0256話
人形の製造設備のある場所での戦い。
当然の話だが、そのような場所で戦う以上は大規模は破壊を伴うような攻撃は出来ない。
具体的には、ロッコーモが心核でオーガに変身して攻撃をするといったことや、大規模な魔法を使っての攻撃はまず使えなかった。
前者はともかくとして、後者の魔法が使えないというのはこの場合痛い。
蜂の数は多く、それでいて素早く空を飛ぶという高い機動力を持っている。
そのような相手を攻撃する場合は、一匹ずつ狙って攻撃をする点の攻撃ではなく、その機動力で移動出来る範囲内を纏めて攻撃する面の攻撃が非常に有効だった。
だが、この製造設備の価値を考えると、可能な限り破壊しないで敵を倒したい。
だからこそ、ある程度の範囲攻撃を持っている者たちは、蜂の人形を相手にしながら歯痒い思いをしていた。
「はぁっ!」
そんな中、アランは心核を使ったり魔法を使ったりといったようなことはせず、長剣で蜂の人形と戦っていた。
アランの場合、心核を使ってゼオンを召喚してもこの場所では十分に暴れさせることは出来ない。
……それどころか、ゼオンを召喚しただけで製造設備のあるこの空間の天井を破壊して、目的の製造設備その物が破壊されてしまう。
また、魔法にかんしてはそもそも範囲攻撃が可能な魔法を使えないという点もある。
だからこそ、アランは最初から攻撃手段に悩むことはなく、長剣で蜂の人形と戦っていたのだ。
振るわれたアランの長剣だったが、蜂の人形はそんな一撃を飛んで回避する。
蜂は拳大と相応の大きさを持つが、それでも自由に空中を飛ぶことによって相手の攻撃を回避することは難しくない。
それどころか、そもそもアランの攻撃が届かない高さまで移動してしまえば、遠距離攻撃の手段を持っていないアランには対処のしようがない。
そして……
「ちぃっ!」
蜂が針の先端を自分に向けたのを見たアランは、半ば反射的に長剣を振るう。
……以前までの、ガリンダミア帝国に捕まる前のアランであれば、その攻撃に対処は出来なかったかもしれない。
だが、幸か不幸かアランは帝城で軟禁されているときに戦闘訓練をする機会がかなり頻繁にあった。
もちろんリアとの訓練も十分効果的ではあるのだが、それでも違う相手との訓練というのは大きかったのだろう。
ともあれ、その訓練の効果によって振るわれたアランの一撃は、自分に向かって飛んでくる針を叩き落とすことに成功する。
しかし……他の蜂の人形もそうだが、放たれて蜂から消えたはずの針は再びすぐに生えてくる。
(あの針、どうなってるんだ!?)
長剣を構えつつ、戸惑うアラン。
蜂の大きさは拳大ほどで、そこから伸びている針もかなりの長さだ。
普通に考えれば、一度針を撃ってしまった蜂が再び針を生やす……といった真似は、大きさ的に不可能なように思える。
あるいは、二本目の針が一本目の針よりも短ければアランも納得出来ただろう。
だが、蜂の人形から生えている針は二本目も一本目と変わらない長さの針だった。
それを思えば、アランが疑問に思うのも当然だったが……この遺跡は古代魔法文明の遺跡であると考えれば、このようなこともすぐに納得出来てしまう。
何より……
「くそっ! こっち数が多い!」
先程の蜂の人形とは別の相手から放たれた針を長剣で弾きながら、アランは叫ぶ。
そう、一匹だけに集中していればいいのではなく、蜂の人形がアランが最初に戦っていた個体以外にもまだ複数いるのだ。
蜂の人形にしてみれば、自分達の方が数という点で圧倒的にアランたちよりも勝っているのだから、別に一人に対して一匹で戦うなどといった必要はないのだから。
せめてもの救いだったのは、技量が低いためか蜂の人形がアランをそこまで重要度の高くない敵と認識し、アランに攻撃してくる蜂の人形の数が少なかったことか。
他の探索者たち……特に戦闘力に特化しているロッコーモは、十匹以上の蜂の人形に襲われているのだから。
(それで、何で無事なのかが分からないけどな!)
内心で不満を抱きつつも、アランは長剣を振るって再度飛んできた針を弾き……
「そこだ!」
その針を放った蜂が空中で一瞬動きを止め……さらにその場所がアランの長剣の届く範囲内だったということもあり、素早く長剣を振るう。
破壊音と共に、蜂の人形の身体は吹き飛ぶ。
小さく、空を飛び、それでいて高い攻撃力を持つ。
そんな蜂の人形だけに、当然の話だが防御力という点では他の人形よりもかなり劣る。
極力軽くし、空を飛んで攻撃する際の機動力を少しでも高めるという設計思想で生み出された人形なのだろう。
それはアランにも分かったが、だからといって敵を倒すことが出来なければ意味はない。
結局のところ、空を飛ばれればアランはどうしようもないのだから。
何らかの理由で、今のようにアランの攻撃が届く場所まで降りてきてくれれば対処のしようはあったのだが。
「はぁっ!」
空中から針を放ってくる蜂の人形の攻撃に、アランは長剣を振るってそれを回避する。
とはいえ、その一撃を回避しても敵が空を飛んだままであれば、どうしようもないのは間違いなかったが。
「アラン、援護する!」
そんな声と共に射られた矢が空中を飛び、蜂の人形に命中する。
高い機動力を持つ蜂の人形であっても、手練れの探索者が射る矢を回避するといった真似は出来なかったらしい。
そんな一撃にアランは笑みを浮かべ、長剣を構えたまま口を開く。
「ありがとうございます!」
「いいから、敵に集中しろ!」
アランの感謝の言葉に、黄金の薔薇の探索者の男は鋭く叫ぶ。
男にしてみれば、ここでアランを死なせるなどといったような真似は絶対に出来ないのだ。
個人的にはアランのことを気にくわないのだが、それでもアランは男が忠誠を誓っているレオノーラと友好的な関係にある人物だ。
そうである以上、レオノーラのためにもアランを殺されるなどといった真似は絶対に避けるべきだったし、同時に可能な限りアランに怪我をさせないようにする必要があった。
そんな男の考えは理解していないのだろうが、それでも今の状況では男の言う通りにまずは敵に対処する方が先立った。
「来い、こっちに来い! 俺にかかってきてみろ!」
挑発するように叫ぶアランだったが、相手が生き物ならそんなアランの行動に何らかの反応を見せたかもしないが、生憎とアランと対峙しているのは蜂の人形だ。
自分の中にある命令だけを忠実に果たすことだけを目的としており、挑発など何の効果もない。
アランも蜂の人形が自分の方に向かって降りてこないのを見て、挑発の効果がなかったことを残念に思う。
「こういうとき、やっぱり遠距離攻撃の手段が欲しいよな。母さんにちょっと頼んでみるか? ……けど、長剣の修行だけで一杯一杯だしな」
呟きながらも、アランの視線は自分を囲むようにして飛んでいる蜂の人形たちから視線を逸らさない。
アランにとって幸運だったのは、人形の命令がそうなっているのか、それとも他の場所で戦っている仲間との距離の関係なのか、アランの周囲にいる蜂の人形ではあったが、その背後に回るといったようなことはしなかったということだろう。
もし背後に回られていれば、今のアランでは対処のしようがなかったのは間違いない。
「っと!」
「今だ!」
蜂の人形の一匹が針を飛ばしたのをアランが長剣で弾くと、その隙をつくかのように先程の男が矢を放って蜂の人形に命中させる。
元々がそこまで大きくない以上、矢が命中すれば容易に破壊され、もしくは吹き飛ぶ。
アランは素早く地面に落ちた蜂の人形の近くまで行き、思い切り踏みつけ、破壊する。
矢の一撃で致命的なダメージを受けていた可能性も高かったが、相手は人形だ。
生き物であれば、激痛でろくに動けないようなことがあってもおかしくはないのだが、人形には当然の話だが痛覚の類は存在しない。
そうである以上、矢で射貫いたとしてもそれで本当に倒した訳ではない以上、しっかりと倒しておく必要があった。
これが、長剣や棍棒といったような武器で砕いたのならともかく、矢では射貫いただけで、その状況からまだ動けてもおかしくはない。
だからこその、アランの行動だった
そして矢を射った男も、そんなアランの行動には理解を示しているのか、特に何か不満を口にするような様子はない。
そうである以上、今は全く何の問題もなく次の敵に狙いを定め……
「アラン、次の敵に攻撃をするぞ! 準備しろ!」
鋭く叫び、矢を射る。
アランはその言葉に反応し、素早く武器を構えて蜂の人形を警戒する。
そして仲間から放たれた矢の一撃に貫かれ、地上に落下してくる相手の動きを待ち……
「回避した!? けど!」
仲間が矢で射貫かれたためだろう。蜂の人形は矢の一撃を回避することに成功する。
その様子は当然のようにアランを愕かせるが、それでもすぐに走ったのは、蜂の人形がより高い場所に向かって退避したのではなく、地上に向かって……それこそ、アランの長剣の届く範囲内に降りてきたためだ。
普通に考えれば、敵の攻撃を回避するのなら別にアランのいる地上付近まで降りてくる必要はない。
そのようなことになったのは、蜂の人形の中にあるプログラムが、敵との距離を開けすぎるなと、そのようになっていたためなのだろう。
頭の片隅でそんなことを考えつつ振るわれたアランの長剣は、蜂の人形を破壊することに成功する。
「よし!」
アランの口から出る言葉。
だが、そんなアランに弓を使っている男は鋭く叫ぶ。
「一匹倒しただけで喜ぶな! 次だ!」
「分かってます!」
素早く叫び、男の矢によって射貫かれた蜂の人形に近づき、踏み砕く。
踏み砕いた瞬間に針があらぬ方向に飛んでいくといったようなこともあったが、幸いにしてその針が誰かに刺さるといったようなことはない。
そんなやり取りをしながら戦いは続き……二十分ほどの時間が経過すると、蜂の人形は全滅する。
「俺たちの、勝利だ!」
そう叫ぶアランの言葉が、周囲に響き渡るのだった。




