0272話
心核を使って変身した――ゼオンは召喚といった表現が相応しいが――アランとレオノーラの二人は、普段飛ぶよりも高い位置まで移動していた。
何故この高さまで高度をとったのかといえば、野営地に向かっているガリンダミア帝国軍に自分たちの行動を察知されないためというのが大きいだろう。
雲海や黄金の薔薇と戦いに来るのだから、当然だがガリンダミア帝国軍も自分たちの敵対する相手がどのような能力を持っているのかは理解出来た。
それだけに、いつも通りの高度……それこそ百メートル程度の高度で飛んでいるのを見られれば、間違いなく警戒されると判断したためだ。
「まぁ、こっちの手札が分かっている以上、向こうもちょっと高く飛んだくらいで見逃してくれるとは思えないけどな。……どう思う?」
『そうね。でも、いつも通りの高さを飛んでいるよりは、今の高さの方が見つかる可能性は低いでしょう?』
頭の中に響くレオノーラの声。
ゼオンの隣を飛んでいる、黄金のドラゴンからのものだ。
「そうだな。これが上手くいけば……それこそ、向こうは何もしないままで一方的に被害を出して逃げるといったことになりかねないし」
アランの言葉は、自分の実力を過信してのもの……という訳ではない。
実際、敵の攻撃の届かない場所からゼオンのビームライフルは腹部拡散ビーム砲を一方的に受けて、さらに黄金のドラゴンが放つレーザーブレスをも一方的に受ける。
普通に考えれば、そのような攻撃を受けた場合は対処のしようがない。
これで自分たちの攻撃が届く場所にいる相手であれば、まだそれなりに対処は可能なのだろうが……高度百メートルともなれば、そう簡単に攻撃は届かない。
ましてや、今のアランたちはそれよりもかなり高い場所を飛んでいるのだから。
『そう上手くいけばいいけどね。……向こうもこっちの能力が分かっている以上、何らかの防御手段はあるはずよ』
「普通に考えれば、魔法で生み出した盾とか、マジックアイテムとか……そんな感じか」
敵の攻撃を防ぐ以上、その手の方法が一般的だろう。……それが実際に出来るかどうかは別として。
だが、それこそ生半可な防御手段では、ゼオンや黄金のドラゴンの攻撃を防ぐことは出来ない。
それこそ、あっさりと破壊されるか、もしくは貫通されるかだろう。
そんなことを考えている間に、やがてゼオンと黄金のドラゴンは地上を進むガリンダミア帝国軍の上空までやって来た。
幸いにして、ゼオンのコックピットにある映像モニタには、地上を進むガリンダミア帝国軍がゼオンや黄金のドラゴンの存在に気が付いている様子はない。
「よし、撃つぞ。タイミングは同時でいいよな?」
『ええ、それで構わないわ』
「なら……え?」
発射する。
そう言おうとした瞬間、不意に急激に力が抜けていくのを感じる。
一瞬気のせいかとも思ったのだが、映像モニタで隣を確認すると、黄金のドラゴンが何故か地上に向かって降下しているように思えた。
「何だ? おい、レオノーラ。どうした? 何かあったのか? レオノーラ!?」
何かあったのかと尋ねるアランだったが、何かがあったというのは本人がしっかりと理解していた。
何しろ、こうして呼びかけている今であっても、急激に身体から力が抜けていっているのだから。
とてもではないが、何も異常はないとは言えない。
本当に何があったのか分からない以上、アランに出来ることは多くなかった。
『アラン……野営地に……』
最後まで言わなくても、その言葉はしっかりとアランに理解される。
何故か急に力が抜けたレオノーラ。……いや、それどころではなく、黄金のドラゴンの身体からレオノーラの身体へと変身が解除されていく様子すら映像モニタに表示されていた。
それを思えば、今のこの状況はどういう意味をもつのか……考えるまでもなく明らかだろう。
つまり、このままだとレオノーラは空中で完全に心核による変身が解除されてしまうのだ。
普通に考えれば、レオノーラであってもこの高さから地面に落ちれば生きているといったようなことはまず不可能だ。
それが何を意味しているのか……それは考えるまでもなく明らかだろう。
つまり、死ぬ。
「させるかよ!」
そう言いながらゼオンの手を伸ばして変身が解除したレオノーラを受け止める。
ただそれだけで、アランは身体から異様な程に力が抜けた……もしくは消耗してしまったのを感じてしまう。
一体何故このようなことに? と頭の片隅で考えないでもなかったが、今の状況を思えばそんなことを考えていられる余裕はない。
「ぐ……くそ……」
身体から力が抜けていく感覚を覚えながら、それでもアランは何とかレオノーラを捕まえたまま野営地の方に機体を向けることに成功し……
「これは、せめてものお返しだ。食らえ!」
力が抜けながらも、何とか気力を振り絞ってトリガーを引く。
瞬間、地上にいるガリンダミア帝国軍に向かってゼオンの腹部から拡散ビーム砲が放たれた。
本来であれば、ビームライフルと一緒に地上を進む敵を一掃するはずだった攻撃。
しかし、今のアランに出来るのは連続して攻撃を行うのではなく、せいぜいがこうして地上に向けて一度攻撃をするだけだった。
イタチの最後っ屁。
アランの頭の中でそんな言葉が思い浮かぶが、今は必要ないことに意識を集中しているような余裕はない。
まずはここで攻撃して、少しでもガリンダミア帝国軍の動きを鈍らせる必要があった。
上空にいる自分たちの存在に、地上で気が付いているのかどうかは分からない。
分からないが、それでも向こうに近付いた途端にこのような現象があった以上、これはガリンダミア帝国軍の攻撃と考えるべきだろう。
だからこそ、このままここに留まるのは危ないとアランは判断したのだ。
向こうが一体どのような攻撃手段で攻撃してきたのかは分からない。
しかし、一度地上からの攻撃が届いた以上、二度目の攻撃が届かないとも限らない。
もしそうなったとすれば、それこそ今の状況においては致命傷になってしまう。
アランとしてはそんな真似は絶対に認められない以上、敵の追撃を防ぐためにもこちらから地上に向かって攻撃を行うといったような真似をする必要があった
……事実、ゼオンの腹部から放たれた複数のビームは、次々とガリンダミア帝国軍に降り注いでは凄惨な状況を地上に作り出していた。
ビームライフルに比べれば一撃の威力が低い拡散ビーム砲だが、それはあくまでもビームライフルに比べればの話であって、その一撃は拡散された状態でも人間の数人は一瞬にして消滅させることが出来るだけの威力を持つ。
「ちっ、練度が高い!」
野営地に向かいながらも、アランは映像モニタに表示されている光景を見て、舌打ちする。
そこでは、最初こそ混乱していたものの、ゼオンがその場から離れるとすぐに混乱が収まっている様子が映し出されていたのだ。
つまりそれは、アランたちを倒すべく襲ってきたガリンダミア帝国軍がかなりの精鋭であるということを意味している。
それもただの精鋭ではなく、有能な指揮官の下で纏まっている軍勢。
雲海や黄金の薔薇にとっても、対処するのはかなり難しい相手なのは間違いなかった。
「ともあれ、まずはレオノーラを何とか……」
幸い、ゼオンの移動速度はかなり速い。……むしろ、速すぎて下手をすると野営地の上を通りすぎてもおかしくないくらいだ。
そうならないように注意しながら、ゼオンは野営地に向かって降下していく。
野営地でも先程の異変には気が付いていたのか、降下してくるゼオンに向かって大勢が走り寄ってくる。
その中でも、特に黄金の薔薇の探索者が多い。
当然だろう。野営地から飛び立ったときはゼオンと黄金のドラゴンが一緒だったのに、何故か戻って来たのはゼオンだけなのだから。
……正解にはゼオンの手にレオノーラの姿があったので、二人一緒に戻ってきたというのは変わらないのだが。
地面に着地したゼオンは持っていたレオノーラを地面の上に置くと同時に、その姿を消す。
そして地面に下りたアランは、立っていることも出来ずその場で横になる。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁ……」
荒い息を吐きながら、それでもレオノーラと違って意識を失っていないのは……アランの心核使いとしての素質が非常に高いためか、もしくは転生者であるというのが関係しているのか。
ともあれ、アランが現在出来るのは息を整えつつ、全く手足に力が入らない状況をどうにかするだけだ。
「何がありました?」
そんなアルンに対し、イルゼンが尋ねる。
普段の飄々とした表情ではなく、真剣な表情で。
そのようなイルゼンを見れば、現在の状況がどれだけ異常なのかが分かりやすいだろう。
「わ、分からない……急に身体の力が抜けて……レオノーラは、変身すら解除されて……」
イルゼンの様子に気圧されつつも、アランは何とかそれだけを口にする。
今の状況において、一体何があったのかはアランも分からない。
それでも自分とレオノーラに起きた現象だけは、しっかりと理解しており……それを説明したのだ。
「力を……っ!?」
アランの言葉を聞いたイルゼンは、数秒考え、すぐにこちらも普段とは全く違う鋭い視線を野営地の向こう側……アランの攻撃によって多少なりとも起きた混乱は収まり、再度の進軍準備を整えているガリンダミア帝国軍に視線を向ける。
そしてガリンダミア帝国軍を睨み付けながら、口を開く。
「ロッコーモ君、心核を使ってみてください」
「え? 俺?」
「はい。……早く!」
イルゼンの言葉とは思えないような、鋭い言葉。
普段のイルゼンとは全く違うその形相に、ロッコーモは押されるようにして心核に意識を集中する。
「……あれ?」
いつもであれば、意識を集中すれば容易にオーガに変身出来るはずだったのだが……今は、どんなに精神を集中しても全く心核による変身が出来ない。
「これは……一体、どういうことだ!? 心核の変身が出来なくなってるぞ!?」
あまりの驚愕に、ロッコーモはそう叫ぶのだった。




