0211話
「うおおおおおっ!」
アランが雄叫びを上げながら、長剣を相手に向かって振り下ろす。
だが、アランの長剣の一撃を食らおうとした男は、それを正面から受け止めるのではなく……自分の持っている長剣の刃に逸らせて、アランの一撃を受け流した。
アランの放った一撃は、威力だけなら十分及第点と言ってもいいだけのものをもっている。
だが……いくら威力のある一撃であっても、それが相手に当たらなければ、意味はない。
今の騎士がやったように。
「ちぃっ! なら、これで!」
受け流され、地面に向かって振り下ろされたアランの一撃だったが、それの一撃を地面にぶつけた反動を活かして、下からの一撃を繰り出す。
「甘いな」
だが、アランのそんな一撃は最初から読んでいたのだろう。
騎士は一歩後ろに下がり、その攻撃を回避する。
長剣の動きを完全に目で捉えていることが出来るのは、騎士……それもビッシュのような特別な相手と接することが出来るだけの実力の持ち主だからだろう。
アランもそれは分かっているが、だからといって現在の自分で出来ることは多くはない。
自分にそこまでの才能がないのは分かっている。
そうである以上、アランに残っているのはただひたすらに鍛えたことにより、得られた地力のみ。
その地力を活かし、長剣を下から振り抜いた勢いを利用し、蹴りを放つ。
威力的にはかなり軽い蹴りで、それこそ相手を牽制するような威力しか、そこには存在していない。
しかし……そこまでやっても、騎士はアランの攻撃を食らうようなことはなく、回避する。
「蹴りを出すのはいいが、もっと腰の捻りを意識して力を伝達するようにしろ。こんな風にな!」
アランに放たれた蹴り。
蹴りという意味では同じだったが、その威力は天と地ほどの差がある。
「ぐおっ!」
実際、その蹴りを食らったアランは真横に数メートル近く吹き飛ばされたのだから。
……それでも、不思議なことにアランの身体にダメージはない。
一体どのような技術を使ったのかは、蹴られたアランにも分からなかった。
だが、アランを吹き飛ばすだけの衝撃を与えたにもかかわらず、ダメージそのものはほぼ皆無という、明らかに……それこそ、アランでは絶対に使えないような高等技術が使われたのは間違いなかった。
アランも自分がとんでもない高等技術で吹き飛ばされたのは分かっていたが、それで動揺するようなことはない。
何故なら、このような攻撃を受けるのは始めてではなかったからだ。
母親のリアは、これと同じような技術を使って何度も……それこそ、数えるのも馬鹿らしくなるくらい、アランを吹き飛ばしている。
だからこそ、アランは地面に倒されつつも、すぐに起き上がることに成功し……そのまま、再び長剣を手に騎士との間合いを詰める。
「へぇ」
そんなアランに、感心したような声を出す騎士。
てっきり、今の一撃が理解出来ずに立ち直るにはもっと時間が掛かるのではないかと、そう思ったのだ。
だが、アランはそんな戸惑いなど一切なく、再び自分に向かって襲いかかってきた。
「けど……それでも、まだ動きの鋭さがない」
長剣の攻撃の中で最も速度の速い一撃……突き。
線の攻撃である斬撃ではなく、点の攻撃である突きは身体の中心部分たる胴体に向かって放たれると、回避するのは難しい。
しかし、その突きも騎士は半身を後ろに下げることによってアランに向ける面積を減らし、突きを回避しながら空中を貫いたアランの長剣の刀身に自分の持っていた刀身を絡ませ……次の瞬間、一体どのような手段を使ったのか、アランの持つ長剣はその手の中から消えていた。
長剣は回転しながら空中を舞い……そして地面に落ちる。
「どうした? 拾え。それとも、これで訓練は終わるか?」
本人としては挑発しているつもりはないのかもしれないが、模擬戦をやっているアランにしてみれば、それは十分に挑発的な言葉だった。
悔しそうにしながらも、地面に落ちた長剣に手を伸ばす。
そんなアランの様子を見ていた男は、再び長剣を構え……口を開く。
「来い」
「はあああぁっ!」
長剣を手に、地面を走るアラン。
その一撃によって、相手が怪我をしても……場合によっては、死んでも構わない。
そんな袈裟懸けの一撃を放つも、その一撃は騎士が振るった長剣によってあっさり弾かれる。
生身での筋力そのものが違うのだ。
これは、アランが弱というのもあるが、それよりも騎士の身体能力が高すぎるといった方が正確だろう。
アランも、その辺の盗賊の一人や二人なら、あっさりと殺せる程度の実力は持っているのだから。
「何度も言うが、お前の一撃は甘い。鈍い、鋭さがない」
そう告げる騎士の言葉に、当然のようにアランは苛立ち……一撃が弾かれたことを全く気にした様子もなく、再び騎士に向かって斬りかかる。
そして、アランが斬りかかっては騎士が弾き、防ぎ、いなし……といったようなことが十分近く続き……
「ぜはぁっ、はぁっ、はぁ……」
地面に大の字になって寝転がったアランの口からは、何度も荒い息が吐かれる。
それこそ、もう動けないといった様子で。
そんなアランに対し、騎士は少しだけ息が乱れているものの、それだけだ。
アランの様子と今の騎士の様子。そんな二人を見れば、一体二人の間にどれだけの実力差があるのか、想像するのは難しくはないだろう。
「まぁ、こんなものか。……なかなか強かったぞ」
「そんなことを言われても、気休めにしか聞こえないって……」
騎士の言葉に、何とか息を整えつつアランはそう返す。
言葉遣いが最初と違って砕けたものになっているが、今のアランにそれを気にする余裕はない。
騎士の方も、そんなアランの様子は気にしていないらしく、ただ黙ってアランを見ているだけだ。
この模擬戦では、それなりに厳しく戦ったつもりだ。
……それはあくまでもアランが戦う上で厳しいといった程度で、騎士の本当の実力を発揮した訳ではない。
だが、それでもアランが戦うには十分すぎるだけの実力だったのは、間違いのない事実だ。
少なくても、今のアランではそんな騎士に勝つことは出来ないと理解してしまうだけの実力差があったのだから。
「いや、こう言ってはなんだが、俺は騎士の中でも強い方に入る。もちろん、最強の騎士なんてことはとてもではないが言えないがな。その俺にここまで食い下がったんだ。それは、お前の実力が十分にあることを示している」
「……息切れ一つしてないのに、そう言われてもな」
「その辺は実力の違いだな。……今更だが、おれはグヴィスだ。よろしくな」
そう言い、手を伸ばすグヴィス。
アランはその手を握り、立ち上がる。
グヴィスの態度は、最初にアランと会ったときとは全く違うものになっていた。
最初はアランのことを気にくわないと思っていたグヴィスだったが、ビッシュとのやり取りで見直し、今日の模擬戦……いや、これはむしろ指導と言った方が正しいだろうが、それによってアランの実力をある程度把握した。
それにより、グヴィスもアランのことをある程度認めるようになったのだろう。
……アランとしては、急に態度の変わったグヴィスに若干思うところがない訳でもなかった。
だが、自分に敵対的になったのならまだしも、友好的になったのだからよしとしておこうと、そう判断する。
「よろしくお願いします」
「馬鹿、そんな堅苦しい言葉遣いじゃなくていい。普段通りにしろ、普段通りに」
「そうか? ……なら、よろしく頼む」
ビッシュを始めとして、何人かには丁寧な言葉遣いをしているアランだったが、別にそのような言葉遣いが得意という訳ではない。
グヴィスがそれでいいと言うのであれば、それに甘えようと思うのは当然の話だった。
「ああ。俺も早いところアランがガリンダミア帝国に所属するのを期待しているぞ」
「いや、それはない」
グヴィスの言葉に、アランは即座にそう返す。
メローネやグヴィスが自分に友好的に接しているのは、引き込みのためだというのは理解している。
だが、それでも……いや、だからこそと言うべきか、アランとしてはそれにやすやすと乗る訳にはいかなかった。
自分の帰る場所は雲海だと、そうきちんと認識してるのだから。
……もっとも、そうアランが言っただけで納得するのなら、こうまで強引な手段を取るような真似はしなかっただろうが。
「今はそう言っていても、いずれはお前もガリンダミア帝国に所属することになるだろう。……さて、どうする? 一応まだ訓練場を借りてる時間はあるが、もう少し模擬戦するか?」
もう少し模擬戦をするかと言われたアランだったが、結構な疲労感がある。
もちろん、実戦では疲れている状態でも戦い続けることは珍しくなく、そういう意味ではここで模擬戦を続けるというのは、そう悪い話ではない。
「いや、止めておくよ。この状況でこれ以上訓練をしても、意味があるとは思えないし」
結局、アランの口から出たのはそのような言葉。
今の状況で訓練をするのも悪い話ではないのだが、それでもここで体力の限界……いや、限界のさらに先を超えた限界まで使うような真似は、可能な限り避けたかった。
いつ何が起こるのか分からないのだから。
それこそ、今こうしている間にも、雲海や黄金の薔薇の面々が助けに来るという可能性も否定は出来ないのだ。
それがどれだけ低い可能性であっても、皆無ではない限り……いつ何があってもいいように、最低限の体力は残しておく必要があった。
「そうか? なら、どうする? そろそろ部屋に戻るか? ああ、そう言えば汗を流していった方がいい。メローネさんに水と布を持ってきてもらうよりは、こっちですませた方がいいだろうし」
グヴィスがメイドのメローネをさん付けで呼んでいるということに、アランは若干驚く。
それが、実はメローネがメイドの中でもかなりの地位にある人物だからなのか、それともメローネが持つその優しそうな性格からなのか。
その辺りはアランにも分からなかったが、それでもグヴィスがメローネをさん付けで呼ぶのは、不思議と納得しながら……汗を流すということに同意するのだった。




