0027話
スタンピード。
それは、文字通りモンスターの暴走ということを示す単語だった。
遺跡やダンジョンといった場所からは、普通ならモンスターが出て来ることはない。
だが、モンスターとはいえ、生きているのは間違いない。
基本的には遺跡やダンジョンの中で生態系が上手く回っているのだが、モンスターが何らかの理由で増えすぎた場合、もしくはそれ以外にも餌が足りなくなったりといった場合には、遺跡やダンジョンから出て、食べ物を求めて暴走する。
もしくは食べ物を求めて以外の何らかの理由での暴走というのもあるが、要は多くのモンスターが大量に出現し、暴走するという現象が一般的にスタンピードと呼ばれるものだった。
一つの種族だけがスタンピードをすることもあれば、複数の種族が纏まってスタンピードすることも珍しくはない。
「……どうする?」
そうレオノーラに尋ねるアランだったが、その間も馬車は街道をドーレストに向かって進み続けていた。
「当然進むわ。ドーレストはこの周辺一帯でも中心になっている都市よ。もし壊滅……とまではいかなくても、大きな被害を受けると色々と不味いでしょうし。それに……名前を売るという行為は必要よ」
レオノーラのその言葉に、雲海を率いるイルゼンも頷く。
「そうですね。幸いにも私たちには心核使いがそれなりにいます。ここで私たちが協力すれば、ドーレストが受ける被害も少なくなるでしょうし、レオノーラさんの言うように名前を売るということも出来ますね。いえ、むしろ名前を売るという点では、良い機会だとすら言えます」
「そうでしょうね。もっとも、ドーレストほどの都市ともなれば、当然のように相応の戦力は揃っているはずよ。それこそ、私たちが戦いに参加しなくても、ドーレストが壊滅するということはないと思うわ」
こうして、それぞれのクランを率いる二人がドーレストに向かうという決断をした以上。この場にいる他の面々はそれに異を唱えることはしない。
それは、自分たちの実力に自信があるからというのも大きかったが、やはりスタンピードで被害を受ける者が出来るだけ少ない方がいいと、そのような思いを抱いているのも、また事実だった。
それぞれのクランを率いる二人が行くと決めた以上、今回のスタンピードの騒動に首を突っ込むのは、もう決まっていた。
「急ぎなさい! それと、後ろにいる他の馬車にいる人たちにも、戦闘準備をするように伝えて!」
レオノーラが御者に急ぐように言い、黄金の薔薇の心核使いたちに、後ろにいる馬車のメンバーにそれぞれ臨戦態勢を取らせるように告げる。
「では、こちらも負けてはいられませんね。……アラン君……は、スタンピードとなると、色々と働いて貰う必要があるのでこっちに残って貰うとして、カオグル君はうちの馬車にも伝言をお願い出来るかな」
「分かりました。すぐに。……もっとも、俺だって心核使いなんですけどね」
「分かってますよ。だからこそ、こういうときにはカオグル君の方がいいと思っただけで」
カオグルが心核を使って変身するのは、白い毛を持つ猿のモンスターだ。
たしかに、今のように馬車が速度を出している状態で、他の馬車に話を持っていくというのを考えると、その身軽さから向いていると言えるだろう。
そんなイルゼンの信頼が嬉しかったのか、カオグルは少しだけ嬉しそうな笑みを浮かべ、馬車から出て行く。
黄金の薔薇の心核使いと共に、それぞれの馬車に今の状況とこれからの予定を知らせに行ったのだ。
「それにしても、これは運が良い……と、そう言うのは、少し問題ですかね」
「問題に決まってるでしょう。スタンピードが起きて運が良いなんて、他の人に聞かれたら、間違いなく嫌な目で見られるわよ?」
「そうですね。気をつけます。ですが……考えてみて下さい。レオノーラさんとアラン君という、どちらも心核を手に入れてからそう時間が経っていないにもかかわらず、強い能力を使うことが出来ます。それこそ、多数を相手にする分には特に」
「それは……まぁ、そうね」
イルゼンの言葉を、レオノーラも否定することは出来ない。
レーザーブレスを放つ黄金のドラゴンに、この世界の常識では考えられないようなゼオン。
それこそ、本人たちですら、まだ自分の操る心核の能力を完全に把握しているとは言いがたい。
それでも分かるのは、イルゼンが口にした通り、その辺のモンスターの群れ程度なら黄金のドラゴンにしろゼオンにしろ、容易に殲滅出来るだけの実力があるということ。
そして、今この場で必要とされているのは、まさにその力なのだ。
結果として、雲海と黄金の薔薇の二つのクランは真っ直ぐドーレストに向かって突き進む。
その途中で、何台もの馬車や、走って逃げてくる集団に遭遇し、可能な限り情報を集めていく。
「どうやら、スタンピードを起こしたのは単一のモンスターという訳ではなく、複数の種族が混在しているようですね。……厄介なことに」
イルゼンの言葉に、アランも含めても他の面々が頷く。
実際、複数の種族が混ざってのスタンピードは、単一の種族のスタンピードよりも難易度が高いというのが一般的な認識だ。
それくらいは、アランも当然のように知っていた。
単一の種族であれば、それこそ弱点を突くことが出来れば、かなり楽に倒すことが出来るが、複数の種族が混ざっていれば、そう簡単にはいかない。
「そうなると、やっぱり圧倒的な力で蹂躙するって方がいいな」
ロッコーモの言葉に、皆が頷く。
弱点を突くのが難しい以上、それは当然の選択だった。
ましてや、ここには黄金のドラゴンやゼオンといったように、通常とは圧倒的に違う心核の使い手がいるのだ。
元々、それを活かして雲海と黄金の薔薇の力を見せつけるという目的がある以上、ここで躊躇するという選択は存在しなかった。
そうして馬車は進み……
「姫様! 小規模ですが、モンスターの集団です!」
御者をやっている男の叫びに、その馬車に乗っていた全員がやる気を見せる。
カオグルと黄金の薔薇の心核使いの二人はいないが、それ以外の心核使いは全員がこの馬車に乗っているのだ。
そういう意味では、そのモンスターの集団を見つけたのは丁度良かったと言えるだろう。
「姫様、私が出ます」
「そうなると、こっちからは……やっぱり俺か?」
黄金の薔薇の心核使いと、ロッコーモがそれぞれ闘争心に満ちた表情で告げる。
俺は? と思ったアランだったが、そのアランが口を開くよりも前にイルゼンが頷く。
「分かりました。では、ロッコーモ君にお願いします。……アラン君は、もう少し出番を待って下さいね。どうせなら、もっと大きなモンスターの集団を相手にしたところで、その実力を見せつけましょう。幸いという言い方はどうかと思いますが、ドーレストの周辺にもスタンピードでモンスターの集団がいるらしいですし」
「そうだぜ。それに、アランばっかりにいい格好をさせる訳にはいかないしな。俺にも少しは見せ場を作ってくれよ」
少しだけふざけた様子でアランに告げるロッコーモだったが、その目の中には真面目な色がある。
見せ場云々というよりも、心核がオーガのロッコーモは少数の敵と戦うのは得意だが、多くの敵を相手にするのは決して得意ではないのだ。
そしてこれまでの流れから考えると、間違いなくドーレストの周辺には大量の……それこそ、これから自分が戦うような小さな集団とは比べものにならないだけの数がいる筈であり、そこにアランとレオノーラという、どちらも規格外の存在をぶつけるのは、当然と言えた。
ロッコーモと同じように考えたのか、黄金の薔薇の心核使いも優雅に笑みを浮かべてレオノーラに声をかける。
「姫様も、ここは私に出番を譲って下さい」
「……分かりました。では、ジャスパー。黄金の薔薇の心核使いの力を皆に見せつけなさい。私たちや雲海だけではなく、ここから逃げ出そうとしている人々にもしっかりと」
レオノーラの言葉に、ジャスパーと呼ばれた男は笑みを浮かべて頷き、ロッコーモに視線を向ける。
「では、ご一緒しましょうか」
「そうだな。お前さんと一緒に戦うってのも、悪くはねえ」
そう言い、二人はそのまま馬車の扉を開ける。
かなりの速度で走っていた馬車だけに、当然のようにかなりの風が馬車の中に入ってくるが、二人は特に気にした様子もなく飛び降りた。
普通であれば、これだけ速度を上げて走っている馬車から飛び降りるというのは、非常に危険な行為だ。
だが、それはあくまでも普通であればの話であって、探索者として……そして何より、心核使いとしての豊富な経験を持っている二人にとっては、難しい話ではない。
それどころか、馬車から飛び出して地面に着地するや否や心核を起動し、地面を足で削りながら変身するという荒技までやってのける。
現れたのは、アランにとっては見慣れたロッコーモのオーガ、そしてジャスパーが変身したのは、鎧を着た騎士とでも言うべき存在だった。
「あれって、リビングアーマーなんだよな?」
「ええ、そうよ」
リビングアーマー。
それは言ってみれば、鎧が意志を持った存在とでも言うべきモンスターだ。
アンデッドの一種だと言われたり、一種の付喪神のような存在だと言われたりすることも多いが、アランが見たところでは、ジャスパーが変身したリビングアーマーは後者のように思えた。
ジャスパーは盾と槍を手に、そしてロッコーモは棍棒を手に……それは、心核を使った時に自然と姿を現す武器だ。
それこそ、ゼオンのビームライフルやビームサーベルといった武器、と言えば分かりやすいか。
ともあれ、二匹のモンスターは馬車に向かって横から襲いかかろうとしていたモンスターの前に立ちはだかる。
スタンピードで姿を現したモンスターは、ゴブリンやコボルトといったような雑魚と呼ぶに相応しいモンスターの他にも、それらの上位種や、角の生えた猪、狼といったように様々なモンスターの姿がある。
数にして、三十匹ほどか。
それらの前に立った二匹のモンスターは、だが一切恐れることはなく敵に向かって攻撃を開始する。
モンスターの方も、目の前にいるのは自分の仲間ではないと、敵だというのは分かっているのだろう。すぐに襲いかかるが……アランたちは、その戦いの結果を見ることなく、馬車で先に進むのだった。




