0277話
動いた身体の様子に、アランは喜びを露わにする。
本来なら、右手が少し動いただけで、今の状況は何一つ変わらないだろう。
だが、それでもアランが喜んだ理由としては、不思議なことに……本当に不思議なことに、右手が動いたのと連動するようにアランの中に不思議なほどに気力が満ちてきた、というのが大きい。
(もしかして、これ……死の瞳の効果が切れたのか?)
なら、レオノーラも。
そんな思いを抱き、視線を隣に向けるアランだったが、生憎とレオノーラは未だに意識を失ったままだ。
(これは……やっぱり心核で変身した黄金のドラゴンと、召喚したゼオンの差か?)
レオノーラが変身した黄金のドラゴンは、死の瞳の効果が黄金のドラゴンそのものに……つまり、変身したレオノーラに直接発揮された。
それに対し、アランの場合は心核でゼオンに変身するのではなく、人型機動兵器のゼオンをどこからともなく召喚するといった形をとっている。
そうして召喚されたゼオンにアランが乗っている以上、死の瞳の効果はゼオンに向かっても、それに乗っているアランには薄かった。
……薄かったとはいえ、それでも現在のアランの状況を思えば、効果は十分だったと言ってもいいのだろうが。
ともあれ、そのお陰でアランは身体を動かすこともろくに出来なかったが、意識そのものはあった。
今の状況において、それはアランにとって非常に幸運だったと言えるだろう。
(このまま身体を動かせば……そしてゼオンをまた召喚出来れば、この戦いは俺たちの勝利が決定的になる)
遺跡から出て来た多数の人形により、戦況そのものはかなり探索者側が押し返してきた。
だが、それはマイナスだったのが帳消しになっただけで、プラスになった訳ではない。
ましてや、ガリンダミア帝国軍の兵士たちは現在戦っている者たちだけで全てという訳ではなく、予備兵力……いや、本陣と呼ぶべき存在がいる。
だからこそ、現在の状況で自分たちの勝利を決定的にするためには、アランが動く必要があった。
とはいえ、アランも自分が生身の状態で加勢してもどうにかなるとは思っていない。
今のアランに出来るとすれば、それこそ本領を発揮……つまり、心核使いとして活動する必要があった。
幸いにして、死の瞳は使い捨てで使うには使用者の命が必要となる。
そうである以上、予備の死の瞳がある可能性は少ないと、そうアランは考えていた。
……ガリンダミア帝国軍の様子を見れば、もしかしたらまだ予備の死の瞳を持っている可能性は決して否定出来なかったのだが。
アランが少しずつだが身体を動かし、体力、魔力……そして生命力の類も急速に回復していく。
本人も何故急にこんな状況に? と疑問に思ったが、今はそんなことを考えるより、少しでも早く現在の状況をどうにかする方が先だった
そして右手だけではなく右手首、肘、肩……といった具合に動かせる場所が増えていく。
アランにとって、そうして動かせる場所が増えていくというのは喜びだった。
やがて右からから首、頭部、左肩、胴体といったようにさらに動かせる場所は増えていった。
一度動かせるようようになると、その進みは急速に早くなる。
(よし、このまま……)
そう思ったアランだったが、上半身を起こした状態で視線の先を見て動きを止める。
何故なら、そこにはどうやってか野営地の中に入ってきた兵士の姿があったからだ。
これで兵士が万全の状態であれば、それこそ兵士はアランの存在を認識し、脅すなり気絶させるなりして本陣に戻っただろう。
元々この戦いは、雲海や黄金の薔薇を倒すこともそうだが、一番の目的はアランを確保することなのだから。
だが、その兵士は怪我をしていた。
それもちょっとやそっとの怪我ではなく、致命傷ではないかと思える程の怪我を。
袈裟懸けに斬られており、それ以外にも胴体も横薙ぎに切断されて、そこからは内臓がこぼれ落ちそうになっている。
そもそも、兵士の意識そのものが半ば朦朧としており、アランをアランと認識しているようには思えない。
つまり、本来ならアランを捕らえる必要がある中で、アランを雲海や黄金の薔薇の探索者と認識している。……いや、それは事実で間違いではないのだが。
「あ……敵……」
アランの姿を認識し、それが敵だと判断した兵士は持っていた長剣を手にアランたちに向かって近付いてくる。
少し前までは護衛の探索者もいたのだが、周囲の様子から手が足りないということで防衛に回っていた。
そんな状況で兵士が……それも重傷を負っており、アランをアランと認識出来ないような、そんな兵士がアランの前に現れたのだ。
これは明らかにアランにとって命の危機だった。
……いや、アランだけではない。アランの隣で未だに気絶したままのレオノーラもまた、命の危機だろう。
不幸中の幸いなのは、レオノーラのような美人だけに、本来ならこのような場合は貞操の心配をしなければいけないのだが、重傷を負っている兵士が相手だけにその辺りを心配しなくてもいいということか。
(けど……それでも、このままだと死ぬのは間違いない。どうにかする必要がある。どうする? どうする? どうすればいい?)
少しずつ動くようになった身体で周囲の様子を見るが、皆が現在の状況に対処するのに必死で、とてもではないがアランたちを助けに来るような余裕はない。
(なら、俺がどうにかしないと。けど、どうする? 今の状況で俺が出来ることなんて……)
相手が瀕死の重傷を負っている以上、もしアランの身体がいつも通りに動くのなら、勝つことは難しくないだろう。
だが、ようやく少しだけ身体が動くようになってきた今このときに、兵士を相手にしろと言われても、それにどう対処すべきかアランは分からない。
(いや、俺がこのまま死ぬか……もしくは連れ去られたりすれば、レオノーラはどうなる? 俺を殺すなり連れ去るなりすれば、それで満足か? ……可能性はあるけど、同じくらい眠っているレオノーラをここで殺すといった選択をする必要もある)
レオノーラを殺すというのは、アランにとって最悪の選択肢ではあったが、それはガリンダミア帝国軍にとっては有益な選択肢でもある。
アランと違って生身での戦闘でも一流……いや、一流を超えた超一流と呼ぶべき存在であり、純粋に心核使いとしてもアランと同等と強さを持つ。
そんなレオノーラが無防備な状態をみせているのだから、そこで殺すというのはガリンダミア帝国軍にとって大きな利益となる。
……もっとも、黄金の薔薇の探索者たちにとってレオノーラという存在は自分たちを率いる存在で、心の底から忠誠を誓っている者も多い。
そのような存在が殺されでもした場合、どうなるか。
普通は復讐に燃えて……たださえ強い探索者たちが、それこそ死に物狂いで攻撃してくることになるだろう。
(どうにかする方法を考えないと……どうする? どうする? どうする?)
そこまで考え、結局アランは自分に出来ることは心核を使っての戦闘だけだと判断する。
実際、その判断は間違っていない。
今の状況で、もし自分が自由に動けるようになっても兵士と戦えるかどうかは微妙だ。
一番いいのは、誰かに守って貰うことなのだが、現在はとてもではないがそこまで余裕のある者はいない。
そんな訳で、今の状況で自分が出来るのは……ただ一つ。
この状況でも何とか心核を使ってゼオンを召喚することだけだった。
(死の瞳の効果がまだ残ってるのかどうかは分からない。分からないが、今のこの状況ではどうにかするにはそれしかないのなら……俺は、それに賭ける!)
そう決断する……というか、今の状況ではそれしか出来ない以上、アランは心核を使うように意識する。
「カロ」
短く呟くアランだったが、いつもなら『ピ』といった声で反応するのだが、これもまた死の瞳の影響か、全く反応はない。
(死の瞳ってマジックアイテムってことは……カロが死んだってことはないよな?)
一瞬そんな疑問を抱くが、死の瞳の効果をまともに受けたレオノーラは、気絶こそしているが死んでいる様子がないのだと思い込み、何とか心核を使おうとする。
しかし……まだ死の瞳の効果が残っているのか、アランがいつもように心核を使ってゼオンを召喚しようとしても、全く発動する気配がない。
その様子に、もしかして自分は心核の使い方を忘れてしまったのか? と思ってしまう程に。
とはいえ、今の状況で自分に出来るのは心核を使おうとすることだけである以上、ただひたすらに心核を使おうとする。
そうしている間にも、瀕死の重傷を負った兵士は一歩、また一歩とアランたちの方に近付いてきていた。
(くそっ、動け……動け、動け、動け……動け動け動け動け動け動け動け動け!)
そう言い続け……今の状況で何とかゼオンを起動させようとするアラン。
しかし、兵士はそんなアランの様子に全く気が付いた様子もなく……自分が死ぬ前に、少しでも探索者たちの数を減らそうと行動しており……
(俺はこんな場所では死ねない。レオノーラもこんな場所で殺せる訳にはいかない)
自分は生き残る必要がある。
そうである以上、自分に向かってくる敵をどうにかする必要がある。
そのように思いつつ……不意にアランは自分の首にかけられている心核が熱くなる。
何があったのかは分からない、
分からないが、何故か今この状況で……いける、と。不意にそのような認識させられた。
「ゼオ……ン……ゼオン!」
そんなアランの言葉と共に、周囲に甲高い音が響き渡る。
キィン、という……誰もが聞いたことがない音。
そのような音が周囲に響き渡り、当然のように周囲で戦っていた者たちも、その音の正体は何かといった具合に音のする方に視線を向ける。
……不運だったのは、ガリンダミア帝国軍の兵士たちだろう。
兵士たちは音のした方に視線を向けたのだが、当然人形はそんな相手の様子を気にせず、攻撃を仕掛けたのだから。
そんな混乱が周囲に響き渡る中……轟っ、という音と共に、野営地の中にはゼオンが姿を現していた。




