0270話
ガリンダミア帝国軍がこの野営地にやってくる。
そのような情報が入った日の夜、これからどうするべきかを皆で相談する。
「ガリンダミア帝国軍とまともに戦えば、こっちの被害が大きすぎる。敵が来るというのは分かってるんだし、わざわざここに残る必要はない。さっさと逃げ出せばいいんじゃないか?」
「けど、いつまでそうやって逃げ続ければいいんだ? ここにやって来る敵はアランが遭遇した追撃隊じゃないんだろ? それでもガリンダミア帝国軍に見つかったってことは、どこに逃げても追ってくるんじゃないか?」
その言葉に、何人かが同意する声を上げる。
実際、何故自分たちがここにいるというのをガリンダミア帝国軍に知られたのかというのは、未だに分からない。
つまり、今ここで逃げ出しても、またすぐにガリンダミア帝国軍がやって来るのではないか。
そのように思うのも、当然だろう。
「けど、ならどうするってんだよ! 俺たちだけでガリンダミア帝国軍と戦うのか? いや、それはまぁ……俺たちの実力なら何とかなるかもしれないけど、向こうは俺たちがここにいるというのを承知の上で軍を送ってきたんだろ? 当然、何らかの対抗策を持ってるんじゃないか?」
その言葉は、決して間違いではない。
実際、軍を派遣するにも負けるつもりで派遣するといったような者はいないだろう。
それでもこうして軍を派遣してきた以上、雲海や黄金の薔薇に対する何らかの対抗手段を持っているのは間違いなかった。
「問題なのは、どんな対抗手段を持ってるのか、だよな。正直なところ、アランのゼオンとレオノーラの黄金のドラゴンを相手にするなら、生半可な戦力だと意味はないぞ?」
カオグルがそう告げると、雲海の全員が頷き、黄金の薔薇の方でも何人かがレオノーラの名前を呼び捨てにしたことを面白くなさそうにしながらも、それでもほとんどの者が頷く。
実際、ゼオンと黄金ドラゴンは、遺跡の中のような高さ制限のない場所での戦いともなれば、非常に強力な戦闘力を発揮する。
それこそ、生身では……いや、心核使いであっても対向するのは難しいかのような、そんな圧倒的な実力があるのだ。
また、そんな二人以外にも複数の心核使いがいる。
並大抵の戦力では、とてもではないが勝てない相手なのは事実だ。
「イルゼンさん、何か心当たりはありますか?」
雲海の探索者の一人が、イルゼンにそう尋ねる。
自分たちが知らないような情報を多数知っているイルゼンだったので、もしかしたら何か知ってるのでは?
そう思っての行動だったが、イルゼンは首を横に振る。
「残念ですが、今のところ何もそれらしい情報は入ってませんね」
「イルゼンさんなら、何か情報を持ってると思ったんだけどな」
「……僕のことを何だと思ってるんです?」
「イルゼンさんですよね?」
即座にそう言い切られると、イルゼンとしてもすぐに反応は出来ない。
実際に今までの自分の行動を思えば、そのように言われても仕方がないということも理解していたから、という点もあるのだろうが。
「ん、こほん。とにかく、僕の方にもそちらの件についての情報は入ってきていません。ただ……正直なところ、アラン君たちの心核をどうにか出来る手段なんて、想像出来ないんですよね。それでも無理矢理考えるとすれば、ガリンダミア帝国軍に強力な心核使いがいる、とかでしょうか」
「いや、そういう心核使いがいるのなら、それこそ今までの戦いで出て来てるんじゃないですか? 今まであえて出さなかったというのはちょっと考えられませんし」
「今まであえて出さなかったというか、何だかんだと結構な頻度で強力な心核使いが出て来たのは間違いないけどな」
そう誰かが呟くと、多くの者がそう言えば……と納得する。
これまでの戦いで、雲海や黄金の薔薇によって倒されたガリンダミア帝国軍の心核使いは多い。
それでもコンスタントに心核を使いを用意出来る辺り、ガリンダミア帝国の国力がだけだけのものなのかを示していた。
「そうなると、向こうの切り札かどうかは別として、心核使いがいるのは間違いないでしょうね。……レオノーラ様、帝城に突入した際にどれくらいの心核使いを倒したのか覚えてますか?」
「どうかしらね。あのときは、とにかく目立って多くの者の目を引き付けることだけを考えていたから」
アランを助けるときの戦いにおいて、一番厄介なのは当然ながら一人で戦局を逆転させることが出来る心核使いだった。
帝城の中で、アランを助けに行った者たちや、それに乗じて侵入したレジスタンスたちがガリンダミア帝国軍の心核使いに遭遇したらどうなるか。
相手がまだ心核で変身する前なら、もしかしたら倒すことが出来るかもしれない。
だが、それが無理だった場合……それは遭遇した者の死を……もしくは死ななくても捕らえられることを意味することになる。
そのようなことにならないためには、どこか一ヶ所に可能な限り心核使いを集める必要があった。
その役目を担ったのが、アランがいなかった当時最強の心核使いのレオノーラだった。
……もちろんロッコーモを始めとした心核使いもいたのだが、それでもやはり最強はレオノーラだったのだ。
いくらロッコーモが戦闘に特化した者であっても、オーガではドラゴンに勝てない。
いや、オーガの方が極端に戦闘の天才であった場合は何とかなるかもしれないが、ロッコーモは戦闘を得意としているものの、天才と呼ぶほどではない。
それどころか、むしろレオノーラの方が戦闘の才能という意味ではロッコーモを上回っていた。
それ以外にも、帝城に自分がやって来たということを知らせるために、わざわざ空を飛んで移動する必要があり、その点でもオーガではどうしようもなかった。
「つまり、レオノーラ様が倒したつもりでも、実は生きていた心核使いがいた可能性があると……そういうことですよね?」
「残念ながらそうなるわね。……今にして思えば、全員しっかり死んでいるのかどうか、確認しておけばよかったんでしょうけど」
「大勢の心核使いと戦ったのだから、それはしょうがないと思いますけどね」
慰めるつもりだったのか、それとも単純に自分の思ったことを口にしただけなのか。
その辺は声をかけられたレオノーラにも分からなかったが、それが事実であることも間違いなかった。
「ともあれ、話を戻しましょう。ガリンダミア帝国軍の奥の手……それが一体何なのかは分かりません。一応僕も情報を集めようとは思ってるんですけどね。時間が足りない」
「そうしょうね。報告があったのか今日だもの。それでもう何らかの情報を入手していたら、それこそ驚くわよ」
リアの言葉に、話を聞いていた者たち全員が同意するように頷く。
イルゼンの情報収集能力や情報操作能力が非常に高いというのは、この場にいる全員が知っている。
だが、それでもこの短時間でそのような真似が出来るとなれば、それはとてもではないが人間業ではない。
それこそ、何らかのとてつもない秘密か何かを持っているのではないか。
そう思っても、おかしくはなかった。
「そうですか? 僕としては、そのくらいは出来るようになりたいんですけどね」
冗談でも何でもなく、本気でイルゼンはそう告げる。
そんなイルゼンに皆は呆れの視線を向けるが、実際イルゼンがそのような力を持ってくれれば非常に助かるのは間違いのない事実だ。
「とにかく、敵が来る以上はどうするかですね。手段としてはいくつかりますが、大雑把に分けると、ここで迎撃、来る前に逃げる、遺跡の転移装置を使って一気に遠くまで逃げるといったところですか」
「転移装置を使って逃げるのは、安全性という意味では大きいけど、荷物の類を持っていけないから却下だろうな」
雲海も黄金の薔薇も、馬車に積み込んでいる荷物は多数ある。
その荷物の中には非常に高価な物もあるし、それ以外にも仕事道具が多数あった。
遺跡の中にある転移装置……アランがグヴィスと遭遇した場所に転移するという方法を使う場合、遺跡の通路の狭さを考えると馬車を持っていくのは難しい。
馬は無理をすれば連れて行けるかもしれないが、かなりの労力が必要となる上に、途中の階段で怪我をしたりといったことになる可能性も高かった。
「ここで迎撃するのは……やろうと思えば出来るだろうし、アランもレオノーラさんもいるから何とか出来そうだけど、相手が奥の手を持ってるとなるとちょっとな」
この野営地であれば、アランのゼオンもレオノーラの黄金のドラゴンも、何の制限もなく戦える。
だが、ガリンダミア帝国軍も当然それは承知の上なのだ。
その上でこうして野営地に攻めてくる以上、それに対処出来る方法がある……イルゼンが言う奥の手があるのは間違いないと思われた。
「そうなると、やっぱりここを逃げ出すのが一番じゃない? ……ここの人には悪いけど」
黄金の薔薇の女がそう言ったのは、この遺跡を守っていた兵士……レジスタンスの件だろう。
普通であれば、当然の話だが雲海や黄金の薔薇がいると知れば、帝都に何らかの報告がなければおかしかった。
だが、今回その報告はなかったのだ。
それだけで、この遺跡を守っていた兵士が怪しまれるには十分だろう。
……あるいは、兵士が殺されたといったようなことでもあれば、話は別だったが……当然、そのようなことはない。
「それが一番いいのは事実です。ですが……僕はここで迎撃するという選択肢を選びたいですね」
『え?』
イルゼンのその言葉に、聞いていた皆から一斉に疑問の声が上がった。
当然だろう。それは本来なら、イルゼンはまず選ばない選択肢なのだから。
その意表を突いた様子に、周囲にいた多くの者たちが驚きの声を上げたのだ。
「そう驚くことではないでしょう。ガリンダミア帝国軍がここにやってくるのは、何らかの奥の手があるから。それが分かっている以上、出来ればここでその奥の手が何なのかを確認し……そして、出来ればその奥の手を破壊するなりなんなりして、使えないようにした方がいいと思いませんか?」
そう、告げるのだった。




