0297話
「ふぅ……」
プシュー、という言葉が似合う様子で、クラリスは地面に座る。
もちろん、姫として育てられたクラリスだけに、そのまま地面に座る訳ではなく、ゴドフリーが用意した布の上にだが。
捕虜にした獣人の合計は、十五人。
その十五人全てに言霊を使って情報を引き出したのだから、クラリスが疲れたのも当然だろう。
もっとも、その十五人から得られた情報はほとんどが最初の鹿の獣人から聞き出した情報と大差ないものだったが。
「お疲れさん」
そう言い、アランは果実をクラリスに渡す。
外見はリンゴに似ている果実だが、その味はメロンに近いという不思議な果実だ。
当然だが、その甘さから人気も高い。
それでもイルゼンからクラリスに渡すようにと言われたアランとしては、それを渡すのに躊躇したりはしない。
「ありがとうございます、アランさん」
「クラリスは色々と頑張ったからな。それを思えば、少しくらいゆっくりするのも別にいいだろ? ……で、そんな風にゆっくりしているとろで何なんだけど。獣牙衆ってどういう連中なんだ? 獣人の中でも精鋭揃いって話はゴドフリーから聞いて知ってるけど」
一応、獣牙衆についての説明は、ゴドフリーやロルフたちから聞いている。
だが、話を効く限りでは、それ以外にも色々と何らかの情報がありそうな気がしたので、アランはクラリスにそう尋ねたのだ。
(多分、イルゼンさんもそれを考えて俺にクラリスと話すように仕向けたんだろうし。……それはそれで、正直どうかと思わないでもないけど)
今の状況を思えば、少しでも情報が欲しいというのはアランにも理解出来る。
だからといって、クラリスから情報を聞き出さなくてもという思いもあったのだが、実際に姫として育てられた以上、クラリスが色々と情報を持っているのは間違いない。
であれば、ここでその情報を逃すという選択肢は存在しないのも事実だ。
「獣牙衆は、強いです」
「だろうな。少数精鋭の部隊なんだし」
少数精鋭と聞かされてすぐにアランが思い浮かぶのは、特殊部隊の類だ。
それも、この世界ではなく日本にいるときに知ったような類の特殊部隊。
獣牙衆というのは、当然獣人で構成された部隊だろう。
だが、獣人というのは高い身体能力を持っていても、我の強い者が多い。
獣牙衆という特殊部隊が具体的にどのような存在なのかは、アランにも分からない。
しかし、それでも色々と厄介な存在なのは間違いないだろうと思えた。
(それでも、いざとなればゼオンで……いや、ゼオンじゃなくても、他の心核使いが戦えば、勝てると思うけど)
そこまで考えたアランは、ふと肝心のことを聞くのを忘れていたことを思い出す。
「クラリス、その獣牙衆に心核使いはいるか?」
「え? どうでしょう? 私が知る限りはいないですが……」
言葉を濁すクラリス。
実際、クラリスが知っている獣牙衆についての情報は、そう多くないのだろう。
ならばと、近くにいるロルフやゴドフリーといった面々に視線を向けてみるが、その二人も知らないらしく、首を横に振るだけだ。
「少なくても、私が知ってる限りでは獣牙衆の中に心核使いはいません。ですが、それはあくまでも私が知ってる限りです。場合によっては、私が知らないだけという可能性もあるので、警戒する必要はあるでしょう」
ゴドフリーのその言葉に、アランはそうだろうなと頷く。
心核使いというのは、一人いるだけで戦局を左右するだけの実力を持つのだ。
そうである以上、もし獣牙衆の中に心核使いがいるとしても、それを公にするといったような真似はしないだろう。
いや、示威行為のために大々的に心核使いを有しているといったようなことを公表する可能性はあるので、これは絶対という訳ではないのだが。
「そうなると、何かあったときのために、一応注意しておいた方がいいでしょうね」
獣牙衆に心核使いがいないと判断して、戦いを挑み……その瞬間、心核使いが攻撃してくるといったようなことになった場合、間違いなく大きな被害を受けてしまうだろう。
そうならないためには、やはり何あがってもいいようにしっかりと準備しておく必要があった。
「それにしても、獣牙衆か。……そういうのが来ると面倒だから、明日の朝は出来るだけ早くここを立ち去って、少しでも早くメルリアナに到着した方がいいのかもしれないな。クラリスもその方がいいだろ?」
「え? そうですね。早くメルリアナに到着した方がいいのは事実ですけど……」
少しだけ残念そうな様子のクラリス。
クラリスにしてみれば、アランとはメルリアナに向かうまでの間しか一緒にいられないのだ。
メルリアナに到着すれば、当然アランたちとは別行動をすることになるのだから。
あるいは、依頼という形をとれば自分たちと一緒に行動してくれるかもしれないが、そうなったらそうなったで、報酬の問題がある。
クラリスは雲海や黄金の薔薇といったクランの名前は知らなかったが、それでも腕利きの者たちが揃っているというのは、今回の夜襲で獣人たちを相手に勝ったのを思えば確実だった。
そして腕の立つ探索者たちとなれば、当然のように報酬は高い。
まだ幼いクラリスだったが、元々の賢さもあって、その辺は十分に理解していた。
姫として高度な教育を受けてきたのも、関係しているのだろうが。
「どうした?」
「いえ、アランさんたちとは、メルリアナに到着したら別れることになるのが、少し寂しかっただけです」
「あー……それは俺からは何とも言えないな」
もしアランがクランではなく自分だけで行動しているのであれば、クラリスの頼みを素直に聞くことも出来ただろう。
だが、アランが行動しているのはあくまでもクランとしてだ。
自分の判断だけで、クラン全体の行動を決めるといった真似は出来ない。
もっとも、何気に今のアランの発言力はそれなりに大きくなっているのだが。
やはり心核使いとして極めて強力な戦力となっているということや、ガリンダミア帝国軍に狙われているのはアランだというのが、この場合は関係しているのだろう。
(いっそ、イルゼンさんに頼んでみるか? 確約は出来ないだろうけど、頼んでみるだけなら問題ないし。イルゼンさんのことだから、クラリスたちについての事情も色々と知っていてもおかしくはないだろうし)
アランにしてみれば、クラリスとはまだ出会ってから一日も経っていない。
にもかかわらず、こうして世話を焼きたいと思うのは、クラリスが自分に懐いているからというのが大きく影響しているだろう。
アランにとって、クラリスは妹のような存在だった。
まだ会ってから短いが、そのように思うのは当然だろう。
(それに、イルゼンさんならクラリスたちを助けるのに何らかのメリットを用意したりとか、そんな事も普通にしそうだし)
イルゼンであれば、そのようなことを普通にやりそうな気がするアランだったが、実際に今までそのようなことが何度もあっただけに、普通にそのようなことをやりそうな気がした。
獣牙衆といった相手に関係する情報を収集する……といったようなことがあってもおかしくはない。
「俺としては、このままクラリスと一緒に行動してもいいと思ってるんだけどな。ただ、もし本気でそうしたいのなら、俺じゃなくてイルゼンさんに言ってくれ。俺たちがどう行動するのかを決めてるのは、イルゼンさんだ」
アランの言葉は決して間違ってはいない。
黄金の薔薇の面々も、最初はともかく今はイルゼンの持つ情報にかんする力を知っており、イルゼンの指示で動くことに不満は見せない。
もっとも、それは黄金の薔薇を率いるレオノーラがイルゼンの指示に大人しく従っているから、というのが大きいのだろうが。
「分かりました」
アランの説明を聞いたクラリスは、やがて覚悟を決めた表情でそう頷く。
クラリスにしても、アランと一緒にいたいと思っているだけではなく、自分を狙っている相手に獣牙衆という精鋭がいるというのを理解したがゆえに、出来ればメルリアナに到着しても別れたくないと、そう思ってるのだろう。
「私がイルゼンさんと交渉してみます」
「そうか、頑張ってくれ。ちなみにイルゼンさんは探索者をやってるだけあって、古代魔法文明について強い興味を持っている。その辺で何らかの情報があれば、どうにかなるかもしれないな」
そう言うアランだったが、メルリアナに向かうとイルゼンが決めたのは、ガリンダミア帝国軍が死の瞳を使ってきたからだ。
つまり、メルリアナには死の瞳に関する情報か何かがあるはずで、イルゼンがクラリスからの依頼を受けるとなれば、死の瞳の情報を後回しにしてもいいと思えるような何かが必要だった。
クラリスたちが、その何かを用意出来るかどうか。
それがイルゼンを説得出来るかどうかの鍵だろう。
(獣人の秘密とか? いや、そういうのがあればだけど。他には、獣人たちが何らかのお宝……古代魔法文明のお宝を持っているかどうかだろうな)
アランにしてみれば、獣人たちがそのような何かを持っている可能性は低いと思っている。
それでももしかしたら? と思ったのは、やはりクラリスの存在からだ。
二尾の狐。
それは当然のように九尾の狐を連想させる。
正確には獣人なので、狐そのものではないのだが。
ともあれ、九尾の狐というのはアランの前世たる日本だけではなく、この世界においても伝承という形で残っている。
強力なモンスターとして、だが。
そのような存在が連想されるだけに、クラリスならもしかしたら……
そうアランが思ってしまうのは当然だろう。
「イルゼンさんに頼むのなら、少しでも早い方がいいと思うぞ。メルリアナに到着すれば、俺たちは色々と動くことになる」
死の瞳の件で、イルゼンは色々と思うところがあるのは間違いなかった。
もっとも、何故それでメルリアナに向かうのかといったようなことは、アランにも分からなかったが。
それでも、クラリスが本当にどうにかしたいのなら、やはりここは急いで動くべきだった。




