0250話
アランたちが持ってきた素材を見て、遺跡の見張りの兵士……実際にはレジスタンスの男は、驚きの声を上げる。
「亀の人形を倒したのか!?」
今まで、この遺跡に挑戦した何人かの探索者たちも、亀の人形と戦ってはいた。
だが、その高い防御力の前にどうすることも出来ず、結局諦めたのだ。
これで亀の人形が強力な攻撃力を持っていれば、本格的倒すことを考えもしたのだろうが……亀の人形は高い防御力を持っているし、近付いた相手に対しては噛みついたり引っ掻いたりといった攻撃方法があったが、離れれば攻撃手段は非常に少ない。
そうである以上、この遺跡を利用していた少数の探索者たちも、そのような相手なら戦わなくてもいいだろうと判断して放っておかれたのだが……それを倒したという点で、アランたちは腕が立つということの証でもあった。
もちろん、アランたちが腕の立つ探索者であるというのは前もって知っていたが、それでもやはり自分の目でその証拠を示されれば驚くのは当然だった。
そんな兵士の驚きの視線を気にした様子はなく、アランは周囲の様子を眺める。
遺跡の側にいつの間にか出来ていた自分たちの居留地とも呼ぶべき存在。
それ自体は、そこまで驚くようなものではない。
それこそ、今まで数え切れないほどに見てきた光景なのだから。
アランが驚いているのは、ガリンダミア帝国軍から逃げている自分たちが、ここまで堂々とやってもいいのかと、そういうことだ。
(まぁ、俺よりも数段頭のいい人たちが考えた結果なんだから、問題はないんだろうけど)
そう考えたところで、ロッコーモがアランに声をかける。
「おい、アラン。さっさとこの甲羅をどこに置けばいいのか指示してくれ。重さそのものはそこまででもないが、大きい分、邪魔なんだよ!」
オーガに変身したロッコーモの攻撃を連続で受けていたにもかかわらず、亀の人形の甲羅は思っていたほどの重量はなかった。
それは甲羅を運ぶロッコーモにとっては幸運だったが、重量が軽いからといって甲羅の大きさは変わらない。
そのため、何気に地上まで持ってくるのが非常に大変だったのだ。
そうして持ってきたのだから、少しでも早くどこかに置いて自由になりたいと考えるのは当然だった。
「あ、はい。えっと……じゃあ、鍛冶師のところに持っていきましょうか」
雲海の中には、当然のように鍛冶師もいる。
だが……その技量は悪くはいないのだが、大掛かりな仕事は出来ない。
その大きな理由は、やはり雲海というクランはどこかに定住するのではなく、常に新しい遺跡を求め……また、それ以外の理由で動き回っているから、というのが大きい。
そのように動き回っているとなると、当然の話だが鍛冶師が必要な炉の類をどうするかということになる。
これがどこかに定住するのなら、しっかりとした鍛冶用の炉を用意しても問題はないのだが……移動している最中では、到底そのような炉を持ち歩くことが出来ない。
結果として、雲海の鍛冶師は持ち歩き出来る程度の簡易的な炉を使っての鍛冶となる。
それは持ち運び出来るという点では大きな意味を持つが、当然性能という点では普通の鍛冶師が使っている炉には到底及ばない。
結果として、鍛冶師本人の技量はともかく、満足出来る仕事にはなかなかならない。
これが街中であれば、そこに住んでいる鍛冶師たちから炉を借りたりといったことも出来るのだが……現在のアランたちに、そのようなことが望めるはずもない。
……ちなみに、それはあくまでも雲海の話であって、同じクランであっても黄金の薔薇の場合は話が違ってくる。
基本的に貴族で構成されているクランだけに、その中には鍛冶師の姿はない。
それは鍛冶師を馬鹿にしていて、その仕事をやりたくない……といった訳ではなく、単純にその才能のある者がいなかったからというのが正しい。
探索者という点では、それこそ貴族としてある程度鍛えていることから、最初から一定の実力を持っていた。
もちろん、探索者に必要なのは強さだけではなく、それ以外にも遺跡の知識を始めとして様々なことが必要となる。
だが、それでもやはり強さは重要となり、そういう意味では鍛冶師とは大きく違う。
鍛冶師となるためには、相応に長い時間が必要となる。
黄金の薔薇の中には、鍛冶師になりたいと思う者はいなかった。
……それでもレオノーラは鍛冶師の重要性を知っていたので、一応全員に多少のことはやらせてみたのだが、鍛冶に限っては全員が全く才能がなく、結果として鍛冶師にかんしては街や村に寄ったとき、そこにいる者に頼むということにしていた。
これは、ある意味で賭けに近い一面もある。
何しろ、鍛冶師が違えば当然のようにその技量も違ってくる。
それに鍛冶師によって仕事の仕方……流儀の類が違っていたりもするので、その辺によって武器の調子が変わってくることもある。
とはいえ、今の黄金の薔薇は雲海と行動を共にしているので、そちらに頼ることも出来るのだが。
ただし、それは雲海の鍛冶師の仕事が単純に倍に増えるということを意味している。
いや、雲海の探索者たちなら長い間一緒に行動しているので、武器の研ぎ直しや調整のときもわざわざ癖を聞いたりしなくても問題がないが、黄金の薔薇の探索者たちとは行動を共にしてからまだそこまで長くはない。
だからこそ、武器の修理や研ぎ直し、調整といったことをするためには、しっかりと時間をかけて話す必要があった。
「これ、持っていったら怒られませんか? 時間がないときに、よけいな真似をしやがって! とか」
「言われるかもしれねえな。けど、この甲羅を始めとした素材を使えるようにするためには、俺たちだけで適当にどうにかする訳にはいかねえってのは、分かるだろ?」
「それは、まぁ」
ロッコーモの言葉に、アランは当然といった様子で頷く。
いくら亀の人形が有用だろうとはいえ、それを実際にどのように活かせるのかという作業をするのは鍛冶師の仕事だ。
アランたちもこのようにして欲しいという要望を口にするが、簡易的な炉では無理だと言われれば、諦めて別の何かにするか、もしくはそれが出来るだけの鍛冶工房のある場所に行く必要がある。
しかし、今のアランたちはガリンダミア帝国軍から逃げている存在だ。
そうである以上、どこかの街に寄るといったことはかなり難しい。
(とはいえ……)
アランの視線は亀の人形の甲羅に向けられる。
甲羅そのものがそのままでも盾として使えそうなのだ。
であれば、そこまで手をかける必要もないだろう。
そう判断し、アランはロッコーモと共に……いや、それ以外にも亀の人形の素材を持った者たちと共に、鍛冶師のいる方に向かう。
「おう、どうした? ……いや、聞くまでもねえか。素材を持ってきたのか」
近付いてきたアランたちを見てそう言ったのは、筋骨隆々といった表現が似合い、髭面の強面……それこそ、子供が夜に……いや、日中であっても出会ってしまえば泣き出しかねないような迫力を持った男。
だが、その外見とは裏腹に、アランたちに向ける言葉遣いには優しい色がある。
とても目の前の男が出しているとは思えないような、そんな声。
……とはいえ、これはあくまでもアランたちだからこそだ。
基本的に人の好き嫌いの激しい男なので、気にくわない相手に対しては、例え相手が貴族や大商人といったような者たちであっても、素っ気ない態度を取る。
「ダスカルさん、ロッコーモさんが持ってるのって遺跡の中で出て来た亀の人形の甲羅の部分なんですけど……オーガ用の盾に出来たりしますか?」
アランからの提案に、ダスカルはロッコーモに視線を向けて口を開く。
「オーガ用の盾ってことは、ロッコーモが使うのか?」
「ああ。この甲羅、かなり硬いんだよな。俺がオーガになって棍棒で思いっきりぶっ叩いてもほとんどダメージがなかったみたいだし」
「ほう、それは興味深いな。……だが、なるほど。この大きさなら、ロッコーモが盾として使うのもそこまで難しくなさそうだな」
「お、本当か?」
「ああ。人形の甲羅ってのが幸いしたな。もしこれがモンスターの亀……つまり生き物の亀なら、盾として使うにも色々と手間をかける必要があるんだよ。それこそ、肉片とか内臓とかそういうのを綺麗に取り除いたりとかな」
「ああ、なるほど」
肉片や内臓の一部、もしくは体液等が付着していた場合、やがてそれは悪臭や腐臭となってしまう。
最悪、それによって盾の強度が下がったりといったようなことにもなりかねないし、何よりそのような臭い盾を使うのはロッコーモとしてもごめんだろう。
いや、ロッコーモだけではなく、一緒に戦う者……もしくは盾を運搬するということで、その悪臭に悩まされることにもなりかねない。
そういう意味では、この甲羅を持っていたのが生身のモンスターといった相手ではなく、人形だったのは、その盾を使うロッコーモだけではなく、一緒に戦闘することになる面々にとっても幸運だったのだろう。
「それと、この甲羅以外にも使えそうな部品は一通り持ってきたんだけど、何かに使えそうなのってあります?」
「あ? あー……そうだな。その甲羅みたいに明確な使い方じゃねえと、何とも言えねえな」
アランたちが持ってきた素材を見て、ダスカルはそう告げる。
少し見ただけでは、その素材がどのようなことに使えるのかというのは分からない。
もちろん、中には何かに使えそうだと思う素材もあるが、それだってしっかりと調べてみなければ分からないのは当然だろう。
であれば、今の状況においては取りあえずあとで色々と調べてみるといったようなことをする必要がある。
「そうですか。分かりました。じゃあ、素材の類は全部ここに置いていってもいいですか?」
「そうしてくれ。人形の部品だから、生き物のモンスターみたいに腐ったりとか、そういう風にならないのはいいよな」
「……生きているモンスターも襲ってきたんですけどね」
アランが言ったのは、巨大なムカデのモンスターだ。
だが、亀の人形が大きかっただけに、結局ムカデの死体はそのまま置いてきたのだ。
あのムカデの死体も素材としては使えそうなのだが……そう思うアランだったが、取りあえず今は亀の甲羅を地上まで運べたことで満足するのだった。




