0202話
アランがメイドから水を貰っている頃……雲海のと黄金の薔薇の面々は、既にガリンダミア帝国の帝都に到着していた。
そして現在は、探索者ではなく旅人といった様子を装ってそれぞれが別行動を取っており、情報を集めている。
……このようなとき、レオノーラの美の女神とも呼ぶべき美貌は悪目立ちしてしまう。
本人もそれを分かっているので、太陽の光そのものが髪となったような黄金の髪は出さないようにし、顔もフードを被って可能な限り隠していた。
「全く……ここまで来るのに一ヶ月もかかるとは思わなかったわ」
「いえ、むしろ一ヶ月でここまでやってきた方が驚きなんですけどね」
レオノーラと行動を共にしている探索者の一人が、若干呆れたように告げる。
……アランは寝て起きたばかりだと思っていたので、自分がギルムを出てからすでに一ヶ月も経っているとは思っていなかったが、実際にアランを追ってきたレオノーラたちにしてみれば、この一ヶ月は非常に忙しい日々だった。
ザッカランから帝都までの移動は人や移動方法によって違うが、二ヶ月以上かかることも珍しくはない。
そんな時間を半分くらいまで縮めることが出来たのは、やはり探索者だからこそだろう。
とはいえ、探索者であっても当然のようにそんな無理をするのは厳しいものがあり、それなりに疲労してはいるのだが。
……急いで帝都まで移動している最中も、盗賊の類に襲われたりといったようなことは何度もあったのだから。
その結果として、軍資金を補充出来たのは雲海や黄金の薔薇にとっても悪い話ではなかったのだが。
「アランがいるとすれば、やはり一番可能性が高いのは……」
そこで言葉を切ったレオノーラが見たのは、遠くにそびえ立つ城。
ガリンダミア帝国の帝都に存在するその城は、巨大という表現が相応しい大きさと優美さを併せ持っていた。
当然のように防衛設備としても一級品の能力を持っており、アランを取り戻すために城攻めをする……などという選択肢は、現在のところ存在しない。
ガリンダミア帝国の帝都である以上、当然のように敵に攻められたときのための戦力として、心核使いもいるはずだ。
それも、ただの心核使いではなく、強力な……レオノーラの変身する黄金のドラゴンと互角に戦えるだけの心核使いがいても、おかしくはない。
元々ガリンダミア帝国は周辺を侵略して領土を広げていった国家だ。
現在も様々な場所で侵略を繰り返しており、それだけに当然ながらガリンダミア帝国の皇帝を憎む者も少なくない。
それだけに、その皇帝の住居となる城は当然のように防御力が高いし、強力な防御要員がいてもおかしくはないのだ。
それを分かっているだけに、レオノーラも迂闊に城に攻撃をするといったような真似は出来ない。
……もし強い心核使いがいないのなら、それこそ黄金のドラゴンに変身したレオノーラが、城を直接攻めるという方法が使えたのだが。
「厄介ね」
「そうですね。出来れば何とか城に人を派遣して、アランのいる場所を確認出来れば……こちらもまた、色々と対処のしようがあるんですが」
レオノーラの言葉に、一緒に行動している男がそう告げてくる。
城というのは、それだけ攻めにくい場所なのだ。
「それより、私が疑問なのはアランのことを発表していないことですね。集めた情報によると、今までは敵国の強力な心核使いや遺跡から発掘された強力な武器の類を鹵獲したら、大々的に発表していたようなのですが……」
そうして入手――実際には相手から奪った――ということを示し、味方の士気を高めて、敵の士気を下げる。
それが、ガリンダミア帝国の常套手段でもあった。
ガリンダミア帝国と戦っている者たちにしてみれば、自分たちの切り札が敵に奪われ、それを公表されるのだ。
士気が上がるガリンダミア帝国とは裏腹に、奪われた者たちは当然のように士気が下がる。
そのような真似をしていないのは……そう考えたレオノーラはいくつかの可能性を考えるが、やがてその可能性の中から正解だと思われる選択を口にする。
「アランがいるのを見せつけるとなると、当然だけどゼオンも一緒に公表する必要があるわ。けど……アランにゼオンを使わせようものなら、それこそ最悪帝都は壊滅するわよ」
そんな大袈裟な。
普段であれば、探索者の男はレオノーラに向かってそう言うのだろうが、ゼオンの実力を知っているだけに、それが大袈裟だとはとても言えない。
ビームライフルから放たれるビームは、それこそ城壁であっても容易に貫き、爆散出来るだろう。
腹部拡散ビーム砲は、一撃の威力こそビームライフルに及ばないが、代わりに広範囲に渡ってビームを発射することが出来る。
元々、ビームは剣と魔法の世界たるこの世界においては反則的な威力を持っていた。
その威力が多少弱まっても、その代わりに周辺一帯に攻撃が出来るとなれば、その辺の建物などはあっさりと破壊され、燃えてしまうだろう。
帝都でゼオンが本気で暴れた場合、本当の意味で帝都が灰燼に帰す可能性は十分すぎる程にあった。
また、移動砲台兼ビームサーベルにもなるフェルスは、一撃の威力はさらに落ちるが、それでも建物を破壊し、人を殺す程度なら十分すぎるほどの威力を持つし、ビームサーベルも射程は短いものの威力は高い。
普通に考えて、そんな凶悪な武器を複数持つゼオンを操縦出来るアランを、堂々とゼオンに乗せるとは思えない。
(そう、あくまでも普通ならだけど)
この世界には、奴隷に対して嵌める奴隷の首輪というマジックアイテムが存在する。
それを嵌めた者は、自らの所有者からの命令に逆らった場合、その首輪が締まって窒息させようとする。
そのような物を使われれば、アランであってもゼオンに乗って暴れるようなことは出来ないのではないか。
そうレオノーラが心配するのは当然だろう。
せめてもの救いは、ガリンダミア帝国が自分たちの力を見せつけるためには、そのような真似はしないだろうということか。
もしそのような真似をすれば、相手を自分たちの力で屈服させることが出来なかったということの証明なのだから。
それは、ガリンダミア帝国の力を見せつけるという意味では完璧ではない。
……とはいえ、ゼオンの性能を考えれば、今回は特別ということで奴隷の首輪を使ってもおかしくはないのだが。
(向こうがそんな風に勘違いするよりも前に、こっちが動かないといけないわね)
そんな風に考えながら帝都の街中を歩いていると、不意にレオノーラはとある方向に自然を向ける。
そこにいたのは、雲海の探索者にして心核使いたるカオグル。
雲海も帝都において情報収集をしているのだから、途中で遭遇することがあるのはそうおかしな話ではない。
実際、レオノーラも今までこうして情報収集して歩いてる中で、何人か雲海や黄金の薔薇の探索者とすれ違ったりしているのだから。
だが、基本的に外では何ががない限り、仲間同士であっても話したりしない。
そのような決めごとになっていた。
現在の自分たちは、ガリンダミア帝国軍に見つかれば危険なことになるのは間違いないのだから。
だからこそ、今まで何度か街中で仲間と遭遇したときも軽く目配せをする程度で、実際に話しかけるような真似はしなかった。
だが……今回は違う。
何故なら、カオグルの背後を何人かが尾行しているのがレオノーラからは理解出来たからだ。
一瞬ガリンダミア帝国軍の者、もしくは警備兵なのでは? とも思ったのだが、見た感じではそのような者ではなく、もっと裏の存在……後ろ暗いことをやるような者たちのような気がした。
(情報部とか諜報部とか、そんな感じ? ……ガリンダミア帝国という巨大な国なら、その可能性は十分にあるわね)
レオノーラはアランの記憶を見たときのことや、何よりも自分の経験からそんなことを考える。
そしてカオグルがその手の者たちに尾行されているということは、情報収集の途中で何かを失敗してしまい、それで目を付けられたのだろうと。
「どうします?」
レオノーラの視線を追った探索者の男が、どうするのか? とレオノーラに尋ねる。
もしここで見逃して、その結果カオグルが捕らえられるということになれば、色々と不味い。
カオグルは心核使いでもあり、一行にとっては非常に重要な戦力なのだから。
ただでさえ、ここはガリンダミア帝国の帝都という敵の本拠地なのだ。
そうである以上、何か行動を起こす際にも自分たちの戦力が減るのは痛い。
それも、ただの探索者ではなく心核使いがだ。
「助けた方がいいわね。……もっとも、カオグルも当然自分を尾行している相手のことには気が付いてるんでしょうけど」
カオグルが気が付いて泳がせているのに、その相手をどうにかしてもいいのか。
そんな疑問をレオノーラは抱き……取りあえず偶然を装ってカオグルの近くを通る。
そしてすれ違い様に視線をカオグルに向け、一瞬だけカオグルの背後にも向け……声に出さずに処理する? と尋ねる。
カオグルはいきなり現れたレオノーラに驚いたものの、その言葉に頷きを返す。
接触は一瞬。
だが、その一瞬ですぐに排除するという判断をした辺り、カオグルの判断力の高さを示していた。
とももあれ、カオグルからも頼まれた以上、レオノーラが尾行者を排除しないという選択肢は存在しない。
レオノーラはカオグルから離れて、尾行している者に近付いていく。
とはいえ、すぐに尾行している者を排除したりといった真似はしない。
カオグルを尾行している者を更に尾行する……いわゆる二重尾行をしている者がいるかもしれないためだ。
尾行している者に危害が加えられたかもしれない場合、二重尾行というのは大きな意味を持つ。
だからこそ、まずは二重尾行をしている者がいないかどうかを確認したのだ。
五分ほどカオグルを尾行している者やその周辺を眺め……二重尾行をしている者がいないのを確認してから、レオノーラは行動に移る。
とはいえ、その行動はそこまで派手なものではない。
それこそ偶然ぶつかったように見せかけて溝尾を殴り、一瞬にして気絶させ……そして仲間の探索者と共に知り合いの振りをして運ぶのだった。




