0220話
夜……当然の話だが、帝城の中では兵士が怪しい者はいないかと、見回りを行っている。
帝城の広さを考えると、見回りをしている兵士の数は絶対的に足りないのだが……そもそも、帝城の中には腕利きの騎士もいれば、一人で戦局を左右する心核使いもいる。
そうなると、普通は何らかの怪しい考えを持っていても、帝城に忍び込むといったような者はいない。
また、本当に重要な場所には腕の立つ兵士がしっかりと見張りに立っている。
だが……それは、逆に言えば重要でない場所は、兵士の見張りしかいないということを意味していた。
ましてや、そんな兵士たちは夜に出歩いているメイドを見ても、よほど怪しい動きをしていない限りは、特に追求したりといったことはしない。
それに、メイドの中には城の中で働いている者と付き合っている者もおり、そのような者との逢い引きに向かう姿は、決して珍しくはない。
そういう意味で、城の中を見回っている兵士がメイドを……ダーナやメライナという二人のメイドを見ても、特に驚くようなことはなかった。
二人一緒に行動しているところを見れば、若干疑問を抱いたかもしれないが……二人の部屋が違う以上、二人は別々に行動しており、それが功を奏した形だ。
そんな二人が目指したのは、重要でも何でもなく……それこそ、恋人との逢瀬に使われるような場所の一つ。
見回りの兵士たちも来ないような、そんな場所で二人は顔を合わせる。
「時間は大丈夫ね?」
「ええ。部屋の同僚には以前世話になった人に会いに行ってくると言ってあるわ」
ダーナの言葉に、メライナはそう答える。
メイドの中でも、新人ともなれば個室を貰えたりはしない。
メライナも当然四人部屋での生活となっており、こうして夜に部屋を出るにしても、相応の理由が必要なのは間違いなかった。
「そう。……なら、少しは時間がとれそうね」
「ここは安全なの? 一応、周囲に人の気配はないみたいだけど」
黄金の薔薇の探索者だけに、メライナは周囲の気配を察知するような真似が出来る。
もちろん、その能力は非常に便利なのだが、それでも絶対という訳ではない。
メライナよりも技量が上の相手の中には、自分の気配を消すことが出来るような者もいるのだから。
そして帝城の中には腕利きが多く揃っていることもあり、場合によってはメライナに気配を察知されない状況で、見回りをしているという可能性もあった
……とはいえ、帝城の広さや重要な場所の警備を考えると、実際にはそこまで気にする必要がないというのも、事実なのだが。
「それで、詳しい話を聞かせて貰える? 言っておくけど、メライナを手伝うのはともかく、あまり無理なことは出来ないわよ。私だって、メイドとして働いて上から信用されるまでには、随分と時間が掛かってるんだから」
ダーナにしてみれば、自分の所属している鋼の蜘蛛という組織が黄金の薔薇に協力するのは、理解出来る。理解出来るのだが……だからといって、その全てを手伝えるかと言われれば、その答えは当然のように否だった。
メライナを手伝うことによって、自分の正体が帝城にいる者たちに知られるということだけは、絶対に避ける必要があるのだから。
そうである以上、アランを助ける必要があるとはいえ……その全てを完全の許容出来るかと言われれば、その答えは当然のように否だ。
「それについては、分かっているわ。こちらも、そこまで無理を言うつもりはないもの。けど……それでも、やっぱり最低限は手伝って貰う必要があるのよ」
特にメライナが欲しているのは、情報だ。
帝城の中の情報は、当然の話だがそう簡単に外では入手出来ない。
いや、大きな情報なら入手出来る可能性があったが、それはあくまでもガリンダミア帝国の上層部が許容した情報だけだ。
少なくても、アランがどこの地下牢に閉じ込められているのかという情報は、外にいた場合は入手するのが非常に難しい。
そしてメライナが欲しているのは、まさにその情報なのだ。
「そう言われてもね。私も数年はメイドとして働いているから、ある程度は上から信頼されてるけど、結局のところはある程度よ。そんな重要度の高い情報を教えられる訳がないでしょう?」
メイドの中には、それこそ数十年……どころか、何代にも渡って務めている者もいる。
そのようなメイドたちにしてみれば、務め始めてから数年しか経っていないダーナは、それこそ今日メイドとしてやって来たメライナとそう違いはない存在という認識だった。
……ちなみに、その何代にも渡って仕えているメイドの一人が、アランの世話役をしているメローネなのだが、当然アランはそんなことは全く分からない。
ともあれ、そんなダーナに重要な情報を知る術はない。
いや、正確にはダーナが自分の死を覚悟の上で情報を探るといった真似をすれば、あるいはアランがどこにいるのかという情報を入手出来る可能性はあったが、生憎とダーナも自分の仲間ではなく、あくまでも協力している相手のためにそこまでするようなつもりはない。
メライナが持ってきた手紙にも、暗号にて可能な限り協力はするようにと書いてあったが、同時にあくまでもダーナの身に危険が及ばない限り、という指示もあった。
そんな状況である以上、ダーナとしてはメライナを手伝いはするが、命を危険にさらしてまで手助けするつもりはない。
とはいえ、ダーナからの協力が得られないと困るのは、当然のようにメライナな訳で……
「そこを何とかならない? 上から信用されているのなら、ある程度情報は入手しやすいと思うんだけど」
「……難しいわね。それこそ、メライナが上から信じて貰った方がいいんじゃない?」
「無茶を言わないでよ。一体、何年ここでメイドをやる必要があるの?」
メライナにしてみれば、ここでメイドをやるのはアランを助け出すまでの間のつもりだった。
それが何年にもなれば、それこそ予定が大きく狂ってしまう。
そもそもの話、アランが何年も城にいて情に流されないかと言われれば……それもまた、難しいと思えた。
メライナはアランとそこまで親しい訳ではない。
話した回数も数度程度で、アランの性格を完全に理解している訳ではなかったが……情が薄ければ、ラリアントが攻められたときに、防衛せずに逃げるという選択肢も使えたのだ。
ラリアントでの戦いでは、アランという心核使いを確保するための戦いでもあった以上、逃げても一時的なものでしかなかったかもしれないが、それでもある程度の時間的な余裕が出来れば、打てる手は他にもあったのだ。
「なら、具体的にどういうことなら手伝ってくれるの?」
「そうね。私が地下牢を探すのは難しいけど、ダーナが探すのをそれとなく手伝ったりメイドの間で何らかの手掛かりがないか、それとなく調べたり……といった真似は出来るわよ?」
メイドと一口に言っても、そこには色々な者がいる。
それでも、若い女が多い以上、どうしても噂話というのは多くなるのだ。
どこそこの貴族は格好いい、どこそこの騎士が女を口説いていた……といったものから、不倫をしているといったような噂や、場合によっては貴族の当主が女に罵られることを喜ぶ趣味を持っている、といった噂まで。
そして、若い女たちの間で噂が広まるのはかなりの速度で、その噂は正確なことも多い。
……もちろん、メイドの中にはそのような噂を意図的に無視するような者もいるが、やはり女というのはその手の噂話は好きなのだろう。
誰かが口にした噂話は、それこそ数時間とかからずに帝城の中にいるメイドたちの間に広まるとすら、言われていた。
それこそ、何代にも渡ってメイドとして使えている一族の者であっても、そのような噂話には興味津々の者も多い。
これは最早、女としての習性のようなものなのだろう。
とはいえ、ダーナにとってはその程度であっても助かるのは間違いない。
今の状況では、どのみち何も手掛かりらしい手掛かりがないのだ。
とはいえ、問題もある。それは……
「地下牢についての噂というのは、そこまで広がりそう?」
それが、ダーナにとっては最大の難点だった。
考えてみれば当然なのだが、噂話が素早く広まるのは、あくまでもそれがメイドたちにとって興味深いからだ。
だからこそ、皆が揃ってその噂を聞きたがり、話したがる。
だが……その噂が地下牢でのことになると、一体どれくらいのメイドがその噂に興味を示すか。
驚異的な伝達速度を持っているメイドたちのネットワークだったが、それはあくまでもメイドたちが興味を示すこと、というのが大前提だった。
つまり、メイドたちにとって興味のないことであれば、その情報を集めるのは難しいということを意味している。
「普通に考えれば無理ね。けど、地下牢についての噂に、メイドたちが好みそうな情報を付け加えるのよ。美形の男が……とか、どこかの国の王子が……とか。そんな感じで」
「美形……まぁ、間違ってはないけど」
アランの顔立ちは美形か不細工かで言えば、間違いなく美形だ
そもそも、アランの父親のニコラスもそれなりに美形だし、母親のリアはハーフエルフで、アランという子供がいても未だに街中では口説かれることが多いくらいに美人ではある。
元々、エルフというのは美形揃いであるのだかえら、リアがそのようなことになるのも当然だろう。
そんな二人の間に生まれたアランだけに、顔立ちは当然のように整っていた。
だからこそ、美形が地下牢にいるという噂は決して間違いではない。
「けど、王子ってのはちょっと無理がない? 普通なら、王子を捕らえたら、地下牢じゃなくて専門の部屋に軟禁するでしょう」
「もちろんそうだけど、その辺は話を聞いたメイドたちの想像力を掻き立てるような噂がいいのよ。そうすることによって、地下牢についての噂は爆発的に広まる……可能性があるわ」
ダーナはそれで噂が広まると思ってはいるが、それでも実際に試してみないといけない。
また、その噂の出所を調べられるのは困るので、自分たちから噂を話すようなことはせず、自然と噂が伝えるようにする必要あった。




