0258話
「ほう。それは珍しいですね。……そうなると、僕たちも明日はそちらに行った方がいいですか?」
「そうして貰えると助かります。亀の人形の甲羅が結構な数残ってますし」
アランはイルゼンに今日の探索の成果を話す。
結局ロッコーモが欲していた亀の人形の甲羅は、数個しか地上まで持ってくることは出来なかった。
当然だろう。亀の人形の甲羅は一人で持つことが出来ないくらいの大きさだ。
それを全員で持ってくるようなことになれば、遺跡からの帰り道にモンスターに襲撃されたとき、対処出来ない。
人形は大半を破壊したが、製造施設を破壊した訳ではない以上、人形は追加生産されている。
もしくは、生産施設の一つ前にあった空間に待機していた人形たちが、遺跡の中の人形が破壊されたことを察知して、新たにアランたちが攻略した遺跡に派遣される可能性もあった。
その辺の事情を考えれば、やはり全員で亀の人形の甲羅を持って移動する……などといった真似は、到底出来ない。
だからこそロッコーモが嘆いていたにもかかわらず、亀の人形の甲羅は大半を製造施設に残してきたのだ。
せめてもの抵抗ということで、製造施設の中でも亀の人形の甲羅が本来あった場所から動かして、新たに亀の人形を作れないようにはしてきたが。
……ただし、亀の人形の甲羅がないと製造施設側で判断すれば、新たに甲羅を作り出す可能性があったが。
「ロッコーモさんの件もありますから、明日は出来るだけ多くの人手が必要でしょうね。……とはいえ、イルゼンさんのことだから、あの製造施設から繋がっている場所も探索する気なんじゃ?」
「うーん、どうでしょうね。正直なところ、それもいいかとは思うんですが……ただ、アラン君からの話を聞いた限りでは、その製造施設から繋がっている遺跡もこの遺跡と同じような小規模の遺跡の可能性が高いんですよね」
それはアランにとっても意外な言葉だった。
てっきり、あの製造施設から繋がっている遺跡はもっと巨大な遺跡なのではないかと、勝手にそう思っていたのだ。
特に何か証拠があってそのように思った訳ではなく、単純にアランが自分であの製造設備を見つけたからこそ、そこから繋がっている遺跡は巨大な遺跡だろうと、そう思ったのだ。
だが、考えてみればイルゼンの指摘は当然のものだった。
人形の製造ラインがあるとして、そこから派遣される人形は当然のように同じような規模の遺跡の可能性が高い。
少なくても、全く規模の違う遺跡に人形を派遣するのには、あの製造ラインの規模では足りない。
「そうなると……どうするんです?」
「難しいところですね。ただ、一度はその製造ラインを見ておいた方がいいでしょう。そこから得られる諸々は、今の僕たちにはそれなりに大きな収入になりそうですし」
「収入になるって、ガリンダミア帝国で売るんですか?」
「いえ、そのつもりはありません。……ああ、でもレジスタンスになら売ってもいいかもしれませんね。ガリンダミア帝国の内部で争ってくれれば、こちらの追撃も甘くなるでしょうし。それに、ここを紹介して貰った恩もありますから」
そんなイルゼンの言葉が聞こえたのか、それともカクテルパーティ効果でレジスタンスという言葉だけを聞き取ったのか、少し離れた場所にいた兵士……実際にはレジスタンスからガリンダミア帝国軍に潜入している男が、少しだけ反応する。
レジスタンスというのは、当然ながら戦力が欲しい。
特にその戦力が人形という命のない存在であれば、心を痛めることなく使い捨てに出来るだろう。
「レジスタンスに、あの施設をそこまで上手く運用出来るとは思いませんけど」
これはアランが人形の製造施設を見て素直に思ったことだ。
そもそも、自分たちですら難しいと思うものを、レジスタンスに出来るとも思えない。
これはレジスタンスを明らかに下に見ている発言ではあるが、同時に紛れもない真実でもあった。
雲海や黄金の薔薇は、クランして非常に有名な存在だ。
そうである以上、古代魔法文明の遺産についても相応に詳しい一面がある。
だが……レジスタンスというのは、あくまでもガリンダミア帝国に対して不満を抱くような者たちの集まりであって、様々な専門知識を持つような者はそこまで多くはない。
大半は、特に専門的な知識を持たない一般人の方が多いのだ。
とてもではないが、製造施設の運用は出来ないだろう。
何よりも、レジスタンスに製造設備を渡してしまえば、アランたちが得られる報酬が大きく減る。
(とはいえ……あの製造設備ってかなりの大きさだったけど、よくあんな場所に作れたな。普通に考えれば、分解された部品を持っていって、地下で組み立てたってことになるんだろうけど、それはそれでかなりの労力が必要になるだろうし。だとすると……転移とか?)
地上で製造設備を組み立てて、それを丸ごと地下の空間に転移させる。
普通ならとてもではないが考えられないが、あの製造設備を作ったのは古代魔法文明だ。
施設そのものを転移させるようなことが出来ても、おかしくはない。
アランも以前引っ掛かったが、古代魔法文明の遺跡には転移の罠が仕掛けられているところも多い。
そうである以上、かなり自由に転移を使いこなしていたと認識するのは当然だろう。
「イルゼンさん、俺たちが見た製造設備って、どうやって作ったと思います?」
「ふむ。話を聞く限りではかなり広いですしね。地上で作って転移させたというのが一番手っ取り早いでしょう。他にも色々と手段はありますが、やはりそれが一般的かと」
「……やっぱり転移ですか。羨ましいですね。俺たちも転移を使えれば、それこそこうやってガリンダミア帝国軍から逃げ回ったりとかしなくてもいいですけど」
転移が自由に使えるのなら、それこそ好きな場所に逃げることが出来る。
……実際には、アランだけならそのような真似も容易に出来るのだが。
ゼオンに乗って飛べば、それこそ国境の類も意味はないのだから。
もちろん、そのような真似をすれば空を飛ぶ敵に狙われたりといったようなこともあるが……ゼオンの攻撃力を考えれば、大抵の相手は問題なく倒すことが出来るはずだった
「はっはっは。アラン君の言いたいことも分かりますが、転移というのはそんなに簡単な代物ではありませんよ」
あっさりとそう告げるイルゼンに、アランはそうなのか? と疑問を抱く。
この辺は、アランが前世を持っていることも影響しているのだろう。
日本で生きてきたときにアランが親しんだゲームや漫画、アニメ、小説……その他諸々の、いわゆるサブカルチャーの類。
それらの中では、転移というのは当然のように出て来る能力だった。
魔法や科学、もしくは超能力……色々と方法はあるが、ともあれ転移というのはある意味でありふれたものだった。
それだけに、アランにしてみれば転移というのは自由自在に使えるといった印象があったのだが。
「そうなんですか?」
「ええ。もちろん、古代魔法文明の時代であれば、自由に使っていたらしいですがね。それはあくまでも古代魔法文明時代の話であって、今のこの世界でそのような真似は……出来る人がいないとも言い切れませんが、それでも限りなく少ないでしょうね」
「随分と詳しいですね」
「そうですか? 情報としてはそこまで珍しいものではありませんよ。……アラン君も、そのうち自然とこの手の情報を入手出来るようになるでしょう」
そう言われても、アランとしては自分がそのようなことを出来るとは思えない。
イルゼンの情報収集能力は、アランから見ても異常なほどだ。
とてもではないが、自分が成長してもイルゼンの足下にも及ばないと思える。
それでも、アランはイルゼンとの会話で少しでも情報収集の力が増えるようにと、話を続けるのだった。
翌日、アランたちはイルゼンやリア、ニコラス、レオノーラといった主要な面々を引き連れ、人形の製造設備のある場所までやってきていた。
……以前亀の人形がいた場所には、再び亀の人形がいたのだが、リアによってあっさりと倒されている。
長剣を武器としているという点では、リアもロッコーモも同じだったのだが……この辺り、やはり純粋に実力の差といったところだろう。
「ほう、これが……なるほど、アラン君たちが驚くのも分かりますね」
人形の生産設備を見て感心したように呟くイルゼンだったが、アランはいつでも武器を抜けるようにしながら口を開く。
「イルゼンさん、気をつけて下さいよ。蜂の人形がいるかもしれませんから」
昨日全ての蜂の人形を倒したはずだったが、それでも亀の人形を見れば分かるように、この製造設備で新たに作られないとも限らない。
亀の人形は巨大なので、新たに製造するにも手間や時間はそれなりにかかる――それでも自動的に製造するのだから、明確に誰かが苦労する訳ではない――のだが、それに対して蜂の人形は掌ほどの大きさでしかない。
そうである以上、新たに製造するのもそう難しい話ではない。
何よりもこの製造設備を守る最終防衛線なのだから、余計に可能な限り戦力を増やしたいと思う……いや、そうプログラムされているのは当然だろう。
「分かってますよ。昨日アラン君たちが持ってきてくれた人形を見てますから、油断はしていません」
昨日ここで襲われた蜂の人形のうち、傷の大きくない物は地上に持って帰った。
それを探索者たちは興味深く見ていたのだ。
雲海や黄金の薔薇の探索者にしてみれば、蜂の人形は空を飛んでいる分だけ倒しにくい存在ではあるが、それでも遠距離攻撃の手段を持っている者にしてみれば、そこまで苦労せずに倒せる相手だ。
それでも興味深く見たのは、やはり探索者としての好奇心からだろう。
そして……まるでその言葉が切っ掛けであったかのように、蜂の人形が姿を現す。
とはいえ、昨日までここにいた蜂の人形はアランたちが全滅させており、そして昨日の今日である以上は人形の製造も追いつかなかったのだろう。その数は昨日に比べると間違いなく少ない。
そんな蜂の人形を相手に、探索者たちは攻撃をしかけるのだった。




