0212話
慣れてくれば、軟禁生活というのは決して悪いものではない。
毎日の食事はメローネが持ってきてくれるし、部屋の中で自由に身体を動かすことも出来るし、数日に一度はグヴィスが訓練場に連れて行ってくれる。
難点としては、基本的に話し相手がいないということだろう。
アランの世話をしているメローネも、アランにつきっきりという訳ではない。
他にも色々と仕事があるためか、部屋にいないときも多い。
……それでいながら、用事があるときに使うようにと言われている鈴を鳴らすと、それこそ一分も経たないうちにやってくるのだから、アランにしてみれば疑問だったが。
グヴィスとはそれなりに話すようになったが、グヴィスとその相棒は基本的にアランの監視役だ。
部屋の中ではなく部屋の外に待機している以上、アランと話すといったようなことは出来ない。
そして当然のように、この部屋にやって来る者は基本的にその三人以外にはいない。
あるいは、ビッシュは顔を出すかもしれないという思いがアランの中にはあったが、幸か不幸かビッシュが部屋にやって来ることはなかった。
ビッシュの魔眼は非常に厄介な代物で、その上ビッシュ本人も色々と普通とは違っている。
それだけに、迂闊にビッシュに接触すればどうなるかは分からない以上、アランはある意味で助かっていたのかもしれないが。
「……暇なのは、何とかして欲しいんだけどな」
この軟禁生活の中で、一番の敵はやはり暇潰しになるものが何もないことだろう。
一応、アランは部屋の中である程度身体を動かしたりしているが、当然のように武器の類は存在しない。
つまり、素振りの類は出来ないのだ。
いや、部屋の中にある細長い何かを使えば、素振りの真似くらいは出来るだろう。
だが……この部屋の中にあるということは、間違いなく高級品であるというのは予想出来た。
自分を捕虜にしている相手の財産なのだから、壊しても構わないという思いがない訳でもない。
しかし、そのような真似をした場合は、間違いなく面倒なことになるというのは、容易に想像出来た。
それこそ、この居心地のいい部屋ではなく、地下牢といった場所に入れられる可能性すらあった。
そのような可能性を考えれば、アランとしても馬鹿な真似は出来ない。
もちろん、いざというときにはすぐにでも行動に移せるようにしているつもりだったが。
部屋の中を見て暇潰しの方法を考えていると、扉をノックする音が聞こえてくる。
この部屋の中でそれなりの時間をすごしているため……何よりも、他に何もやるべきことがないために、アランはそのノックの音の特徴から二度目以降のタイミングで、誰がノックをしたのか大体分かるようになった。
あくまでもアランの部屋に来る者たちの中で誰なのかということなので、メローネとグヴィス、それとグヴィスの相棒――まだ名前を聞いていない――の誰かしかいないので、そこまで難しい話ではないのだが。
「入ってもいいですよ、メローネさん」
暇を持てあましていたアランだけに、せっかく尋ねてきた誰かに部屋の中に入らないでくれと言うつもりはない。
そんなアランの言葉に扉を開けて入ってきたのは、言葉にした通りメローネだった。
「こんにちは、アラン様。……今、少しよろしいでしょうか? アラン様と話をしてみたいという方が来てるのですが……」
「……え?」
メローネの言葉に、アランが思い浮かべたのはビッシュ。
外見は子供でしかないビッシュだったが、その能力や言葉遣い、考え方といったものは、明らかに子供だとは思えない。
それこそ、大人が子供の皮を被っていると言ってもおかしくはないような人物だった。
そんなアランの様子を見て、誰を想像したのか悟ったメローネは、安心させるように口を開く。
「安心して下さい。アラン様が想像している御方ではありませんから」
「え? じゃあ、誰が?」
アランがこの部屋で目覚めてから会った人物は限られている。
そんな中で、わざわざメローネに言って約束を取り付けるような相手となれば、その人物が誰なのかは容易に想像出来た。
出来たのだが……その人物、ビッシュではないと知り、安堵すると同時に疑問を抱く。
「アラン様に興味を持った方が、ビッシュ様以外にいらっしゃっても、おかしくはないのでは? 特にアラン様は心核使いとして優れた能力を持っていると聞いていますし」
「そう言ってくれると、嬉しいんですけどね」
実際には、心核使いとして特化している関係上、生身での戦いは決して得意ではないといった方が正しいのだが……メローネがその辺りに触れないのは、メイドだからアランの詳しい能力について知らないのか、それともアランを立てるためにその辺りについて口にしないのか。
その辺りはアランにも分からなかったが、メローネが言わない以上、自分がわざわざその辺りについて言う必要もないだろうと、話を進める。
「それで、心核使いとしての俺に興味を持ってくれたとなると、その人も心核使いなんですか?」
心核使いというのは、本来なら非常に珍しい存在だ。
だが、アランの場合は幸か不幸か様々な場所で心核使いと遭遇しているので、そのような感覚は最早ない。
それこそ、その辺にも普通にいるのではないかと、そんな風にすら思ってしまう。
もっとも、ここはガリンダミア帝国の帝都にある城だ。
いざというときの防衛戦力として心核使いが……それも腕の立つ心核使いがいるのは、むしろ当然と言ってもよかったが。
そして、次にメローネの口から出た言葉は、そんなアランの予想を肯定していた。
「ええ、そうですよ。それも腕利きの方です」
「……でしょうね」
わざわざ自分に会いに来る心核使いなのだから、それが腕利きなのは何となく予想出来た。
大穴として、腕の立たない心核使いが心核使いとして是非ガリンダミア帝国に欲しい人材としてかなりの無茶をしてまで確保したアランに会おうと思って行動してきた……というのも、可能性としてはあったのだが。
自分が腕の立たない心核使いであるという自覚を持っている者にしてみれば、大国と呼ばれるだけの実力を持つガリンダミア帝国であっても、そのために使った労力はかなりのものになるということが面白くないと思う者がいてもおかしくはないのだから。
今までもガリンダミア帝国が欲しい人材を入手する時にかなりの無茶をしたことはあった。
だが、それでもここまでの無茶をしてまで入手した人材はアランが初めてだということを、本人は全く知らなかった。
それこそ、アランを入手するために一体どれだけの無茶をしたのか……それを考えれば、そのように思うのは当然だったのだろうが。
「腕の立つ心核使いですか。会いたいというのは、こちらは暇を持てあましていたので問題ありませんけど……心核はありませんよ?」
心核使いに会うのに、心核使いの自分は心核を持っていない。
それは、わざわざ自分に会いに来る心核使いにとっても、失礼な話なのではないか。
あるいは、こう言えばもしかしたら……本当にもしかしたらの話だが、自分に心核のカロを返してくれるのかも? という期待がほんのかすかにでもなかったと言えば、嘘になるが。
だが、当然のようにメローネはアランのそんな言葉に対して、すぐに頷いてから口を開く。
「心配いりません。もちろん、向こうもそのことは知ってますので」
「……心核使いと話すのなら、心核を持っていた方がいいんですけどね。俺の心核があれば、色々と込み入った話も出来ますよ?」
そう告げるアランだったが、メローネもガリンダミア帝国の人間として……何より、アランの世話をするメイドとしての役割がある以上、心核使いについての諸々は知っている。
そうである以上、ここでアランの口車に乗って心核を用意するなどといったようなことは出来ないし……そもそも、メローネはアランの心核がどこに保管されているのかといった情報を知らされていない。
知られされていない以上、アランが何を言っても……そしてメローネが心核を返そうと考えても、それを叶えるようなことは出来なかった。
「では、お呼びしてきますので、少々お待ち下さい」
「え? ここで会うんですか?」
ビッシュの件もあったので、てっきりアランはどこか別の部屋で会談をするのだと思っていたのだ。
だが、メローネはこの部屋に呼んでくると言ったのだから、会談は当然のようにこの部屋で行われることになるのだろう。
「はい。ビッシュ様は……特別ですから」
「あー……うん。そうでしょうね」
ビッシュが特別だと言われれば、アランも素直に納得せざるをえない。
外見は子供なのに、その中身は大人。
それも魔眼を使うといったような……どこからどう見ても、特別な存在なのは間違いない。
「では、失礼します」
頭を下げて部屋から出ていくメローネ。
それを見送ったアランは、一体どんな相手が来るのかと、半ば戦々恐々といった様子で待つ。
……何しろ、以前に会談したのがビッシュなのだ。
今回はビッシュほどに特別な相手ではないとはいえ、それでも一体どのような相手がくるのかと、そう疑問を抱いてしまうのは当然だろう。
メローネから話を聞いた限りでは、ビッシュのような特別な存在ではないという話だったが……それも、どこまで信じてもいいのかは、また別の話だ。
そして十分ほどが経過し……部屋の扉がノックされる音は響く。
「入っていいですよ」
覚悟を決めてアランがそう声をかけると、やがて部屋の扉が開く。
そうして姿を現したのは、まずはメローネ。
そして、もう一人……
「え?」
その人物を見たアランの口から、若干間の抜けた声が上がる。
当然だろう。何故なら、そこにいたのはアランと同年代……もしくは、もう少し年下に見える、若い女だったのだから。
心核使いで自分に用があるといっていたので、てっきりもっと年上……それこそ中年くらいの男が来るだろうと、そう勝手に想像していたのだが、そんなアランの予想は完全に裏切れた形だった。
「えっと、その……よろしくお願いします! 私はレーベラ・オノラムです」
レーベラと名乗ったその女は、アランに向かってそう頭を下げるのだった。




