0271話
イルゼンの一言が切っ掛けで、アランたちはガリンダミア帝国軍が来るのを待ち受けることになる。
中にはイルゼンの言葉を聞いても反対する者がいたのだが、それでも大多数はイルゼンの言葉に納得した。
それこそ、黄金の薔薇の探索者たちもイルゼンの言葉に賛成した者は多い。
元々、探索者というのは防御的な思考よりも攻撃的な思考を持っている者が多いのだが、それが表れた形だろう。
ガリンダミア帝国軍の追撃部隊から逃げ回り、隠れてやりすごすという生活には、納得はしていても心の中で不満に思う者も多かったのだろう。
「とはいえ……本当に勝てると思うか?」
「レオノーラ様とアランがいるんだ。何かあっても、大丈夫って気はするけどな」
野営地の外側……敵が来たらすぐに判断出来るように見張りをしていた探索者の二人が、そんな会話を交わしながら外の様子を眺める。
幸い、今のところは特に敵が来る様子はない。
だからこそ、こうして暢気に会話をすることが出来ているのだが。
「まぁ、あの二人がいると負ける気がしないよな。他にも心核使いは何人もいるし」
「同感だ。正直なところ、俺たちくらいのクランの規模で、ここまで心核使いが揃っているってのも珍しいじゃないか?」
雲海や黄金の薔薇くらいのクランで、ここまで心核使いが揃っているのは、珍しかった。
とはいえ、珍しいということは他に全くいない訳ではない。
実際、他にもいくつかそのようなクランがあるというのは、それなりに知られている事実だった。
「そうだな。元々心核使いは強い場所に集まるって言われるし」
これは、別に噂やジンクスといったようなものではなく、事実だ。
正確には、未知の遺跡に心核は眠っており、それを入手出来るだけの実力を持つクランとなると、それは当然のように高い実力を持つクランとなる。
そのようなクランが遺跡を探索して心核を入手し、力を上げていく。
……もちろん、心核というのは非常に希少な物なので、恐らく心核はあるだろうと思われる遺跡に潜っても、実際には心核が一つもなかったといったこともある。
また、苦労の末に心核を入手し、選ばれた人物が心核を使ってみたところ、使い道の少ないモンスターに変身するといったこともある。
雲海の場合では、ケラーノがそれに当たるだろう。
トレントという木のモンスターに変身出来るのだが、トレントは一度変身すると解除するまで移動は出来ない。
防衛戦のときには使い勝手がいいのだが、普通の探索者にとってはかなり使いにくい存在だ。
「そうなると、俺たちも強くなってきたから心核が集まってくる可能性はあると思うか?」
「どうだろうな。可能性としては……おい」
会話をしていた男のうち、片方が不意に言葉を止めて相棒に呼びかける。
声をかけられた方も、仲間の様子が真剣だったためだろう。
今までとは違い、真剣な様子で仲間の視線を追い……地平線の向こう側に、土煙を見つける。
それも少しの土煙ではない。かなり大量の……つまり、大群が迫っていると分かるだけの、そんな土煙だ。
そしてこうして見張っている以上、その土煙が何を意味しているのかは明らかだった。
「敵だ……敵が来たぞぉっ!」
叫ぶ声は、野営にいる多くの者の耳に聞こえる。
すでに、ガリンダミア帝国軍がこの野営地に攻めてくるという情報はこの遺跡で活動していた数少ない探索者たちにも知らされており、戦いに巻き込まれたくなければ、しばらく距離を置いた方がいいと説得している。
中には、何を考えたのか自分たちもガリンダミア帝国軍と戦うといったことを主張した者もいたが。
いや、その気持ちはそれなりに分かる者もいた。
ガリンダミア帝国軍に対しては、色々と思うところがある者もいるのだろう。
とはいえ、イルゼンにしてみれば、探索者ではあってもこの遺跡だけしか活動していない者は、実力不足だ。
ましてや、中には裏で自分たちの情報売り、もしくは戦いの途中に破壊工作をしてガリンダミア帝国軍から報酬を貰おうと考える者もいる可能性がある。
そんな訳で、信頼出来ないという理由からここの探索者たちに協力して貰うといったことは断ることになった。
つまり、この戦いにおいては純粋に雲海と黄金の薔薇で……もしくはレジスタンスからの助力を得て、戦うことになるのだ。
とはいえ、レジスタンスの助力というのはまず当てには出来ない。
何しろ、元々レジスタンスというのは戦力的にそこまで強くはない。
それだけではなく、帝都での諸々で結構な被害を受けているのだ。
それからまだ時間が経っていないのに、ここに援軍を送れるほどに戦力を回復出来ているはずもなかった。
「来たか! 数は!?」
敵が来たという言葉に、すぐにそんな声が返ってくる。
一体誰が口にしたのかというのは分からなかったが、それでも見張りをしていた男は叫ぶ。
「まだ分からねえ! ただ、土煙を見る限りだと、かなりの数のはずだ! イルゼンさんたちに知らせてくれ!」
「もう来てますよ」
「おわぁっ!」
イルゼンを呼べと言った瞬間、すぐ側からイルゼンの声が聞こえたことに、驚きの声が出る。
だが、イルゼンはそんな様子は気にもせず、じっと土煙のある方を見る。
「なるほど。結構な数ですね。大体ですが……二千といったところですか」
「……それは、また……」
よくそんなに数を……と、そう言いたくなるのを我慢する。
ガリンダミア帝国軍は、現在も複数の国家と戦争状態にある。
それでいながら、アランたちとの戦いにおいて、何度も負けていた。
その上で、帝城においての騒動があり、グヴィス率いる追撃隊の件もある。
さらに、帝都にもいざというときのために兵力を残しておく必要があり……そんな状況で、二千の戦力を出してきたというのは、驚嘆に値する出来事だ。
「取りあえず、僕たちを攻撃するために用意したにしては……少し大袈裟ですね。それだけこちらを脅威と思っている証でしょうが……ふむ、そうですね。アラン君、レオノーラさん、いますか?」
その二人を呼ぶということが何を意味しているのかは、明らかだった。
だが、それが明らかである以上、疑問も浮かぶ。
「向こうが何か奥の手を持ってきてるって言ってなかったっけ? なのに二人を出してもいいのか?」
敵が来たということで、様子を見にきた男の一人が、そうイルゼンに尋ねる。
その問いに、イルゼンはそうですねと頷く。
「向こうが何らかの奥の手を持っていたとして、それが不明なままでは困るんですよ。出来れば、早いうちに奥の手を見ておきたいんです。でないと、対処のしようがありませんし」
「それはそうだけど、だからってあの二人を出すのか? アランはともかく、レオノーラに何があったら不味いぞ? それこそ、黄金の薔薇の連中は間違いなくイルゼンを責める」
「でしょうね。ですが、やはり向こうが警戒しているのが二人である以上、こちらとしても向こうの奥の手を見るには、その二人を出すしかないんですよ」
アランは、言うまでもなくゼオンをガリンダミア帝国軍が欲しているために、何としても捕らえようとするだろう。
レオノーラは、アランを救出するときに帝城で派手に暴れて多くの心核使いを倒している以上、当然だが脅威と考えているはずだった。
その二人に対して用意された奥の手である以上、それを使わせるにはやはりその二人を出す必要がある。
また……奥の手云々を抜きにしても、ゼオンと黄金のドラゴンは空を飛べて非常に高い攻撃力を……それも遠距離からの攻撃手段を持っている。
敵の数が二千近い以上、可能な限り減らしておきたいと考えるのは当然だった。
「呼びました?」
「敵がきたんですって?」
そうして話をしているうちに、呼ばれたアランがレオノーラと共に姿を現す。
「ええ。見て下さい。結構な数がいますよ」
イルゼンの言葉通り、アランとレオノーラの視線の先ではかなり土煙が上がっている。
アランはその土煙を見ても、結構な人数であるということしか分からない。
だが、それがレオノーラとなれば話は違う。
「二千……いえ、もう少し多いかしら」
「ええ、そんな感じです。そんな訳で、二人には先制攻撃を行って欲しいと思いまして」
「……いいんですか? 一応、話を聞いたりとかはした方がいいじゃ?」
「いえ、悠長なことをしていれば、こちらが不利になりますからね。その辺の事情を考えると、向こうが奥の手を使うよりも前に数を減らしておきたいんですよ」
そう言われれば、アランも納得せざるをえない。
実際、こちらが数十人……百人もいないのに対して、向こうは二千人以上だ。
その戦力差は、二十倍近い。
そうなると、普通に考えれば勝てるはずもない。
あるいは何らかの罠をしかけるという手段も最初は検討されたが、この見晴らしのいい場所で使える罠というのもそう多くはない。
一番手っ取り早いのは、やはり落とし穴か。
だが、そもそもアランたちがここにいたのは、あくまでもガリンダミア帝国軍をやりすごすためということもあってか、罠をしかけるといった真似はしていなかった。
……何より、この遺跡には雲海や黄金の薔薇以外の者でも元々潜っていた者たちがいる。
そのような者たちがやって来るのに、罠をしかけられないというのも大きい。
ガリンダミア帝国軍の部隊が派遣される……いや、されたという情報を持ってきて、そのような者たちにも来ないようとは言ったが、そこから今日まではそんなに時間がなく、大規模な落とし穴を作るといった真似が出来る余裕はなかった。
あるいは、心核使いたちを活用すればどうにかなったかもしれないが、それこそいつガリンダミア帝国軍がやって来るのか分からない。
そうである以上、無駄なことはしない方がいいと判断し、こうして待っていたのだ。
「分かりました。敵の数は出来る限り減らした方がいいでしょうしね。レオノーラ、お前も大丈夫か?」
「ええ。構わないわ。……出来れば、私たちの攻撃で怯えて逃げてくれるといいんだけど」
そう言うレオノーラだったが、言った本人が本当にそのようなことになるとは到底思っていない様子だった。




