0024話
「……全く、こっちの都合を考えるくらいのことはして欲しいわね」
黄金の髪を掻き上げながら、レオノーラは周囲を見回す。
そこには、先程アランたちが遺跡に入ったときと同じように、何人もの探索者の姿がある。
それでいて、その探索者たちは唖然とした視線をアランやレオノーラに向けていた。
当然だろう。ここは遺跡の入り口のすぐ側にある場所で、いきなりそこにアランとレオノーラの二人が転移してきたのだから。
今までこの遺跡で転移などという行為が行われたことがない。
だからこそ、今回の一件は明らかに異常だったのだ。
「取りあえず、あの場所に閉じ込められたままにならなかっただけ、良かったんじゃないか?」
レオノーラに対し、アランは若干の安堵を込めた様子でそう告げる。
しっかりと調べた訳ではなかったが、心核を手に入れた空間のように扉があるようには思えなかった。
それを考えると、もしあのままであれば間違いなく自分たちはあの空間から出るのに苦労しただろうという思いがあった。
下手をすれば、あの場所に閉じ込められて出ることすら出来なかったのかもしれないのだから。
(いやまぁ、ゼオンのビームライフルとレオノーラのレーザーブレスがあれば、もしかしたらどうにか出来たという可能性は、ない訳でもないけど)
そう思うも、だからといって試してみたいとはアランには到底思えない。
「そうね。あのままだと色々と困ったことになったでしょうし」
あのような空間に閉じ込められてしまえば、当然のように食料や飲み物で困ることになる。
食べられるモンスターの類が出て来たのであればまだしも、あの空間の中で無数に出て来たのは魔法の人形だ。
無機質である以上、とてもではないが食べられる代物ではない。
そう思い……アランは、思わず声を上げる。
「あ!」
「ちょっ、何よいきなり」
深刻そうな状況であったにもかかわらず、何故いきなりそのような声を上げたのか。
微妙に責める視線をアランに向けたレオノーラだったが、アランはそんな視線にも気が付いた様子がないままに頭を抱える。
「くそっ、どうせ転移するなら、あの人形が持っていた武器でも持ってくればよかった」
「……いきなり、何を言うのかと思えば……どの武器も、そこまでの業物といったほどではなかったわよ?」
「それでも、売れば金になったのは間違いないだろ。忘れたのか? 俺たちは元々、金を稼ぐためにこの遺跡にやって来たんだ。なのに、何も得る物が……なかった訳じゃないけど、金を稼ぐという意味だと、全く意味がない」
魔法の人形が持っていた武器は、レオノーラが言う通り、品質としてはそこそこでしかない。
だが、魔法の人形の数は数万、あるいはそれ以上だったのだ。
であれば、一つ一つの武器の品質がその程度であっても、それだけの数を売ればとんでもない金額になったのは間違いない。
もちろん、あれだけ暴れた以上、魔法の人形の武器全てがそのまま売れるとは思っていない。
それでもかなりの量の武器があったのは間違いないし、欠けたりした武器でも溶かしてインゴットにするという手段もある。
(フェルスという、極めて強力……いや、いっそ卑怯臭い武器を入手したのは嬉しい。けど、金が……)
全長一メートルほどのフェルスは、ゼオンでは絶対に入ることが出来ない空間に入ることも出来る。
……もっとも、フェルスにカメラの類がある訳でもないし、魔法使いの使い魔のように視覚を共有出来る訳でもない。
つまり、狭い場所でフェルスを操るにしても、アランがしっかりと周辺の様子を確認した状況で使うといった真似をしなければ、仲間に被害が及んだりといったことにもなりかねないのだが。
「金、ね。……その辺は他の人に任せてもいいんじゃない? もちろん、私たちが稼ぐに越したことはなかっただろうけど、他の人たちだって稼いでいるんでしょうし」
今回のレオノーラとアランの遺跡探索は、名目上は金を稼いでくるというものであったが、実質的にはレオノーラがアランを理解し、アランがレオノーラを理解するという相互理解の行動だと言ってもいい。
だからこそ、レオノーラは金を稼げなかったということを特に気にしてはいない。
もちろん、実際に金を稼げるのであればそちらの方が良かったのは間違いないのだが。
……もっとも、相互理解という意味では今回の探索が成功だったとはいえない。
レオノーラはアランのフェルスというのを理解出来たが、それに比べるとレオノーラをアランが理解したとはあまり言えなかったからだ。
一切何も分からなかった、という訳ではない。
たとえば、レオノーラが心核を使って黄金のドラゴンになったときに放つレーザーブレスの威力を直接目にすることは出来たのだから。
それでも、どちらの方が相手に理解された……言い換えれば情報を与えたかと考えれば、明らかにレオノーラの方が収穫は大きい。
「取りあえず、街に戻りましょう。ここにいても、何か分かる訳じゃないし」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! いい加減、事情を説明してくれてもいいんじゃないか!?」
レオノーラの言葉に、近くで二人の話に耳を傾けていた男の一人がそう叫ぶ。
いや、気になっているのはこの男だけではない。
他の探索者たちも、二人の様子にじっと視線を向け、説明を求めている。
その視線の中に、ある種の欲望があるのは当然なのだろう。
本来なら、この遺跡に転移の罠のようなもの存在していない。
にもかかわらず、こうしてあからさまに転移してきた二人がいるのだから、それに興味を持つなという方が無理だった。
そして、もしこの遺跡にまだ何か秘密が……人に知られていないような秘密があるのであれば、それは間違いなく金になる。
とはいえ、そのような視線を向けられてもレオノーラが何か言うことは出来ない。
そもそも、転移したのだって恐らく前の遺跡で手に入れた心核を使いこなすためのトレーニングだろうという、状況証拠しかないのだから。
「残念だけど、詳しいことは分からないわ。ただ……あの遺跡に何らかの秘密があるのは確実でしょうから、隅々まで調べれば何か出て来るかもしれない、とだけ言っておくわ」
レオノーラのその言葉に、話を聞いていた者たちは目の色を変える。
確証という訳ではなかったが、それでもレオノーラの口からこの遺跡に何かがあると、そう言われたのだ。
そうである以上、探索者として、何より金銭欲や名誉欲を持つ者として、それを探しにいかないという選択肢は存在しない。
もちろん、全員がすぐに遺跡に向かった訳ではなく、慎重な者は先に向かった探索者たちの様子を見て、それから自分も動き出そうと狙っていたが。
「じゃあ、行きましょうかアラン」
「……いいのか、あれ?」
気楽に言ってくるレオノーラに、アランはそう答える。
あの遺跡から、自分たちが広い空間……恐らく地下空間に転移させられたのは間違いない。
だが、それがそのままあの遺跡の地下にあのような空間があるのかと言われれば……答えは、必ずしもイエスではないのだ。
もしかしたら、あの遺跡に入った瞬間強制的に転移させられた場所は、あの遺跡ではなくもっと別の場所……言ってみれば、この近辺にあるどの遺跡に潜っても、あの場所に転移させられるような場所、という可能性すらあった。
いや、あれだけの魔法の人形を用意したということを考えると、むしろその方が自然だとすら思える。
だが、そんなアランの問いに、レオノーラは特に気にした様子もなく、頷く。
「あくまでも私は可能性を示しただけよ。それも何の根拠もない可能性じゃなくて、私たちが実際に経験したことから推察される可能性をね」
「それは、まぁ」
レオノーラが言ってるのは、間違いなく事実である。
アランもそれが分かっていただけに、何とも微妙な表情になるが……ともあれ、レオノーラの様子からこれ以上何を言っても無駄だと判断する。
また、探索者や冒険者に限らず、基本的には自分の行動は自分で責任を取る、いわゆる自己責任だ。
ここにいた探索者たちも、それを承知の上で遺跡に向かったのだから、アランがそこまで気にする必要はなかった。
(それに、元々この遺跡は小規模な遺跡だ。そこまで強力な敵がいる訳でもないし、それを考えれば問題はないか)
そう考えるアランだったが、それはあくまでも一人前の実力を持った探索者であればの話であって、もしアランが自分だけでこの遺跡に入った場合はかなり苦戦するだろうし、場合によっては死ぬこともあるかもしれない。
心核を使えば強力無比な戦闘力を誇るアランだったが、それ以外の場合では一人前と呼ぶのは難しい程度の実力しかないのだ。
「あー……うん、そうだな。取りあえず戻るか。イルゼンさんとか父さんや母さんに、ゼオンの件で話しておく必要があるだろうし」
あくまでもゼオンの把握出来る範囲内ではあるが、長さ一メートル程度のフェルスを使えるようになったというのは、非常に大きい。
遺跡のような場所ではゼオンが使えないというのは変わらないが、それでもフェルスがある分、ある程度の力を発揮することは出来るようになったのは間違いなかった。
雲海を率いるイルゼンや両親、それと仲間の心核使いにも、その辺は話しておいて情報を共有する必要があるのは、アランの立場としては当然だろう。
また、レオノーラと共に経験し、感じた予想……具体的には、この周辺の遺跡はアランたちが手に入れた心核の持ち主を鍛えるためにあるのではないかということも、話す必要がある。
それを思えば、このような場所で自分と関係のない人々について考えるよりも、他にやるべきことがあるのは明白だった。
レオノーラはそんなアランの様子を見て、多少なりとも自分の思い通りにことを運べたことに満足しつつ、アランを促して馬車に向かう。
この遺跡は狭いが、それでもすぐに隅々まで調べられる訳ではない。
それでも出来るだけ早くここから立ち去った方が面倒がないと、そう思ったがゆえの行動だった。




