0294話
最初に攻撃をしたのは、狼の獣人だった。
豹や虎も高い瞬発力を持っているのだが、三人の獣人の中で一番素早いのが狼の獣人だったのだろう。
そんな狼の獣人を追うように、二人の獣人も見張りをしていた探索者たちに向かう。
「人数が多いからって、勝てるとでも思ったのか!」
探索者の一人が、自分に向かって突っ込んでくる狼の獣人に向かって長剣を振るう。
少しでも情報を得るために、その一撃は身体ではなく手足を狙っての一撃。
しかし、放たれた一撃を狼の獣人は素早く身体を動かして回避する。
そのまま、カウンターとして爪の一撃を放つ狼の獣人。
鋭い一撃ではあったが、雲海の探索者にしてみればその程度の攻撃を回避するのは難しい話ではない。
上体を反らして回避し、その動きのままで蹴りを放つ。
「ぎゃんっ!」
狼の獣人にしてみれば、そんな一撃は予想外だったのだろう。
悲鳴を上げながら吹き飛ばされ……しかし、その隙を突くかのように虎の獣人が男の足に牙を突き立てんとする。
「させるかっ!」
素早く足を引き戻し、反対側の足で虎の獣人の頭部を蹴ろうとするも、虎の獣人も素早く身体を動かして回避する。
そんなやり取りをしている隣では、槍を持った探索者と豹の獣人が正面から戦っていた。
豹特有の高い瞬発力を使って相手を翻弄しようとしているのだが、その企みは全く成功しない。
豹の獣人が攻撃を行うのを待っており、豹の姿を確実に目で追っているのだ。
この場合、有利なのは当然探索者の方だ。
何しろ、時間が経てば経つほど有利になってくるのは探索者なのだから。
獣人たちもそれは理解しているのか、攻撃が苛烈になっていく。
狼と虎の獣人の攻撃は、しかし長剣を持つ探索者によって全てが防がれ、受け流されていた。
少し離れた場所で行われているそんな戦いを眺めながら、槍を持った探索者は相手を挑発するように口を開く。
「どうした? このまま時間がすぎれば、こっちには援軍が来るぞ? お前たちにとって、それはありがたくないことじゃないのか?」
その言葉に、豹の獣人は歯ぎしりし……やがて一気に槍を持った男に向かって襲いかかる。
本来なら豹の獣人の仕事は、仲間の二人が長剣を持った探索者を倒すのを待ってから、三人で槍を持った探索者を倒すという予定だった。
だが、長剣を持った散策者は予想外に強く、二人の獣人は苦戦している。
それもまた、豹の獣人が攻撃をすることになった理由なのだろう。
「がああああっ!」
雄叫びと共に、爪で相手を引き裂かんとする豹の獣人。
だが、槍を持った探索者はあっさりとその一撃を回避すると、槍を横薙ぎに振るう。
間合いが近付いていたので、実際に豹の獣人を殴ることが出来たのは槍の根元の部分だったが、それでも雲海の探索者だけあってその一撃は強力だった。
「ぎゃんっ!」
悲鳴を上げながら吹き飛ぶ豹の獣人。
今の一撃は槍の手元での一撃だったので、相手を殺したり気絶させるといったようなダメージを与えることは出来ない。
しかし、そんな一撃であっても動きを鈍らせるには十分であり、次の瞬間には槍の石突きが獣人の鳩尾に食い込み、意識が一瞬にして刈り取られる。
鳩尾を突いたのが穂先ではなく石突きだったのは、殺すよりも情報を得たいというのがあったからだろう。
……それ以外にも、クラリスの天真爛漫な姿が思い浮かんだというのがあったのだろうが。
「さて、あっちは……俺が出るまでもなかったな」
相棒の助太刀に向かおうかと思った男だったが、視線を向けた先では長剣を持った男が狼と虎の獣人を倒し終わったところだった。
それも、豹の獣人と同じように殺すのではなく気絶させるといった形で。
「相変わらず強いな」
「そうだろ? ……けど、リアの姐さんには全然敵わないんだよなぁ……」
強いと言われて笑みを浮かべた男だったが、リアという自分よりも圧倒的に上の存在を思い浮かべて、大きく息を吐く。
男も武器を使った生身での戦闘という点では、雲海の中では上位に位置するだけの実力を持っている。
腕利きの集まっている雲海の中で上位なのだから、客観的に見た場合は間違いなく強者なのだ。
だが、それでもリアには勝てない。
そのことを悔しく思うと同時に、密かに自分よりも上の存在がいるということに嬉しい思いもあった。
「リアさんは、ほら……ちょっとな」
槍の男がそう誤魔化し、話を逸らすべく口を開く。
「それにしても、俺たちがこうして戦ってるのに援軍が誰も来ないってのはおかしいな。これって、もしかして他の場所にも侵入者がいて戦いになっていたりするのか?」
その言葉に、二人は揃って耳を澄ませ……やがて、金属同士がぶつかるような音が何度か聞こえてくることに気が付く。
「これ、やっぱり襲撃されてるよな?」
「ああ。けど、どうする? 援軍に行った方がいいと思うか?」
会話を交わしつつ、二人は気絶している獣人たちに視線を向け……そして、安堵したように首を横に振る。
「いらないだろ」
「だよな」
獣人というのは、平均的に人間よりも高い身体能力を持つ。
しかし、それはあくまでも平均的であって、雲海や黄金の薔薇に所属するような者たちは、とてもではないが平均的といった言葉からは遠い場所にいた。
そうである以上、この獣人たちのような相手が襲ってきても、それに対処出来る者は多い。
であれば、意味もなく援軍に行くような真似をして、この場所を開けてしまう方が不味かった。
自分たちに出来るのは、ここで追加の獣人たちが襲ってこないように見張っていることだ。
そう判断し、二人は取りあえず気絶した三人の獣人たちが逃げ出さないように縛るのだった。
野営地のいくつかの場所で行われている戦いは、当然ながら眠っていた他の探索者たちもすぐに察知する。
「起きなさい!」
「ぐおっ!」
そんな中で、アランが起きるのが最後の方になったのは、本人の実力……察知能力の低さからだろう。
そんなアランを母親のリアは蹴飛ばして無理矢理に起こす。
「何だよ、母さん。……襲撃か?」
いつもと違って真剣な表情を浮かべているリアの姿を見て、アランもすぐに状況を理解した。
「そうよ。気配からすると、ガリンダミア帝国軍じゃなくて獣人たちみたいね」
「クラリスを狙って?」
「恐らく。とはいえ、ガリンダミア帝国軍にも獣人はいるから絶対とは思えないけど。とにかく、アランはクラリスの所に行ってきなさい。彼女もアランが側にいた方が安心出来るでしょ」
そう言われれば、アランも否定は出来ない。
他の獣人たちから姫と呼ばれているクラリスだったが、不思議なほどにアランには懐いているのだから。
クラリスはともかく、その護衛のロルフたちは状況を理解していてもおかしくはない。
そうである以上、雲海から援軍を向かわせるというのは悪い話ではなかった。
「分かった。じゃあ、行ってくる」
「クラリスはまだ小さいんだから、何かあったらアランが守るのよ?」
「そうするよ」
そう言うアランだったが、心核を使わず生身での戦いとなると、アランはロルフたちよりも劣るのは間違いない。
そんな状況で自分がクラリスのいる場所に行っても、戦力という意味ではそこまで役に立たないだろうというのは、アラン本人が一番分かっていた。
それでもクラリスのいる場所に向かうのは、アランがいることでクラリスが動揺しなければそれでいいと、そう判断したためだ。
(それに、襲撃があっても周囲を守っているのは雲海と黄金の薔薇の探索者たちだ。クラリスがいる中央まで、敵がやって来ることはまず不可能だろうし)
純粋な戦力として中央まで来るのは無理だろうし、もし人目を欺くのが得意な者であっても、探索者の警戒網を無事に突破出来るとは思えない。
であれば、戦闘力に劣る自分が行ったところで戦力になったりしなくても気にする必要はないだろうと、そう判断する。
「じゃあ、行ってくる。母さんは大丈夫だと思うけど、父さんにも気をつけるように言っておいてくれよ」
「……それは普通逆じゃないかしら?」
若干不満そうな声がアランにも聞こえてきたが、アランはそれを無視してその場から立ち去る。
そして向かうのは、クラリスたちがいる場所だ。
幸いにして、アランが眠っていた場所はクラリスたちがいる場所からそう離れてはいない。
そうである以上、アランがクラリスたちのいる場所に到着するのはすぐだった。
「誰だ! ……アランか」
突然自分たちのいる場所に近付いてきたためだろう。
獣人の一人がアランを見て強い警戒の様子を見せる。
だが、月明かりに照らされたアランの顔を確認すると、安堵した様子を見せる。
なお、アランはそれなりに夜目が利くが、あくまでもそれなりだ。
とてもではないが獣人たちのように、夜の中でもしっかりと相手の顔を見分けるといったような真似は出来ない。
もっとも、獣人たちの側には篝火が用意されており、その炎の明かりで周囲の様子を確認することは出来たが。
「敵が襲ってきたみたいですね」
「ああ。……悪いな」
アランが来たということで姿を現したロルフは、そう謝罪の言葉を口にする。
だが、アランはそんなロルフに対し、首を横に振る。
「気にしないで下さい。この襲撃はこっちの問題かもしれないですし」
そう言いながらも、もしこの襲撃がガリンダミア帝国軍の仕業なら、もっと本格的な戦いになっていたはずだろうと思う。
つまり、やはりこの戦いはクラリスたちを襲っていた相手……恐らくは獣人の仕業なのだろうと。
とはいえ、ガリンダミア帝国軍の中でも少人数の特殊部隊的な存在が襲ってきたという可能性もある以上、完全に獣人の仕業だけだと言い切ることは出来ない。
「今はとにかく、周囲の様子をしっかりと確認しておきましょう。敵が何かしてくる可能性も高いので、それに対処した方がいいでしょう」
ロルフにそう告げ、アランは馬車の方に近付いていく。
「アランさん」
クラリスはそんなアランの姿を見て嬉しそうにしながら、それでも深刻そうな表情を浮かべるのだった。




