0217話
「ほう、お前さんが……」
そう言い、興味深そうにレオノーラを見たのは四十代ほどの男。
ただし、普通ならその年齢から身体が衰え始めてもおかしくはないのだが、その男の身体は筋骨隆々といった様子だ。
身長そのものは平均的で、見上げるほどの大男といった様子ではない。
だが、身長が平均的……百七十センチ半ばくらいであるにもかかわらず、発達した筋肉をもっているだけに、その迫力は身長の高い相手よりも強い。
そして、何より……そんな筋骨隆々の男が、この店で売られていたポーションの類を作るような錬金術師には、到底見えない。
錬金術師よりは、それこそ戦士だと名乗った方が納得出来るだろう姿なのは間違いなかった
しかし、レオノーラはそんな相手に全く怯えた様子もなく口を開く。
「ええ。黄金の薔薇を率いているレオノーラよ」
ほう、と。
レオノーラの挨拶を聞いた男は、少しだけ感心した様子を見せる。
鋼の蜘蛛を率いている男は、自分の外見が相手に強い威圧感を与えるというのを十分に知っている。
実際、今まで自分と初めて会った相手が怯えるといったことは、何度もあったのだ。
だというのに、目の前の美人はそんな様子は一切ない。
(そう言えば、黄金の薔薇はどこかの国の貴族の集まりだって聞いたことがあったな。……もしかして、あの噂は本当だったのか?)
ガリンダミア帝国に反抗しているレジスタンスとして、当然のようにガリンダミア帝国と敵対している者たちの情報は集めている。
その中でも、ここ最近では特に珍しいガリンダミア帝国軍の大敗。
それを行った者たちについての情報は、可能な限り集めるのは当然だった。
とはいえ、ガリンダミア帝国軍が負けたのは国内ではなく国外。
……いや、正確にはザッカランは少し前までガリンダミア帝国の一部だったことを考えれば、その場所を国外と言うのは難しいのかもしれないが。
ともあれ、鋼の蜘蛛というレジスタンスを率いる者として、男は雲海や黄金の薔薇の情報を可能な限り集めた。
男にとって不運だったのは、雲海も黄金の薔薇もガリンダミア帝国の中で活動したことがほとんどなかったことか。
そのおかげで、集められた情報は少ない。
これがガリンダミア帝国軍であれば、鋼の蜘蛛よりも多く得られるのだろうが……残念なことに、鋼の蜘蛛にはそこまで強力な情報網はない。
あくまでも他のレジスタンスと情報交換をしたり、世間話をする中で情報を集めたりといったような方法で主に情報を集めるのだ。
そんな中でも、鋼の蜘蛛はポーションを始めとした魔法薬の類を扱っており、それを目当てに多くの客がくるので、比較的情報が集めやすい立場にいるのだが……そんな中でも、雲海や黄金の薔薇の情報は多くはない。
そのような状況で入手した、数少ない情報が黄金の薔薇が貴族……それも後継者になれない次男や三男、政略結婚の道具にされるだろう娘たちで結成されたというものだった。
男にしてみれば、そんな話は噂でしかないだろうと思っていたのだが……実際に目の前にいるレオノーラやその部下達を見れば、その噂を信じない訳にもいかなくなる。
「俺は鋼の蜘蛛を率いているダズナードだ。それで、俺たちの手を借りたいんだったか。特に城に潜入している連中の。……ただ、こっちもここまで来るのに随分と時間も労力も使っている。そんな状況であんたたちの手伝いをしようものなら、こっちの計画も台無しになりかねないんだが?」
鋼の蜘蛛も、何の意味もなく仲間を城に潜入させている訳ではない。
情報源としては大きいが、城に潜入している相手だけに、そう簡単に接触出来る訳ではないのだ。
そして、現在はまだ半ばではあったが、城に潜入している仲間を使ってのとある計画を考えていた。
「計画? それはどのようなものなのか、聞かせて貰ってもいいかしら?」
興味深そうに尋ねるレオノーラに、ダズナードは首を横に振る。
「悪いな、あんたは美人で是非とも話してやりたいところだが……この計画は、こっちもかなり力を入れている。情報が漏れる可能性は、少しでも少なくしたいんだ」
「なっ!?」
ダズナードの言葉を聞いてそう叫んだのは、レオノーラ……ではなく、その部下の男の一人だ。
今のダズナードの言葉は、言い方を変えればレオノーラに自分達の計画を教えれば、それが敵に知られてしまうと、そう言ってるも同然だったのだから、レオノーラに心酔している者が、そのようなことを言われて我慢出来るはずがない。
「レオノーラ様が、情報を漏らすと言うのか!」
「落ち着きなさい。ダズナードが言ってるのは、あくまでも念のためよ。それに……酒場ではどうしても口が軽くなってしまうでしょう?」
「それは……」
男は言葉に詰まる。
男は酒をそこまで好まないが、黄金の薔薇の中には酒好きという者も多い。
特に探索者として活動をしている以上、貴族らしい店ではなく他の探索者や冒険者、もしくは普通に働いている者たちが使うような酒場で飲むこともあるのだ。
その際に、酔いに任せて普段なら口にしないような情報を喋ってしまう者がいないとは、男も言い切れない。
言い切れないが……それでも、ダズナードがレオノーラを信用出来ないといったように喋るのに、不満を持つなという方が無理だった。
「落ち着きなさい」
そんな部下の男を、レオノーラは短く呟いて落ち着かせる。
男はレオノーラや自分たちが侮られたことが不満ではあったが、それでもレオノーラにこう言われてしまえば、それに逆らうような真似が出来るはずもない。
「申し訳ありません」
一礼し、知らず知らずのうちに踏み出してた状態から、後ろに下がる。
「部下が失礼をしたわね」
「いや、構わねえさ。……むしろ、あんたが怒らない方がちょっと驚いたけどな」
「鋼の蜘蛛にしてみれば、私たちは初めて会った相手でしょう? だとすれば、いきなり会った相手を全面的に信じろというのは、無理な話よ」
「そう言って貰えると、こっちも助かるよ。……まぁ、いい。なら、取り合えず話でも聞かせて貰おうか」
それは、疑ったことに対する詫び……という訳でもないのだろうが、それでもダズナードがレオノーラの話を聞く気になったのは間違いなかった。
「単刀直入に言わせて貰えば、私たちの仲間が城に捕らえられているから、それを助けたいの」
「それは……また……」
言葉通り単刀直入に自分の用件を口にしたレオノーラに、ダズナードは何と言葉を返せばいいのか、少し迷う。
だが、そんなダズナードに対し、レオノーラは何かおかしいことでも? と視線を向ける。
「今回の一件で、私たちが貴方たちに協力して欲しい理由を聞きたいのでしょう? それを素直に言うのに、何か問題があるのかしら?」
「……俺が聞いた話だと、その理由はそう簡単に話せないってことだったらしいんだがな。まぁ、いい」
ダズナードが誰からその話を聞いたのかは、考えるまでもなく明らかだった。
レオノーラはダズナードからそっと視線を逸らし、少し放たれた場所で待機している女に視線を向ける。
レオノーラたちが店の中で待っている間にここに来たとき、軽く事情を説明したのはは間違いない。
とはいえ、レオノーラにしてみればそのくらいの程度のことは当然だと思っていたので、特に気にした様子もなく言葉を続ける。
「それで、どうかしら。力を貸して貰えるのなら、こちらもそれなりに力を貸すわ」
「うーむ。……正直なところ、難しいな」
「難しい? それは、私たちに協力してくれることが難しいと?」
「違う。……いや、それも事実だが、そもそもお前たちに協力するにしても、こっちにも色々とあるんだよ」
元々が鋼の蜘蛛で何らかの作戦を行おうとしていたのは、レオノーラも知っている。
だからこそ、自分たちの戦力が向こうにとっても欲しいと、そう判断しての交渉なのだから。
「雲海と黄金の薔薇の戦力……鋼の蜘蛛にとっては、是非欲しい代物じゃない?」
「それは否定しねえよ」
ダズナードは、レオノーラの言葉に特に隠す様子もなく、そう告げる。
鋼の蜘蛛はレジスタンスとしてはそれなりの規模なのは間違いないが、正面からガリンダミア帝国軍と戦って勝てるだけの戦力を持っているのかと言われれば、その答えは否だ。
そんな鋼の蜘蛛にとって、何度もガリンダミア帝国軍と正面から戦って勝っている雲海や黄金の薔薇の戦力は非常に欲しいのは間違いない。
「だが、急にそんな戦力を作戦に組み込むとなると、色々と問題が起きるのも事実だ。それくらいは、お前も分かるだろう?」
「そうね。でも、その戦力が貴重なのも、また事実だというのは分かるわ。特に私たちは心核使いを複数抱えているのよ? 戦力という意味では、十分だと思わない?」
あっさりと言葉を返すレオノーラに、ダズナードは黙り込む。
実際、その言葉は決して間違いではない。
レジスタンスとして活動している者の中には、それなりに自分の強さに自信のある者もいるし、冒険者や探索者として活動していた過去を持つ者もいる。
だが、それでも連戦連勝――ドットリオン王国には負けたが――のガリンダミア帝国軍……それも騎士のような存在を相手に、勝てるほどではない。
ましてや、心核使いを敵にした場合は、とてもではないが勝利出来る者はいない。
レオノーラたちはそれなりに戦場で心核使いと遭遇することもあるので、若干麻痺しているが、本来なら心核使いというのは非常に希少な存在なのだから。
雲海と黄金の薔薇が協力してくれるということは、心核使いが複数協力してくれるということを意味している。
もっとも、ダズナードは具体的に何人の心核使いが協力してくれるのかというのは、分からなかったが。
「それで、お前たちが考えている作戦は、具体的にどんな作戦だ?」
そう、ダズナードは尋ねる。
やはり、心核使いの協力を得られるというのは、ダズナードにとっても大きな意味を持っているのだろう。
少なくても、今の鋼の蜘蛛の状況を考えれば、よほど酷い理由ではない限り、それを拒むという選択肢は存在しなかった。




