0306話
光を掴んだ。
そう思った瞬間、カロが激しく光ると地面に上にはビームサーベルが転がっていた。
ざわり、と。
そんなアランの様子を見て驚いたのは、クラリスの護衛を任されている獣人たちだ。
ロルフはアランから前もって話を聞いていたためか、いきなりの光景に驚くよりもすぐ行動に移る。
獣人たちが驚いたのは事実だが、だからといって近くでレオノーラと蛇の獣人の戦いを見ていた探索者たちが驚かなかった訳ではない。
探索者たちは、たしかにゼオンという人型機動兵器を知っている。
それだけではなく、そのゼオンが使う武器も知っていた。
それでも、その武器はゼオンが使うからこそという前提があり、まさかアランが武器だけを召喚するような真似が出来るとは、思いもしなかったのだろう。
「はぁ、はぁ、はぁ……ふぅ」
初めての武器の召喚とういこともあってか、最初こそ息を乱していたアランだったが、それでもすぐに呼吸を整える。
そしてビームサーベルに触れると、そのビームサーベルは間違いなくゼオンの使っているビームサーベルであると、そう理解出来た。
ゼオンが召喚されておらず、ビームサーベルだけが召喚されたこのような状況であっても、起動できる。
そのような確信がアランの中にはあった。
だからこそ、チャンスがあれば即座に行動に移すつもりだったが、ロルフに言ったように威力が強力である分だけ、そう簡単に使うといったような真似は出来ない。
放つ一撃が、下手にレオノーラに命中したらどうなるか。
考えるまでもなく明らかである以上、慎重に行動する必要があるのは間違いなかった
「レオノーラ!」
だからこそ、アランは蛇の獣人との戦闘に集中しているはずのレオノーラの名前を呼ぶ。
アランの前世の記憶を追体験したレオノーラであれば、ビームサーベルがここにあるという意味を理解出来ると、そう思っていたためだ。
そして、レオノーラは当然のようにアランが考えていることを理解する。
レオノーラも、当然だがアランがビームサーベルだけを召喚したのは、理解していた。
あれだけ光ったのだから、それを見逃すなという方が無理だろう。
そしてレオノーラがそれに気が付いたということは、当然だがそのレオノーラと戦っていた蛇の獣人もその存在に気が付く。だが……
「何だ!?」
ビームサーベルの正体を知っているレオノーラたちと違い、蛇の獣人はビームサーベルの柄だけを見ても、それが何なのかは分からない。
あるいは、取り出したのがビームライフルであれば、銃口が自分の方に向けられているということで、それを武器と認識した可能性もあったが。
しかしビームサーベルの柄は円柱で、それが横になっているだけでは武器だとは認識しにくい。
それでも先程の光と突然姿を現したこと、そして何より野生の勘のようなもので、ビームサーベルの危険を察知したのか、急いでその場から離脱しようとする。
「させると思う?」
蛇の獣人の行動を予想していたのか、レオノーラは素早く鞭を振るう。
その先端で相手を打ってダメージを与えるような一撃ではなく、鞭で蛇の獣人の腕を拘束するような動き。
その辺りを自由に使いこなすのも、レオノーラの技量が優れている証なのだろう。
「アラン!」
レオノーラのその言葉に、アランは蛇の獣人の向こう側……ビームサーベルを展開した時に攻撃範囲に入る場所には、ロルフのおかげで既に誰もいないのを確認し、ビームサーベルを起動する。
「ビームサーベル、起動!」
ゼオンに乗ってるときなら、そのような言葉を口にする必要はない。
それこそ、スイッチ一つで即座にビームサーベルは起動するだろう。
だが、今はゼオンに乗っておらず、ビームサーベルだけがそこに置かれている状態だ。
そうである以上、きちんとビームサーベルを発動すると口にする必要があった。……いや、正確には本当にそれを口に出す必要があったのかどうかは、分からない。
それでもアランは、万が一を考えればそうした方がいいと、半ば本能的に判断したのだろう。
蛇の獣人は、ビームサーベルの柄に触れているアランが何をしているのかは理解出来ない。
だが、ビームサーベルと言ったのは聞こえた。
ビームという言葉は認識出来なかったが、サーベルという言葉の意味は理解出来る。
そしてサーベルという言葉を理解出来れば、ビームサーベルの柄が巨大な武器の柄だと認識するのも難しくはない。
それらをしっかりと考えて理解するのではなく、一瞬にして頭の中で組み立てると、この場にいるのは危険だと判断して素早くその場から離れようとする。
だが……蛇の獣人が逃げようとしても、その手にはレオノーラの放った鞭が巻き付いている。
あるいは、レオノーラのいる方に逃げれば鞭に拘束されるといったこともなかったのだろうが、蛇の獣人もレオノーラとの戦いで相手が強敵であり……自分が生き延びていたのは、回避に専念している状態だからと、理解していた。
そんな蛇の獣人はレオノーラのいる方に向かえば助かるかもしれないという本能と、レオノーラのいる方に向かえば死ぬだけだという理性のどちらを優先すればいいのかと迷ってしまう。
その迷って時間は、それこそ一秒にも満たない時間ではあっただろう。
だが、その一秒に満たない時間というのは、戦いの中において決定的だった。
ヒュン、と。
そんな音が聞こえた気がして、蛇の獣人は音のした方……アランが召喚したビームサーベルに、半ば反射的に視線を向ける。
そして気が付けば、眩い光を見たと思った瞬間には蛇の獣人は消滅していた。
……そう、消滅だ。
それこそ肉片の一つを残すようなこともなく、一瞬前までそこに蛇の獣人がいたということすら夢か幻だったのではないかと思えるように、蛇の獣人は姿を消していたのだ。
「これは……一体……」
アランの近くにいたゴドフリーが、驚きと共に呟く。
雲海や黄金の薔薇の探索者であれば、ゼオンが振るうビームサーベルの威力を見たことはあった。
とはいえ、それでもこんな間近でビームサーベルが振るわれるといったことはなかったので、驚いている者は多かったが。
ビームサーベルの存在を知っている者でさえ、ここまで驚いたのだ。
そうなると、当然だが初めてビームサーベルを見る獣人達にしてみれば、驚くなという方が無理だった。
いや、それは驚くという言葉ですら生温いような、それだけの驚きだ。
「ふぅ……取りあえずは何とかなったか」
獣人やゴドフリーたちにしてみれば、今の光景を生み出したアランの言葉は、到底聞き逃せるようなものではない。
それこそ、本当に自分の起こしたことを理解しているのかと、そんな風に思うのは当然だろう。
「落ちつきなさい。アランは心核使いなんだから、このくらいのことは出来てもおかしくはないでしょう?」
爆発寸前だった獣人たちやゴドフリーを止めたのは、レオノーラのそんな声。
その声のおかげで、獣人たちやゴドフリーはアランに詰め寄るといった行動をしないですんだ。
心核使いというのは、今のような光景を生み出してもおかしくはないと、そう認識していたためだろう。
もしそれを他の心核使いたちが聞いたら、真剣な表情で首を横に振って否定しただろうが。
実際に今のような光景を生み出せる者となれば、その数は少ない。
それこそ、レオノーラが変身した黄金のドラゴンなら同じような光景を作り出すことが出来るだろうが。
……ただし、アランが召喚したように武器だけを召喚するといったような真似は出来ず、黄金のドラゴンに完全に変身するといったようなまねをしないといけないが。
そういう意味では、ビームサーベルの柄だけといったような小さな――あくまでもゼオンや黄金のドラゴンの大きさに比べて――武器でこれだけの威力を発揮出来るのは、恐らくアランだけだろうが。
そもそもの話、この世界の住人が心核で変身するのは基本的にモンスターだ。
そうである以上、武器の一部だけを召喚するといった真似は……
(あ、いるな。というか、黄金の薔薇にもいるか)
ふと、アランはそんなことを思う。
黄金の薔薇の心核使い、ジャスパーはリビングメイルに変身する。
リビングメイルというのは、中身のない鎧のことだ。
そうである以上、腕だけといったように……あるいはジャスパーの武器たる槍を召喚出来ても、おかしくはなかった。
そうなると、当然だが他にも思い浮かぶことはある。
ロッコーモが変身するオーガは、武器として棍棒を持っているのだから、その棍棒だけを召喚するといったような真似も可能もしれない。
「ともあれ、これであの厄介だった蛇の獣人は倒せたんだ。そうなると次に問題になるのは……レオノーラ、狼の獣人はどうなったか分からないか?」
色々と興味深いところではあったが、今はそんなことを考えているような場合ではないと、アランはレオノーラにそう尋ねる。
そうしてアランの手がビームサーベルから離れて、そして意識もビームサーベルからレオノーラに向けられると、ビームサーベルはそこにあったのが嘘だったかのように姿を消す。
ただし、そこにビームサーベルの柄があったというのは、地面にビームサーベルの柄が置かれた痕跡があることからも間違いなかった。
「あ」
アランも、まさかこうもあっさりとビームサーベルの柄が消えるというのは予想外だったのか、驚きの声を漏らす。
なお、驚きの声を漏らしたのは当然ながらアランだけではなく、周囲にいる他の者たちも同様だった。
特に獣人たちとゴドフリーにしてみれば、信じられないといったようにマジマジと地面を見ている。
光ったと思えば、蛇の獣人が消滅していたのだ。
それこそ、何らかの罠か何かで、蛇の獣人は逃げ出したのではないかと思ってもおかしくはない。
あるいは蛇の獣人の肉片の一欠片でも残っていれば、素直に倒したということに納得も出来たのだろうが、ビームサーベルの一撃は肉片どころか炭すら残さずに蛇の獣人を消滅させており、倒した証拠を見せろと言われれば、アランは間違いなく困っただろう。




