0355話
わあああああああああ、と。そう聞こえてくる歓声を聞きながら、舞台から少し離れた場所にいた男達はそれぞれの表情を浮かべながら立ち上がる。
嬉しそうな表情や面倒臭そうな表情を浮かべている者がいれば、中には不満そうな様子の男もいる。
「ったく、ゴールスって奴は間抜けか? 俺達はあくまでも念の為にここにいるって話だっただろ? なのに、何でこうして出番が来てるんだよ」
「そう言うな。相手は雲海と黄金の薔薇だぞ? そんな連中を相手にして、獣人全てを統べているのならともかく、あくまでもその中の一部族……いや、その一部族ですら手に入れることが出来ないような奴だ。その程度の奴に期待しすぎなんだよ」
「俺はむしろ嬉しいけどな。俺たちが狙っているアランってのは、腕利きの心核使いなんだろ? 噂では聞いてたけど、一度戦ってみたいと思ってたんだよな」
そんな風に呟く男の言葉に、他にも何人かの者たちが同意するように頷く。
ここにいる者たちは、アランが非常に強力な心核使いだというのを知っている。
それを知っている上で、ガリンダミア帝国から派遣されてきた心核使いたちだ。
心核使いというのは非常に珍しいのだが、ガリンダミア帝国の場合は多少事情が違う。
心核使いはほぼ強制的に、ガリンダミア帝国に所属させられてしまう。
もちろん、そのような真似をすれば不満も多く出るが、元々ガリンダミア帝国は侵略を繰り返して国土を広げてきた国だ。
そうである以上、逆らったらどうなるかというのは、広く知れ渡っている。
とはいえ、それでも従属国にされた母国を何とか解放しようと、レジスタンスに加わる者はそれなりにいるのだが。
「おい、アランは生け捕りにして連れて帰るんだぞ」
「分かってるよ、もう。……でも、本当にアランって奴にそんな価値があるのか?」
アランと戦いたいと言っていた男は、リーダー格の男の言葉に対し、不満そうな様子を見せる。
他の者たちも、言葉にこそ出さないがその言葉には同意しているように思えた。
ガリンダミア帝国の中でも表沙汰に出来ない裏の件で活躍する、心核使いの部隊。
そのような腕利きだけが揃っている部隊に所属しているだけに、全員プライドが高い。
だからこそ、自分たちがわざわざこのような一件に……それも数人ならともかく、部隊全員で投入されることに、不満を抱くのは当然だった。
元々、心核使いは戦場に一人投入するだけで、戦局を逆転させると言われている。
そんな心核使いがこれだけの人数が揃っているのだから、街どころか都市であろうとも滅ぼすことが出来るだろう、そんな戦力だ。
それだけの戦力を投入する価値がアランにあるのか。
そんな疑問を抱くのは当然だろう。
だが……
「忘れたのか? この件はあの御方……ビッシュ様の命令だぞ?」
ビクリ、と。
先程までは不満を露わにしていた男たちが、ビッシュという名前を聞き、その表情に強い畏怖の色を浮かべた。
ビッシュ……正確には、ビッシュ・レム・ガリンダミア。
その名前から分かる通り、ガリンダミアの皇族の一人だ。
だが、この男たちが畏怖を抱くということは、ただ皇族であるというだけではない。
外見は十歳程度の年齢にしか見えないが、少なくても五年以上前からあの姿のままで、一切成長をしていない。
いや、正確には五年どころではなく、聞こえてきた噂話によれば数十年はあの子供の外見のままだという話だ。
聞こえてきたというだけで、実際に調べないのは……それだけ、ビッシュという人物の持つ迫力……もしくは不気味さを、ここにいる全員が知っているからだろう。
中には、それでもビッシュの正体を探ろうとした者も過去にはいた。
しかし、その男はいつの間にか姿を消し……そして、誰もその行く末を知らない。
皆、その辺りの事情を知っているからこそ、ビッシュについて探ろうといったようなことはしないのだ。
ビッシュの外見は子供である以上、客観的に考えればそこまで強い相手とは思えない。
だが、この世界には実力と外見が見合っていない者は、相応にいる。
男たちは当然そのようなことは知っているし、今までの任務でそんな相手とも戦い、そして捕らえるなり殺すなりしてきた。
それでも、ビッシュをそのような相手と一緒の存在とは思えないのだ。
「分かったな? この件はビッシュ様直々の命令だ。失敗は絶対に許されない」
リーダー格の男の言葉に、話を聞いていた者達がそれぞれ真剣な表情で頷く。
ビッシュからの命令である以上、全力で任務をこなす必要があった。
「現在分かっている情報は、アランの心核はゴーレムを召喚するといったものだ」
この時点でおかしい。
普通、心核というのは心核使いを変身させるものであって、モンスターを召喚するといったようなものではないのだから。
「それと、注意すべきはその武器だ、光魔法か何かだと思うが、その威力は絶大。それこそ、俺たちでも命中すれば一発で死んでもおかしくはない。それを矢のように射出したり、あるいは剣のようにして振るう」
「……卑怯だよな、一発命中すればその時点でこっちの負けが確定とか」
その言葉に、何人かが頷く。
強力なモンスターに変身した心核使いの攻撃であっても、一発命中した時点で否応なく即死といったことは、基本的にない。
いや、全くない訳ではないが、その辺は命中した場所によって大きく変わる。
だというのに、アランのゴーレムはどこに命中してもその時点で負けが確定してしまうのだ。
まさに凶悪といった表現しかない。
「だからこそ、奴と戦うときは素早く動いて狙いを定めないことだ。それに……」
リーダー格の男が、視線を自分たちの進んでいる方に向ける。
そこでは、未だに公開試合の興奮が収まらないのか、歓声を上げている観客達の姿がある。
「聞いた話だと、アランってのは無関係の人間を巻き込むのを好まないらしい。あれだけ観客たちがいる現状では、アランがゼオンとかいうゴーレムを召喚しても、ろくに攻撃は出来ないはずだ」
「……ご立派なことで」
そう呟かれた男の顔には嘲笑が浮かんでいる。
裏の部隊として活動してきた男たちにしてみれば、無関係の人間を巻き込むということには全く躊躇がない。
ましてや、ここはガリンダミア帝国ではなく、従属国の一つでしかないのだから、なおさらだろう。
「けどよ、問題なのはどうやってそのアランを捕らえるか、だよな。そのゴーレムの中に入るんだろ? ……ゴーレムになるのならともかく、ゴーレムを召喚してからその中に入るんだから、厄介だよな」
そう、それが一番の難関なのは間違いなかった。
アランがゴーレムの中にいるということは、そのゴーレムを倒す必要がある。
そうでもしなければ、ゴーレムの中にいるアランの身柄を確保出来ないのだから。
その上で、アランから心核を取り上げる必要もある。
普通に考えれば、これは非常に難易度の高い作業だ。
元々アランは、ガリンダミア帝国が見初めただけの実力を持つ心核使いなのだから。
そうである以上、そう簡単にどうにか出来るはずはない。
「もっとも……それは普通なら、だけどな」
心核使いの一人がそう告げると、他の者たちも同様に頷く。
普通なら難しいことでも、自分たちなら出来る。……ビッシュの直属として動いていてきた自負がある。
それは、この部隊にいる全員が感じていることだ。
そうして舞台に向かって進んでいると、こっちにやって来る人影を発見する。
サイの獣人……一目でただものではないと理解出来るだけの実力の持ち主で、もし何も知らない者がそんな相手を見れば視線を逸らしてその場から立ち去るといったような真似をするか、もしくは恐怖で動けなくなるかだろう。
だが、それはあくまでも普通の相手ならの話だ。
ここにいる心核使いたちは、皆が数え切れない修羅場を潜り抜け、そして生き残ってきた者たちだ。
そうである以上、そのサイの獣人……ゴールスの姿を見ても、特に何か恐れたりといったような真似はしない。
それどころか、哀れみや蔑みの視線を送る者すらいた。
何しろ、こうして自分たちの出番がきたのはゴールスが失敗したからこそなのだから。
もしゴールスが公開試合で勝っていれば、自分たちの出番はなかった。
いや、アランを確保するという役目はあったので、最終的にはやるべきことはあったのだが、それでもこうして人前で堂々と心核を使うといったような真似はしなくてもよかっただろう。
そうなったのは、全てゴールスの不手際が原因。
そうである以上、哀れみや軽蔑の視線をゴールスに向けるのは当然であり……だが、自尊心の強いゴールスにしてみれば、自分がそのような視線を向けられるのは我慢出来ることではない。
「てめえら……何だ、その顔は。やるべき仕事は分かってるんだろうな?」
自分に向かって不愉快な態度をとっている男たちに向かい、ゴールスは苛立ちを込めて睨み付け、尋ねる。
だが、ゴールスのそんな様子を見ても、男たちは嘲りの笑みを浮かべるのを止めない。
そんな男たちに苛立ち、再びゴールスが何かを言おうとするが、それよりも前に男の一人が口を開く。
「分かってるよ。あんたの無能の不始末は俺たちがどうにかしてやる。だからあんたは、大人しく尻尾を巻いて逃げろ」
「て……」
嘲笑を向けられつつも、まさかこうもあからさまに馬鹿にされるとは思っていなかったゴールスは言葉に詰まり……だが、男たちはそんなゴールスを相手にする価値もないと判断して、歩き出す。
しかし、そんな男たちの態度がゴールスは我慢ならない。
元々自分の強さには自信があり、それによってここまでのし上がってきたのだ。
それだけに、自分が直接負けた訳でもないのにここまで侮辱されるのは許せず……
「てめえらぁっ!」
男たちの中でも一番後ろにいた男の肩を掴み、そのまま殴りつけようとし……次の瞬間、一条の光が走ったかと思うと、ゴールスの首は切断された。
あまりの鋭さゆえにか、その身体が地面に倒れるまで、血が吹き出すようなことはなく……
「全く、汚い手で触らないでくれよ。……心核使いだからって、生身で弱い訳じゃないんだぜ?」
「おい、いいから行くぞ。……さて、そろそろだ。心核を使うぞ」
その言葉と共に、舞台が近付いたところで男たちは自らの心核を使うのだった。




