0248話
「おらぁっ!」
その言葉と共に、亀の人形は大きく吹き飛ぶ。
この遺跡の中でも最奥。
そこにいた亀の人形は、それなりに強力な相手だった。
正確には、攻撃力そのものはそこまで強くないのだが、防御力が非常に高かったのだ。
それこそ、多くの探索者の攻撃でも倒すどころかダメージを与えることすら無理なくらいに。
結局そんな中で出番となったのは、ロッコーモ。
正確には、ロッコーモが心核で変身したオーガだ。
普通の攻撃でダメージを与えられないのなら、もっと強力な攻撃をすればいいじゃない。
そんな認識でロッコーモの出番となった訳だ。
(パンがないならお菓子を食べればいいじゃないってのは……誰の言葉だっけ? ああ、マリー・アントワネットだったか。実際には本人の言葉じゃないって説もあるらしいけど)
アランが前世でのことを思い出している間も、ロッコーモが変身したオーガが手にした棍棒を持って吹き飛んだ亀の人形を追う。
吹き飛んだことによって、亀の人形に一体どれだけのダメージがあったのか。
ロッコーモにとって幸いなことに、亀の人形は本物の亀と同じく動きは鈍い。
……動物の亀ではなく、モンスターの亀の中にはかなり素早く動き回るようなものもいるのだが、幸いロッコーモと戦っている亀の人形はそのような素早い動きは無理だっただらしい。
「おら、おら、おらぁっ!」
オーガの口からロッコーモの声が出て来るのは、慣れている雲海の面々はともかく、黄金の薔薇の探索者たちも特に違和感はないようだった。
元々、ロッコーモの性格は粗暴というか大雑把な面があるし、身体も大きい。
それこそ、筋骨隆々の大男という表現が相応しいだけに、オーガの口からロッコーモの声が出ても特におかしいとは思わないのだろう。
むしろ、似合っていると言ってもいい。……ロッコーモがそれを聞けば、ふざけるなと叫ぶだろうが。
「硬えな、畜生が! おい、誰か魔法を使ってくれ! この手の敵は、物理攻撃に強くても魔法には弱いことも珍しくない!」
ロッコーモのその言葉に、探索者の中でも数少ない魔法使いの一人が……そして、専門職ではないが、簡単な魔法を使える者たちがそれぞれ魔法の準備を始める。
この辺りも、冒険者や傭兵と探索者の違うところだろう。
実際には探索者だからこのように多少なりとも魔法を使える者が多いのではなく、そのくらいの才能がなければ探索者にはなれないということを意味している。
何しろ、探索者の潜る遺跡というのは古代魔法文明の遺跡なのだから。
もちろん、自称探索者だったり、実力の低い探索者であれば、魔法を使えないという者も多いが。
それでいて、現在ここで魔法を使っている者たちとは違ってそれ以外に何らかの突出した部分もない者たち。
そんな者たちとは違うのが、雲海や黄金の薔薇の探索者だ。
……もっとも、アランはどちらかといえば突出した部分のない者たちに近いのだが。
父親のニコラスから魔法も習っているので、本当に簡単な魔法程度なら使えないこともないのだが。
とはいえ、アランとしてはその件にかんしては自分の才能不足もそうだが、訓練時間の多くをリアとの模擬戦にとられているからと主張したい。
リアとニコラスの訓練では、リアの訓練の方が圧倒的に多いのだから。
これは、ある意味で夫婦の力関係を表してもいた。
(父さんも、何だかんだと母さんには弱いしな)
そんな風にアランが思っている間にも、次から次に攻撃や魔法が亀の人形に襲いかかる。
普通なら亀のすぐ側で攻撃をしているロッコーモに流れ弾や誤射といった形で攻撃が当たってもおかしくはないのだが、一発のミスのもないのはさすが雲海や黄金の薔薇の探索者といったところか。
……亀の甲羅に当たった攻撃が跳ね返り、ロッコーモに多少の傷を負わせるといったようなことは何度かあったが、元々オーガは高い再生能力を持つ。
ことに、ロッコーモの変身したオーガは、その再生能力が普通のオーガよりも高いようにアランには思えた。
それもまた、ロッコーモの変身したオーガの特徴なのだろう。
そんなオーガの攻撃は、次々と亀の人形に向かって放たれ……高い防御力、それこそロッコーモの変身したオーガの一撃を食らっても特にダメージらしいダメージを受けていなかった亀の人形であっても、こうして連続して攻撃をされればダメージは受けるのは当然だった。
そうした戦いが十分ほども続き……やがて、亀の人形も甲羅が攻撃に耐えきれず、破壊される。
「よっしゃぁっ!」
そう叫び声を上げながら、棍棒を天井に向かって伸ばすロッコーモ。
その辺のモンスターであれば、ロッコーモが変身したオーガの攻撃を食らえば、即死してもおかしくはない。
また、オーガよりも強力なモンスターとロッコーモが戦ったこともあるが、そのような戦いでもロッコーモは勝っている。
これは、オーガというモンスターの能力に、ロッコーモという優れた探索者の技術が組み合わさったお陰だろう。
もっとも、そのような真似が出来るのは、色々と条件が必要だったが。
まず第一に、前提条件として探索者自身が強くなければならない。
幾ら心核で変身したモンスターが強力でも、それを操る心核使いが弱ければ、意味はない。
……そういう意味では、アランの心核がアラン本人を何らかのモンスターに変身させるものではなく、前世で得意だったゲームと同じ感覚で操縦出来る人型機動兵器だったのは、幸運だったのだろう。
とはいえ、心核使いというのは使用者の根源とも言うべき存在が影響する以上、アランの心核がゼオンだったのは当然だったかもしれないが。
そして次に、その心核が人型であるというのは心核使いにとって大きなメリットだ。
勿論、植物や獣のようなモンスターに変身した者であっても、その使い方は本能的に理解出来る。
だが、オーガを始めとした人型であれば、心核で変身するよりも前に使えていた技術をそのまま流用出来る。
そういう意味では、ロッコーモのオーガやカオグルの白猿、ジャスパーのリビングメイルといった者達は人型でかなり有利なのは間違いない。
それに比べると、ザッカランで心核でトレントに変身出来るようになったケラーノは、基本的にはその場から移動出来ないということもあり、かなり扱いが難しい。
……人型でないというのであれば、それこそレオノーラの黄金のドラゴンもそうなのだが、そちらは個として明らかに格が違いすぎるので、特殊な例だと考えてもいいだろう。
「おい、アラン。それでどうする? ここが最下層で、この亀の人形以外に何かいるようには思えないけど」
オーガから人間の姿に戻ったロッコーモが、今回の指揮を執っているアランにそう尋ねる。
「うーん……正直なところ、この遺跡は元々浅い遺跡だってのは知ってたんですけど……その割には、こうして人形がいるのが疑問なんですよね」
これがモンスターの類であれば、どこからか入り込んできたり、以前に入り込んだモンスターが繁殖したりといったようなことが考えられるが。人形は別だ。
破壊されれば追加で製造したり、場合によっては修理をしたりといったようなことが必要となる。
だというのに、現在最下層と認識されているここまで降りてきたが、人形を製造したり修理したりといったような設備の類はなかった。
そうなると、今までアランたちが戦ってきた人形はどこからやって来たのかということになる。
最初はこの遺跡が小さく、遺跡に潜っている探索者の数も少ないことから、偶然今まで倒していなかった相手だったのではないかと、そう思いもしたのだが……それにしては、敵の数が多すぎる。
何より、ここで倒したた亀の人形は、体高が二メートルほどもあるような大きさだったのだ。
いくらなんでも、他の探索者たちがこのような巨大な敵を見逃すとは考えられない。
(とはいえ、亀の人形は俺たちにとっても強敵だったんだよな。……正確には、強敵というかしぶといといった表現の方が相応しいけど)
脅威的な防御力を持っていいたのは間違いないが、亀の人形の攻撃そのものはそこまで厄介なものではなかった。
防御力に特化した敵であり、さらには亀らしく手足を甲羅の中に収納するといた行為をすれば、その防御力はさらに上がる。
そう考えれば、アランたちよりも前にこの遺跡を遭遇した探索者たちがこの亀の人形を倒すのが面倒で、意図的にそのままにしていたと、そう言われてもアランもまた納得出来たのだが……
(それでも、やっぱりおかしい)
そう確信するアランに、ロッコーモは頭を掻きながら口を開く。
「で? 結局どういうことなんだ? ここが最下層なんだろ?」
「多分……本当に多分ですが、どこかもっと下の階層に続く階段か、隠し部屋に続く隠し通路のようなものあると思うんですが」
「……本当にそんなのがあるのか?」
アランの言葉にそう疑問を口にしたのは、ロッコーモ……ではなく、黄金の薔薇の探索者。
とはいえ、その探索者がそう言いたくなる気持ちもアランには十分に理解出来た。
この遺跡は明らかに小さな遺跡であり、そのような遺跡は決して珍しいものではない。
いや、遺跡の数に対して、雲海や黄金の薔薇の面々が探索をするような場所の数というのは、決してそこまで多くはないのだ。
「正直なところ、分かりませんとしか言えませんけどね。ですが、人形たちを修理したり、新たな人形が追加されてくるのを考えると……やっぱり、この階層か別の場所に地下に続く階段……あるいはそれとは別の移動手段があるのは間違いないかと」
アランのその言葉に、何人かの探索者たちが納得の表情を浮かべる。
アランの意見に理があると思ったのだろう。
実際、今までその辺りが問題にならなかったのは……元々この遺跡が小さい遺跡だから、というのが大きいだろう。
だからこそ、今のこの状況においてまだ下の階層があるというのは理解出来た。
そして、アランの指示に従って何らかの手掛かりを探すべく行動を始めるのだった。




