0351話
「時間です。準備は大丈夫ですか?」
小屋の中に入ってきた警備兵がそう言ったのは、アラン達が小屋の中に入ってから一時間ほどが経過した頃。
幸い……と言うべきか、もしくは見て分かるように何らかの仕掛けをすれば、それが判明したときに言い逃れが出来ないと思ったのか、小屋の中には特に罠の類はなかった。
ただし、小屋の中は本当に速度優先で作ったといったような設備で、椅子の類も座っていれば尻がいたくなってもおかしくはない、そんな粗末な設備だったが。
それでも公開試合に参加する者たちが小屋の外に出なかったのは、小屋の外に出れば何らかの攻撃を受けるかもしれないと思ったためだ。
試合に出ないガーウェイは公開試合会場の周辺にある屋台で売られている料理にも興味はあったのだが、下手に屋台で料理を買うと何らかの毒が入っているかもしれないと思うと、ガーウェイも小屋の外に出る気にはならなかった。
「分かりました。こちらは問題ありません。……では、行きましょうか」
クラリスの言葉に、小屋の中にいた全員が立ち上がる。
本来なら、ガーウェイは公開試合に出る者たちと一緒に行動はしない。
だが……それでもこうして一緒に行動しているのは、何かあったとき、すぐに対処出来るようにするためだ。
本来なら、そのようなときは警備兵が守る必要があるのだが、警備兵は……少なくても上層部はゴールスの息がかかっている。
とはいえ、息がかかっているのはあくまでも上層部で、下の方は普通に仕事熱心な者も多い。
クラリスを呼びに来た警備兵もそのような者たちの一員だったのだが、ガーウェイが護衛をするといった様子を見せても、上層部のことがあるだけに何も言えない。
それでも関係のない人物は一緒に行動するなといったようなことを言わないだけ、マシなのだろう。
わあああああああああああああああああああ!
アランたちが舞台に近付くと、そんな歓声が巻き起こる。
「これは、また……予想していたよりも随分と多く集まってるな」
舞台の周囲に集まっている観客の数を見て、アランは驚く。
小屋に入った一時間ほど前には、ここまでの人数は集まっていなかった。
だというのに、今はこうして多くの……千人は軽く超えてるだろうと思えるだけの観客たちが集まっているのだから、驚くのも当然だろう。
「あら、これだけの人数が集まってるのは、こっちにとっても悪いことじゃないわよ? これだけ大勢の前で負けてしまえば、ゴールスもさすがに言い訳は出来ないもの。……もっとも、それを承知の上でこうして観客を集めたということは、向こうも勝つ自信があるからこそなんでしょうけど」
レオノーラのその言葉に、アランも納得する。
自分が負けた場合、それこそ最悪の場合は観客たちを買収するなり、あるいは暴力で脅すといったような真似をするつもりでも、それが数人や十数人ならともかく、千人を超える人数となれば話は変わってくる。
とてもではないが、今の状況で全員に命令するといったような真似は不可能だろう。
そう考えれば、レオノーラの言っていることも決して間違いではないはずだった。
(そうだな。レオノーラの言うように、この状況は決して悪くはないはずだ)
若干自分に言い聞かせるような様子ではあったが、アランは歓声を浴びつつ、前に進む。
すでにゴールスの陣営は準備万端といった様子で待ち構えているのが、見えた。
ゴールスと、四人の選手。
ただし、ゴールス以外の者たちは全員がローブを着ており、フードによって顔を隠されている。
そのおかげで、ゴールス以外の者たちはどのような外見をしているのかが、全く分からない。
「ふんっ、随分とこすっからい真似をするな。この程度でこっちが驚くとでも思ったのか? 生憎と、こっちの選手はそんな程度で怯えるような意気地なしじゃねえんだよ」
ガーウェイがローブを着ている者たちを見てそう告げる。
アランたちは何も言わなかったが、ガーウェイのその言葉は決して間違いではなかった。
自分に実力があれば、相手がどのような者であっても対処するのは難しくはない。
……この中で唯一その点が心配なのがアランだったが、そのアランも今日は生身での戦う者ではなく、心核使いとしてこの場にいるのだ。
そうである以上、自分が戦っても決して負けるとは思わなかった。
(もっとも、ゼオンを召喚するのは不味いだろうから、武器の召喚になるだろうけど。……それはそれで、結構危なかったりするんだよな)
ゴールスがガリンダミア帝国と繋がっているということを知らないアランとしては、ここでゼオンを召喚するといったような真似をして、ガリンダミア帝国に目を付けられる訳にはいかない。
そうである以上、武器の召喚をするしかないのだが……
(ビームライフルは無理だよな)
ここがデルリアの外であるというのはいいのだが、舞台を囲むようにして観客たちがいる以上、ここでビームライフルを撃ったりしようものなら、間違いなく死人が出る。
それも対戦相手ではなく、観客たちの中に。
だからこそ、射程の長いビームライフルではなく、攻撃出来る範囲が決まっているビームサーベルを召喚する必要があった。
もっとも、ビームサーベルを召喚するのはともかく、どうやってその攻撃を命中させるのかといったことが問題になってくるのだが。
「見ろよ。ゴールスの奴、こっちを見て笑ってるぞ」
ガーウェイのその言葉に、アランはゴールスたちに視線を向ける。
するとそこでは、自分の勝利を確信したような笑みを浮かべたゴールスの姿がそこにはあった。
そんなゴールスの様子を見たアランは、苛立ちを覚えるのと同時に疑問も抱く。
公開試合をやると決めてから、ギジュの屋敷には多数の刺客が送られてきた。
それこそ、もし雲海や黄金の薔薇の者たちが護衛として待機していなければ、何人かが怪我をするか……下手をすれば、暗殺されていてもおかしくはなかったほどに。
その件によって、ゴールスの戦力は大きく減ったはずだった。
ゴールスも、暗殺という手段に出る以上は当然ながら相応の実力を持つ者を刺客として送り込んだはずだ。
だが、その全員は雲海や黄金の薔薇の探索者たちによって、捕らえられ、あるいは殺されている。
それによって間違いなくゴールスの戦力は減っているはずだというのに、何故あそこまで自分が勝利するといった確信に満ちた笑みを浮かべることが出来るのか。
(強がりとか? いやまぁ、その可能性もあるけど……ゴールスの笑みを見る限りだと、そういう風には見えないよな)
ゴールスの性格は、アランも直接会ったことである程度理解している。
そのときの様子から考えれば、ゴールスの浮かべている笑みは強がりではなく、本当に自分たちが勝つと、そう信じているもののように思えた。
(向こうは最後までもつれ込めば、クラリスと戦うことになる。それだけでもう一勝は確実……と、そういう風に考えていてもおかしくはないけど)
そんな風に考えつつ、アランたちは舞台の側に到着する。
そのタイミングを待っていたかのように、誰かが舞台の上に上がってくる。
舞台は心核使いが戦うことも考えられているのだろう。かなりの広さを持つが、そんな舞台の上をゴリラの獣人が進んで来る。
その手には棒状の物が握られており……
「マイク?」
ゴリラの獣人の手に握られている物を見て、アランの口からそんな呟きが漏れる。
そう、それはアランの前世においてTVで見ることが多かった、マイクに似ている。
もちろん似ているだけで、細かい場所には色々と違いがあるのだが。
とはいえ、当然だがこの世界においてマイクなどといったものはない。
『皆さん、お待たせしました。これよりゴールス殿とクラリス殿による、公開試合を行います!』
ゴリラの言葉が、会場中に響き渡る。
それは、間違いなくアランが知っているマイクと同じ物だった。
何故マイクがここに? と疑問に思うも、この世界の状況を考えればすぐに納得出来る。
この世界には、古代魔法文明の遺産が眠っている遺跡が無数にあるのだ。
最近は遺跡に潜っていないアランだったが、本来の仕事はあくまでもそのような遺跡に潜って古代魔法文明の遺産を手に入れる探索者だ。
そんな古代魔法文明の遺産の中には、マイクのような物があったとしてもおかしくはない。
誰かの言葉を大勢に聞かせるというのは、非常に使い道の多いマジックアイテムなのだから。
アランがそうして納得している間に、ゴリラの獣人……公開試合の審判の口から、何故このような戦いが起きるようになったのかの説明がされる。
とはいえ、その辺についての話はすでに噂として広がっていたので、それを聞いても特に驚くような者はいなかったが。
唯一他の者が注目したのは、公開試合のルールだろう。
気絶するか、戦意喪失するか、戦闘不能になるか……もしくは、舞台の外に出て十秒以上経過するかしたら負け。
ただし、相手を殺すようなことがあった場合は、反則負けとなる。
元々がこの辺りに伝わる獣人たちの儀式がベースのために、そのルールは観客の多くが納得するものだった。
『では、まずは第一試合……ゴールスチームからは、獣牙衆の一人、ローレンス! クラリスチームからは、クラリスの護衛を務めてきた信頼厚い狼の獣人、ロルフ!』
審判の言葉が出ると同時に、ロルフが前に出る。
そして、ゴールスの側いた獣人がローブを脱ぎ捨て……
「ローレンスだと!?」
ゴールが何かをしてきたらすぐ対処出来るよう、近くで待機していたガーウェイの口から驚愕の声が上がる。
「誰です? その様子を見ると知ってるみたいですけど」
ローブを脱ぎ捨てたローレンスは、虎の獣人だった。
見るからに強そうに思えるその姿に、会場にいる観客たちはざわめく。
それに対するロルフは、顔中に傷があり、見るからに全快といった様子ではない。
「獣牙衆の中でも、最高峰の強さを持つ男……それがローレンスだ。俺も今まで何度か戦ったことがあるが、有効打を与えたことは一度もない」
ガーウェイの口から驚くべき情報がもたらされるのと、審判が試合開始と叫ぶのはほぼ同時だった。




