0318話
「うおおおおおおっ!」
そんな悲鳴と共に壁を突き破り、ガーウェイは屋敷の中庭に吹き飛ぶ。
だが、獣人としての力か、それとも単純に鍛えた体術によるものか、壁を破壊されて吹き飛ばされたガーウェイは空中で身を捻って地面に着地することに成功する。
そうしながら、即座に敵を……ギーグを警戒するが、破壊された壁から姿を現したのは、巨大な猿のギーグではなく、共に立ち向かっているジャスパーだった。
「あんたもこっちに来たのか?」
「ええ。ある程度の広さがあるとはいえ、やはり建物の中で戦うというのは、あまり好みではありませんからね。それなら、この中庭のようにある程度の広さがある場所で戦った方がいいでしょう」
ジャスパーのその言葉は、ガーウェイにも納得出来るものだった。
とはいえ、ガーウェイは短剣を武器に狼の獣人としての機動力を活かして敵を倒すといた攻撃を得意としている。
そういう意味では、狭い場所でもそれなりに戦えたのだが……ガーウェイの性格的に、やはり広い方が戦いやすいのは間違いなかった。
そして……ガーウェイが吹き飛ばされた穴では小さすぎたのだろう。壁を突き破りながらギーグが姿を現す。
「へぇ、狭い場所ってのは戦いにくかったが、ここならそれなりに戦えそうだな」
獰猛な笑みを浮かべつつ、ギーグはジャスパーとガーウェイの二人に向かって歩を進めていくのだった。
壁が破壊されて衝撃は、当然だがアランたちのいる部屋にまで響いていた。
一体何が起きてるのか分からないアランとしては、出来れば何があったのか見に行きたい。
ましてや、この騒動は明らかに戦闘だ。
ジャスパーとガーウェイという、腕利きの二人が戦っているような戦闘である以上、相手は間違いなく強敵だろう。
何しろ、戦いの音は未だにアランたちのいる部屋にまで響いているのだから。
(いっそ、クラリスを避難させた方がいいのか? いや、けどそれはそれで問題だし……どうすればいいのか、ちょっと分からないな)
アランの仕事は、あくまでもクラリスの護衛だ。
そういう意味では、わざわざ戦闘を見にいくような真似をする必要はない。
しかし、聞こえてくる戦闘の音が気になるのも事実。
ガーウェイの実力がどのようなものなのかというのは、アランにも分からない。
だが、ジャスパーの実力はしっかりと理解しているし、何よりジャスパーが強敵と言い切るような相手だ。
当然ながら、そのような敵である以上、そう簡単に倒すといったようなことは出来ないだろう。
実際に、こうしている今も戦闘の音が聞こえてくるのだから。
だが……そう、だが。
アランの場合は、相手がどのように強力な敵が相手であっても、一撃で倒す手段がある。
それは、ジャスパーが苦戦するような相手であっても同様だ。
そう、ゼオンの武器を召喚するといった手段が。
心核のカロを使ってゼオンを召喚するといった真似は論外ではあるが、武器の召喚なら。
そう思うも、デルリアに来る途中に起こしてきた騒動の数々を考えると、そう気安く使えないのも事実。
(いやまぁ、ワストナはクラリスに危害を加えようとしたんだし、この屋敷の被害を気にする必要はないんだけどな)
アランにしてみれば、ここは敵地でしかない。
そうである以上、ここが破壊されても構わないだろうという認識だった。
……とはいえ、この屋敷が破壊されるのは構わないが、問題なのはアランが召喚するゼオンの武器の威力は非常に高い。
この屋敷が破壊されるだけではなく、この屋敷以外の場所にも被害が出る可能性は十分にあった。
ワストナの屋敷はともかく、この周辺の屋敷は別にワストナの関係者といったような者たちではない。
そういう意味では、ビームライフルは論外。
ビームサーベルも使う場所をしっかりと考えなければ、周囲に被害を及ぼすといったようなことになりかねなかった。
(とはいえ、ワストナの屋敷にいる奴でも、全員がワストナが今回何をしようとしていたのかを知っていた訳じゃないだろうし。……俺たちを襲ってきたメイドは間違いなく黒だけど)
毒……もしくは何らかの薬を使おうとしたメイドたちは、間違えようもなく黒と呼ぶべき存在だった。
そうであるだけに、あるいはこの屋敷にいる者全てが敵だという可能性は決して否定出来ない。
「どうしたました、アランさん?」
ワストナやその護衛たちを警戒しながらも、外の様子を気にしているのが分かったのだろう。
クラリスはそう尋ねる。
尋ねるが、実際にはアランが何を気にしているのかを分かってはいた。
クラリスがアランと出会ってから、そんなに時間が経っている訳ではない。
だがそれでも、アランの性格は非常に分かりやすい。
「いや、ちょっと向こうのことが気になってな」
「そうですか。では、行ってみますか?」
「……は? 本気か? ジャスパーさんたちが戦っているのは、お前を狙ってきた奴だぞ?」
「そうですよ! そんな場所にわざわざ行くなんて、姫様の身に何かあったらどうするんですか!」
アランの言葉に同意するように告げたのは、ロルフだ。
ロルフにしてみれば、自分が守るべき相手がわざわざ自分から進んで敵のいる場所に向かいたいとは、思えなかったのだろう。
それはクラリスの護衛としてのロルフの立場としては当然のことだ。
だが、そんなロルフを前にして、クラリスは首を横に振る。
「アランさんの力があれば、相手がどのような人物であっても倒すことは出来るでしょう。……この屋敷にも大きな被害が出るかもしれませんが、それは仕方がないことです」
「待て!」
クラリスの言葉を聞いて、思わずといった様子で叫んだのはワストナだった。
当然だろう。自分の屋敷に被害が出ると宣言されているのだから。
ましてや、ガーウェイたちが戦っている相手は間違いなくギーグだ。
ギーグがどれだけの実力を持っているのかというのは、ワストナは当然のように知っている。
そうである以上、屋敷を破壊されても困るし、ギーグと戦っている相手を手助けされるのも困る以上、このまま相手の好きにさせるといったことをさせる訳にはいかない。
そう思っての言葉だったのだが……
「黙りなさい」
クラリスの声を聞いた瞬間、何も言えなくなる。
「っ!? ……っ! っ!」
それでも何かを言おうとしたワストナだったが、声を出そうとしても全く何も言えなくなっていることに気が付き、混乱して何度も口を開いたり閉じたりを繰り返す。
何が起きたのかは、アランにも当然理解出来た。
それは、クラリスが使える能力……言霊。
言葉だけで相手の行動を縛り、自由に動かすことが出来るといった、極めて希少で危険な能力。
そのような能力があるからこそ、クラリスは姫様と呼ばれ、そのように扱われているのだ。
正確にはそれ以外にも狐の獣人として尻尾が二本あるというのも、この場合は影響しているのかもしれないが。
「ワストナさん。貴方は私の敵に回って、危害を加えようとした。そうである以上、ここで私が貴方を殺しても、問題ありません」
「っ!?」
クラリスの言葉に、ワストナは息を呑む。
クラリスのような子供に、自分を殺すなどという選択が出来るとは思えない。
ましてや、自分はこのデルリアにおいては大きな影響力を持つ一人。
そうである以上、今の状況で自分を殺すといったような真似は出来ないし、しないだろう。
そう思ってはいたのだろうが……今こうしてクラリスを見ている状況では、自分を殺そうと思えば、すぐにでも殺せるだろうと、そう思えてしまう。
それは、ワストナだけではない。
ワストナの周囲にいる他の面々も、動くことは出来ない。
ワストナの部下として、本来なら雇い主を守る必要がある。
そのような真似が出来ないのは、クラリスの言霊の力を間近で見たからだろう。
言葉を出したくても出せないワストナは、必死になって何とか声を出そうとしているものの、それが報われることはない。
そんなワストナを見ているからこそ、今の状況で自分たちが何をしても意味はないと、そう理解しているのだろう。
それ以外にも、クラリスの側にはロルフ達を始めとした護衛たちもいる。
そんな護衛たちを相手を倒せるかという問題もあるが、何よりもワストナの部下たちの足を止めている理由は、クラリスの口から出た言葉だ。
言霊……ではなく、アランの力があればギーグを間違いなく倒せるとい、そう断言した。
ワストナの部下だけに、ここにいる者たちはギーグがどれだけの強さを持っているのかは、当然のように知っている。
いや、そもそもデルリア……ではなく、メルリアナに住む獣人の中でギーグの存在を知らない者の方が珍しいだろう。
だというのに、クラリスは倒せると断言でした。
……実際には、ギーグの名前をまだ誰も出していない以上、襲ってきたのがギーグだとは知らないのかもしれない。
だが、そうなるとまた無条件で襲ってきた相手を倒すだけの実力を持つと、そう言っているクラリスの言葉はおかしかった。
それでも倒せると断言している以上、アランという存在には何かがあるのは間違いない。
もしかしたらブラフか何かかもしれないと何人かは思ったが、実際にそれを口にするような者はいなかった。
もしいれば、それこそ口にした者が実際にアランを攻撃してみる必要があり……それでもし本当だった場合、攻撃した者がどうなるのかは考えるまでもなく明らかだったのだから。
そして、部屋の中に沈黙が満ち……
「分かった」
アランはクラリスの言葉にそう頷く。
アランにしてみれば、クラリスのその言葉は間違いなく自分の背中を押していた。
それが分かったからこそ、今の状況で敵を倒すために自分が行かなければならないと、そう判断する。
アランはロルフに視線を向ける。
口には出さないが、それが何を意味しているのかは明らかだった。
そしてロルフもまた、アランが何を言いたいのかは理解出来る。
このままクラリスと一緒に敵と戦っている場所に向かっても、護衛は大丈夫かと、そう尋ねているのだろう。
その視線にロルフは無言で頷き……
「分かった、行こう」
アランはそう告げるのだった。




