0350話
公開試合当日……アランたちはギジュの屋敷を出て、デルリアの外に用意された場所に向かう。
一対一で戦うのならまだしも、五人が戦う……それも、デルリアの住人たちを証人とするために、多くの者が集まってくるとなると、街中でそのような場所は用意出来ない。
そのような場所を用意するとなると、やはり必要なのは広い土地だ。
デルリアの内部にはそのような広い土地はなかったが、外には幾らでも土地がある。
もちろん、街の外となるとモンスターの心配であったり、盗賊の心配があったりもするのだが、その辺は獣人が多数いるデルリア。
身体能力の高い獣人たちだけに、敵と戦ってもある程度戦える者が多い。
そんな訳で、試合会場はあっさりと作られた。
とはいえ、今回使い終わればあとは使うことはないだろう場所だ。
それだけに、基本的にはそこまで豪華な場所ではなく、取りあえず戦うことが出来ればいいと言った程度の作りでしかなかったが。
「畜生……まさか、最後の最後で負けるとはな」
歩いている中で不満そうに……それでいてどこか嬉しそうに言ったのは、ガーウェイ。
そんなガーウェイの横では、ロルフが顔中に幾つもの痣や切り傷を作りながらも、やり遂げたといった笑みを浮かべている。
本来なら、クラリス側の代表として出るメンバーは、アラン、レオノーラ、ジャスパー、ガーウェイ、クラリスの五人だった。
そんな中で異議を唱えたのが、ロルフ。
ロルフにしてみれば、クラリスの護衛をしてきたのは自分なのだから、ここはどうしても自分で出たいと、そう思ったのだろう。
しかし、当然の話だがこの公開試合にはクラリスの去就がかかっている。
それこそ、もしここでクラリスが負けてしまったら、ゴールスによって最終的に命を奪われてもおかしくはないだろう。
だからこそ実力順で選ばれメンバーだったのだが、ガーウェイは弟分に対して情があったのか、それとも絶対に自分が負けることはないと思っていたのか、一度でも模擬戦で自分に勝ったら交代すると言い出す。
他の者たちも、ガーウェイが負けるとは思っていなかったのだろうし、実際昨日までは結構な数の模擬戦を行ってきたが、全てガーウェイが勝っていた。
だが、しかし……今朝、これが最後ということで行われた模擬戦において、ロルフはガーウェイに勝利した。
それは偶然に近い勝利だったのかもしれないが、それでも勝利は勝利だ。
……あるいは、ガーウェイがそれで納得しなければ、結果は違っていたかもしれない。
しかし、ガーウェイはそれを認めた。
自分が口にしたことを翻すといった真似はしたくなかったし、何よりも弟分のロルフがこの短時間でここまで強くなったことを、喜んでもいたからだ。
それでもやはり戦う者として、自分が負けたことを面白くないと思う一面もあったので、その結果が今の不機嫌そうでいながら嬉しそうという、複雑な様子だった。
「ガーウェイさん。俺、頑張ります」
「俺の代わりに出るんだから、頑張るのは当然だろ。頑張るのはいいけど、何よりも勝利を求めろ。いいな」
「はい!」
そうして会話をしながら進むクラリス一行だったが、当然そのような面々が纏まって歩いていれば、多くの者たちから視線を向けられる。
そして、今日の戦いでゴールスと戦う者たちだと知ると、哀れみの視線を向けてくる者が多数いた。
デルリアにおいて、ゴールスの名前は大きい。
それこそ獣牙衆を飼ってるという話は多くの者が知っている。
それだけに、ゴールスと戦うというのは知っている者の、多くの者はクラリスたちが負けると、そう考えていた。
周囲から自分たちがどのような視線で見られているのかというのは、当然ながら知っている。
知っているからこそ、面白くないと思ってもおかしくはなかった。
「ふんっ、ふざけやがって。俺たちがそう簡単に負けると思ってるのか?」
「落ち着きなさい」
不満そうな様子を見せるガーウェイに対し、レオノーラがなだめるように言う。
レオノーラにしてみれば、自分たちが不利だと思われているのなら、それはそれで構わない。
面白いか面白くないかで考えると、当然面白くはない。
しかし、それでゴールス側が油断をして自分たちが有利になるのなら、どんどん油断して欲しいとすら思ってしまう。
「それに……賭けもやるんでしょ? 私たちが不利なら、それはそれでいいじゃない。それだけ大きく儲けられるんだから」
「……お前……」
レオノーラの外見は、それこそ絶世の美女といった表現が相応しい。
そんなレオノーラが自分たちの勝利に賭けるといったような真似をするというのは、一種の八百長ではないかと思ってしまう。
とはいえ、レオノーラはそう言われても首を横に振るだろう。
これで自分たちが負ける方に賭けて、それで意図的に負けるのなら八百長だろう。
だが、レオノーラは自分がたちが勝つ方に賭けて、そして勝利に全力をつくすのだ。
そうである以上、八百長にはならない。
そんなやり取りをしながら、デルリアの外に出る。
いつもであれば、デルリアの外には人はあまりいない。
だが、今日に限っては多くの者がいる。
当然だが、盗賊やモンスターが襲撃してきた場合のために、デルリアの兵士も警備をしていた。
それだけに、デルリアの住人たちも今日に限っては多くの者が街の外に出ていたのだ。
街中でもそうだが、街の外にいる者の多くからも視線を向けられつつ、クラリスたちは進む。
そうして公開試合の舞台に到着する。
「うわぁ……」
クラリスの口から驚きの声が上がる。
デルリアの外に、このような公開試合の舞台を作っているというのは、クラリスも情報で知っていた。
しかし、それでもこうして自分の目の前に直接ある光景を見れば、このような声を上げるのも当然だった。
「クラリス、驚くのはその辺にしておきなさい。今はまず、公開試合の出場選手の登録をしておきましょう」
「そ、そうね」
目の前の光景に驚いていたクラリスは、レオノーラの言葉に慌てて返事をする。
「それで、どこに……いえ、あそこですね」
公開試合の受付をしていると思しき場所を見つけ、クラリスは他の者達を率いてそちらに向けた。
受付所の周辺には、デルリアから派遣されたのだろう。護衛の兵士たちの姿があった。
その兵士たちも、当然のように自分たちに近付いてくるアランたちの姿を確認すると、緊張した様子を見せる。
兵士たちにしてみれば、デルリアで強い影響力を持っているゴールスに対し、正面から喧嘩を売るような真似をしている者たちなのだから、当然だろう。
下手をすれば、自分たちにすら攻撃をしてくるかもしれない。
そのように思い、緊張し……いざというときには、それこそすぐにでも手に持つ武器を振るえるように準備をしながら、待つ。
しかし、そんな兵士たちの心配は杞憂だと示すように、クラリスは笑みを浮かべて口を開く。
「今日行われる公開試合において、出場する選手登録をしにきたのですが、構いませんか?」
兵士たちは、そんなクラリスの言葉に意表を突かれた。
てっきり、もっと上から目線で言われたり、理不尽な命令を言われたりといったようなことをされるのかかと思っていたのだ。
だというのに、こうして穏やかな口調で話しかけられたのだから、当然だろう。
もっとも、相手は十歳ほどの少女でしかないのだから、そこまで警戒する必要もなかったのかもしれないが。
警備兵はクラリスの様子に驚きつつも、受付を行う。
アラン、レオノーラ、ジャスパー、ロルフ、クラリス……
分かってはいたものの、クラリスが公開試合に出場するというのには驚きを隠せない。
その様子を見ていた何人かの警備兵は、本当にいいのか? と確認しそうになるが……ゴールスからその辺についてはしっかりと言い含められている為に、確認するような真似はしない。
だが、何故かガーウェイのようにほとんど怪我をしていないような男は公開試合に出場しないのに、ロルフのような見るからに顔に青あざがあったり、斬り傷のような軽傷ではあるが、怪我をしている者が出場するのかといったような疑問を抱きはしたが。
「言っておくけれど、妙な小細工はしないでちょうだい?」
もしそんな真似をしたら、ただではすまさない。
そんな視線を警備兵たちに向けるレオノーラ。
レオノーラにしてみれば、公開試合をやると決めてから今日までの短期間で、多数の刺客を送ってきたゴールスだ。
そうである以上、出場選手の名前を変えたり、出場順を勝手に変えたり……といったようなことをしないとも思えなかった。
その為に念を入れてそう言ったのだが、兵士たちは不満そうな表情を浮かべる。
それは、自分たちはそんなことをするつもりがないのに、何故そのように疑われなければならないのかといったような、そんな様子だ。
そんな兵士たちの様子に、レオノーラはもしかしたら今の自分の言葉は意味がなかったのでは? と思わないでもなかったが、それでも万が一を考えた場合は、言っておくに越したことはないだろうと判断する。
受付をすませると、アランたちは兵士の一人に案内されてその場所を離れた。
向かう先は、公開試合の舞台から少し離れた場所に建てられていた小屋。
(控え室代わりなんだろうけど)
それに納得しつつも、遠くに見えるもう一つの小屋を見たアランは不満を抱く。
同じ小屋ではあるが、向こうにあるのは明らかにアランたちが案内された小屋と比べると豪華な代物だ。
アランたち小屋が素人が適当に建てた小屋だとすれば、もう一軒の小屋はログハウスという表現が相応しくなるくらいに。
そのログハウスが何のためにあるのかは、考えるまでもなく明らかだった。
「同じ選手でも、随分と差があるな」
「あら、そのくらいは覚悟の上でしょう? そういう相手を私たちが倒すんだから、その落差は大きければ大きいほどにいいのよ。……違う?」
満面の笑み……ただし、どちらかと言えば肉食獣の笑みと呼ぶに相応しい笑みを浮かベながら、レオノーラはそう告げるのだった。




