0031話
「うおおおおおっ、これ、凄いな!」
「あのねぇ、これからスタンピードの原因を解決に行くのよ? なのに、何でそんなに元気なのよ」
呆れたようにアランに告げるのは、レオノーラ。
「はっはっは。そうして喜んで貰えると、俺も嬉しいよ。ただ、出来ればスタンピード云々というんじゃなくて、もっと普通のとき背中に乗せてやりたかったけどな」
その声は、アランとレオノーラの下から聞こえてきた。
声の主は、アランとレオノーラを乗せている鳥のモンスターだ。
言うまでもなく、この鳥のモンスターも探索者が心核を使って変身した姿だ。
ドーレストの中でも少数精鋭の腕利きとして知られている、剣の頂というクランに所属する心核使い。
「ありがとう。でも、いいの? ドーレストの方は……」
「本来なら、このスタンピードは俺たち……ドーレストに所属する者たちがどうにかしなければならなかったんだ。それを部外者に任せるんだから、これくらいはさせてくれ。それに、黄金の薔薇や雲海も助けてくれるんだ。持ち堪えるだけなら、大丈夫だろ」
巨大な鳥……それこそアランとレオノーラの二人を乗せても問題なく飛ぶことが出来るそのモンスターは、そんな外見であるにもかかわらず流暢に話すことが出来る。
それは、黄金のドラゴンに変身出来るレオノーラにとっては、微妙に嫉妬を抱いてしまうことだったが……それを表情に出すようなことはない。
「それにしても、まさか俺とレオノーラだけで本気で遺跡に行くことになるとは思わなかった」
しみじみと呟くアラン。
実際、イルゼンからその話を聞いたときは、絶対にドーレストの上層部は断ると、そう思っていたのだが……イルゼンが持つ不思議なコネや、その口の巧さにより、何故かすんなりと決まってしまったのだ。
……アランとしては、出発前に少しだけ顔を合わせたドーレスの上層部の何人かが、イルゼンに対して恐怖の視線を向けていたことが意外だった。
とはいえ、実際にイルゼンの選択は決してドーレストにとって悪いものではないのも事実だ。
また、今回のスタンピードの原因となっている遺跡は、元々アランたちが向かおうとしていた遺跡……つまり、ゼオンや黄金のドラゴンであっても、普通に動くことが出来るような場所だから、というのも大きい。
それだけの遺跡に向かうのに、ゼオンや黄金のドラゴンが適しているのは事実だ。
何より、二匹だけで向かうのだから、相応に高い能力を必要とするし、そういう意味でもアランたちが向いていた。
その作戦を聞いた者の中には、何を馬鹿なと憤った声を上げた者も多かった。
当然だろう。ゼオンと黄金のドラゴンがどれだけの力を持つのか。
ドーレストの防衛戦に参加していた者の多くは、実際にその目で見たのだから。
だからこそ、アランとレオノーラの二人を遺跡に派遣し、スタンピードの元を叩くという考えには反対する者も多かったのだが……こちらもイルゼンがどのような手段を使ったのかは、アランには分からなかったが、その作戦を認めさせた。
とはいえ、全てをドーレストの外の者に任せきりなのは色々と不味いということで、剣の頂の心核使いがこうして二人をその遺跡まで運ぶといったことになったのだが。
「そうね。でもまぁ、私たちの場合は攻撃力は強いけど、精密な攻撃というのは苦手だから、下手に他の人を連れて行けば、巻き込むことになるかもしれないと考えると……これで良かったのかもしれないわね」
「あー、うん。まぁ、言われてみればそうなのかもしれないな。とはいえ……」
「っと、話はあとだ。どうやら見つかっちまったらしい」
不意に聞こえてきたそんな声に、アランとレオノーラの二人は視線を鳥の見ている方に向ける。
そこには鳥の下半身と両腕が翼になっており、上半身が人間の女というモンスター……ハーピーの姿があった。
それも一匹や二匹といった数ではなく、十匹ほどもいる。
「どうするの? ここで私たちの心核を使う? それとも、魔法で迎撃を?」
レオノーラがそう自分を乗せている鳥に尋ねるが、それを聞いたアランは微妙な表情を浮かべる。
心核を使っていないときのアランの武器は長剣で、その技量も決して優れたものではない。
ましてや、攻撃用の魔法は……使えないこともないが、その威力はとてもではないが実用的ではないし、発動までにかかる時間も長い。
それに比べると、レオノーラは鞭を武器にしているので中距離での戦闘が可能であり、その鞭が魔法発動体となっていることもあって、十分に実戦的な魔法を使うことが可能だ。
「心配するな。あの程度のモンスターなら、俺だけでどうにか出来る。多分問題ないと思うけど、お前さんたちは振り落とされないようしっかりと背中にしがみついていてくれ。……あ、でも羽毛は出来るだけ抜かないようにしてくれよ。何だかんだと、痛いんだから」
最後の言葉を冗談っぽく告げると、鳥のモンスターに変身している男はクチバシを大きく開く。
何をするんだ?
さぁ?
アランとレオノーラは、口に出すことなく、目と目で会話する。
だが、それでも自分たちの方に向かってきているハーピーを相手に攻撃をするのだろうというのは分かっていたので、大人しく言われた通りにその羽毛を掴む。そして……
どんっ、と。
そんな音が聞こえた瞬間、アランたちに向かって飛んで来ていたハーピーの群れの一部が唐突に地上に向かって降下……いや、落下していく。
ハーピーの群れも自分たちが攻撃を受けたのは理解したのだろうが、一体どのような攻撃をされたのかは分からなかったらしく、混乱したように動きを止める。
だが、この場合それはミス……それも致命的なミスと言ってもいい。
どんっ、どんっ、どん。
再度周囲に響く、そんな音。
その音がすると同時に、群れをなしていたハーピーは、次々に地上に向かって落下していく。……いや、撃ち落とされていく。
目の前で何度も繰り返されれば、アランも何が起きているのかが分かる。
レオノーラの方は、アランよりも先にそのことに気が付いていたようだが。
鳥のモンスターは、その口から空気の塊を吐き出しているのだ。
ブレス……ではなく、ブリットとでも呼ぶべき一撃。
風の塊であるがゆえに、目に見えるようなことはない。
だからこそ、ハーピーも自分たちが何をされているのか分からないまま、次々と撃ち落とされていくのだ。
アランたちがそれに気が付くことが出来たのは、自分たちが安全な場所にいたからだろう。
ハーピーたちのように、いきなり攻撃をされるようなことになった場合、それで混乱して風の塊を放たれていることに気が付くのは遅れたはずだ。
(ブリットって弾丸だよな? むしろ、これは風の砲弾とでも呼ぶのが相応しそうだ)
次々に撃墜されていくハーピーを見ながら、アランはそんな風に思う。
結局、ハーピーは半分ほどが撃墜されたところで、自分たちでは到底勝ち目がないと判断したのだろう。
攻撃を続けるようなことはせず、それぞれが別々の方向に逃げ去っていく。
「はぁ、はぁ。ま、ざっとこんなもんだ」
「こんな攻撃が出来るなら、ドーレストが包囲されてるとき、モンスターの後方に上空から攻撃をするといった真似が出来たんじゃない?」
「ははっ、それは無理だな。……この技、体力と魔力を結構消費するから、そこまで連続では撃てないんだよ。それこそ、今ので精一杯ってところか」
「え? じゃあ、もしかして撃つのを止めたのは、ハーピーが逃げ出したからじゃなくて、限界だったからですか?」
少し驚いた様子で、アランが告げる。
そんなアランの言葉に、鳥は笑い声を上げた。
「はははは。まぁ、そんなところだ。これだけしか攻撃出来ないのに、敵陣の奥深くまで移動したら……それこそ、体力や魔力を消耗して、最悪の場合は逃げることも出来ずに集中攻撃を受けるだけだ」
「なるほど」
素直にその言葉を信じたアランと違い、その隣で話を聞いていたレオノーラは、そこまで素直に鳥の言葉を信じることは出来なかった。
そもそもの話、誰が正直に自分の弱点を教えるのいうのか。
恐らく今の話もかなり大袈裟に話しているだけであり、風の塊を飛ばす以外にそれをフォローする為の能力があってもおかしくはなかった。
(くせ者ね)
そんな風にレオノーラが考えている中でも鳥は飛び続け、やがて目的の場所が見えてくる。
それは、周囲にある景色に比べて明らかに溶け込んでいなかった。
当然だろう。ゼオンや黄金のドラゴンですら普通に入ることが出来る大きさを持つ遺跡なのだから。
そして、今回のスタンピードの原因とも言うべき遺跡。
そのような巨大な……本当に巨大としか言いようがない遺跡が、アランの視線の先には存在していた。
「あれが、グラルスト遺跡」
「そうだ。……ちっ、当然のことだが遺跡にいた連中は全滅か」
グラルスト遺跡は、ドーレストの近くにある遺跡だ。
もっとも、近くとはいっても馬車で移動した場合は片道数日はかかるくらいに離れているのだが、それでもグラルスト遺跡から一番近い場所にあるのがドーレストであるために、そのような扱いを受けていた。
そのような遺跡でスタンピードが起きたということは、当然ながらグラルスト遺跡に潜っていた探索者たちはモンスターの群れに呑まれたということになる。
多少腕が立つ程度では、大量の……それこそ波のようなモンスターの数に対抗出来る訳もなく、生き残れる可能性は極めて低かった。
あるいは、近くの森に隠れて生き延びている者もいるかもしれないが、今のアランたちにそれを気にすることは出来ない。
ドーレストを襲っていたモンスターの群れがスタンピードしたモンスターの先遣隊でしかなかった以上、そのスタンピードをとにかくどうにかする方が最優先なのだから。
そうすることにより、今も隠れている探索者が助かると自分に言い聞かせる。
そのような訳で、アランとレオノーラの二人は、探索者の仲間を半ば見捨てることを悔しく思いながらも、鳥のモンスターが広めの地面に着地するのを待つのだった。




