核使い達を多数抱えていたというのも大きい。
だが……
「無理です! 心核使いは現在、本国に戻ってます!」
ぎりっと。
部下からの報告を聞き、参謀は奥歯を噛みしめた。
戦闘でここまで自分たちが不利になっていることで、心核使いたちが現在この戦場にはいないということを忘れていたのだ。
「そうだったな。くそ……なら、心核使いでなくてもいい。すぐに援軍を要請しろ。本国も、何故このような状況で心核使いを……」
「落ち着け。本国の方でも現在はレジスタンスが活発に動いているらしい。心核使いはそちらに使われているのだろう」
参謀の上司……この戦線を指揮している将軍が、落ち着かせるように告げる。
だが、参謀はそんな上司の言葉にとても納得出来ないといったように叫ぶ。
「レジスタンスて……あの連中は素人ですよ! それに比べて、私たちが戦っているのは正規軍です! このような状況で、何故そのような馬鹿な真似を……」
その参謀の言葉は、周囲にいる他の者たちにとっても同様の思いだった。
レジスタンスと正規軍、どちらが厄介なのかは、考えるまでもなく明らかだ。
もちろん、それはレジスタンスが楽な相手だという訳ではない。
レジスタンスは普段民間人として活動しており、それだけにいつどこから襲撃してくるかもしれないという厄介さがある。
それこそ、いつもは隣人として友好的に接している相手が、実はレジスタンスだったということになっても、何もおかしなことはない。
それだけに、厄介ではないとは言わない。言わないが……それでもやはり、現状で心核使いが最前線とレジスタンスの対処のどちらに必要なのかと言われれば、それは考えるまでもなく明らかだろう。
実際に、この戦場においては心核使いのような強力な戦力がなければ、今の状況に対処出来ないと、そう参謀は考える。
しかし、そんな参謀の弱気を打ち砕くかのように将軍が叫ぶ。
「慌てるな! 我らは何だ! 栄光あるガリンダミア帝国軍の軍人であろう! これまで数え切れない戦いを潜り抜けて来た我らにとって、この程度の危機など、何するものぞ!」
短い言葉ではあったが、それは将軍の声を聞いた者の士気を高める。
先程までは落ちる一方だった士気が、多少なりとも上がったのだ。
この辺り、さすがにこの戦線を任されるだけの能力を持っていると言えるだろう。
だが……そう、だがしかし、将軍の言葉で士気が上がったのは、その声の聞こえていた者たちだけでしかない。
それに比べると、ガリンダミア帝国軍と戦っている国の軍隊は、全員が今まで自分たちが受けてきたガリンダミア帝国に対する恨みから、非常に高い士気を保ったままだった。
いや、それはいっそ狂奔という表現が正しいだろう。
兵士であり騎士であり軍人であり……そして、復讐の喜びを得た獣でもある。
そんな攻撃によって、ガリンダミア帝国軍の戦力は次第に減っていく。
多少の腕利きがいようとも、これまでの鬱憤を晴らすかのようにテンションが高くなっている者たちにしてみれば、攻撃が命中させられてもそのまま相手を押し倒すことさえ出来れば、他の仲間たちと一斉に攻撃を行うことによって、相手を殺すことが出来る。
そんな狂気染みた様子で自分たちを襲ってくる相手に、ガリンダミア帝国軍の戦力は時間が経つごとに減っていく。
「左翼、デデーナ様の部隊、壊滅しました!」
「同じく左翼、サール様の部隊半壊しており、後退の許可を求めてます!」
「右翼、メルカナ様の部隊、敵の撃破に成功したものの、被害甚大!」
次から次に入ってくる凶報。
ガリンダミア帝国軍側が有利な報告というのは、十の報告のうち一つか二つでもあればいい方だろう。
将軍が先程声を張り上げて鼓舞した士気も、こうも自軍にとって不利な情報しか入ってこないようであれば、それは意味がない。
せっかく上げた士気も、今こうしている間にも見る間に下がっていく。
それを見ていた参謀は、無念さを隠すことが出来ないまま自分の上司たる将軍に進言する。
「将軍、もうこの戦線は無理です。これ以上ここで戦っても、こちらの被害が出るばかりかと」
「……撤退するしかない、と?」
「はい。心核使いがいれば、この状況からでも逆転することが出来たと思いますが……残念ながら……」
参謀の悔しそうな声を聞き、将軍は悩む。
実際問題、この状況で戦い続けるというのは不可能だ。
こうも相手の士気が高く、それこそ自分たちの被害すら考えずに攻撃してくるというのは、厄介極まりない。
(何故、これだけの攻撃が出来る? 何らかの薬か魔法でも使っているのか)
将軍にしてみれば、この現状は理解出来ないものだった。
あるいは、将軍の出身が従属国であれば、あるいは向こうの様子も理解出来ただろう。
だが、将軍はガリンダミア帝国出身であり、何故ここまで他国が自分たちに向かって攻撃してくるのが、本当の意味で理解出来ない。
とはいえ、そうして考えたのも一瞬。
「一度後退するぞ。あれだけの勢いだ。いつまでも続く訳がない。向こうが息切れしてきたところで攻撃をすれば、向こうが持ち堪えるのは難しいだろう」
すぐにそう指示を出し、多くの者がその言葉に従って動き出す。
このままここで防衛戦を続けていても、被害が大きくなるだけだというのは、ここにいる者たちにしてみれば誰でも理解出来たのだろう。
だからこそ、将軍の指示は正しいと判断して、素直にそれに従うのだ。
とはいえ、撤退というのはただでさえ簡単なことではない。
戦争において、撤退するときこそが多くの死者を出すのだ。
そうである以上、敵の追撃を防ぐための殿が重要となる。
「将軍、殿はどうしますか?」
「迂闊な部隊を配置しても、敵の勢いを考えるとすぐに壊滅してもおかしくはない。だとすれば、やはりここは精鋭を当てるべきなのだが……難しいな」
将軍としては、精鋭を配置するのは当然のことだ。
だが、敵が息切れしたときに反撃をするとき、精鋭というのは多ければ多い方がいい。
かといって、その辺の部隊を用意しても、敵の勢いを考えればほとんど意味はないだろう。
「しょうがない、レーラルの部隊を殿に回す。ただし、くれぐれも損耗を少なくするような戦いをするように指示を出せ」
その言葉に、参謀は難しいと頷きながらも撤退の準備を始める。
……結局、敵が息切れを起こすのを待つというのは、いつまで経っても起きず……この戦線は、一気にガリンダミア帝国側に押し込まれることになる。
それは他の戦線でも同様であり、多くの戦線でガリンダミア帝国は敗北をするという歴史的な大敗北となるのだった。




