0035話
「これは……マジかよ、いつの間にこんなに……」
鉱石と蔦の存在する空間の空を飛びつつ、そのような状況でもひっきりなしに襲ってくるハーピーやガーゴイル、それ以外にも様々なもモンスターを撃破しながら。アランは下の様子を見ながら呟く。
唖然とした感情がその中に入っているのは、映像モニタに表示されたのが予想してはいたが、出来れば違って欲しいと思っていた、そんな光景だったからだろう。
何しろ、広大な空間のほぼ全てにぎっしりとモンスターが存在していたのだから。
それを行った存在……鉱石と蔦は、今もまた輝き、新たなモンスターを大量に呼び出していた。
あたかも、アランとレオノーラが殺したモンスターを補充するかのように。
『今はとにかく、数を減らす必要があるわね』
広大な空間の床一面に……そして空中に存在している無数のモンスターを眺めつつ、それでもレオノーラは全く怯んだ様子はなく、そう告げてくる。
それは、目の前の光景に怯みつつあったアランにとって、非常に助かったといえる。
探索者としての自分は、レオノーラに劣っているのは間違いない。
それもちょっとやそっとといったものではなく、比べるのも恥ずかしくなるくらいにだ。
大国の王女として育ち、黄金の薔薇というクランを結成してここまで育ててきたのだから、アランとの差が大きいのは間違いない。
だが……そう、だが。
少なくても、心核使いとしてだけならアランはレオノーラと互角であると思っているし、実際にそれは間違いではない。
そんなレオノーラがこの現状に平然としている以上、自分がこの程度で怖じ気づくわけにはいかないと、半ば無理矢理自分に対してそう思い込ませる。
「分かった。幸い、この位置からなら拡散ビーム砲も使えるしな」
先程は通路が崩れる可能性があったので使えなかったが、こうして通路から抜け出した今となっては、存分に威力を発揮出来るはずだった。
……ここが実は最下層ではなく、この下にまだ何らかの階層があった場合は、下手をすると床が抜ける可能性があるのだが。
だが、レオノーラは探索者としての経験と勘から、そしてアランは前世でのゲームや漫画から、敵のボスとも呼べる存在がいるこここそが、グラルスト遺跡の最下層であると結論づけていた。
そうして話している間にも、空を飛んでいるモンスターはアランとレオノーラに攻撃をしてくるのだが、頭部バルカンやビームライフル、フェルスによるビーム砲とビームサーベルによる攻撃で、次々に撃破されていく。
もちろん、レオノーラも前足を使った一撃や尻尾を使った一撃、威力を弱めたレーザーブレスといった攻撃を行い、空を飛ぶ敵を撃破していったが。
「じゃあ、取りあえずこれでも食らってろ!」
空中に浮かんだ状態から、ゼオンの腹部を下に向けたアランは、そう言いながら拡散ビーム砲を放つ。
ビームの光が、まるで雨のように地上に向かって降り注ぎ、それに貫かれたモンスターは次々と命を失っていった。
同時に、三十基存在するフェルスのうちの半数も、地上に向かって降下していく。
空高くから獲物を見つけて仕留める猛禽類のごとく、地上に向かって降下しながらフェルスは先端からビーム砲を放ちつつ、次々にモンスターを仕留め……地上が近くなると、ビーム砲からビームサーベルに攻撃方法を変え、モンスターの群れに突っ込む。
レオノーラもまた、地上に向かってレーザーブレスを放つ。
……それも、レーザーブレスを放ったまま首を動かすことにより、放たれたレーザーブレスも動き、よりモンスターの被害を拡大するというようにだ。
「これなら、そう時間が掛からないうちに……」
『いえ、駄目ね』
レーザーブレスを放つのを止めたレオノーラが、アランの言葉にそう答える。
一瞬その意味が分からなかったアランだったが、鉱石と蔦が眩く輝いているのを見れば、その意味は理解した。
「……結局、あの鉱石と蔦を破壊する必要があるのか」
『そうね。出来ればそのような真似はしたくなかったんだけど』
それは、あの状態のままで鉱石と蔦を確保出来れば、クランとしては非常に大きな手柄となり、名前を売ることが出来るからだろうと、アランも予想出来た。
情報伝達手段が日本ほどに発達していないこの世界においては、クランの勇名を高めるということは大きな意味を持つ。
ましてや、黄金の薔薇は上昇志向が強い者が多いのも、この場合は関係しているだろう。
「けど、破壊しないとこのスタンピードが止められないなら……うおっ!」
どうしようもない。
そう言おうとしたアランの言葉を理解した訳ではないだろうが、不意に鉱石に巻き付いていた蔦が上空まで伸びてきたのだ。
ウイングバインダーのスラスターを使って、その蔦を回避するアラン。
傍から見れば、その蔦はただの蔦でしかない。
だが、あの鉱石と共にこれだけのモンスターを呼び出すのか、作り出すのか、その辺りの正確なところはアランにも分からなかったが、ともあれ現状のような真似をしているということは、普通の蔦であるはずがない。
……そもそも、自分に対する敵意に反応したかのように、蔦を伸ばしてくるなどという真似をしている時点で、とてもではないが普通の存在ではないのだが。
『これはっ!? アラン、気をつけて!』
頭の中に聞こえてきたレオノーラの声。
その声が今までと違っていたのは、切羽詰まった様子が明らかだったことだ。
ゼオンに向かって伸びてくる蔦を、ウイングバインダーで回避しながらビームサーベルを引き抜こうとしていたアランは、レオノーラの言葉に映像モニタを見て……
「うげ」
思わず、といった様子でそんな声を漏らす。
当然だろう。何故なら、鉱石に絡まっていた蔦が、ゼオンと黄金のドラゴンに向かって数十本……もしかしたら百本に届くのではないかと思われるくらいに、伸びてきているのだから。
明らかに、伸びている蔦の長さは鉱石に巻き付いていたものよりも多い。
何より、これだけ伸びているにもかかわらず、未だに鉱石には蔦が巻き付いていたのだ。
とてもではないが、信じられない光景だった。
だからこそ、アランの口からはそんな声が漏れたのだ。
『見るからに普通の蔦ではないわ!』
そう叫ぶレオノーラだったが、この蔦に対して分が悪いのは、明らかにゼオンよりも黄金のドラゴンだった。
全高そのものはゼオンの方が高いが、体積という点では黄金のドラゴンの方が圧倒している。
つまり、それだけ蔦が捕まえる場所は黄金のドラゴンの方が多いということになってしまう。
……とはいえ、アランもまたレオノーラの心配ばかりはしていられない。
現状では空中を飛び回って蔦に絡みつかれないようにしてはいるが、ゼオンの場合はその高機動を支えるウイングバインダーが蔦に絡め取られるといったことになった場合、ある意味で致命傷に近くなる。
ましてや背中にあるウィングバインダーだけに、ビームサーベルの類で攻撃も出来ない。
フェルスを使えばどうにか対処出来るかもしれないが、今の状況で試してみたいとは、到底思えなかった。
そして、何よりも問題なのは……
「って、邪魔なんだよ!」
蔦の一撃を縫うように、ガーゴイルがゼオンに向かって近づいてくる。
……中には回避出来ず、蔦の一撃を食らってしまうガーゴイルを始めとして他のモンスターもいたが、蔦もモンスターも双方共にそんなことを全く気にした様子もなく、攻撃を続けていた。
咄嗟に頭部バルカンを発射し、ゼオンに近づいてきたガーゴイルを破壊する。
石で出来たその身体は、破壊されたことにより下に落ちていき……結果としてその石が武器となってゴブリンやコボルトのような弱いモンスターの命を奪うといった真似をしたりもしたのだが、それはアランにも全く気が付いていなかった。
フェルスを使い、次々に襲ってくるモンスターと蔦を撃破していくが……襲ってくるモンスターの数が減る様子は一切ない。
せめてもの救いは、地上にいるモンスターからの攻撃がないことだろう。
そう思いながら次々に攻撃をしていたアランだったが……
「なっ!?」
不意に、映像モニタにゴブリンのアップが映ったことに、驚きの声が出る。
驚くも、あまりにも予想外の攻撃……いや、行動に一瞬動きが止まり……次の瞬間、蔦がゼオンの足に絡まった。
このとき、アランは何が起きたのかを考えるような余裕はなかったが、地上にいるミノタウロスがゴブリンを掴んで投擲したのだ。
空中の敵と自分に迫ってくる蔦を相手にするだけで一杯一杯だったアランは、地上に意識を向けるような余裕はなかった。
……空を飛んでいるゼオンに対し、地上にいる敵が攻撃出来ないだろうという甘えも、そこにはあった。
そんな訳で、完全に不意を突かれた格好になり、その上でゼオンの足が蔦に捕まってしまったのだ。
「だからって、このままにさせると思うか!」
フェルスを操作し、ゼオンの足を捉えている蔦を切ろうとするが……鉱石や蔦にしてみれば、今まではゼオンが動いていたからこそ、捕まえるのに苦労したのだ。
今の状況……片足程度ではあっても、動きが止まっている状況であれば、そんなゼオンを捕まえるといったことはそう難しい話ではない。
その上で、ガーゴイルやハーピー、それ以外にも様々な空を飛ぶモンスターがフェルスの行動の邪魔をしようと行動する。
ほとんどのモンスターは、フェルスのビーム砲によって身体を貫かれ、もしくは運良く接近出来た場合でもビームサーベルによって斬り裂かれていく。
だが、それでもフェルスの動きが数瞬から数秒程度は鈍り、その隙にさらに多くの蔦がゼオンの手足を、そしてさらにはゼオン最大の特徴たるウイングバインダーにまで、絡まっていく。
気が付けば、ゼオンは空中身体の多くに蔦が絡まっており、ろくに身動きが出来ない状況になってしまう。
そんなゼオンを助けようとレオノーラも奮闘しているのだが、そのレオノーラもまた、蔦に搦め捕られ……
死ぬ。
一気に絶望的な気持ちに陥った瞬間、アランは追い詰められた状況でそう考え……
ドクンッ!
不意に、何かが脈動する音が響くのだった。




