0245話
「アラン、悪い! そっちに通した!」
遺跡の中での何度目かの戦闘。
前線で戦っていた者たちの言葉通り、何匹かのモンスターがアランの方に向かってやってくる。
本来なら、雲海や黄金の薔薇の探索者である以上は、この程度の適時を相手に手こずったりといったようなことはしない。
それでも今回のようなことになったのは、単純にモンスターが小さく、そして数が多かったためだ。
今回襲ってきたのは、蜘蛛。……正確には、蜘蛛の形をした人形。
大きさは掌サイズから指先サイズまで、大小合わせて様々だ。
その上、蜘蛛の人形は地面だけではなく壁や……それどころか天井までも移動出来る能力を持っており、そういう意味では非常に戦いにくい相手だ。
ましてや、攻撃を外すようなことがあれば武器は地面や壁に叩きつけられることになり、刃の部分にダメージが蓄積し、最悪の場合は欠けたりもする。
武器が棍棒や鎚のような打撃武器の類であれば、そこまで被害はないかもしれないが、そのような武器を持っている者は少数だ。
やはり、武器としては長剣や槍といたようなオーソドックスな武器が好まれる。
……アランも物心ついたときは、自分だけの武器として前世に日本で見た大鎌や連接剣といったような、いわゆるロマン武器を使いこなしてみたいと思いもしたのだが、生憎とアランには素質がない。
それこそ、一般的な武器の長剣を使い、その扱いに長けているリアという師匠がいて毎日のように特訓しても平均的な探索者の技量に何とか届くかどうかといったところなのだ。
そんな中で、もしアランがそんなロマン武器の類を使おうとしても……それこそ、まともに使い物にはならなかっただろう。
少なくても、アラン本人はそんな自信があった。
ともあれ、そんなことで長剣を使っているアランは前衛を抜けて自分の方に近付いてくる蜘蛛を見て、どう対処するべきか迷う。
掌くらいの大きさの蜘蛛は、かなりの大きさということもあってか、前衛が大半を倒してくれている。
そうなると、自然と前衛を抜けてきたのはより小さい蜘蛛となる。
……もしくは、天井を移動してくる蜘蛛か。
特に後者の、天井を移動してくる蜘蛛は厄介だ。
天井の高さは四メートルほどの高さがあるので、そこを移動している以上、攻撃は容易に命中させることが出来ない。
弓を持っている者もいるが、当然の話だが矢には限りがある。
そして天井を移動してくる蜘蛛は結構な数がおり……
「よりにもよって、俺のところに!?」
まるで相手の指揮官を……もしくは弱点を見抜いたかのように自分を狙ってくる蜘蛛に向かって、アランは叫ぶ。
とはいえ、叫びつつも長剣を構えて迎撃態勢を取るのは、自分で自分の身を守るといったつもりがあるからだろう。
そうして、無言で天井から飛び降りる蜘蛛の人形。
これが人形ではなくモンスターであれば、威嚇や自分を奮い立たせるために何らかの雄叫びを上げながら攻撃したりもするのだろうが、相手は人形だ。
いや、人形の中でも高度な技術を使って生み出された存在であれば、何らかの知性を持っているような者もいるのだが、蜘蛛は生憎とそのようなタイプではない。
だが、無言で襲いかかられるというのは、それはそれで非常に厄介な存在であるのは間違いのない事実だった。
「はぁっ!」
気合いの声と共に、自分に向かって襲いかかってきた蜘蛛の人形を切断するアラン。
その一撃は、それなりに鋭い。
何だかんだと、帝城にいるときにグヴィスと模擬戦を繰り返した結果が、その一撃には現れていた。
そして蜘蛛の人形は数こそ多いものの、一匹辺りの能力は決して高いものではない。
アランの振るった長剣の一撃は、蜘蛛の人形を容易に破壊する。
「よし! って、数が多いな!?」
数匹を破壊したのも束の間、次の瞬間にはより多数の蜘蛛の人形が天井から……もしくは地面を蹴ってアランに襲いかかる。
「うわっ!」
「おらぁっ!」
不意に身体を後ろに引っ張られ、そんなアランと入れ替わるようにして背後にいた探索者の一人が前に出て、武器を振るう。
振るわれた長剣は、襲いかかってきた蜘蛛の人形を纏めて破壊しながら吹き飛ばす。
力任せの攻撃ではあったが、それでも十分に効果が破棄しているのは間違いない。
……アランには対処出来ない相手を、容易に対処したというのも事実だ。
「ほら、アランは指揮官だろ! なら、敵を倒すよりも指示を出せ!」
長剣の一撃でアランを助けた黄金の薔薇の探索者の言葉に、アランは我に返って頷く。
「分かった。えっと……敵は天井を移動したりもするから足下や壁だけじゃなくて、上にも注意してくれ! それと何か遠距離攻撃の手段がある奴は、天井の敵を倒してくれ!」
叫ぶアランだったが、適当な攻撃手段を持っている者はそう多くはない。
魔法を使える者は何人かいるが、このような場所で魔力を消費してしまうと、この先の探索でもっと強力なモンスターが出て魔法が必要になった時に、打つ手がなくなってしまう。
そうなると、次に考えられるのは弓や短剣の投擲といったものだが、矢や短剣も有限なのは間違いない。
天井を攻撃して、その結果として鏃や刃が欠けるという可能性は十分にある。
そうである以上、ここで迂闊にそれらを破壊する可能性は避けたかった。
「アラン! あんな敵を相手に遠距離攻撃を使うのは勿体ない! 落ちてきた相手を叩けばいいんだ! 俺に任せろ!」
そう言い、ロッコーモは棍棒を手にアランの前に出る。
本来なら、後方で敵の奇襲がないかどうかを見張っていたロッコーモだったが、アランが何気にピンチになっていると判断して前に出て来たのだろう。
そんなロッコーモの姿に、アランは即座に判断する。
「分かった。じゃあ、ここはロッコーモに任せる! 俺は背後を警戒しているから!」
そう言いながら、アランは背後に下がる。
……蜘蛛の人形がどうやって狙う相手を決めているのかは、アランにも分からない。
だがそれでも、蜘蛛の人形は後ろに下がったアランではなく、前に出たロッコーモを狙う。
(けど、何でだ? 近くにいる敵を襲うのなら、それこそ前衛にいる連中を襲えばいいのに。……まぁ、人形の考えを俺が予想するのは難しいだろうけど)
最後尾まで移動し、背後から敵が現れないように注意しながら、アランはそんなことを考える。
現在の自分の状況は、比較的安心出来る。
だからこそ、周囲の様子を確認しながら、多少なりとも考えることが出来ていた。
そうしてアランが見ている先では、次々と蜘蛛の人形が倒されていく。
そんな一方的な戦いを眺めていたアランだったが……ふと、耳に何らかの音が聞こえた。
もちろん、現在もアランの視線の先では蜘蛛の人形と何人もの探索者が戦っているので、その音が聞こえてきたのかとも一瞬思ったのだが、アランの耳に聞こえてきたのは背後からの音。
そしてロッコーモに代わって自分が現在後ろからの襲撃を警戒している以上、そのような音を聞いて放っておく訳にもいかない。
一瞬だけ前方の戦いを眺めてから、そちらは自分が何かをしなくても全く問題はないと判断して背後を見る。
そんなアランの視界に入ってきたのは……巨大なムカデだった。
蜘蛛と違って人形ではなく、間違いなく生き物……それも、恐らくはモンスターとしてのムカデ。
無数に生えている足が動いているのを見ると、薄気味悪さすら感じてしまう。
「一体、どこから!?」
アランたちが進んだ道は、ここまで特に分かれ道の類はなかった。
なら、この連中は一体どこか? とそう思ったが、ムカデのような存在であれば少しの隙間があれば、そこから入ってくることはおかしな話ではない。
アランも前世では田舎で暮らしていたのだから、家の中にどこからともなくムカデが入ってくるといったようなことは、特に珍しい話ではない。
この世界に転生してからも、探索者として野営をすることも多いのだから、ムカデの類を見るのは余計に珍しくはなかった。
……とはいえ、それで見慣れているのはあくまでも普通のムカデであって、身体の長さが二メートル近い、それこそ蛇と呼んでもおかしくはないようなムカデではない。
「シャアアアアア!」
ムカデはアランが自分の存在に気が付いたと理解したのだろう。
威嚇の鳴き声を上げる。
そうなれば、当然のようにその声は蜘蛛の人形と戦っていた者たちの耳にも届く。
「新しい敵か!」
「こっちは任せて下さい。倒すのはともかく、時間稼ぎくらいは俺にも出来ます! 今は、蜘蛛の人形を倒すことに集中して下さい!」
アランがムカデと向かいあいながら、そう叫ぶ。
そんなアランの言葉に、探索者の何人かは護衛として移動する必要があるのでは? と何人かの探索者は思う。
だが、まるでそのタイミングを待っていたかのように、襲ってきた蜘蛛の人形の数が急激に増える。
いや、実際にこのタイミングで蜘蛛の人形の数が増えたのは、偶然ではないだろう。
蜘蛛の人形にしてみれば、アランたちもそうだが、巨大なムカデも別に自分たちの仲間という訳ではないのだから。
そのような新たな敵が姿を現した以上、今ここで蜘蛛の人形がより多くの戦力を投入するのはおかしな話ではない。
結果として、前衛で戦っていた者たちはアランを助けに行くような真似も出来ずに、蜘蛛の人形との戦いに集中することになってしまう。
幸い、ムカデはアランを警戒しているのか、すぐに攻撃をしてくる様子はない。
アランも、ムカデを前にしているが、倒せるかどうかはともかく、時間稼ぎをするだけなら防戦をして耐えることが出来るという自信があった。
(倒せればいんだけど……こんなに大きなムカデともなれば、それこそ防御力はかなり高そうだしな)
長剣を手に、ムカデが動こうとすればそれに応じるように動き……そして、相手が何らかの反応を見せれば、その機先を制するかのように軽く動くといった真似をし……そうしてアランが時間稼ぎをしている間に、やがて背後で行われていた蜘蛛の人形は全滅するのだった。




