0310話
デルリアに入ったアランたちは、当然だがまずは宿を用意することになる。
クラリスは獣人たちによって保護されるが、それでもアランたち全員分の宿を用意するといったような真似はそう簡単には出来ない。
そんな訳で、宿を一つ貸し切り……それでも足りないので、残りはデルリアの周囲で野営をすることになった。
あるいは、それぞれが別々の宿に泊まるといったような方法もあったのだが、ゴールスの指令を受けた獣人たちに襲われるという可能性がある以上、宿は貸し切りにして、それ以外は野営とした方がいいとレオノーラは判断したのだろう。
探索者たちはそれぞれが相応の強さを持ち、それこそ獣人が襲ってきても対処するのは難しい話ではない。
だが、それでも万が一ということがあるし、獣牙衆が襲ってくる可能性もある。
獣牙衆が相手でも負けるといったつもりは、探索者たちにはない。
だが、それはあくまでも一対一……もしくは敵が数人程度の場合だ。
もし敵が本気で襲ってきた場合、それこそ十人、二十人といった数で襲ってくる可能性は十分にあるだろう。
それだけの数を相手にした場合、いくら探索者でも互角に戦えるかどうかというのは微妙なところだろう。
その辺の事情を考えると、やはりある程度纏まって行動する方がいいのは間違いなかった。
ただし……そんな中で、アランだけはクラリスと一緒に行動することになる。
これはクラリスが強く希望としたというのもあるし、アランがゼオンの武器だけを召喚出来るようになってしまったというのが、大きく関係しているのだろう。
クラリスにしてみれば、自分が兄のように慕っているとはいえ、アランの能力は危険にすぎる。
その辺の事情を考えれば、迂闊な真似をしないようにアランには自分の側にいて欲しいというのが正直なところだった。
実際には、アランを制御するというのならレオノーラも一緒にいた方がいいのだが……
「レオノーラさんは、他の人たちに指示をしたりする必要がありますから、宿ですよね?」
満面の笑みを浮かべてそう告げるクラリスに対し、レオノーラはその美しい顔立ちを不愉快そうに顰めてみせる。
「そうね。けど、何かあったらすぐに連絡出来るように、準備しておく必要はあるわ。……ジャスパー、アランたちと一緒に行ってくれる?」
「分かりました」
レオノーラの言葉に、ジャスパーは一瞬の躊躇もなく頷いてみせる。
そんなジャスパーの姿を見て、アランは少しだけ安堵した。
ジャスパーは黄金の薔薇の探索者で、リビングメイルに変身する心核使いだ。
その実力は非常に高く、レオノーラが心核を入手するまでは黄金の薔薇の中で唯一の心核使いとして、活躍をしていた人物。
また、人当たりもよく、黄金の薔薇が雲海と一緒に行動するということになった時、かなり早い時期に雲海の面々と友好的な関係を築いた人物でもあった。
だからこそ、アランに対しても丁寧な態度で接している。
黄金の薔薇の中には、レオノーラとの距離が近すぎるとしてアランの存在を面白く思っていない者も多い。
そういう意味では、ジャスパーはアランの味方なのだろう。
とはいえ……クラリスがそれを許容出来るかどうかというのは、また別の話だ。
クラリスにしてみれば、アランと一緒にいることが出来るのは嬉しい。
なのに、そこへあからさまにレオノーラの手の者が一緒にいるというのは、面白いことではなかった
「な……何故です? 護衛はアランさんがいれば十分では?」
「そんな訳がないでしょう。アランは強いわ。けど、それはあくまでも心核使いとしての強さよ。生身での戦いとなれば、決して強くはない。それに心核使いとして活躍させるにも、街中でとなると難しいでしょうし」
「それは……」
レオノーラの言葉に、クラリスは反論出来ない。
実際、クラリスがアランを自分の近くに置いておくといった判断をしたのは、兄のように慕っているアランと一緒にいたかったというのもあるが、それ以上に旅の途中で見た光の剣と光の矢……ビームサーベルとビームライフルがあるからこそだ。
とてもではないが、そんな武器を街中で使って貰いたくない。
また、クラリスは見たことがなかったが、ゼオンの召喚ということになれば、それこそもっと大きな騒動になるだろう。
場合によっては、ガリンダミア帝国軍がメルリアナにやって来てもおかしくはないほどに。
「それに比べると、ジャスパーは生身でも十分な実力を持っているし、心核を使った場合もアランとは違って大規模な攻撃をしたりはしない。そう考えると、ジャスパーのような存在は必要でしょう?」
そのレオノーラの言葉に悔しそうな表情を浮かべたのは、本来ならクラリスの護衛のはずのロルフたちだ。
相応の強さを持ってはいるが、それでもそれはあくまで相応でしかない。
雲海や黄金の薔薇の探索者はもちろん、獣牙衆を相手にしても勝つことはまず無理だろう。
本来ならクラリスの護衛をしなければならない自分たちが、全く護衛の意味をなしていない。
それはプライドの高いロルフたちにしてみれば、悔しさを覚えるなという方が無理だった。
「そうですね。……分かりました」
クラリスもレオノーラの言葉に理があるとなれば、それを認めない訳にはいかない。
今の状況を考えると、それこそジャスパーという人物は喜んで迎え入れるべき相手だ。
レオノーラの思い通りになっていると思えば、当然だが面白くはなかったが。
「では、話が決まったところで行動に移りましょう。……アラン、この子の護衛はしっかりとね」
その指示にアランも頷く。
その表情には、ロルフと同じように若干の悔しさがあったが。
それでもアランにしてみればロルフたちとは違って、自分は心核使いに特化したという思いがある。
生身での実力が期待されていないというのは面白くないし悔しい思いもあるが、今はある程度の割り切りが出来ていた。
自分の実力について、しっかりと把握しているというのが大きな意味を持っていたのだろう。
(取りあえず、俺がやるべきなのはクラリスの護衛に専念することだな。ジャスパーさんがいるんだから、それこそ獣牙衆が襲ってきても対処するのは難しくはないだろうし)
リビングメイルに変身するジャスパーは、派手さこそアランのゼオンやレオノーラの黄金のドラゴン、そしてロッコーモのオーガやケラーノのトレントに比べれば劣る。
……唯一ジャスパーと同じくらいの地味さを持つのは、白猿に変身するカオグルくらいか。
そのカオグルも白い毛を持つ人間と同じ大きさの猿ということで、リビングメイルに比べると、かなり派手だと言ってもいい。
リビングメイルは、外見だけを見れば全身鎧を着た人間といったようにしか見えないのだから。
とはいえ、リビングメイルというのは当然のようにその中身はない。
頭部の部分を手に持った状態のまま動き回れば、一転してもの凄く目立つだろうが。
「では、行きましょう。ゴールスの手の者が襲ってくるでしょうが……皆さん、私を守って下さい」
そんなクラリスの言葉に、ロルフたちは感動する。
今の言葉は、アランやジャスパーに向けられたものではあったが、同時にそれは自分たちに向けられたものでもあったのだ。
それはつまり、今の自分たちもきちんと護衛として認められているということを示していた。
『は!』
ロルフや他の獣人たちが、声を揃えてクラリスに返事をする。
そんな様子を眺めつつ、アランはジャスパーに声をかける。
「色々と面倒をかけるかもしれませんけど、お願いします」
「ええ、お任せを。レオノーラ様からも言われてしますし、力の及ぶ限り守らせて貰います」
アランの言葉に、深々と一礼するジャスパー。
その言葉は自信に満ちており、今のこの状況でもし獣牙衆が襲ってきても問題なく対処出来ると言ってるように、アランには思えた。
そして実際、獣牙衆が相手であってもそれが可能なだけの実力を持っているのは確実だと思える。
アランはジャスパーの存在に頼もしいものを感じつつ、クラリスが行くべき場所に向かうのだった。
「これは、また……」
アランは目の前にある家……いや、屋敷と呼ぶべき建物を見て、驚きの声を上げる。
実際、目の前にある屋敷はかなり大きく、それこそ貴族や大商人のような者でもなければ所有することが出来ないように思えた。
「これがクラリスの屋敷なのか?」
「いえ、正確には私の屋敷という訳ではなく、私の協力者の屋敷ですね」
その言葉に、アランは少しだけ疑問を抱く。
これだけの屋敷を用意するだけの財力があるのなら、それこそ護衛をもっと多数用意出来たのではないか。
もしくは、腕の立つ護衛を雇うことが出来たのではないか、と。
もちろん、ロルフたちが護衛として役に立たないという訳ではない。
実際、ロルフたちは普通に考えれば十分な強さを持っているのだから。
しかし、それでもアランたちがいなければクラリスと共に死んでいたのは間違いない。
(それに、これならジャスパーさんだけじゃなくて、もっと多数の護衛を連れて来ることも出来たんじゃないか?)
ジャスパーの実力を考えれば、それこそ一人で護衛は十分だという風に認識してもおかしくはない。
しかし、万が一を考えれば護衛は多ければ多いほどにいい。
ましてや、アランたちは偶然裏の街道で知り合った相手だ。
アランたちの中に敵の手の者が潜んでいるといったような可能性は、考えなくてもいい。
「どうしました?」
クラリスの声に、アランは何でもないと首を横に振る。
疑問はあるが、レオノーラがそのように判断した以上、恐らくそれで問題はないのだろうと、そう認識したのだ。
戦力にかんしてもジャスパーがいるし、それこそいざとなればゼオンの武器を召喚すといった真似が出来る。
取りあえず襲撃があっても対処は出来る。
そうアランは判断したが、問題なのはゴールスの手の者がこの屋敷の中にいる可能性だろう。
これだけの屋敷となると、当然だが働いている者も多い。
その全員がクラリスに忠誠を誓ったり、そこまでいかなくても好意的であるというのは……少し、アランには思えなかった。




