0257話
「この針、結構いいな」
そう言ったのは、蜂の人形を分解して素材になりそうな物を探していた探索者の男だ。
他の者なら、そこまで気にするようなことはなかっただろう。
だが、吹き矢を使う男にしてみれば、針は自分の吹き矢でも使える武器……それも蜂の人形が使っていた針は、かなり鋭いのでかなり便利な代物なのは間違いなかった。
「毒の類がないのも、俺にとっては嬉しいし」
吹き矢を使うときは、毒を塗って使う者もいる。
だが、男は純粋に手軽な遠距離攻撃手段として吹き矢を使っており、毒を使うという手法は好んでいない。
毒の針を使えば、当然のようにその威力は増すが……使う方も毒に注意する必要があった。
吹き矢を使うとき、針を筒の中に入れるときに先端で指を刺してしまうということも、ない訳ではない。
ましてや、不意の奇襲でしっかりと狙って使うのならともかく、戦闘中に使うとなれば急いで針を用意する必要があり、指先を刺す可能性は上がってしまう。
その辺りのことを考えれば、やはりここは毒も何もない普通の針の方がよかったのだ。
「けど、蜂って普通は毒を持ってる奴も多いんだけどな。蜂の人形は、何で毒を持たなかったんだ?」
「人形を作ったり修理したりするのと、毒を作ってそれを保存するのとでは違うからでしょうね」
男の独り言に答えたのは、近くを通ったアランだ。
蜂の人形は初めて見る相手だ、
そして拳大と、蜂としては大きいが、亀の人形と比べれば圧倒的に小さい。
そうである以上、数匹分はそのまま持ち帰るとしても、それ以外の人形はここで分解して何かよさそうな素材にならないかと考えるのは当然だった。
アランはそんな者たちの間を回って、何かいい素材がないかと、そう聞いて歩いていた。
その途中で男の独り言を聞き取ったのだ。
「おう、アラン。毒を作って保存か。その話は理解出来るが……ここは古代魔法文明の遺跡だろ? だとすれば、そのくらいのことは平気でできるんじゃないか?」
古代魔法文明の遺跡ともなれば、どれだけ高度な技術が使われていてもおかしくはない。
そういう意味では、毒の保存程度容易に出来るのではないかと、そのように思ってもおかしくはないだろう。
実際にアランが知っている古代魔法文明の遺跡であれば、そのくらいのことは容易にやってもおかしくはないのだから。
「うーん、そうなると……単純に、毒を使うまでもないと思ったとか。毒を使うとなると、当然相応の費用とかはかかりますし」
アランが思いついたのは、費用対効果。もしくはコストパフォーマンスといったものだ。
正確な意味では違うのかもしれないが、大体の意味では間違っていないだろう二つの単語。
この製造施設が比較的大規模で、ここで作られた人形が複数の遺跡で使われていても、毒を使うというのはコスト的に割に合わないと、この製造施設を作った古代魔法文明の者は考えたのだろう。
(数千年も動き続けている施設なんだから、毒とかのコストがどうとか、そういう問題はとっくにどうかなってると思うんだけど。減価償却だっけ? そんな感じで)
こちらもまた、日本にいたときにTVか何かで見た言葉を思い出すアラン。
「取りあえず、この蜂の人形と戦った方としては毒を持ってなかったというのは、嬉しい限りですよ」
「そうだな。……それで、どうするんだ? この人形の解体が終わったら、もう地上に戻るのか?」
「そのつもりです。亀の人形の甲羅も運ぶ必要がありますし……それに、この施設の調査は俺たちだけだとちょっと厳しいかと」
「……なるほどな。そりゃそうなるか。元々この遺跡を攻略していたのは、小さい遺跡だからという理由が大きかったんだ。だってのに、こういう場所が現れたとなると、イルゼンさんとかに報告する必要も出て来るか」
納得したように呟くと男に、アランは頷く。
「そうなんですよね。俺としては大きな発見だったと思いますし。……ちなみに、こういう複数の施設に送る戦力を一括して製造しているというのは、珍しんですか?」
「珍しいかどうかって聞かれれば珍しいと思うぞ。ただ、今まで一度も見つかってないかって言われれば、違うけどな。少なくても、俺が雲海に入ってからも何度かこういう遺跡はあったと思うし」
「なるほど。……そうなると、そこそこ珍しいといったところですか。本当なら、製造施設を動かなくしてから、地上に戻りたかったんですけどね」
ここで製造施設を壊すとうい選択肢は、今のアランたちにはない。
もしこの製造施設で生み出される人形が非常に高性能で、それこそアラン……はともかく、それ以外の探索者たちであっても苦戦するようなら、そのような人形を製造されるのは困るので施設を破壊しただろう。
だが、今のところここで製造される人形は、それなりに厄介ではあるが、基本的にはそこまで危険という訳ではない。
……蜂の人形は、数が揃って一人を相手に集団で襲ってくるようなことがあれば、厄介ではあったが。
ともあれ、アランであれば苦戦するような人形だったが、雲海や黄金の薔薇の探索者たちにしてみれば、余裕で勝てる程度の相手だ。
唯一、亀の人形は防御力に特化していたが、それは攻撃力や速度に劣っているということを意味してもいる。
そうである以上、今回の一件でわざわざ人形の製造設備を壊すといったような必要はない。
当然の話だが、この製造施設も古代魔法文明の遺産である以上、使い道は色々とあるのだから。
(出来れば、この人形を俺たちの戦力として使えれば、一番いいんだけどな。……無理か)
考えついた意見をすぐに却下するアラン。
人形そのものはそこまで強くはないのだが、それでも数は力だ。
この世界において、質が量を凌駕するということは珍しくはないが、そのような真似を出来るのは本当にごく一部の存在だったり、もしくは心核使いたちだけだ。
アランのゼオンやレオノーラの黄金のドラゴンはその最たる例だろう。
だが、大多数の者たちは、数を揃えれば大抵は勝てる。
そういう意味では、物量というのは大きな力なのだ。
そして人形でその物量をどうにか出来るのなら、人の命が失われない分、安心して使い捨てに出来る。
そういう意味では、この人形の製造施設はアランたちにとって非常に欲しい物なのだが……
「無理、だよな」
「あ? 何が?」
蜂の人形から針を引き抜いていた男が、不意に呟いたアランの言葉にどうした? と視線を向ける。
「いえ、この製造施設を雲海と黄金の薔薇で確保出来て、自由に使えるようになって、その上で持ち運びが出来るようになったら……凄いことになると、そう思ったんですけどね」
「……無理だろ」
「ですよね。だから俺も、そう言ったんですよ」
呆れたように言う男に、アランはそう返す。
あくまでもアランが言ったのは、そのように出来ればいいということだ。
そもそも、人形の生産設備はかなりの広さを持つ。
少なくても、これをそのまま地上まで持ち出すのは非常に難しいだろうし、何よりもこの設備をここから移動させてしまっては再度起動させるといったようなことは出来ないだろう。
また、もし何とか起動させることが出来たとしても、人形を作る上での材料をどうするかといった問題がある。
多数の人形を製造ずるのなら、当然の話だがそれだけの材料が必要となる。
(そもそも、今もこうして製造されている人形の材料は一体どこから入手してるんだ? 数千年もの間人形を作り続けるだけの材料なんて、とてもじゃないけど普通に用意出来るとは思えないけど)
人形の製造設備を見ながら、しみじみとそんな風に思う。
人形を製造する為の材料を用意するとなると、普通に考えても雲海や黄金の薔薇では難しい。
それは雲海や黄金の薔薇が力不足だという訳ではなく、単純にこのような製造設備を運用するには、クランといった規模ではなくもっと大きな組織……それこそ、国規模で行う必要があるということだろう。
「おーい、アラン。亀の甲羅を確保したが、これを一度に全部持って行くのは無理だぞ! どうする?」
放たれた場所から、ロッコーモがアランに向かってそう叫ぶ。
「すいません、ちょっとあっちに行ってくるんで」
「ああ、分かった。……まぁ、ロッコーモさんだしな。頑張ってきてくれ」
そう言う男の口調には呆れが込められているが、それ以外にもしょうがないな、といった優しげな色も含まれている。
雲海の探索者として一緒に行動しているために、ロッコーモの性格に対しても随分と慣れてしまったのだろう。
……それがいいのか悪いのかは、また微妙なところだったが。
そうして、アランはロッコーモの呼んだ方に向かう、
「どうだ? 結構な量だろ?」
「これは、また……」
ロッコーモのいる場所に到着したアランが見たのは、二十個以上の亀の人形の甲羅。
元々亀の人形がかなりの大きさだったこともあり、その甲羅が二十個以上も並んでいるのを見れば、それに驚くなという方が無理だろう。
これらの甲羅は、ロッコーモが変身したオーガが使う盾としては決して悪くはない。
何よりも使い捨てである以上、大事に使うといったようなことをしなくてもいいのが大きい。
だが……問題なのは、これをどうやって地上まで持っていくかということだろう。
昨日地上まで持っていった甲羅も、何だかんだと四人で持っていく必要があったのだ。
それがこれだけあるとなると、とてもではないがここにいる者たちだけで持っていくのは不可能だった。
「取りあえず、全員で頑張って持っていくしかないんじゃないか?」
「いや、ロッコーモさんならそれでも何とかなるでしょうけど……普通なら、そういうのは難しいですよ」
あっけらかんと告げるロッコーモにそう言葉を返すアランだったが、亀の甲羅を捨てていくのは勿体ない以上、これはどうにかして持っていくしかなく……頭を悩ませる。
(こういうときに、ゲームとかでよくあるアイテムボックスとかそういうのがあればいいんだけどな)
そんな風に、しみじみと現実逃避するのだった。




