0218話
「うおおおおおおおっ!」
アランはそんな雄叫びを上げながら、自分の視線の先にいるグヴィスに向かって斬りかかっていく。
模擬戦用に刃のない長剣ではあるが、それでも金属で出来ている以上、勢いよく振るわれた一撃を食らえば、怪我をする。
ましてや、アランは才能そのものはそこまでないが、それでも探索者としてはやっていけるだけの力はあるのだから。
だが……グヴィスは自分に向かって振るわれた長剣の一撃を、こちらもまた模擬戦用の長剣で受け流し……そのままの動きで長剣を突き出し、動きを止める。
気が付けば、アランの一撃は完全に受け流され、アランの顔には長剣の切っ先が突きつけられている状況となっていた。
明らかに、これ勝負ありといった形だ。
「ぐ……参った……」
「身体の動かし方は悪くはないんだけど、何だろうな。こう……どうしても一撃の鋭さが甘いというか……」
グヴィスがアランに突きつけていた長剣を離して、今の模擬戦で感じたことを口にしようとするが、それが上手く言葉にはならない。
もちろん、悪くはないというのは一般的な者の話で、グヴィスのような腕利きの騎士にしてみれば、まだ甘い場所は多数見つけることが出来る。
だが、グヴィスはアランの見張りに選ばれたように、一流の使い手だ。
そんなグヴィスが指摘するような場所は、本当にその気になれば複数存在する。
アランの訓練に付き合っているグヴィスも、そこまでして付き合う必要はないだろうと判断し、本当に気になるところだけを指摘する。
とはいえ、アランにとってはその程度の指摘であってもありがたいものだったが。
(母さんがいない以上、身体が鈍らないための訓練はともかく、しっかりと実戦に対応出来るようにもしないといけないしな。……それをやってくれのが、俺の見張りのグヴィスだってのは、どうかと思うけど)
そう思いながらも、アランの中にはグヴィスに対する感謝の気持ちがあるのも事実だ。
最初に会った当初は、グヴィスもアランを気にくわない相手と考えていたし、それを感じたアランもまた、グヴィスを気にくわない相手として判断してた。
だが、ビッシュという異形の存在とも呼ぶべき相手とのやり取りでアランが見せた態度から、話は変わり……今では、それなりにお互いを友好的な存在として認識している。
……もっとも、アランはあくまでもガリンダミア帝国軍によって囚われの身となっている状況なので、本当の意味で友情を育てるといった真似は、とてもではないが出来ないのだが。
それこそ、アランはいずれこの城を脱出して雲海という自分の家族達の下に帰るつもりだったし、グヴィスはアランの見張りである以上、それを許容するつもりはないのだが。
「グヴィス、アランも。取りあえず、今日はこのくらいにしておかないか。このあと、ここを他の騎士団が使うことになってるし」
そうグヴィスとアランの二人に声を掛けてきたのは、クロス。
グヴィスと共にアランの見張りをしている騎士の片割れだ。
こちらも、最初はアランの存在を面白く思ってはいなかったが、グヴィスの方がアランに対してよほど面白くないと態度で示していたので、そこまで目立つようなことはなかった。
そんなクロスも、グヴィスと同じようにビッシュとのやり取りや多少なとりもアランと話すことがあり、今は友好的な関係を築いていた。
(まぁ、友好的な関係を築いても……という思いがあったりはするんだけどな)
アランはクロスの言葉にこれで今日の訓練は終わりかと考えながら、そんな風に思う。
「アラン、もう体力的には問題ないんだろう? 部屋に戻るぞ」
「……軟禁部屋にな」
グヴィスの言葉に、少しだけ意地悪く告げるアランだったが、それを聞いたグヴィスはそんなことは特に気にした様子もなく頷く。
「そうだな。けど、あの部屋の居心地は悪くないだろ?」
「それは……」
真顔でそう言われれば、アランとしても素直に否定は出来ない。
実際、アランが軟禁されている部屋はグヴィスの言う通り、居心地がいいのだ。
部屋の中にある家具はどれも一級品の代物だし、アランが毎日寝ているベッドにしても、朝までぐっすりと眠れるような、寝心地のいいベッドだ。
(高反発のマットレスが、身体にはいいとか何とか日本にいたときに、TVで見た記憶があったけど……あのベッドは柔らかいけど、全く何の問題もないんだよな)
もちろん、ここが異世界である以上は日本の常識が通用しなくてもおかしくはないし、ベッドに使われている素材そのものが日本にはない特殊な素材だったり、もしくはベッドがマジックアイテムである……という可能性もある。
アランが軟禁生活を強いられているのは間違いなかったが、同時にその軟禁生活が少しでも快適になるように配慮されているのも、間違いないのない事実だった。
そうでなければ、メローネという専属のメイドをアランにつけるような真似はしないだろう。
ましてや、アランはメイドについてそこまで詳しい訳ではなかたったが、それでもメローネがメイドとして非常に優秀であるというのは理解出来た。
そうである以上、決して今の生活が我慢出来ない訳でもない。
……もっとも、いくら不自由がないとはいえ、軟禁という現状には行動の自由がないので、それがアランにとっては決して許容出来る訳ではなかったが。
「アラン様、どうぞ」
部屋に戻ると、メローネが桶に入った水とタオルを渡す。
以前は、メローネが身体を拭くのを手伝おうかと言ってきたりもしたのだが、アランはそれを断った。
もしメローネに身体を拭くのを頼んだ場合、それこそ妙なことになりかねなかったからだ。
アランも、メローネのような美人が自分のおつきになったのは、そういう意味もあるのだというのは予想出来ている。
もしそうなった場合、アランはメローネに情が移り……もしこの城から脱出する際に、行動が鈍るという可能性があったし、ガリンダミア帝国側でも当然のようにそれを狙っているのだろう。
アランとしては、それが分かっている以上、あまりメローネに頼る訳にもいかない。
……もっとも、アランが自由に部屋を出ることが出来ない以上、生活の大半をメローネに任せるしかないのも、事実なのだが。
「ありがとうございます。それで……今日は他に何か予定がありますか?」
グヴィスとの模擬戦が終わった以上、アランがやるべきことはない。
だが、ときにはメローネから何かを頼まれたり……もしくは、訪ねてくる相手と話すこともあった
アランの存在が隠されている以上、訪ねてくる相手はその存在を知っている者……具体的には、レーベラくらいしかいない。
正確にはビッシュもアランの存在を知っているのだが、ガリンダミア帝国の中でも相応の地位にいると思われるビッシュの場合は、わざわざこの部屋に来るよりも、以前のようにアランを呼び出すだろう。
とはいえ、最初に訪ねてきてから何度もアランの下を訪れているレーベラとは違い、ビッシュは以前一度会ったきり、もう会ってはいなかったが。
アランとしては、正直なところビッシュのような異様な存在……外見は明らかに子供なのに、その知性や精神は大人、さらには魔眼を使いこなしている存在とは、とてもではないが会いたいとは思わなかったが。
「レーベラが来ないなら……うーん、後は適当に何か時間を潰してるしかないですね。メローネさんは、今日何か用事がありますか?」
「いえ、特にそれらしい用事はありません。アラン様が何かあるのでしたら……」
それに対応させて貰います。
そう続けたメローネだったが、アランはその言葉を聞いて首を横に振る。
「いや、特に何か用事はありませんよ。……ただ、そうなると今日はこれからやるべきことが……」
ないので、暇になりそうです。
そうアランが言おうとした瞬間、不意に扉の外から怒鳴り声が聞こえてくる。
『なんだ貴様! ここは許可のある者以外、立ち入り禁止だぞ!』
それは、グヴィスの声。
最近はアランとも友好的になり、見せることがなくなった刺々しい言葉遣い。
そして……アランが驚いたのは、そんなグヴィスの言葉よりも、メローネが半ば反射的に構えたことだ。
それもかなり堂に入った構えで、それはメローネは相応の訓練を受けていることを意味している。
そんなメローネの様子に、アランが覚えたのは違和感……ではなく、強い納得の感情。
考えてみれば、アランは心核使いで……仮にも探索者だ。
そうである以上、そのようなアランの世話を任されるメイドが、ただのメイドであるはずがない。
(武装メイドとか、漫画とかだけじゃなくて普通にいるんだな)
アランが日本で読んだことがある漫画では、メイドが武装しているというのはそう珍しい設定ではない。
だが、まさかそのようなメイドが本当にいるとは、思っていなかった。
……もっとも、アランは別にこの世界のメイドにそこまで詳しい訳ではないので、単純にアランが知らなかっただけという可能性も否定は出来ないが。
「どうかしましたか?」
「いや、何でもないです。この生活にも少し慣れてきたなと思って」
「ふふふ。それは結構なことですね。出来れば、このままガリンダミア帝国での暮らしに慣れて欲しいのですが」
口元に笑みを浮かべたまま、そう続けるメローネ。
冗談でも、ここでアランがそれを受け入れるようなことを口にした場合、一体どうなるか。
それは考えるまでもなく明らかだろう。
……少なくても、アランにとって面白いことにならないのは、間違いなかった。
「残念ですけど、そのつもりはないですよ。……それに、多分俺を迎えに来てくれる相手がいるはずですし」
当然のように、その迎えに来てくれる相手というのは両親であり、ニコラスを含めた雲海の面々であり……そして、出来ればレオノーラも来てくれると嬉しいと、そう思っていた。
「本当に来るとお思いですか? ここがどこなのかは、アラン様もご存じだと思いますが」
そう告げるメローネだったが、アランは助けが来るのを全く疑っていない様子で、頷きを返すのだった。




