0286話
「終わりましたから、後始末に来て下さい」
カオグルが戻ってきてそう説明すると、裏の街道とも呼べる場所を進んでいたアランたちは、その案内に従って盗賊のアジトに向かう。
「それにしても、盗賊が襲ってくるとはおもってたけど……随分と早かったわね」
リアが清々したといった様子で呟く。
夫も子供もいるリアだが、ハーフエルフのために外見は非常に若い。
それこそ、盗賊たちにしてみれば是非とも捕らえたい女と認識されるのは間違いなかった。
そんなリアだからこそ、自分が不愉快な思いをする前に盗賊たちを殲滅出来たことは非常に嬉しい。
(まぁ……餌がよかったんだろうな。極上の餌だし)
リアも美人と呼ぶに相応しい顔立ちだが、レオノーラはそんなリア以上の美人だ。
そんな美人がこのような場所を進んでいるのだから、盗賊たちにしてみれば絶好の標的だろう。
実際には、もしレオノーラを盗賊たちが襲っても、勝つ可能性は皆無なのだが。
「それにしても、こういう場所にいる盗賊だとどんなお宝があるんだろ? 母さん、その辺分からないか?」
「意外とお宝が眠っていたりするわよ。ただし、禁制品だったりすることも多いけど」
「あー……それはまぁ、納得出来る」
そもそも、盗賊たちが持っているお宝というのは基本的にこの裏の街道を通っている相手を襲撃したときに奪った物だ。
そしてこのような裏の街道を通る者となると、当然のように表向きには出来ない代物を運んでいる者が多い。
であれば、当然のように盗賊たちが持っているお宝も禁制品の類になるのは当然だろう。
「けど、そうなると俺たちがその禁制品を持って歩くのも問題に……ならないか」
「ならないわね。そもそも、ガリンダミア帝国にとっては私たちの存在そのものが禁制品のようなものだもの」
それは言いすぎでは。
そう言いたくなるアランだったが、今の状況を思えば決して間違いではない。
自分たちは、ガリンダミア帝国軍にとって禁制品のような存在と言われても、反論出来ないのだ。
そもそも、ガリンダミア帝国が狙っているのはあくまでもアランであって、言ってみれば他の者たちはアランの巻き添えにすぎない。
雲海であれば、それこそアランが生まれたときから一緒に行動してきた者が大半だし、クランのに所属する者の関係も家族的な親しさを持っているので、そんなアランの行動に付き合ってもおかしくはない。
だが、黄金の薔薇はとなると、それこそレオノーラがアランに対して色々な意味……具体的には前世の件であったりゼオンであったり、アランという人物そのものに対する興味であったりと、本当に色々な意味で興味を持っているので、雲海と行動を共にしている。
それらの事情を考えると、それこそアランは他の者たちにとって禁制品的な存在であると言われてもおかしくないのではないかと、そう思ってしまう。
「ともあれ、禁制品の類はともかく、武器とか食料とか金とか、そういうのを入手出来るのはありがたい」
アランたちの会話にそう割り込んできたのは、アランの父親にしてリアの夫のニコラスだ。
ニコラスは普段なら盗賊狩りにはあまりいい顔をしない。
それでも今回の場合は補給出来る場所がそう多くないこともあってか、盗賊狩りを許容している。
「そうね。……でも、盗賊よ? 酒は安酒で、食料もそんなに高品質なものはないと思うけど。ないよりはいいんだけどね」
リアの言葉は、アランにも同意出来るものがある。
盗賊である以上、食料や酒はとてもではないが上質なものを用意するのは無理だろう。
リアの言葉に、近くで聞いていた者たちもそれぞれ頷く。
だが、それでもメルリアナに向かう中……いや、メルリアナに入ったあとも、イルゼンの向かうという場所に到着するまで補給するあてはない以上、ここで食料の類を調達出来るのはアランたちにとってありがたい。
最悪の場合は、動物やモンスターを狩って食料にするといった方法もない訳ではなかったのだが。
そう思っていたのだが……
「うわ、何だこの酒。極上物じゃねえか!」
「こっちも見てみろ、蒸留酒とか……この干した果実なんか、南国の代物だろ?」
盗賊たちのアジトと化していた洞窟の中には、予想していた以上の食料や酒の類が保存されていた。
干した果実はともかく、高価な酒の類なら盗賊たちが真っ先に飲んでもおかしくはないのだが、何故か全く飲まれた形跡もないままに、保管されていたのだ。
これは、アランたちにとって非常に幸運だったと。
……いや、アランはそこまで酒を好まないので、雲海や黄金の薔薇の中で酒を好んで飲むような者たちにとって幸運だった、というのが正しいのだろうが。
「ちょっと、気をつけなさいよ。多分ないと思うけど、一応毒とかないか確認する必要があるんだから」
これが普通の安酒なら、盗賊たちが飲んでいる酒だということでそこまで警戒する必要はなかっただろう。
だが、あからさまな高級酒がそれなりに保管されていたとなると、もしかしたら暗殺用に毒が入っているのではないかと、そう疑ってもおかしくはない。
そもそも、普通に高級酒を運ぶだけならこのような裏の街道を通る必要はない。
普通の街道を通っても、酒を運ぶのは違法という訳ではないのだから。
だというのに、こうして盗賊のアジトに保管されているということは、この酒は何らかの理由で表沙汰に出来ない酒ということになる。
その理由として考えられるのは、やはり毒だった。
実際には何か別の禁輸品を運んでいた商人が、ついでにこの酒も運んでいたといった可能性もあるのだが。
ともあれ、酒だ酒だと喜んでいた探索者たちだったが、イルゼンの言葉で我に返る。
「喜ぶのもその辺にしておきましょう。今はとにかく、少しでも早くメルリアナに行く必要があります。必要な物資を集めたら、死体の処理をして進みましょう」
死体の処理と聞いて何人かが嫌そうな表情を浮かべる。
だが、このまま死体を放置しておけば疫病が広がるかもしれないし、それ以上にアンデッドとして動き始める可能性もあった。
ここを通るのは半ば犯罪者だったり、後ろめたいことがある者である以上、盗賊たちの死体を放置しておいても、問題にならないかもしれない。
だが、それでもやはり礼儀としては処理しておく必要があった。
アンデッドはともかくとして、疫病が発生した場合は近くにある街や村に被害が出る可能性があるというのも大きいだろう。
そんな訳で、皆が面倒そうにしながらも死体を集めては燃やしていく。
いくつもの黒煙が上がっている光景は、遠くから見れば食事の準備でもしているように見えるか。
もしくは、死体を燃やしていると考えるか。
死体の燃えている光景を眺めながら、アランはそんな風に考える。
「アラン、そろそろ行くわよ」
燃えている死体を眺めていたアランは、声のした方に視線を向けた。
そこにいたのは、レオノーラ。
死体の燃える光景を見ていたアランに思うところがあったのか、どこか心配そうな視線を向けている。
そんなレオノーラに、アランは頷く。
「ああ、分かった。……レオノーラはメルリアナってどういう場所か知ってるか?」
「いいえ。私の知っている情報よりも、イルゼンから聞かされた情報の方が詳しかったわね」
「レオノーラって、一応一国の王女なんだよな? なら、他国について知っていてもおかしくないんじゃないか?」
「あのね、この世界にいくつ国があると思ってるのよ。そんな中でもメルリアナは小国よ。名前とかどのような国なのかというのは知っていたけど、その程度よ」
「そういうものなのか」
少しだけ残念そうな様子を見せるアランに、レオノーラは若干むっとしたものを覚える。
何故そのような思いを抱いたのかは、レオノーラにも分からなかった。
しかし、アランにこれ以上何を言っても意味がないと判断したのか、レオノーラは小さく息を吐いてから、改めて口を開く。
「ほら、行くわよ。アランが来るのを待ってるんだから。それに、ここまで派手に燃やしたとなると、ガリンダミア帝国軍が見に来る可能性もあるでしょ。意味のない戦闘をするのは嫌よ?」
そう言い、レオノーラはアランを引っ張っていく。
アランもガリンダミア帝国軍と無意味に戦うのを好む訳ではないので、そんなレオノーラに逆らう様子はない。
(そう言えば、グヴィスたちはどうしたんだろうな。結局あの転移システムのある遺跡から消えてから、全く行方知れずだけに……まさか、これがフラグになって現れるってことはないよな?)
何となく、そう考えるのがフラグとなって姿を現しそうだったので、アランはそれ以上考えるのを止める。
そうして準備万端に整えて待っている馬車に向かい……
「ピ?」
不意にアランの心核のカロが小さく鳴き声を上げる。
「カロ?」
何故突然鳴き声を? と疑問に思ったアランだったが、カロはそれ以上鳴き声を上げない。
まるで今のが幻聴だったかのような思いを抱いたアランは、念のために周囲の様子を見る。
だが、当然ながら生身での能力は決して高くないアランだ。
そんなアランが周囲の様子を確認しても、特に何か見つけられるといったようなことはない。
「ちょっと、アラン。どうしたのよ?」
不意に足を止めたアランに、レオノーラは不満そうに尋ねる。
レオノーラにしてみれば、アランが何を考えてそのような真似をしたのかが分からなかったのだろう。
とはいえ、アランはそんなレオノーラの様子を気にした様子もなく周囲を見る。
しかし、周囲の様子を見ても何かおかしなところはない。
「レオノーラ、何か周辺に妙なところはないか?」
「え? そう言われても……」
アランに言われたレオノーラは周囲の様子を確認するが、特に何かがあるようには思えない。
であれば、アランの気のせいではないか、そう思って口を開く。
「何もないわよ? アランが何かを見たのは気のせいじゃない?」
「そうか? いや、けど……まぁ、いいか。ともあれ、レオノーラにも何も分からないなら、俺の気のせいって可能性は否定出来ないし」
そう言いながらも、腑に落ちない思いを抱きながらアランは皆の待っている場所に向かうのだった。




