0356話
「きゃあああああああああああああああああああああ!」
不意に聞こえてきたその声に、アランたちは何があった? と視線を向ける。
本来なら、ゴールスが負けたということで一族の長を巡っての争いもこれで終わったはずだった。
だが、気が付けばそこにゴールスの姿はなく、これからどうするべきなのか? といった風に考えていたところで、聞こえてきた悲鳴だ。
一体何があったのか。
もしかして、試合の興奮が収まらないで暴動でも起きたのか。
そんな風に思って視線を向けた先にいたのは……
「嘘だろ」
アランの口から、そんな声が漏れる。
当然だろう。視線の先……公開試合を見に来ていた観客たちを挟んでその先にいたのは、何匹ものモンスターだったのだから。その数、十匹。
ここはデルリアの外である以上、モンスターがやって来てもおかしくはない。
しかし、その場合は同じ種類のモンスターではい限り、モンスター同士で戦ってもおかしくはない。
しかし、現在アランの視線の先に存在するのは、その全てが全く違うモンスター。
そのような状況で考えられる可能性は……とてもではないが信じられないが、一つしかない。
「心核使い……それも、あんなに大勢の?」
心核使いというのは、非常に希少な存在だ。
そうである以上、当然の話だがそのような者たちが十人も集まっているといった可能性は少ない。
あるいは、アランたちのようにクランとして活動しているのなら、複数の心核使いがいてもおかしくはないが、それでも十人もの心核使いが纏まっているというのは、とてもではないが考えられない。
少なくても、アランが知っている限りではどんなに多くても一つのクランに存在する心核使いは五人程度だ。
……もちろん、アランも世界中全ての心核使いを知っている訳ではない。
もしかしたら、世の中には十人以上の心核使いを擁しているクランがあってもおかしくはない。おかしくはないが……それよりも、可能性のある相手をアランは知っていた。
「ガリンダミア帝国……」
そう、どのような理由なのかは分からないが、執拗に自分を狙ってくる相手。
そのガリンダミア帝国は、今まで何人もの心核使いたちをアランの確保に投入してきた。
正直なところ、ガリンダミア帝国には無限に心核使いがいるのではないかと、そんな風にすら思ってしまう。
それだけの数の心核使いが、アランの前に立ち塞がってきたのだ。
ましてや、このメルリアナはガリンダミア帝国の従属国の一つでもある。
そうである以上、ここにアランがいるというのを知れば、ガリンダミア帝国がアランを確保するために人材を派遣してきてもおかしくはない。
「参ったわね。こんな場所で出て来るということは、もしかしてゴールスはガリンダミア帝国と繋がっていたのかしら?」
「そんな!?」
レオノーラの言葉に、クラリスは信じられないといったように呟く。
クラリスにしてみれば、ゴールスは自分の命を狙っていた相手ではあるが、それでも一族のことをしっかりと考えていると思っていたのだ。
だというのに、そんなゴールスがガリンダミア帝国と繋がっていたというのは、とてもではないが信じられない。
とはいえ、現在の状況を思えばレオノーラの言葉を信じざるをえない。
「恐らく、レオノーラ様の考え通りで間違いないですね。しかし、それでもこうして堂々とこちらに手を出してくるとなると……」
「出来れば、ゴールスが公開試合で勝つというのが、向こうにとっての最善だったんでしょうね」
「いや、それはどうなんだ? もし公開試合で勝ったとしても、俺たちは特に何か影響がある訳じゃないぞ?」
「向こうの考えを全て分かる訳ではないわよ。……それよりも、覚悟を決めなさい。十人の心核使いを相手にするとなると、アランも武器の召喚だけで対処するのは難しいわよ」
観客たちに構わず、自分たちのいる方に向かって進んで来る心核使いたちを見て、レオノーラが呟く。
心核使いたちは、特に観客たちに配慮してはいない。
それこそ自分たちの前にいれば殺すが、道を妨げないのなら手を出すようなことはしなかった。
何人かが殴り飛ばされたのを見て、観客たちも場所を空ければ自分たちに危害を加えられないと判断したのか、心核使いたちの移動を遮らないようにする。
しかし、それで本当に殺されない訳ではない。
「ひぃっ!」
心核使いたちが通った場所のすぐ横にいた観客の一人が、モンスターに変身した心核使いを見て、恐怖のあまり悲鳴を上げる。
そして、次の瞬間には悲鳴を上げられたリザードマンに変身した心核使いがおもむろに鋭い爪を振るって頭部を破壊した。
心核使いたちにしてみれば、メルリアナの国の住人はガリンダミア帝国の住人ではないという時点で、遠慮する必要はない。
そうである以上、邪魔をしなければ排除したりといったような真似はしないが、不愉快な相手がいればそれを排除するのに躊躇う必要はなかった。
「きゃあああああああああっ!」
いきなり自分の側にいた観客が死んだのを見て、その側にいた女が悲鳴を上げる。
だが、次の瞬間にはリザードマンの尻尾が勢いよく振るわれ、首の骨をへし折られ、叫んでいた女は絶命する。
そのような光景を目の前で見たからだろう。
殺された女の側にいた者たちは、自分が何か声を上げれば殺されてしまうと考え、黙り込む。
心核使いたちは、そんな周囲の様子にようやくうるさい連中が黙り込んだと判断し、アランたちのいる方に向かって歩み続ける。
「アラン、いいわね?」
レオノーラの言葉が、何を意味しているのかはアランにも十分に理解出来た。
見るからに腕利きと思われる心核使いが十人以上。
そのような集団を擁するためには、当然ながら大きな力が必要となる。
それは、つまりガリンダミア帝国。
そうである以上、アランが先程の公開試合で行ったように武器だけを召喚するといったような真似をしても、すでに意味はない。
現在の状況でやるべきは、武器の召喚ではなく……その武器を自由に使いこなす、ゼオンの召喚。
向こうが狙っているのがアランである以上、生身の状況で武器を召喚して戦うよりも、ゼオンのコックピットの中にいた方が安心なのは間違いない。
「分かってる。……カロ、頼む!」
「ピ!」
レオノーラに短く告げ、カロを手にしてゼオンを召喚する。
すると次の瞬間、アランのすぐ側に突然全長十八メートルもの人型機動兵器が姿を現す。
「では、私はどうしましょう?」
「そうね。私とアランで向こうの心核使いたちを倒すから、ジャスパーはクラリスたちを守ってくれる?」
「分かりました。レオノーラ様、ご武運を」
その言葉と共にジャスパーもまた心核を使い、リビングメイルへと変身する。
「貴方たちは、少し離れてなさい。向こうは私たちのお客みたいだしね」
「大丈夫なの?」
いつもレオノーラに向けるのとは違う、どこか心細そうな声でクラリスが尋ねる。
しかし、レオノーラはそんなクラリスに対し、満面の笑みを浮かべ……そして口を開く。
「大丈夫よ。これでも、このくらいの戦いは今まで何度も乗り越えてきたんだから」
レオノーラの口からは、自信に満ちた言葉が出る。
レオノーラ本人の美しさもあり、その様子はまさに戦女神と呼ぶに相応しい、そんな光景であった。
……とはいえ、レオノーラも多数の心核使いと戦うなどといったことになったのは、それこそアランと関わってからだ。
そうである以上、言葉通りに自信がある訳ではないのだが。
それでもクラリスを前に、弱気なところを見せる訳にもいかない。
(アランを狙ってきたのに、私を敵として見ていないのは……少し、面白くないわね)
そんなことを考えつつ、レオノーラもまた心核を使う。
次の瞬間、そこに姿を現したのは黄金のドラゴン。
「グガアアアアアアアア!」
周囲に響くような、その雄叫び。
その雄叫びを聞き、周囲で動けなくなっていた観客たちが一気に動き出す。
「ナイス、レオノーラ」
ゼオンのコックピットの中で、アランはそう呟く。
こちらに向かって来ている心核使いたちに攻撃をしようとしても、その周囲にはまだ多数の観客たちがいる。
ここで下手に攻撃をしようものなら、そのような観客たちにも被害を与えてしまうだろう。
それが分かっているからこそ、アランはゼオンに乗り込んだものの、心核使いたちに攻撃を出来なかったのだ。
アランにしてみれば、敵の実力云々以前の前にその辺りをどうにかする必要があった。
もっとも、今の場合必要なのはあくまでもアランがゼオンのコックピットに入って身の安全を図ることだ。
そういう意味では、今のこの状況で十分役割を果たしていた。
「にしても、どうやって俺がここにいるって情報を知ったんだ? 向こうにしてみれば、俺たちがどこにいるのかなんて、全く分からなかったはずだろうに」
そう呟きつつも、アランはビームライフルの銃口を心核使いたちの方に向け……だが、その瞬間心核使いたちはいっきに速度を上げ、さらにはそれぞれが別の方向に進む。
ビームライフルがどのような武器なのかを知っているからこその、行動。
一瞬戸惑ったアランだったが、ガリンダミア帝国から派遣されてきた心核使いたちである以上、こちらの情報を持っているのは当然の話だった。
「ちっ!」
だが、アランも心核使い特化と呼ばれている存在だ。
全ての敵を一気に仕留めるのは難しいと判断し、心核使いの中の一人に狙いを定め、ビームライフルのトリガーを引く。
放たれたビームは、そのまま悲鳴も残さずにリザードマンを消滅させ、地面に着弾すると巨大な爆発を引き起こす。
アランはその結果を確認することなく、頭部バルカンのトリガーを引く。
まさに弾幕の嵐といったような、そんな状況になり……ワーウルフの身体が一瞬にして肉片へと姿を変える。
非常に高い速度を持つワーウルフであっても、頭部バルカンから放たれた弾丸をまともに喰らえば、それを防ぐことは不可能。
そして……瞬く間に二人が減った心核使いたちだったが、それでも全く躊躇することなくゼオンと黄金のドラゴンに襲いかかるのだった。




