0033話
魔法陣は、あっさりとゼオンのビームライフルによって破壊された。
もっとも、魔法陣そのものを破壊した訳ではなく、魔法陣の一部を破壊したといったところなのだが。
それにより、モンスターの血によって脈動していた魔法陣の動きは消えた。
これが、ビームライフルの威力が強いからあっさりと脈動が止まったのか、それとも単純に魔法陣そのものが絶妙なバランスの上に成り立っており、ビームライフルで魔法陣が破壊されたことで効果を失ったのか。
その辺はアランにも分からなかったが、それでも取りあえず魔法陣の効果が消えたというのは、間違いのない事実なのだ。
『これで、一体どれくらいのモンスターが大人しくなったのか……少し気になるけど、今は先に進みましょう』
『その必要はない。よくやった。これで、お前たちを今回の騒動の原因に直接飛ばすことが出来る』
「え?」
『何?』
魔法陣を破壊して数秒。不意にアランの頭の中にその声が響く。
いや、それはアランだけではなく、レオノーラもまた同様だった。
魔法陣を壊す前に聞こえてきた声は、アランの頭の中だけにしか響かなかった。
にもかかわらず、今回はアランだけではなくレオノーラの頭にしもしっかりとその声が響いていたのだ。
「レオノーラ、今の声が聞こえたのか?」
『ええ。けど、一体誰が……』
映像モニタに映し出された黄金のドラゴンは、今の声の主を探すかのように周囲を見回す。
だが、当然のようにその声の主を探すことは出来ず……代わりに、別のものを見つけてしまう。
『ちょっ、アラン! 光が!』
光。
そう言われたアランは、先程の直接飛ばすという言葉と共に非常に嫌な予感を覚える。
「もしかして……また転移か!?」
アランが叫ぶと同時に、光は今まで何度か経験したかのように強烈な光を発し……そして次の瞬間、ゼオンと黄金ドラゴンという、共に巨大な存在はその場から姿を消していたのだった。
「えっと……やっぱりまた、なんだろうな」
『……でしょうね』
自分たちを覆っていた眩い光が消えた瞬間、アランは自分たちが強制的に転移させられたのだということを、理解してしまう。
何故なら、数秒前までは目の前――ゼオンの目の前、という意味だが――にあったモンスターの死体の山や、ビームライフルで破壊された魔法陣が姿を消していたためだ。
それと、微妙に見慣れてしまった光を考えると、自分たちがどこかに……いや、頭の中に響いた言葉を考えると、今回の一件と関係する場所に転移させられたのは確実だった。
それを理解した瞬間、アランはゼオンの持つビームライフルを周囲に向ける。
……が、生憎と言うべきか、それとも幸いにもと言うべきか。
今の時点で何かが……具体的にはスタンピードの元凶となっているだろう存在が襲ってくるということはなかった。
(襲ってこない? いや、別にスタンピードを起こした誰か、もしくは何かがいても、それがこっちを襲ってくるとは限らないんだけど……助かった、のか?)
微妙に安堵しながら、アランは外部スピーカーを使ってレオノーラに声をかける。
「レオノーラ、どう思う? 今まで強制的に転移させられた件を考えると、ここにはスタンピードが起きた原因なり元凶なりが、あったりいたりしてもおかしくはないと思うんだけど」
アランの考えは、当然のようにレオノーラも感じていたことなのだろう。
アランに呼びかけられたときには、すでに黄金のドラゴンは周囲を警戒しながら見回していた。
だが、現在アランたちがいる場所には、特に何もない。
いや正確には正方形の部屋の中にアランたちはいるのだが、その正方形の部屋から一本の通路だけが存在している形だった。
当然のように、その通路はゼオンや黄金のドラゴンであっても普通に動けるだけの広さを持つ、グラルスト遺跡の標準サイズだ。
『ここには何もないようね。そうなると、残ってるのは向こうだけね』
「やっぱり、そうなるのか。あまり向こうには行きたくないんだけどな。嫌な予感しかしないし」
不満そうに、そして不安そうに言うアランだったが、それでも先程頭の中に響いた声から考えると、この先に今回のスタンピードの原因があるのは明らかだった。
スタンピードの原因を何とかするためにここにいる以上、アランとしては先に進まないという選択肢はなかったのだが。
そもそもの話、この正方形の部屋の中には他にどこにも行く場所がないのだ。
そうなると、ここから脱出するためには、嫌でもこの先に進む必要があった。
(また転移でも出来れば話は別だろうけど……無理だろうし)
一体誰が自分たちをこのような場所に転移させたのは、アランにも分からなかった。
だが、あの言い方から考えると、間違いなくスタンピードをどうにかするようにと、そう指示した。
であれば、今の状況ではそれに従うしか出来ない。
「このままここにいてもどうにもならないし、先に進むか」
『そうね。私たちがこうしている間にも、ドーレストはスタンピードしたモンスターに襲われているかもしれないし、出来るだけ早く行動した方がいいわ』
アランの言葉にレオノーラがそう告げ、ゼオンと黄金のドラゴンの二匹は、一本だけある通路を進む。
もちろん、何かあったときすぐ対処出来るように、ゼオンはビームライフルを手にしており、黄金のドラゴンはすぐにでも前足の一撃やレーザーブレスを放てるようにしながら。
だが、通路では一切モンスターに襲われるようなことはなく、罠の類も存在せず、三十分ほども歩くとやがて通路の先に眩い光が見えてきた。
「……何だと思う?」
『一体何なのかしらね。もっとも、あの光は見るからに妖しいから、スタンピードに関係しているのはほぼ間違いないでしょうけど』
レオノーラの言葉には、アランも納得することしか出来ない。
ここまであからさまに自分たちを待っている……いや、待ち受けているような状況である以上、ほぼ間違いなくこれから戦いになるだろうと、そう思ってしまったからだ。
ともあれ、ここから脱出するには先に進むしかない以上、アランは覚悟を決めて歩みを進める。
いっそ、スラスターを使って一気に空中を飛んでこの通路を移動しようかと、そんな風に思わないでもなかったが……通路の先で待ち受けているのが敵対的な相手の場合、通路を出た瞬間に攻撃されてしまうということも考えられる。
そうである以上、やはりここは慎重に行くべきというのが、アランの判断だった。
「レオノーラ、敵が待ち受けてるかもしれない以上、気をつけた方がいい」
『そうね。もっとも、私の場合は攻撃されても対処出来るから、大丈夫よ』
自信満々に告げるレオノーラ。
だが、それは何の根拠もなく言ってるようなものではなく、黄金のドラゴンと化した今のレオノーラは、竜鱗が極めて強力な鎧となっている。
生半可な攻撃では、それこそ鱗に弾かれて終わるだけだろう。
……アランは、ゼオンのビームライフルならその防御を貫けるのでは? と思わないでもなかったが、黄金の薔薇と雲海は、現在友好的な関係にある。
そんな状況で、黄金の薔薇を率いるレオノーラに攻撃出来るはずもなかった。
ともあれ、アランとレオノーラはそのまま通路を進む。
そうして、いよいよ光が満ちている場所に出る。
「これは……」
呟いたアランがゼオンの映像モニタを通して見たのは、光り輝く巨大な水晶……いや、それが本当に水晶なのかどうかは、アランにも分からない。
だが、十メール近い大きさの何らかの鉱石が、部屋の中央……それこそ、今までアランが入ってきた遺跡の中でも最も広いだろうその部屋の中央に浮かんでいた。
そして、光り輝く何らかの鉱石と思しき存在には蔦が巻き付いており、その蔦が脈動するように動くに従って、水晶の輝きも色を変える。
「なぁ、どう思う? 俺にはあの蔦が水晶っぽい鉱石に何らかの悪影響を与えて、今回のスタンピードを起こしてるように見えるんだけど」
『そう? もしかしたらあの鉱石の暴走か何かを、蔦が何とか抑えようとしているように見えなくもないけど……』
アランとレオノーラの間で、意見が分かれる。
アランは蔦が原因ではないかと。
レオノーラは鉱石が原因ではないかと。
お互いが自分の考えを持つも、どちらが正解なのかというのは、今の状況ではとてもではないが分からない。
どちらが正しいのかは分からないが、それでもとにかく鉱石と蔦がスタンピードの理由だというのは双方共に共通した思いだった。
「取りあえず、近づいてみないか? 鉱石と蔦がどんな反応をするのか見たい」
『そう、ね。……けど、気をつけ……待って』
アランの言葉にレオノーラが同意しようとした瞬間、脈動していた鉱石と蔦が一際眩く光り……気が付けば、蔦と鉱石の存在する広い空間に、様々なモンスターが忽然と姿を現していた。
そう、本当に忽然と姿を現したのだ。
数秒前まで、そこにモンスターは一匹もいなかったのに、気が付けばその空間には千匹……あるいはそれを超えるだろう数の、様々なモンスターの姿があった。
どこからモンスターが出て来たのか。
それこそ、どこからか召喚されたのか、もしくは鉱石と蔦が作り出したのか。
それはアランも分からなかったが、ともあれ危険なのは間違いなかった。
(スタンピードでモンスターが多すぎると思ってたけど、こうして補充してた訳か)
ダンジョンはともかく、遺跡ではモンスターが棲み着くのはあっても、あれだけ大量にモンスターがいるというのは違和感があった。
だが、どのようにしてかは分からないが、こうしてモンスターを補充していたのであれば、あれだけの数のモンスターがいるのも納得出来る。
とはいえ、驚きながらもこの状況を見ていられるのは、今が最後だった。
自分たちの本陣とも言うべき場所に敵がいれば、即座に排除するという流れになる。
そして、現在ここには多くの、そして様々なモンスターが存在しており、だからこそすぐにアランとレオノーラを排除しようとモンスターが襲って来るのは当然だろう。
アランとレオノーラの二人は、ほとんど成り行きでモンスターの群れと戦うことになるのだった。




