0311話
クラリスたちの存在を察知したのか、屋敷の中から何人もの獣人が姿を現す。
そんな中で、見るからに偉い人物であると理解出来たのは……イタチの獣人だった。
何故その獣人を見てイタチの獣人だとアランが認識出来たのか。
それは、その獣人が二足歩行のイタチといった様子だったからだ。
獣人の中でも人と獣のどちらに近いのかというのは、その顔を見れば分かりやすい。
(問題なのは、そういう獣人の顔を見ても表情をから考えを読んだり、向こうが何歳くらいなのかが分からないってことなんだろうけど)
アランはこの屋敷の主人と思しきイタチの獣人を見ながら、そんな風に考える。
そのイタチの獣人は、自分がそのように思われているといったようなことに気が付いた様子もなく……あるいは、アランの表情を見て何かを考えているのは理解したのかもしれないが、それに対して特に気にする様子もなく、クラリスに向かって近付いていく。
「おお、クラリス様。ご無事で何よりです。何やら獣牙衆が動いているといったような情報があったので、心配していたのですが……」
「心配をかけましたね、ギジュ」
そう声をかけるクラリスに対し、ギジュと呼ばれたイタチの獣人はとんでもないと首を横に振る。
「クラリス様がご無事なら、それで何よりです。それで……彼らが?」
ゴドフリーやロルフ、それに他の獣人たちはともかく、アランとジャスパーという見覚えのない二人の姿にギジュはクラリスに尋ねる。
彼らが? といったように尋ねてはいるが、ギジュはすでにアランとジャスパーの存在を知っていた。
商人として成功しているギジュは、当然だが耳も早い。
そんな中で、クラリスが探索者を護衛に雇ったといったようなことは当然知っており……
「ええ。裏の街道を通っているとき、何者か……そう、何者かに襲われているところを助けて貰いました」
何者かと言葉を濁しているクラリスだったが、その何者かというのが一体どのような相手なのかというのは、考えるまでもなく明らかだった。
それでも実際にそれを口にしなかったのは、どこから情報が漏れるか分からなかったからだろう。
ギジュの屋敷の中は安心だと思いたいが、このデルリアの大半がゴールスの手の中にあるというのは、容易に想像出来たのだから。
であれば、ギジュの屋敷の中にもゴールスと繋がっている人物がいてもおかしくはない。
クラリスとしては、そんなことはないと思いたいのだが、それがある意味で希望的観測であることも、また事実なのだ。
そんなクラリスに対し、ギジュは深々と息を吐いてから口を開く。
「助けて貰ったのはいいでしょう。ですが……クラリス様はこの者たちがどのような存在なのか、知っているのですか? ガリンダミア帝国軍に追われている者たちですぞ」
「知っています。それでも彼らは私を守ってくれましたし、今もこうして守ってくれています」
そんなクラリスの様子を見れば、ここで自分が何を言っても無意味なのだろうというのは、容易に予想出来た。
出来たからこそ、渋々……本当に渋々ではあったが、その言葉に従うことにする。
「分かりました。その者たちも屋敷の中に迎え入れましょう。ですが、この者たちを護衛とすることで、ゴールスの件以外にも面倒なことになっても、儂にそれが対処出来るかどうかは分かりませんぞ」
クラリスの後ろ盾になるべき人物だというのに、襲撃があったらそれはクラリスの判断のせいだと、そう思える様子で告げるギジュ。
クラリスの横で話を聞いていたロルフは、そんなギジュに対して何かを言おうとするが……近くにいたゴドフリーによって、それを止められる。
何故! といった視線をゴドフリーに向けるロルフだったが、それに対してゴドフリーは首を横に振り、これは自分たちが口を出すようなことではないと態度で示す。
本来なら、クラリスが侮られるような真似は決して許容出来ないロルフだったが、それでもゴドフリーの様子を見れば、何も言えなくなってしまう。
そうして、周囲には沈黙が満ちる中……やがて、クラリスが口を開く。
「それでも構いません。アランは私にとっては重要な意味を持つ人物です」
そう、堂々と言い切る。
まさか、クラリスがここまで堂々と言うとは思っていなかったのか、ギジュは目を見開いて驚く。
しかし、それも数秒。
次の瞬間にはすぐに大きく笑い声を上げる。
「ふははははは! なるほど、クラリス様にとって大事な方ですか。それでは、儂も色々と考慮するしかありませんな」
そうして笑っている様子を見せたのは、先程の言葉がクラリスを試すための一言であったためだ。
ゴドフリーもそれが分かっていたからこそ、ロルフが何か言おうとしたのを止めたのだろう。
そんなやり取りはともかく……それを聞いていたアランとしては、どう反応していいのか迷う。
今の会話の流れからすると、まるで自分がクラリスの恋人……もしくは将来の結婚相手のように思えてしまったからだ。
もちろん、アランはクラリスを可愛いとは思っている。
だが、それは女に対する可愛いのではなく、妹に対する可愛いといったようなものだ。
少なくても、アランはクラリスをそういう目で見たりはしていない。
「では、中へどうぞ。クラリス様もお疲れでしょう。それに……このまま外にいると、色々と問題が起きるかもしれませんからな」
ギジュの言う問題という言葉が、具体的に何を言ってるのかは、アランにも理解出来た。
ゴールスの刺客……それも恐らく獣牙衆が襲ってくるといった件だろうと。
ジャスパーがいる以上、それこそ獣牙衆が襲ってきても問題はないと思えたが。
心核使いのジャスパーだが、リビングメイルに変身しなくても、それこそ普通に戦うだけで十分な強さを持っている。
もちろん、ロッコーモのような戦闘に特化している相手には及ばないが。
それはロッコーモの強さが突出しているだけで、ジャスパーも十分な強さを持っている。
……そんなロッコーモでも、アランの母親のリアに勝てたことはないという辺り、雲海に所属する探索者の層の厚さを示しているのだろう。
「そうですね。では、中に入りましょう。馬車の方はお願い出来ますか? この子たちには、ここまで色々と頑張って貰いましたから」
クラリスの言葉にギジュは頷き、部下に馬車を移動させて馬の世話をするように命じる。
そのように命じられたのが、馬の獣人の男だったのはある意味で必然だったのか。
とはいえ、別に馬の獣人だからといって馬の言葉を理解出来たりはしない。
それはロルフが狼に言葉を理解出来なかったり、クラリスが狐の言葉を理解出来なかったりするのと同じようなものだ。
とはいえ、動物の方も自分と同じ系統の存在だというのは理解出来るのか、それなりに懐きやすかったりするのだが。
そうして、アランたちは屋敷の中に入る。
屋敷の中は、外から見ても分かる通りかなり豪華な作りとなっていた。
それでいながら嫌らしい豪華さではなく、見る者にセンスのよさを感じさせるような作り。
アランにはそこまで審美眼といったものはないのだが、そんなアランが見ても十分に目を奪われるような作りだったのは間違いない。
「まずは、皆さんの部屋に案内しましょう。詳しい話は、そのあとということで。……クラリス様、それで構いませんか?」
「ええ、ありがとうございます」
ギジュの言葉にクラリスはそう感謝の言葉を口にする。
……そんなクラリスの側では、このような屋敷に入るのは初めてなのか、ロルフが落ち着かない様子だった。
「落ち着け。クラリスの護衛のお前たちがそんな様子だと、クラリスまで甘く見られるぞ」
その言葉に、ロルフは半ば反射的にアランを見る。
そうして改めてアランを見てみれば、これだけの屋敷の中にいるというのに、全く緊張している様子はない。
なお、それはジャスパーも同様だったのだが、ジャスパーは外見からして高い身分の者だといった様子を見せていた。
それが分かっていたからこそ、ロルフもジャスパーがこのような屋敷に入って動揺していないのは納得出来たのだが、アランが全く動揺していない……少なくても動揺を表情に出していないのは、納得出来ない。
「何でアランはそこまで落ち着いてるんだ?」
「何でって言われても、別に今までこういう屋敷に入ったことがない訳じゃないし」
探索者として活動しており、何よりも雲海は腕利きのクランとして知られていた。
その結果として、貴族の屋敷に招待されるといったようなことは多々あったのだ。
ましてや、アランは少し前までガリンダミア帝国の帝都にある城に滞在――実際には軟禁なのだが――していた。
ギジュの屋敷はかなり立派な屋敷だが、それでも結局は成功した商人の屋敷でしかない。
どう考えても、ガリンダミア帝国の城に比べれば数段……いや、それよりもっとランクが下がる。
そもそもガリンダミア帝国の城と比べる方が無理があるのだが。
「お前、実は凄いのか?」
一瞬冗談か何かを言われているのかと思ったアランだったが、ロルフが自分を見る目では真剣で、ふざけている様子は一切ない。
つまり、今の言葉は本気で言ってるのは間違いなかった。
「いや、それで感心されてもな。というか、クラリスを姫とか言ってるのに、お前たちはこういう屋敷には住んでなかったのか?」
「俺たちが住んでいたのは普通の家だ。姫様もこんなに豪華な屋敷には住んでいなかった」
その言葉に、獣人たちにとってクラリスは尊敬すべき相手ではなかったのか? と、そんな疑問を抱いてしまう。
実際にゴドフリーやロルフたちは、間違いなくクラリスを大事な存在として認識している。
それを考えれば、クラリスの存在はその重要性とは裏腹に決していいものではなかったのか? と思えてしまう。
ともあれ、それでも今の状況を考えるとゴドフリーやロルフたちが側にいるのだから、そう悪くないだろうと、アランはそんな風に思える。
それがクラリスにとっても嬉しいのなら、いいのだが。
そんな風に思いつつ、アランはメイドに部屋へと案内されるのだった。




