0187話
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n-starにて異世界だから誰かに従うのはやめにする ~石化の視線でヒャッハーする~が更新されています。
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アランが誘拐され、雲海と黄金の薔薇がそれを探しているとき……当然ながら、そのようなときでもザッカランを奪還するためにやって来たガリンダミア帝国軍が何も行動を起こしていない訳ではない。
ザッカランの投石機の類が届かない場所に陣を敷き、ザッカランから見えるようにこれ見よがしに軍を動かす。
……それでいて、決して投石機等の届く場所にまではいかず、その射程の範囲外で動くだけに留めている。
ザッカランを守っている兵士たちにしてみれば、挑発されているとしか思えない。
この場合、何よりも厄介なのは、挑発されていると理解しつつも、敵がどのように動くのかといったことに注意を払う必要があったことだ。
もし注意を払っておらず、好きにガリンダミア帝国軍を動かしていた場合、最悪の結果として威嚇か何かだと思わせつつ……実はそのまま本当に攻め込んでくるといったようなことをされる可能性もあった。
だからこそ、相手が何か動いたらそれに対処出来るように準備をする必要がある。
ただでさえ戦力という意味では、ザッカランよりもガリンダミア帝国軍の方が上なのだ。
それでもザッカランが陥落していないのは、ザッカランが城塞都市だからというのが大きいだろう。
俗に城攻めをする場合は三倍の戦力が必要だと言われている。
……実際にはその戦場によって違いはあるし、何よりもこの世界では心核使いという特別な存在がいる以上、場合によっては一人で城塞都市を攻め落とすといったような真似をする者も少なくない。
それこそ、ゼオンや黄金のドラゴンの心核使いたるアランやレオノーラが、まさにその典型だろう。
だからこそ、ザッカラン側もガリンダミア帝国軍の様子に細かに反応する必要があった。
とはいえ……それに反応する方は当然のように、精神的にも体力的にも消耗するのは間違いない。
「ったく、何なんだよあの連中は! さっさと帰れよな!」
軽く息を切らしながら、兵士の一人が叫ぶ。
敵が動くたびに、そちらに向けて自分が担当をしている投石機を動かしているのだから、苛立ちを抱くのも当然だろう。
だが、そんな兵士の言葉に、同じ投石機を担当している兵士が落ち着かせるように言う。
「落ち着け。ここで俺たちが怒ったところで、意味はないだろ? それどころか、余計に連中にとって利益になるだけだ」
その言葉を聞き、不満を口にしていた兵士は不承不承といった様子ではあったが、口を閉じる。
今の状況でそのような真似をしても意味はないと、そう思い知らされてしまった形だ。
それこそ、自分の故郷たるザッカランを守るためには、現在必死になる必要があった。
いっそガリンダミア帝国軍に降伏した方がいいのでは? という考えも思い浮かぶが、今の状況でガリンダミア帝国軍に降伏しても、ザッカランがどのような扱いになるのかは分からない。
それこそ、兵士も少し前にガリンダミア帝国軍に所属していたからこそ、隣国のドットリオン王国を見下していたし、そのドットリオン王国軍に占領されたザッカランが他に対する見せしめとして壊滅させられても納得してしまう。
だが、それはあくまでも理屈上は納得出来るという話であってそれが自分たちに襲いかかってくるとなれば、大人しく壊滅を……いや、破滅を待ち受ける必要は絶対になかった。
「そうだな。今はまず、落ち着いて敵をどうにかした方がいいか。……正直なところ、あまり気は進まないんだけど、だからってザッカランを壊滅させる訳にはいかないしな」
「当然だろ。ここが俺達の生まれ故郷なんだから。それに、せっかく大樹の遺跡が攻略されて、それを目当てに多くの探索者や商人が集まるようになったんだ。絶対にその邪魔をさせねえ」
力強く口に出されたその言葉は、当然のように周囲にいる他の者達にも聞こえてる。
……結果として、他の投石機を動かしている者達もその言葉には同意し、不思議と叫んだ兵士のいる場所面々の士気が上がることになるのだった。
「まだ、このまま動き続けるんですか?」
ザッカランの城壁の一部で士気が上がっているのとは違い、ガリンダミア帝国軍の兵士の中にはやる気を失っている者も多かった。
当然だろう。ザッカラン……つまり、ドットリオン王国と接しているということは、当然のようにガリンダミア帝国の中でも端の方にあるということを意味している。
そしてガリンダミア帝国は現在も色々な場所で侵略戦争を仕掛けている。
つまり……ここにいるガリンダミア帝国軍の面々は、遠路はるばるこのザッカランまでやって来たことになるのだ。
幸いにして、このガリンダミア帝国軍を指揮しているバストーレは将軍としても有能なので、無理をさせるような真似はしない。
だが、それでも大変なものは大変なのだ。
だからこそ、不満を抱きつつもしっかりと命令には従う。
「もう少しだから頑張れって。どうせバストーレ将軍のことだから、また何か企んでるんだろうし。……でないと、こんなに行ったり来たりするだけってのはやらないだろ?」
不満を口にした兵士の隣にいた別の兵士が、励ますようにそう告げる。
そのような言葉を交わしながらも、兵士達は歩き続けている。
どこかに移動すれば、すぐにまたどこか別の場所に移動するようにと、そう伝令が来るのだ。
その行動がザッカランの城壁の上で待機している兵士達の体力を消耗させているのだが、兵士たちにしてみればそれは特に気にするべきことではない。
いや、実際にザッカランに突進するように言われれば気にするようなことになるかもしれないが、今は気にするべき内容ではなかった。
「そう言えば、ザッカランには強力な心核使いがいるって話、知ってるか?」
「情報が遅いな。その心核使いのおかげで、大樹の遺跡を攻略したらしいぜ?」
「うげ、マジか? あの大樹の遺跡をか?」
兵士も、ザッカランがガリンダミア帝国の中では端の方にあるとはいえ、大樹の遺跡については知っていたのだろう。
実際、ガリンダミア帝国軍内において大樹の遺跡はそれなりに名前を知られている。
一般常識……とまではいかない、少し詳しい者であれば知っている程度には有名なのだ。
もちろん、大樹の遺跡が有名である以上、遺跡が発見されてから今まで誰も攻略したことがないというのも、当然のように知られていた。
今まで何人もの探索者が挑んでは、途中で諦めたその遺跡を攻略したのだ。
そのことに驚くなと言う方が無理だった。
「で、当然だけどその大樹の遺跡を攻略した探索者は……例の人物がいる場所なんだろ?」
その心核使いのことは、ガリンダミア帝国軍の者であれば当然のように知っている。
……とはいえ、中にはこの兵士のように複雑な感情を抱いている者もいるのだが。
何しろ、その人物の操るゴーレムは、ガリンダミア帝国軍に今まで大きな損害を与え続けてきたのだ。
ましてや噂によれば、ガリンダミア帝国軍は何としてもその人物を取り込みたいと、そう思っているのだから。
その相手がどれだけ有能な人物なのかは分からないが、自分達の命を危険にしてまで、そのような人物を取り込みたいとは、前線の兵士であればあるほどに思わなかった。
とはいえ、兵士である以上は命令されれば動くことしか出来ないのだが。
「お、見ろよあれ。騎兵隊が動いたみたいだぞ」
兵士の一人がそう呟くと、その声が聞こえた者達は自軍の陣地に視線を向ける。
そこでは、騎兵に乗った者達が陣地から出撃していくところだった。
騎兵というのは戦場の花と呼ばれることもり、戦場においては非常に大きな意味を持つ。
それこそ、騎兵の突撃によって戦局が一変したという実績は数え切れないほどにある。
もっとも、戦場の花と言うのであれば、魔法使いや……何より、心核使いも十分それに入るだろうが。
特に心核使いは、それこそ一人で戦局を逆転させるといったことも珍しくはない。
そういう意味では、本当の花とは呼べないのかもしれないが。
「けど、今の状況で騎兵を出しても……ああ、俺たちと同じく相手を焦らすのか」
「だろうな。歩兵の俺たちでさえ、こうして相手は混乱してるんだ。そうである以上、今の状況で騎兵隊が出て来れば……向こうにとっては、動くのがかなり大変なことになるだろうな」
自分たちが楽を出来るのは万々歳だと言いたげな様子に、周囲にいた兵士たちも同様の意見なのか、素直に頷く。
実際に今の状況でザッカランを相手にどのような戦いをするかとなれば、上からの命令が時間稼ぎ……もしくはザッカランに対する嫌がらせである以上、本格的に戦うということはない。
兵士としては、死ぬ可能性が低くなる以上は大歓迎なのだが、それだって完全に暇でいられる訳ではないのは……それこそ、今の自分たちの状況を考えれば、明らかだった。
「とにかくだ。上がザッカランに対してどんな計略を仕掛けたのかは分からないが、命懸けで戦わなくてもいいってだけで、運はいいよな」
それは、半ば自分に言い聞かせるような言葉だった。
だが、それでも決して間違っている訳ではないので、他の兵下たちもそれぞれが同意する。
「そう言えば、今日の夕食……何でも、猪の肉が出るって話だが聞いてるか?」
「え? 本当かそれ!?」
猪の肉と聞いた兵士の一人が勢い込んで尋ねる。
当然のように他の者達もそんな兵士に視線を向けていた。
戦場で食べる料理として、猪の料理はご馳走と言ってもいい。
とはいえ、ザッカラン攻略に参加しているガリンダミア帝国軍の人数を考えると、大量の猪が必要になるのだが。
もしくは、一口にも満たないだけの量しか回ってこない……などということも有り得る。
だからこそ、兵士たちにしてみれば、猪の肉がどれだけの量あるのかというのは、明日の士気にも大きく関係してくるのだ。
本格的な戦いにならないと分かりきっている今の行動よりも、むしろ今日の夕食の方が兵士たちにとっては大きな意味を持っている。
そんな会話をしながら、ザッカランを巡る戦いの一日目はすぎていくのだった。




